2014年8月26日火曜日

「嘘」とは何ですか? 何故この世には嘘という要素があるのですか?

「嘘」とは何ですか?
何故この世には嘘という要素があるのですか?
人に真実でないことを言うことですが、お釈迦様でもその意味では 嘘をつかれましたが、場合、場合です。 
真実を伝えれば 良いとは言えないですね。 
場合、場合の対応が 必要では。


芥子の実とキサゴータミー
石上みね

町一番の裕福な商家の若い嫁のキサゴータミーは、今、幸福の絶頂にいました。キサゴータミーの生まれた家は貧乏で、いつもきりつめた生活をしていました。小さい時から金持ちの生活を外から眺めて、自分もいつかはという強い願いを持つようになりました。その時代のことですから、女の人が金持ちになる手っとり早い方法は、長者と結婚することです。願い通り一番裕福な商人と結婚しました。
さあ、これからは赤ちゃんが欲しい、元気な男の子だとなおいい、どうか男の赤ちゃんが産めますように。これもまた願い通り、間もなく可愛い赤ちゃんが生まれました。商売はますます繁盛し、願ったものは全て手に入れました。全部が自分を中心にして都合よく動いているように思えました。
ところが、何ということでしょう。あんなに元気だった赤ちゃんが、病気になり八方手を尽くしたのに、あっ気なく死んでしまいました。キサゴータミーは赤ちゃんが死んだと聞かされても、どうしても信じることができません。ついこの間まで太った指で私の乳房をピチャピチャ叩き、ゴックンゴックンお乳を飲んでいたのに。あやせばキャッキャッと笑い、這い這いも上手にしたのに。
「嘘だ、嘘だ。死んだなんて嘘だ。少し長く眠っているだけだ。病気のために眠っているだけだ。だから誰か早く私の赤ちゃんの目を覚まさせて下さい」
と、冷たくなった赤ちゃんを抱いて、町中大きな声で叫びながら、一日中歩き回っていました。一日経ち二日経つうちに、赤ちゃんの亡骸からだんだん、いやな臭いがしだしました。キサゴータミーの着物も、一日中歩き回っているものですからボロボロになりました。
町の人たちは、もうキサゴータミーは気が狂ってしまったのだ、と噂し合っていました。ある親切な人が、「祇園精舎にいらっしゃるお釈迦さまは、この世の苦しみを救って下さる方です。キサゴータミーもぜひ祇園精舎に行きなさい」
と勧めてくれました。
祇園精舎のお釈迦さまをたずねたキサゴータミーは、お釈迦さまに縋り付くようにして、
「私の赤ちゃんを生き返らせて下さい。お願いします。お願いします」
と恥も外聞もなく泣きくずれました。キサゴータミーはもう自分の赤ちゃん以外何も見えなくなってしまっていたのです。
お釈迦さまは、哀れなキサゴータミーをじっと見ていらっしゃいましたが、
「よし、よし、お前の苦しみを抜いてあげよう」
とやさしく約束して下さいました。キサゴータミーは、夢とばかり喜びました。
「お釈迦さま。本当ですか。本当ならこんな嬉しいことはありません。私の家は町一番のお金持ちです。どんな品物がお望みですか。どんなにお金がかかってもかまいません。何でもすぐに揃えられます」
お釈迦さまは「そうか、そうか」とうなずかれました。
「しかし、何も品物はいらないのだよ。ただ、芥子の実を五粒ほど持っておいで」
とおっしゃいました。キサゴータミーは、すっかり拍子抜けしてしまって、
「えッ、あの吹けば飛ぶような芥子粒でございますか」
と聞き返しました。
「そうだ。その芥子粒だ。しかしそれには条件があるのだよ。今までに一度も死んだ人のいない家から貰っておいで」
とお釈迦さまは静かにおっしゃいました。
「お易い御用です。すぐに貰って参ります」
キサゴータミーは、すぐに自分の赤ちゃんが生き返る期待で飛ぶように帰って行きました。
さっそく一軒の家に入って、「こちらの家に、死んだ人はいないでしょう」と、確かめますと、「あいにく、この間おじいさんが亡くなりました」という返事が返ってきました。
おやおや、これはいけない。でも隣の家ももう一つ隣の家もあるからたずねて行こうと、また別の家に入って行きました。
「ごめん下さい。こちらの家では死んだ人はいないでしょうね」
「誰にもやさしかったおばあさんがついこの間亡くなりました。私たちは悲しくて、今親類中が集まって思い出話をしているところです」
ここもまたごめんと被って、次の家に行きました。「こちらの家では、死んだ人はいないでしょうね」「この間十歳の男の子が死にました」
ここもまたお暇をして、次の家をたずねました。「女の子が、……」、「お嫁さんが……」、「働き盛りの主人が……」と、死人が一人も出ない家はありませんでした。
キサゴータミーは歩き疲れて、もう口もきけません。たった五粒の芥子粒がまだ揃えられません。どうしたらよいのでしょう。キサゴータミーはまたお釈迦さまの所へ行って訴えました。「お釈迦さま。私は九百九十九軒の家をたずねましたが、死人の出ない家はありません。芥子粒が手に入らなければ、あの子は帰って来ません。お釈迦さまは、私の苦しみを抜いてやると約束して下さったのに、あれは嘘をおっしゃったのですか」
この間は泣いて縋ったのに今度は約束が違うと文句を言ったのです。お釈迦さまは相変わらず静かに「そうか、そうか」とうなずいていらっしゃるだけです。
キサゴータミーが言うようにお釈迦さまは嘘をつかれたのでしょうか。そうではありません。方々の家をたずね歩いて世間解(せけんげ)を身に付ける時間をお与えになったのです。死人を一人も出さない家など一軒もないのだということを、キサゴータミーが身を以て知るために方便として芥子粒を集めさせられたのです。でもまだ狂ったキサゴータミーはお釈迦さまの深いお心を知ることができません。
「キサゴータミーよ。お前は九百九十九軒の家を歩いたと言ったね。でもまだ町外れの一軒家はたずねていないな。あの家に行ってから私の所へもう一度おいで」
と、お釈迦さまはおっしゃいました。
キサゴータミーは、その家こそが誰も死んだ人のいない家なのかも知れない。お釈迦さまがわざわざ町外れの一軒家と教えて下さったのだから、きっとその家から芥子粒が貰えるかも知れない、そうしたらすぐ私の赤ちゃんが生き返る。喜び勇んでキサゴータミーは町外れの一軒家をたずねました。
その家はよく耕された畠の中にあって、裏の牛小屋には子牛が元気に遊んでいました。お百姓の夫婦は、畠のそばの道ばたに咲いている花を沢山つんでいました。何か楽しそうに話し合っています。お百姓さんが何か言うと、おカミさんは笑い転げ、しまいには笑い過ぎて涙が出たのでしょう、前かけで目をふきながらまた思い出しては笑っています。誰が見ても本当に幸せそうな夫婦でした。キサゴータミーはここだと思いました。ここなら死んだ人などいないのだろう、あんなに幸せそうなのだもの。
「こんにちは。私は死んだ赤ちゃんを生き返らすために芥子粒を貰いに歩いています。ただ誰も死んだ人のいない家からでないと貰えないので、こうして方々捜し歩いているのです。あなた方はいかにも幸せそうに見えますね。ところで、お子さん方の姿が見えませんけれど、今どこかに出かけているのですか」
キサゴータミーは話しかけました。お百姓さんは静かに答えました。
「子どもたちですか。三人いますよ。三人とも今は、山の向こうのお墓に眠っています」
キサゴータミーは、びっくりするやらがっかりするやらで、倒れそうになりました。
「お墓にですって。それでは、三人とも亡くなられたのですか。それなのに、どうしてそんなに楽しそうにお花をつみながら笑っているのですか。おカミさんが涙が出るほど笑い転げているのはどうしてですか」
「ええ。今は子どもたちに会いたいと思うとき、こうして、お花をつんで持って行くのです。三人とも元気ないたずら者で、殊に一番下の子は手が付けられないほどのワンパクで。よくよその家のバアさまから、どうしてこんなにワルサをするのかとどなり込まれたものですよ。そのたびに夫婦でペコペコ頭を下げてあやまりました。でもワルサをすればするほど、親からみれば可愛くってね……」
お百姓さんはこみ上げる思いに堪えるように、顔をちょっとしかめました。しばらくして何かを思い切るように頭をふって、また静かに話し出しました。
「ちょうど三年前の、夏も終わりに近づいた、ある日のことでした。十日も降り続いた大雨がやっと止んだ夕方、久しぶりの晴れ間なので牛を水浴びさせてやろうと三人の子どもは河原に行きました。大雨で増水した河の恐ろしさを、まだ子どもたちは知らなかったのです。
 いつもと同じように牛を水に入れた途端、激しい流れに足をとられて、子どもと牛は溺れてしまいました。それはアッという間の出来事でした。報せを聞いて近所の人たちも皆かけつけてくれましたが、翌日死体になってずっと川下の方で見つかりました。私の大事な三人の子どもが、ほんの少し目を放したすきに、三人とも死んでしまいました。もう悲しいなんてものじゃない。悲し過ぎると、涙も出ませんよ。七日七晩ボーッとしていました。そして八日目の朝、夫婦でもう生きている意味もなくなった、死んだ子どもたちの所へ行こうと相談しました。どうしたら死ねるだろう。そうだ、牛小屋のあの大きな梁に縄を吊して首をくくって死のう。夫婦で牛小屋へ行きました。
と何か動くものがあります。よく見ると生まれたばかりの子牛です。母牛が三人の子どもたちと一緒に死んでしまったので、お乳も飲めずに体が弱っている様子です。これはいけない。神さまのお使いの牛を死なせては大変だ。慌ててお粥をつくり水を飲ませました。子牛はすぐに元気になって立ち上がりました。
子牛を助けたらさあ今度は私たちが死ぬ番だ。一番太い梁に縄をかけて二人で首を吊り、下の踏み台を力いっぱい蹴飛ばしました。さあもう死ねる。死んで三人の子どもにすぐ会える。そう思って目をつむりました。さあ縄が締まって苦しくなってそして死ねる。もうすぐだ・・・・・・。でも一向に苦しくなりません。もちろん首も絞まらず死ねそうもありません。
おや、おかしいぞ。足許をよく見ると蹴飛ばしたはずの踏み台の代りに、子牛がいつの間にか立って私たちを支えてくれていたのです。目に涙をいっぱい溜めて、私たちをジーッと見ていました。悪かった。悪かった。お前の目の前でこんなことをしてはいけなかったのだ。と言うと、嬉しそうにすり寄って「モー」と鳴きました。
 牛小屋で死ぬのは諦めて、それでは山の畠のそばの大きな木の枝に縄をかけてそこで死のう。山の木のそばへ行ってなるべく丈夫そうな枝を選ぶため畠の中をあちこちるきました。そうすると小さな小さな声で、「水を飲みたいナ、水を飲みたいナ」という声が聞こえました。何だろう、誰の話し声か。でも近くには誰もおりません。よくよく見ると、植え付けたまま水もやらずに放り出してあった木の苗たちが、すっかりしおれてもう枯れそうです。この畠の中を風が吹くたびに枯れそうな葉っぱがこすれて、「水を飲みたいナ」という声になったのです。
これはいけない。可哀そうにこれではみな枯れてしまう。大急ぎで河から水を汲み上げて畠に水をかけました。しおれていた苗たちは水を吸い上げてたちまちシャンと真っ直ぐに伸びました。「よかったナ、よかったナ」という声がどこからともなく聞こえてきました。
さっきの牛といいこの植えたばかりの苗といい、まだまだ小さいから自分の力だけでは生きていけない。世話をする者がいなくては、すぐ死んだり枯れたりしてしまうのです。この牛や苗たちが育つまで私たちが世話をしよう。それから死んだらいい。そう思って山から帰って来ました。牛はどんどん大きくなり、もう母牛になりました。苗たちも育って立派な木の実を沢山付けました。そして、私たちが夢中になって牛や苗を育てているうちに、いつの間にか三年も経っていました。
初めは泣いてばかりいた妻もだんだん諦めがついたのか、この頃は涙を出さなくなりました。やっと少し元気になった妻の顔を見ると、私も嬉しくってね、子どもが元気でワンパクだった頃の話をすると、ホラ、こんなに笑うようになりましたよ」
お百姓さんの長いお話が終わりました。
「そうだったのですか。それでおカミさんはあんなに笑っていたのですね。でも、そんな悲しく苦しい目に遭ってもよく我慢なさいましたね」
キサゴータミーはフーッと溜め息をつきました。何だか体の力がスーッと抜けていくような、それでいて何か別の力が湧いてくるような、不思議な気持ちになっていました。でも、あんなに自分の赤ちゃんを生き返らせようと歩き回ったことが、もうずっと昔のことのように思われてきました。
キサゴータミーは、祇園精舎のお釈迦さまの所へ行きました。
「お釈迦さま、芥子の実はとうとう集められませんでした。でも、赤ん坊をなくして悲しんでいるのは、私だけではないということがよく分かりました。すぐこの亡骸を埋葬してやります」「そうか。そうしてやりなさい。ところで、キサゴータミーよ。お前は赤ん坊を生き返らすため歩き回っていたのだが、お前の赤ん坊が残して行った大きな仕事に気が付いたかね」
と、お釈迦さまはおっしゃいました。
「仕事ですって。お釈迦さま、何をおっしゃるのですか。私の子どもは、まだほんの赤ん坊でしたよ。世話をするのは私ですよ。あの小さな赤ん坊が仕事などするものですか」
キサゴータミーは呆れてこう言いました。
「そうか、お前はそう思っているのか。でも、お百姓さんにもう一度生きる力を与えたのは生まれたばかりの子牛や苗たちではないか。お前を私の所へよこしたのは、抱いているその亡骸ではないのか」
キサゴータミーは、脳天をガーンと叩かれたような気がしました。そうだったのか、お釈迦さまに会えるようにしてくれたのはこの亡骸だったのか。抱いていた小さな亡骸が、一瞬金色に輝く小さな仏さまのお姿のように見えました。
キサゴータミーはそれからは、自分が生まれ変わったような気持ちでお釈迦さまのお弟子になり、一生懸命修行をするようになりました。

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