幸せとは?
ふと思ったのですが不幸な人がいなければ、幸せな人もいませんよね?
他人との相対的な関係の下で幸せは成り立つのでしょうか?
幸せとは、感情ですので、どんどん変化しますね。
永くは続かないので、適当な変化と新規性が必要では。
良い健康状態が基本ですね。
あまり、競争意識や比較などに拘らないが良いですね。
再生核研究所声明85(2012年4月24日)食欲から人間を考える - 飽きること
あらゆる生物の最も基本的な本能は、外部から取り入れるという、食の本能である。生きている顕著な営みであると言える。この基本的な本能から、人間の基本的な要素を分析、考察し、人生の基本を理解したい。
認識できる人間は自己の生命が求めていることを、欲求や欲望、求める、欲しいという感覚で自覚するが、求める、欲しいの最も基本的なものは、空腹を満たし、食べたいという、欲求である。もちろん、苦痛からの解放など、生存を脅かす状況からの解放は当然である。
このことから 要求の自然な表現として現れていると考えられる。基本的には好きなものを好きなだけ頂くのが健康にも良いと考えられよう。飽きるという重要な感覚がある。
この声明の趣旨は、ちょうど食欲の状況のように、外部からの情報を取り入れて豊かな精神活動を展開しようという観点に思いを至らしむことにある:
1)我々は有限のものしか受け入れられない、制限があること
2)我々の生命が心が何を求めているかを注意深く絶えず、己が心に尋ねること。
生きたい、死にたくない、良く暮らしたい、それらを越えて、生きるということはどのようなことか、自らに問うて行きたい。
3)何事集中しすぎると飽きてくるので、間を考え、適度に変化を持たせること
4)生命作用は複雑な存在だから、幅広い世界、情報に接するように配慮すること
5)年齢、健康状態、環境などに影響をうけること
6)慣れる、習慣、学習効果などにも配慮すること。
近年、インターネットの普及で、名曲や名画、映画の名場面など繰り返し、繰り返し楽しむことができる時代を迎えている。また、知識や情報が幾らでも入り、友人、知人、友達など幾らでも増やせる自由な時代を迎えている。それゆえに逆に、自己の世界をきちんと整理、制御して、取捨選択をきちんとして行かないと、いたずらに情報に振り回されて、適切でない食生活が健康を害するように、我々の精神を害することになるだろう。大いに気を付け、配慮して行きたい。
食も、飽きるものと、飽きないで、基本的に続けられるものが在ることにも注目したい。確かに定食など永く続けていても適当な間隔で頂けば、飽きないで永続できるものがある。水やエネルギー源などは基本的に必要であり、精神活動でも適度な刺激、変化、発見など、同様に基本的に心がけなければならないものが有り、また、いくら続けても、求道、芸術や研究活動などの創造活動のように続けられる分野が有ることに注目したい。
したがって、そのような永続するものをしっかりと受け止めて、適当に揺らぎを取り入れた生き方が、人生を豊かにする秘訣であると言えるだろう。
その生命作用を補助することにある。日本の公教育の現状は これらの四事は、教育の効果を大きくする善法である。)。
美しいものをみたい、聞きたい、義に生きたい、人生の意味を知りたい、真相を知りたい、世の法則を知りたい、道を究めたいなどなどは、食欲と同様、我々の生命が求めているのである。実際、我が生命は何を求めているのかと絶えず、自らに問うべきである。これは人生の基本定理を内から表したものである(再生核研究所12声明:人生、世界の存在していることの意味について)。
以上
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