2014年8月16日土曜日

記事 けあZine2014年08月13日 09:00デイサービス利用者の本音 - 私の名前は「おばあちゃん」ではない - lilysz

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けあZine2014年08月13日 09:00デイサービス利用者の本音 - 私の名前は「おばあちゃん」ではない - lilysz

デイサービスが乱立し、その「在り方」について疑問が投げかけられることもしばしばだ。だが、その前にそもそもデイとは利用者にとって、いったいどんな場所なのか? 実際に利用しているA子さんのエピソードを通じて、考えてみたい。
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ひとりで外出できない不自由さ
デイサービスを「老稚園」と呼び、そんなところには絶対行きたくない、と日ごろから言っていたA子さんだが、1年ほど前から、近所にできたデイサービスに通い始めている。
きっかけは、同居している長女との度重なるいさかいに疲れたこと。そして、80歳を過ぎてだんだん足腰が弱り、ひとりで外出が難しくなったことからだ。
大好きだったショッピングにぶらっと出かけることもかなわず、外に出るときは長女のいるときにご機嫌をうかがって、車を出してもらい、付き添ってもらわなければならない。実の親子だからこそ、お互いに鬱憤もたまり、喧嘩になってしまうことも多い。 A子さんの口癖は、「こんな身体になってしまって、満足に自分のこともできないし、娘に迷惑ばっかりかけて、生きているのがつらい。いつお迎えが来てくれるのかしら?」「生きていても何のいいこともないわ・・」だった。
ひとり暮らしから急に家族ができると・・
A子さんは、まだ50代で夫に先立たれ、娘たちが独立したあと70歳を迎えるまでずっと気ままにひとり暮らしを続けてきた。
あるとき体調を崩し、それがきっかけでひとり暮らしができなくなってから、長女夫婦と同居するようになった。腰が痛いと鎮痛剤を飲み、薬に依存するようにもなり、無気力になっていった。それまでは何でもひとりで解決し、生きてきたが、急に長女夫婦と孫が同居するようになり、遠慮しすぎてうまくいかない。家事のやり方ひとつとっても実の娘でも食い違い衝突する。 「私みたいな邪魔者が・・」と言われる娘のほうも、つらい。
いよいよ家族関係がぎくしゃくしてきたときに、歩いて5分もかからない近所に新設のデイサービスができた。
A子さんは、あるとき、ふと、家で鬱々していても建設的でないし、近くにできたその新しいデイサービスに行ってみたらどうだろう? と考えた。
家にこもって、娘とだけ話す生活にそろそろ嫌気がさしていたのもきっかけだ。
名前をちゃんと呼んでもらえる幸せ
いざ、デイに通ってみると、最初は慣れない人間関係が始まったせいか、気も使い、疲れてしまった。だが、しばらくするとだんだん楽しくなった。A子さんの通っているところは、特別何か特徴のあるデイではない。が、大好きな手芸の時間もあり、お針仕事で手を動かす楽しみも増えた。
通ってくる人たちのなかには、一人暮らしの人たちも多く、実の娘と暮らせる自分の恵まれた環境に感謝するような心理状態の変化も起きた。
何よりも、お出かけが大好きだったので、お洒落をして出かける機会ができたことも嬉しかった。お洒落をしていくとみんなから褒められるのも励みになる。
気軽におしゃべりできる仲間も増えた。スタッフとも仲良くなった。
それまでは家のなかで、あまり活動的ではなく、疲れたといっては寝てばかりいたA子さんの毎日の生活は、デイに行かない日も「デイに行く日のために、英気を養っておくこと」という目的のあるものに変化してきている。
お化粧もするようになったし、美容院にも娘に頼んで連れていってもらうようになった。娘との関係も、以前よりもお互いを思いやれるように変わってきている。
「私は家にいるときは、おばあちゃんとしか呼ばれないけど、デイに行くと“A子さん”という1人の人間として人格を認められている。それが何よりも私の自信につながっているの。生きているという感じがするわ」。
デイサービスの「場」は、単なる居場所だけではない、活動の場だけではない。
その人がその人として「在る」ための、大切な場でもあるということを教えてくれたA子さんのひと言である。
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基本的に 日本社会が福祉で、 進んだ社会であるとことを示しており、評価すべきでは?

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