2014年8月19日火曜日

「キリンの首は高い場所の木の葉を食べる為に長くなった」と言えば、普通否定されると思いますが、 一般に「目的」を持つ「意思」「意識」「心」を物理現象として説明できる訳でも無いのに、進化の「目的」を否定するのはむしろ非科学的ではありませんか?もし進化の目的を否定するのなら、全ての「目的」が否定されませんか? 仮に「目的」というものが存在するのなら、「目的」の所在を科学的に説明できない以上、全ての「目的を持つように見えるもの」を、素直に目的を持っていると呼ぶ方が、むしろ科学的ではないですか?

「キリンの首は高い場所の木の葉を食べる為に長くなった」と言えば、普通否定されると思いますが、
一般に「目的」を持つ「意思」「意識」「心」を物理現象として説明できる訳でも無いのに、進化の「目的」を否定するのはむしろ非科学的ではありませんか?もし進化の目的を否定するのなら、全ての「目的」が否定されませんか?
仮に「目的」というものが存在するのなら、「目的」の所在を科学的に説明できない以上、全ての「目的を持つように見えるもの」を、素直に目的を持っていると呼ぶ方が、むしろ科学的ではないですか?
最初の文、基本的な間違いでは? 
そうではなくて、首の長いキリンが繁栄されて、短いのが淘汰されたと言うことです。
すなわち、自然環境で、選択されて来たということです。
いろいろな生物が多様性の原理で 生まれてきますが、生き残れるものが残って、選択されて、生態系ができて来たと言うことでは。
目的があってではないです。
自然が選択しています。
8.33 なぜ人は絶滅危惧種を救おうとするのか?
先ず絶滅をすると、今の段階では、その種を作ることができないので、絶滅させるのは良くないと考えるわけです。 理由は、その生物が、全体の生命活動の中で、かけがいのない役割を果たしている場合、かけがいのないものを永遠に失うことになるからです。 生態系の中での役割は、良く分からないので、かけがいのないものを失いたくはないのは、当然です。 また、生物の多様性を絶えず、大事にするのは、世界を豊かにすることですから、基本的に大事だと思います。 次の声明 (恋の原理と心得: 再生核研究所声明36)も参考にしてください:

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