2014年8月29日金曜日

寿命の延長には「上限が存在」、仏チームが論文

寿命の延長には「上限が存在」、仏チームが論文
【AFP=時事】人の寿命は、上限なく延び続けるのだろうか? ──人類がずっと抱き続けてきたこの疑問に対する答えを出すため、長寿とされる2つのグループの人たちを対象とした研究を行ったフランスのチームが、永遠の命に対する「生物学的障壁」が存在する証拠を確認したとする論文を、米医学誌「老年学ジャーナル(Journal of Gerontology)」に発表した。研究チームは1899~2013年に110歳以上で亡くなった人たち1205人と、1896~2012年に開催された五輪に出場したアスリート1万9012人を対象に調査を行った。アスリートは寿命が最も長い部類に入ると考えられている。110歳以上で亡くなった人たちについては、寿命はそれまで着実に延びてきたものの、1997年に頭打ちになったことが確認された。また、アスリートでも同様に、一定の時点で延びが止まっていることが確認された。研究チームは、こうした傾向が「最も寿命の長い人たちの間に、最近の寿命延長のパターンが見られることを示唆するものではなかった」とした上で、平均的な寿命の人たちにとって良いニュースとはいえない結果だと指摘している。寿命が延びる傾向が継続したのであれば、より多くの人がさらに長生きしている証拠が見つかるはずだった。だが、実際の調査結果は、寿命が止まることなく延び続けるのを阻む「目に見えない壁」が存在するとの説を裏付けるものだったという。今回の調査が「比較的少人数」を対象に行われたものであり、観察期間が限られていたことは研究チームも認めており、確認された傾向は、一時的かつ変則的なものである可能性も否定できないとしている。【翻訳編集】 AFPBB News
再生核研究所声明 47(2011.02.08):  肯定死
(2011年1月5日 9時10分、 浅草に近づき、電車の窓外の空を見たときに電光のように閃いた考えです。 新しい声明の案がひとりでに、わきました。 全構想は瞬時にできていましたが、それを検討し、成文化したものです。 題名は肯定死、という 現代では問題のある思想です。人間の終末に対する新しい考え方です。これは社会的影響が大きいと考えられるので、全文は 当分、公表を差し控えたい。)
そもそも人生とは何か、これを内からみれば、人生とは、個人の考え、知り、感じ、予感し、想像する、すなわち、知覚する全体であり、それらが良いと感じられれば、それだけ良い人生であると言える(声明12: 人生における基本定理)。 しかしながら、我々はまず、個々の人間を越えて、存在し、生き続けていく、 元祖生命体の考え (声明36) をしっかりととらえ、 生命の基本定理 (声明42) - 生きて存在しなければ、 何も始まらない - 元祖生命体の生存に心がける、 最も大事なこと(声明13)に思いを致すべきである。しかしながら、個々の人間は、遺伝子の乗り物のように滅びていくのが、事実であり、それはあらゆる生物の運命であると考えられる。 しからば、その人間の終末は如何にあるべきか。 それはちょうどあらゆる生物の終末のように、意識の存在の有る無しに関わらず、生物個体の生命として、人事を尽くして、少しでも生命を長引かせると考える、伝統的な考えは それなりの固有な意義を有するものであると考える。 否定するものではない。(以下 当分非公開)

0 件のコメント:

コメントを投稿