2014年10月1日水曜日

冥王星は惑星か、研究者3人の見解

冥王星は惑星か、研究者3人の見解
Nadia Drake,
National Geographic News
September 29, 2014
惑星とはどのような天体をいうのか。そして小さな氷の天体、冥王星は惑星なのか否か。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターは先週開催したイベントで、長らく決着のつかないこの議論を改めて取り上げた。
冥王星は惑星か、研究者3人の見解
アメリカ、マサチューセッツ州ケンブリッジで開かれた同イベントでは、3人の優れた研究者がそれぞれの見解 を述べた。3人のうち、“冥王星は惑星である”派は2人、“惑星でない”派は1人。彼らの主張を聴いたうえで、 科学者、教師、一般の人々からなる聴衆は投票に参加し、どの惑星の定義を支持するか、また冥王星は惑星だと 思うかどうかを意思表示した。
その結果、“冥王星は惑星である”とする票が多数を占めた。
 このように一般の間では、惑星の地位を支持されることの多い冥王星だが、国際天文学連合(IAU)は2006年の 総会において“惑星”の定義を見直し、冥王星を惑星の分類から外した。
その根拠はこうだ。観測可能な太陽系の外縁部では、ほかにも複数の天体が見つかっており、冥王星はそれら 氷の小天体のうち最大のものですらない可能性がある。さらには、まだ発見されていないこのような天体が多数 存在すると考えられる。そのような状況で、冥王星だけを惑星と呼ぶことができるだろうか。
しかしそうなると、冥王星やその類似天体を新たに分類し、従来からの8つの惑星との違いを説明する必要が出 てくる。
そこでIAU総会では投票の結果、これらの天体を“準惑星”と呼ぶことに決定し、冥王星はこの新たなカテゴリ ーに属する最初の天体の1つとなった。そのほか準惑星には、小惑星帯に位置するケレス、およびエリス、ハウメ ア、マケマケが分類されている。ハウメアとマケマケは、冥王星と同じく、海王星の軌道の外側にあるエッジワ ース・カイパーベルトという氷の天体の密集地帯に位置する。
 しかしこの“準惑星”は、惑星と名がつきながらも実際には惑星ではない。準惑星はIAUの3つある惑星の基準 のうち2つを満たしている。球形であることと、太陽の周りを公転していることだ。しかし、水星から海王星まで の惑星とは異なり、準惑星は公転軌道を独占し、他の太陽系小天体をその周囲から一掃するだけの質量には達し ていない。
「木星は近隣の天体を一掃している。地球も近隣の天体を一掃している。しかし小惑星帯に位置するケレスは一 掃していない。冥王星も同様だ」と、IAUの小惑星センター副所長ギャレス・ウィリアムズ(Gareth Williams) 氏は述べる。ウィリアムズ氏は今回のイベントに登壇し、IAUによる惑星の定義を提示した。「私の見解では、冥 王星は惑星ではない」。
 IAUの定義では、準惑星は惑星の一種ではなく、いってみれば準惑星という別の種類の天体なのだ。
◆かつては太陽も“惑星”だった
しかし、“惑星”とは厳密にどのようなものを指すのか。その定義は新たな観測データが増えるにつれて変化 していると、ハーバード大学の天文学および科学史名誉教授オーウェン・ギンガリッチ(Owen Gingerich)氏は 述べる。ギンガリッチ氏は、惑星の定義を行ったIAU委員会の委員長を務めた人物だ。
「“惑星”というのは文化的に定義される言葉であり、その意味はこれまでたびたび変化してきた」と、ギンガ リッチ氏はイベントに登壇して述べた。「今にして思うに、IAUは“惑星”という言葉を定義しようとするべきで はなかった」。
古代ギリシャの時代には太陽や月も惑星に数えられていたが、その後、コペルニクスが地動説を唱え、太陽と 月が惑星の地位を失った代わりに、新たに地球が惑星の一員となった。さらにその後、ケレスなどの岩石ででき た小ぶりの天体も一時“惑星”とされるが、それでは惑星の数が増えすぎてしまうとして、これらはまた別の名 称で細かく分類されるようになった。そうして生まれたのが“準惑星”のカテゴリーだ。
惑星の再定義を行ったIAU委員会の委員長を務めたギンガリッチ氏だが、その結果には満足していない。「IAU が“準惑星”というカテゴリーを採用し、それらは惑星ではないとしたのは非常に愚かなことだった。あのよう な結果になったのを残念に思っている」。
◆系外惑星の扱い
従来の惑星の定義は、あまりにも太陽系を中心としすぎていると指摘するのは、ハーバード大学の天文学者デ ィミタル・サセロフ(Dimitar Sasselov)氏だ。サセロフ氏は、太陽系の外に位置する系外惑星を研究してい る。
系外惑星の中には、太陽系の惑星と似たものもあるが、まったく異なるものもある。そもそも恒星の周囲を公 転していないものさえある。恒星に縛られずに銀河を漂っているこれらの自由浮遊惑星をなんと呼べばいいの か。それらはなお惑星と呼べるのか。
サセロフ氏は今回のイベントにおいて、現行のIAUの定義に代わる新たな定義を提案した。惑星とは、恒星や恒 星の残骸が進化する過程で、それらの周囲に形成された、物質の最も小さな球状の塊であるというものだ。
この定義には、恒星に縛られない自由浮遊惑星、すなわち恒星の周囲で形成され、その後、恒星系からはじき 出されたと考えられる惑星のほかに、冥王星や、冥王星と同類の小さな氷の天体も含まれる。イベントに集まっ た聴衆から、投票で圧倒的支持を集めたのは、このサセロフ氏の定義だった。 しかし、この定義は、惑星系の構造に関するより大きな疑問に向き合っていないと、カリフォルニア工科大学 の天文学者マイク・ブラウン(Mike Brown)氏は指摘する。ブラウン氏は、冥王星から惑星の地位を奪うことに なった、海王星以遠天体を多数発見してきた人物だ。
「なぜ太陽系は少数の主要な天体と、それらの間に存在する多くの小さな天体とに分かれているのか? 研究者が 積極的に取り組んでいるのは、このような種類の疑問だ」と、ブラウン氏は電子メールでの取材に対して述べ た。
そのほか、惑星をどう定義するか、冥王星をなんと呼ぶかを議論するのをいい加減にやめて、科学研究を前に 進めるべきだという意見もある。
「(冥王星をなんと呼ぶかは)科学と関係のない気晴らしの話題以外では、大した問題ではない」と、テキサス 州サンアントニオにあるサウスウェスト研究所の天文学者マーク・ブイエ(Marc Buie)氏は述べる。ブイエ氏 は、NASAの無人探査機「ニュー・ホライズンズ」の科学チームのメンバーで、同探査機は2015年夏に冥王星への 接近通過を予定している。
ILLUSTRATION BY MARC JOHNS
再生核研究所声明 116(2013.5.1): 宇宙空間、星間交流から人間を考える
(1200光年先にようやく生物の存在可能な天体が3つ見つかったという。孤独な地球。かけがいの地球。そこで、何とか地球外生物と交信したいものである。どうしたら、できるだろうか。2013.4.20.16:20 その方法に気づく。慎重に検討して、いずれ提案したい。)
まず、広い宇宙空間において、地球だけが例外で、生物や人間のような知的な生物が存在すると考えるのは 無理があるのではないだろうか。広い宇宙には 人間を越えた知的な生物が存在すると考える。そう感じる。
しかしながら、現代物理学の定説によれば、光より 電波より、早く伝達する手段は無いから、地球上の生物が 人間存在の原理に基づいて(再生核研究所声明 32 : 夜明け ― ノアの方舟)、宇宙空間に進出し、人間の存在領域を拡大しようとしても 広大な宇宙からみれば、それは限られ、地球外生物との直接的な交信、交流は当分、厳しい状況にあると言える。
そこで、発想を逆転させ、宇宙空間交流を意図するには、宇宙空間全体を この地球上に実現すればよいということになる。すなわち あらゆる生命の原理を究明し、一般原理、普遍原理によって、あらゆる可能性を究明して、対応することが出来ると考える。
地球は 宇宙の小さな部分であるが、しかしながら、地球は宇宙全体を 人間の知的な活動によって 包み込むことができると考える。これは一つも矛盾ではなく、部分が全体に等価であるは、数学の世界でも 無限な世界や、解析関数の概念にも存在する。― すなわち、 解析関数の全体の情報は、解析的な どんな点の小さな部分にも、反映されていて、そこから、全体の情報を取り出すことも出来る と なっている。また、エルゴート性の概念も同じような思想になっていると考えられる。
そもそも、対話、交流、愛とは何か と問えば、世界とは、自己の世界に映ったすべて であるとも言い得る。さらに、個々の人間の話題、知識、認識は 狭く限られ、実際多くの考えられるすべての対話は、この地球上に生存する、生物、何十億の人間との対話で、十分可能であると考えられる。さらに、論理的な思考を働かせれば、普遍的な原理によって 人間のあらゆる対話に対する反響は、宇宙空間に問うまでもなく、十分な反響を得ることが出来るだろう。そもそも対話とは、自問自答であるとも言える。実際、自己の内部も 広大な宇宙と同じように無限に広がり、それは全宇宙さえも包み込む存在であるとも考えられる。人間の存在とは、内なる広大な世界と 外なる広大な世界のはざまに存在する、ふらふらした曖昧な 心に代表されるような存在であると言える。
それ故に、この地球上に 生体系を豊かにして、個性を 重んじた多様な世界を築くことによって、実際には 宇宙空間における交流の困難性は 克服できると考える。
結論は、あらゆる生命の存在と存在の可能性を明らかにすることによって この地球上に宇宙を取り組むことによって、宇宙空間交流は 実現できると考える。
そのとき、宇宙間交流の手段とは、もはや光でも電波でもなく、時間にも、空間にも、宇宙にも、エネルギーにも無関係な 数学である と言える。数学こそが 生命の客観的な表現であると言える ― (数学とは何か ― 数学と人間について 国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15   No.81, May 2012(pdf 432kb))。
以 上

再生核研究所声明150(2014.3.18) 大宇宙論、宇宙など小さい、小さい、the universe について
(この声明は、最近の特異点解明: 100/0=0, 0/0=0 の研究の進展に伴って 自然に湧いた構想である)
この声明の趣旨は、いわゆる物理学者が考えている宇宙、― 宇宙はビッグバンによって、誕生したという宇宙論を ニュートン力学と同様、幼き断片論と位置づけ、はるかに大きな the universe を志向し、アインシュタインを越えた世界、さらに 古代から続いてきた暗い人類の歴史に 明るい光を灯し、夜明けを迎える時代を切り拓きたいということである。 既に裏付ける思想は 一連の再生核研究所声明で確立していると考える。 ニュ-トン、アインシュタイン、数学の天才たちも、特異点の基本的な性質さえ捉えていなかったことは、明らかである。
簡単な基本、100/0=0,0/0=0 を発見した、精神、魂からすれば、新しい世界史を開拓する思想を語る資格があることの、十分な証拠になると考える。 実際、 - 古来から 続いてきた、人生、世界の難問、人生の意義、生と死の問題、人間社会の在り様の根本問題、基本概念 愛の定義、また、世界の宗教を統一すべく 神の定義さえ きちんと与えている。
The universe について語るとき、最も大事な精神は、神の概念を きちんと理解することである:
そもそも神とは何だろうか、人間とは何だろうか。 動物たちが美しい月をぼんやりと眺めている。 意識はもうろうとしていて、ほんにぼんやりとしか とらえられない。 自らの存在や、ものごとの存在すら明瞭ではない。
人間も、殆ど 同じような存在ではないだろうか。 人類よ、人間の能力など 殆ど動物たちと変わらず、 ぼんやりと世界を眺めているような存在ではないだろうか。 神も、一切の存在も観えず、ただかすかに感じているような存在である。 それゆえに、人間は あらゆる生物たちのレべルに戻って 生物たちから学び、 また原始人に戻って、また子供たちのように 存在すれば 良いと言えるのではないだろうか(再生核研究所声明 122: 神の存在と究極の信仰 - 人間よ 想い煩うことはない。 神は存在して、一切の存在と非存在を しっかりと支えられておられる、 人は必要なときに必要なだけ、 念じるだけで良い; 再生核研究所声明 132 神を如何に感じるか - 神を如何に観るか)。
すなわち、人間よ おごるなかれ、人類の知能など 大したことはなく、内乱や環境汚染で自滅するだろう、と危惧される。
昨年は 数学の存在と物理学が矛盾し、数学とは何かと問うてきた。
数学とは何か ― 数学と人間について
国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 
No.81, May 2012(pdf 432kb)
に公刊したが、そこで触れた、数学の神秘性については さらにその存念を深め、次のように問うている:
誰が数学を作ったのか? (再生核研究所声明 128: 数学の危機、末期数学について)
時間にもよらず、エネルギーにもよらない世界、それは、宇宙があるとき始まったという考えに 矛盾するものである。 無から世界が創造されたということも 受け入れがたい言明であろう。さらに、the universe には、物理学が未だに近づけない、生命や生命活動、人間の精神活動も歴然として有ることは 否定できない。音楽、芸術に感動している人間の精神は the universe の中に歴然と有るではないか。
ビッグバンで ゼロから、正の量と負の量が生じたとしても、どうしてビッグバンが生じたのか、何が生じせしめたかは 大きな課題として残っている。 数学の多くの等式は 数学を越えて、the universe で論じる場合には、その意味を,解釈をきちんとする必要がある。 The universe には 情報や精神など、まだまだ未知のものが多く存在しているのは当然で、それらが、我々の知らない法則で ものや、エネルギーを動かしているのは 当然である。
そこで、100/0=0,0/0=0 の発見を期に、今やガリレオ・ガリレイの時代、天動説が 地動説に代わる新しい時代に入ったと宣言している。The universe は 知らないことばかりで、満ちている。
以 上

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