「キャラ弁禁止」の幼稚園が増えている? その理由とは
Excite Bit コネタ 2014年10月21日 07時30分
キャラ弁とは、ご存じ、キャラクターの顔などをご飯やおかずを使って作るお弁当のこと。2007年くらいから話題になり始め、2014年現在ではブームの粋を出てお弁当の一ジャンルとして確立されているようにも見える。
くまもんのおにぎり抜き型のように、再現度の高いキャラ弁が簡単にできるグッズがつぎつぎと販売されることで、キャラ弁作りに挑戦する敷居が低くなっていることも人気を支える要因だといえるだろう。
こんなにカワイイくまモンのキャラ弁もNG? 「NEW おべんとう抜き型 キャラッパ/アーネスト」
さてそんな、子どもたちにもさぞ好評であろうキャラ弁だが、なんと近年、キャラ弁を禁止にしている幼稚園や保育園が増えてきているとの情報をキャッチした。こんなに色とりどりでかわいいキャラ弁がなぜ禁止に……!?
【キャラ弁禁止幼稚園に通わせる親たちのリアルな声】
キャラ弁を自粛、または禁止にしているという保育園・幼稚園に通う3名の方に話を聞いた。まずは、幼稚園に通うお子さんがいる梨山さん。
「キャラ弁や華美なお弁当は、イジメの原因になることもあるから避けるようにって最近、幼稚園から言われました。息子も、私が作ったプーさんのオムライス弁当、顔が寄って崩れたからか、"きたない!"と隣の席の子から言われて号泣なんてこともあったから、確かに意味は分かるんだけど……。でものりパンチを数種類買ったばっかりだから残念かな」
「のりぱんち」は海苔を思い通りの形に簡単にカットできる商品。キャラ弁には欠かせない道具の一つ。「にこにこパンチ パートII/アーネスト」
また、保育園に通うお子さんがいる南高さんはこう言う。
「ピック禁止は前から言われてました。で、今年の夏前くらいに食中毒の危険性について話をされて、"キャラ弁は衛生面に特に配慮するように、もし心配なら止めること"と口酸っぱく言われました。作るときに時間かかる上に細かい作業が多いからかな。…http://www.excite.co.jp/News/bit/E1413780573565.html
娘に聞くと、最近ではみんな"ふつうのお弁当"だそうです(笑)。キャラ弁好きだった娘も、"ふつうでいい"って言ってます」
お弁当ピックは、国旗柄から動物柄、キャラ物までさまざまな種類が販売されている。「トルネ 国旗ピック/PICKS」
また、幼稚園に通うお子さんがいる一ノ瀬さんはこう言う。
「うちは入園前から禁止。自分は不器用なタイプなのでキャラ弁禁止で正直助かります。言われても作れない! 食べ物に対してカワイイって言うのもなんだか気持ちが悪いから、私はキャラ弁禁止に賛成!」
話を聞いてみると、各幼稚園・保育園によってキャラ弁の扱いはさまざまなことが分かった。チマタには"親子でジバニャン作ろう"などのイベントを開催する、キャラ弁大歓迎な幼稚園・保育園が存在する一方で、完全に禁止または自粛すべしとルールを設けているところもどうやら少なくないようだ。
【キャラ弁禁止にはこんな理由があった!】
キャラ弁禁止にする所以はどこにあるのだろう?
まずは、梨山さんが言っていた、「キャラ弁や華美なお弁当がイジメの原因になることもある」という理由。
元幼稚園教諭の知人によれば、「キャラ弁は一人が自慢しはじめると、他の子も自分も自分も!って見せ合いになって、キャラ弁ではない子が仲間はずれにされてしまうこともありますね。あと、少し崩れてしまったキャラ弁を持つ子を、そのキャラクターのセリフで悪評価する子もいるし、望んでいないアダ名を付けられてしまうことも。崩れたキャラ弁を見られたくないせいか、お弁当を忘れたなんてウソをつく子もいたり、どのキャラがカッコイイかと言い争いにも発展しやすい気がします」
との分析。単純に「○○ちゃんのお弁当すごいね!」「かわいいね!」と微笑ましい雰囲気だけでは終わらないのがキャラ弁の現実なのかもしれない。
続いて、南高さんが言っていた、「衛生面」の観点での理由。
キャラ弁をとてもキレイに作っている方たちのブログをのぞいてみると、「製作時間90分!」とか「この顔部分で40分もかかりました」など、その苦労がかいま見えることも。…http://www.excite.co.jp/News/bit/E1413780573565.html?_p=2
もちろん自分の仕事もこなしつつ、忙しい時間を割いてつくり上げるキャラ弁は、ユニークでかわいくて素晴らしい作品だ。
ただキャラ弁の場合、普通のお弁当よりも、目や口を貼り付けたり手の形を作ったりと、食品に触る回数が比較的多くなる。もちろん食品用のビニール手袋などを使って注意していれば食中毒などのリスクを軽減することはできるだろうが、確かにちょっと心配かも……?
また他にも、栄養面、食育の面からキャラ弁を指摘する専門家も。
「キャラクターの完成度を高めようとしすぎて、炭水化物が多くなったり、野菜がすくなくなったりするキャラ弁は心配です」
「キャラクターの印象が強すぎるキャラ弁は、素材の味や美味しさなどといった食育面で感性が育ちにくくなる可能性もあるでしょう」
もちろん、キャラ弁には、子供が苦手なものも食べやすくすることができたり、食欲のない子に見た目をキャッチーにさせて少しでも食べやすくするといったメリットもある。
キャラ弁禁止、あなたはどう思いますか?
(味噌煮込みうどん53号)
再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたらできるか、 美しい社会とは:
最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか.
平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました.
1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.
2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.
3) それはみんなに受け入れられるか.
4) それは安定的に実現可能か.
これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる.
現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか.
また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います.
特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます.
再生核研究所声明 4 (2007/03/17):競争社会から個性を活かせる社会に:
現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、憲法第25条の精神を高揚させ 最低生活の保障による連帯を確認する事の必要性を訴えている(声明3)。いじめ、犯罪、モラルの低下、そして全国に広がる財政赤字など、それらの大きな原因として、経済環境の厳しさとともに、貧しい競争意識と受験勉強に代表される貧しい戦後の教育内容にあると考えます。考え方を変えるのは簡単ではありませんが 精神、考え方を競争社会から個性を活かせる社会に変えていく必要性があるのではないでしょうか。
その理由は:
1)まず競争とは、1つの価値、ある判断の下での順位になり、その点では個性や、特殊性を排除した価値観の画一化に繋がる危険性を有している。例えば現在の受験制度では多くの場合に受験科目の得点で順位が定められ、概ねそれによって合格、不合格が定まり、その流れで入学の大学が定まり、そして同様に大学の伝統的な序列で一定の評価が定まっていく流れになっていると考えられる。もちろん伝統的に行われてきた体制はそれなりの理由があり尊重されなければならないと考えますが、評価をこれらで1元的に考えることには大きな問題があると思います。例えばそのような流れ以外の道を選んだ人たちの立場です。 スポーツ選手や、芸術家、芸能関係者、技術者、職人、棋士、実業家などなどです。
2)スポーツなどの世界では競争はかなり明確に理解でき、競争の世界として、もちろん結構だと思います。例えばお相撲さんは優勝を目指して努力されているわけです。しかし歌い手さんたちは それぞれの個性と持ち味を活かしていろいろな人が活躍されていますが、それとて、いろいろな評価が下されますが、その時の競争とは考えられてもお互いに芸を高めていくような いわば精進の競争であり大いに勧められるべき競争と言えます。
3)これに対して貧しい競争とは、相手との比較ばかりに気を取られ、自分を見失った競争であり、自分の個性を活かせないところで、相手より優位に立とうする競争の事です。自分のむかないところで、無理して競争に駆り立てられている状況はないでしょうか。
4)日本の教育の重点が いわゆる学力中心で、知識中心になっていないでしょうか。そして、いわゆる頭のよい人、学力のある人がすべてのような1元的な価値判断が余りにも強すぎはしないでしょうか。 勉強の嫌いな子や勉強のできない子、いわゆる優秀でない人と言われている人が それゆえに低く見られてはいないでしょうか。勉強ができず、学力がなくても、いわゆる優秀でなくてもいろいろな長所があって、よい個性を持っているのにそれらが評価されず、また無視されるようにはなっていないでしょうか。これでは、勉強のできない子は学校が嫌いになり、やがて社会から疎外されるようになってしまわないでしょうか。絵が得意で感銘させる人や、工作がうまく名人的と思われる人の才能を引き出せない社会は社会の大きな損失にはならないでしょうか。運動会などやキャンプ生活などで多くの体験授業などがあれば いろいろな才能が発揮され、学力以外のいろいろな個性や、才能を発見できる機会が出て来るのではないでしょうか。もちろん実社会は大きな世界です。
5)学力中心による教育では、生徒の個性を活かせず、1元的な価値判断で多くの個性と才能をうずもらせてしまうだけではなく、才能を活かせない生徒は社会から疎外され、不満が増大する事になり、社会は不安定になると思います。
6)個性を活かせる社会とは 社会にはいろいろな人が必要であり、それぞれ自分の得意な分野や好きな分野で、個性が活かせるようなところで社会に参加して、助け合っていくような社会のことです。強い人も弱い人も、考える事が得意な人も苦手な人もそれぞれ長所もあり短所もありそれぞれが補完し、助け合っていく社会です。このような社会では、苛めも、犯罪も生じる土壌がないのではないでしょうか。
7)財政赤字について触れましたが、無いお金を使うという事自体が無責任の結果ではないでしょうか。短期的に赤字という事は仕方がないことですが、赤字を増大させていくというのは余りにも無責任と言われても仕方がないのではないでしょうか。これらの背後には学力を付けることばかりに走り、責任感の無い自己中心的な教育が生み出した日本人全体の精神的な土壌から起きているという根強い原因があるのではないでしょうか。
8)何かというと経済効果や活力のある社会という観点が問題になりますが、少数の自爆テロを起す人を抱える社会はどれほど、経済的にマイナスを生むことでしょうか。そのよう状況では例えば新幹線を守るにはどれほどの経費がかかることになるでしょうか。あらゆる所で、厳重な警備を必要とする社会になってしまいます。それに対して 社会に強い不満を持つ人を生み出さない社会とは何と素晴らしい社会でしょうか。この観点からも憲法第25条の精神を思い出すことは大変いい状況を生むのではないでしょうか。
国が衰退したら、勝ち組も負け組みも、公務員も、もちろん、検察庁も、マスコミ関係者も みんな困るのでは? 1代自分だけうまく行っても、2代、3代 お孫さんたちは?日本人には、必ず愛国心が湧いて来ると信じています。
欧米では時間を越えて、真理・真実を追求しようとする文化がある(これは神の前に出るときには 清い心で望みたいという宗教が背後にあるように感じられる)のに比べて、日本には誤魔化したり、隠蔽したり、曖昧にする文化があることに深く根ざしているとも言える。
高学歴エリートが沢山いるのになんで財政難なんだよ?
(;_; )( ;_;) シクシク・(-。-;)・(◎_◎)・(^_-)db(-_^) 指切りげんまん
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