全文翻訳|オバマ大統領、最後のスピーチ
どのような立場にいようとも、「この国の国民となった人々は自分と同じくこの国を愛している」、「我々同様、彼らは勤勉さと家族を大切にする」、「彼らの子供たちは、我々の子供たちと同じく好奇心が強く希望に満ち、愛すべき存在である」ということを我々は懸命に理解する努力をしなければなりません。
これらは容易いことでは無いでしょう。今は、仮想の閉鎖的グループに逃げ込んで安全を求める人が多すぎます。近所、大学のキャンパス、礼拝の場、ソーシャルメディアなど、自分と外見が同じく、同じ政治観を持ち、自分たちの共通信念に疑いを持たない人々が集まりグループを形成しています。高まる極端な帰属意識、拡大する経済的・地域的な格差、各趣味嗜好別に分裂したメディア。これらのグループ分けは、自然かつ当然の流れのように思えます。さらに我々は、事実に基づく意見や情報ではなく、それが真実か嘘かにかかわらず自分の意見に沿うような情報のみを受け入れる居心地のよいグループの中に篭もる傾向にあります。
この傾向は我々の民主主義に対する第三の脅威となるものです。政治というのは理念の争いです。我々は健全な討論を通じてさまざまな政策に優先順位を付け、それぞれの目標達成のための手段を順に講じていきます。ただし、そこに事実に基づく共通のベースラインや、新たな情報を受け入れる許容力がなければ、或いは相手が公平な立場を取っていることを素直に認めたり、科学や論理の重要性を認めたりすることができなければ、討論はちぐはぐになり、共通の認識や妥協点を見出すことは不可能です。
このことが政治を面白味のないものにしているのでしょうか?就学前の子供たちのために予算を割こうとすると激しく抗議の声を上げ、企業の税金を下げる時には黙っている議員たちはいかがなものでしょう?自分の政党内の道徳観の欠如に対しては寛容で、ライバル政党には厳しく責め立てる自分たちの態度をどう説明したらいいのでしょう?自分に都合のよい事実のみを選択する行為は不誠実というだけでなく、自滅的な行為と言えます。私の母は私によく言いました。「あなたが不正を行えば、真実は必ずそれを暴き出す」。
地球温暖化問題について、このわずか8年の間に我々は原油輸入量を半減し、国内の再生可能エネルギー生産量を倍増しました。そして、この地球の未来を救うために世界からの同意を取り付けました。しかし、思い切ったアクションを起こさなければ、我々の子供たちに地球温暖化問題の現況を論じ合う時間がなくなります。将来の子供たちはただ、自然災害や経済の混乱など、地球温暖化による影響の対策に追われることになり、安全な住み場所を求めてさまよう温暖化難民が大量に発生するでしょう。
今こそ我々は、この問題に対する最善策について話し合うことができるし、またぜひ議論すべきです。地球温暖化問題の存在を単純に否定するのは、将来の世代を裏切ることになります。我々の建国の祖らが拠り所とした、実用的な問題解決や革新に不可欠な精神に背くのと同じです。
18世紀の合理主義的啓蒙運動から生まれたこの精神は、我々を経済大国へと導きました。さらに我々には、(ライト兄弟が飛行した)キティ・ホークや(NASAの宇宙センターのある)ケープ・カナヴェラルから飛び立つ精神や、病を癒す精神、全ての人々のポケットに入っているコンピューターを作り出す精神があります。
理に適った信念、冒険心、力を凌ぐ正義の優位性を持つ精神は、1929年の大恐慌時にファシズムや専制政治へ傾かず、第二次世界大戦後に他の民主国家と共に秩序を取り戻しました。この秩序は、軍事力や国同士の友好関係に依るだけでなく、法の支配や人権、信仰の自由、言論の自由、集会の自由、報道の自由などの主義に従って得られたものです。
この秩序が今、特にイスラム教を利用した暴力的な狂信者たちによって脅かされています。自由貿易、オープンな民主主義、或いは市民社会そのものが自分の権力に対する脅威だとする海外の独裁者たちです。我々の民主主義を脅かすこれらの脅威は、車両爆弾やミサイルなどよりもさらに影響が大きいものなのです。これは変革に対する脅威でもあります。独裁者たちは異なる思想や信仰を持つ人々に対する脅威であり、国のリーダーに責任を追わせる法制度を無視し、自由な言論や思想を統制しています。彼らは、剣や銃や爆弾などの武器と、プロパガンダを実行する組織こそが、何が真実で何が正しいかを決めるのだと信じているのです。
この8年間、軍、情報機関、警察機関に従事する人々や、それらをサポートする外交官たちの並外れた勇気により、海外のテロ組織による我が国へのテロ攻撃計画はひとつも成功していません。ボストンやオーランドでの事件は急進化することの危険性を我々に教訓として残し、警察機関は以前より慎重かつ実践的に対応できるようになっています。我々はウサマ・ビン・ラディンをはじめ、1万人以上のテロリストを排除してきました。我々が主導する対イスラム国の有志連合は、イスラム国の指導者たちを排除し、占領地も半減させました。イスラム国は滅亡するでしょう。アメリカの脅威となる人間は無事ではいられないのです。対テロ作戦に従事している皆さん、あなたがたの最高司令官でいたれたことは一生の誇りです。
しかし我々の生活を守るために必要なのは、軍隊だけではありません。我々が恐怖に屈してしまう時、それは民主主義の崩壊です。我々国民一人ひとりが、外部からの攻撃に対して緊張感を持って対峙しなければなりません。そしてその際は、我々自身の核をなす大切な価値を下げないように注意する必要があります。そのため私はこの8年間、厳しい法的根拠に基づいて対テロ作戦を遂行してきました。我々は拷問行為を禁じ、グアンタナモ湾収容キャンプを閉鎖する方向で働きかけました。さらに、国民のプライバシーと市民の自由を守るための監視活動を管理する法整備を行いました。私は、イスラム教徒のアメリカ国民に対する差別を許しません。民主主義、人権、女性の権利、LGBTの権利を守り、広げるため、不十分な形であっても我々は世界各地での戦いから撤退することはできません。我々は、民主主義やさまざまな権利が侵害されるのを見過ごす訳にはいかないのです。過激思想や極端なセクト主義との戦いは、独裁主義や民族主義者による攻撃との戦いの一部です。法の支配を尊重する態度や自由の範囲が世界的に狭まったなら、国内や国家間の戦争の危険性が高まるでしょう。そしてついには我々の自由が脅かされることになるのです。
皆さん、緊張感を持ちましょう。しかし決して恐れる必要はありません。イスラム国は罪もない人々を殺害するでしょうが、アメリカを倒すことはできません。そのためにも憲法を遵守し、我々の信念を捨てずに戦わねばなりません。我々が信念を捨ててしまい、周辺の小国をいじめるただの大国に成り下がるようなことさえなければ、我々のライバルであるロシアや中国の世界に対する影響力は我々には及びません。
つまり、我々が民主主義を「当たり前のものだ」と思うたびに、我々の民主主義は脅かされているのです。政党にかかわらず我々全員は、民主主義の制度改革に全力を尽くすべきです。進歩的な民主主義国の中でも我々の投票率が低い時は、投票しやすくなるような工夫をすべきです。また、公的機関に対する信頼度が低い時は、政治とカネの関係を断って公共サービスの透明性と倫理観を高めるべきです。議会が機能不全に陥った時は、極論に走るのではなく、政治家が良識を持てるような選挙区制度を作るべきです。
これら全ては、我々の政治参加にかかっています。どの党が政権に就こうとも、国民一人ひとりが市民としての務めを認識できるかどうかが鍵なのです。
我々の憲法は美しく素晴らしい贈り物です。しかしそれ自体はただの書類に過ぎず、何の力も持ちません。我々国民が政治に参加し、進むべき方向を選択することで力を与えることができるのです。我々は自由のために立ち上がり、法の支配を尊重し、法を遵守するのです。アメリカは脆く壊れやすい物ではありません。しかし、自由をつかむまでの長い道のりは確実なものではありません。
ジョージ・ワシントンはお別れの挨拶の中で、「自治は我々の安全と繁栄と自由の土台となるものである。しかし、さまざま主義主張や方向性のある中でそれは激しい痛みを伴い、我々の中にあるこの真実に対する確信を揺るがすだろう。我々は常に注意深く敏感でいるべきで、この国の一部分を切り離したり、我々をひとつに繋いでいる絆を緩めるような兆しを感じた時には、我々はそれを排除しなければならない」と述べています。
政治的対話が腐敗して良識ある人々が公共サービスに対して幻滅を感じるようになったり、悪意のある雑な政治的対話が意見を異にする人を誤った方向へ導いたり害を及ぼすことで、絆が緩んでしまうでしょう。また、我々の一部のみをアメリカ人として定義する時、絆が弱まります。さらに、政治全体が腐敗していると決めつけ、自分たちが選挙で選んだことを棚に上げてその議員たちを非難するような時も、絆が弱まってしまいます。
我々一人ひとりが、敏感で注意深い民主主義の監視人にならなければなりません。この偉大なる我が国をより良くするための努力を続けるという、栄誉ある役割を喜んで受けなければなりません。一人ひとりの外見は異なりますが、我々は全員"国民"という共通の誇り高き肩書を持っているのです。
それが我々の民主主義が求める究極の姿なのです。民主主義はあなたを必要としています。必要とされているのは、選挙の時だけではありません。あなた自身の小さな関心事が取り上げられている時だけでもありません。生きている限り、常にあなたは必要とされているのです。何かを決定しなければならない時、靴の紐を締めて行動を起こしてください。自分が投票した議員の働きが期待通りでなかった時、署名を集めて自ら出馬してください。自ら立ち、一所懸命に、何事にも負けずにやり抜いてください。上手くいく時もあれば、失敗する時もあるでしょう。他人の長所を想定するのはリスクを伴うかもしれません。また、そのプロセスに失望するかもしれません。しかし、この仕事の一端を担う幸運に恵まれ、近くで見てきた私に言わせてください。この仕事は刺激的でインスピレーションを与えてくれます。そして大抵の場合、アメリカ、そしてアメリカ人に対する信念は強まります。
私の場合もそうでした。この8年の間私は、希望に満ちた若き卒業生たちや新人将校の顔を見てきました。私は、チャールストンの教会で悲しみに暮れる家族と共に哀悼しました。私は、体の不自由な人に感覚を取り戻し、負傷した兵士を再び歩けるようにした科学者たちを見てきました。私は、地震後に医者やボランティアが駆けつけ、伝染病の流行を直ちに食い止めるのを目の当たりにしました。私は小さな子供を見て、難民を保護し、平和のために努力し、そして何よりもお互いの世話をする、という我々の義務を思い出しました。
8年前にここからほど近い場所で、「普通のアメリカ人たちの力で変革をもたらそう」と私が立てた誓いは、私が想像もしていなかった形で報いられました。あなた方も同様に報いられることを願っています。ここにいる皆さんやテレビでご覧になっている皆さんの中には、2004年と2008年と2012年のその場にいた人もいるでしょう。そして恐らく、我々が成し遂げてきたことを今なお信じられないことでしょう。
人は決してひとりぽっちではありません。ミシェル。この25年間、妻であり、母であり、私の大親友でした。自分が望んだ訳でもない役割を、気品と気概と優雅さとユーモアで自分なりにこなし、ホワイトハウスを開かれたものにしてくれました。そして、若い世代の手本となり、彼らにより高い志を持たせました。私は君を誇りに思うと共に、君はアメリカの誇りでもあります。
マリアにサーシャ。この特殊な環境の中で、利口で美しく、そして何よりも優しく思いやりがあって情熱的な素晴らしい2人の女性に育ってくれました。世間の目に晒された数年間を楽々と乗り切ってくれました。君たちの父親でいられることをとても誇りに思います。
ジョー・バイデン。ペンシルベニア州スクラントンの悪ガキがデラウェアの優等生に成長しました。大統領候補となった私がパートナーとして選んだのがあなたで、それは最初で最高の選択でした。あなたは最高の副大統領というだけでなく、私の兄弟でもありました。私はあなたとジル夫人を家族のように愛しています。あなたの友情は我々の人生の宝です。
そして私の8年間を支えてくれた素晴らしいスタッフの皆さん。あなた方の心、性格、理想からエネルギーをもらい、それに応えようと日々努力してきました。あなた方が成長し、結婚して子供を持つ姿を見てきました。そしてここからそれぞれが新たな道へ進む姿を見送ります。苦しくフラストレーションの溜まる時でも、ワシントンに潰されることはありませんでした。我々がここで達成した実績よりも、これからのあなたの方が何か素晴らしいことを成し遂げてくれるだろう、と思うととても誇りに感じます。
それから、慣れない土地へ来てくれたオーガナイザーの皆さん、そして彼らを受け入れてくれた優しい家族の皆さん。各家をノックして回ってくれた全てのボランティアの皆さん。初めて投票してくれた若い皆さん。変革のために努力してくれた国民の皆さん。あなた方は最高の支援者であり、理想的なオーガナイザーです。あなた方に一生感謝し続けます。そうです。あなた方が世界を変えたのです。
私は今夜、この国の将来に対して安心してこのステージを降りられます。我々がスタートした頃とは違います。我々の行ってきたことは多くの国民を救っただけでなく、多くのアメリカ人にインスピレーションを与えました。特にここにいる多くの若者の皆さんは、何かスケールの大きな新しいことを成し遂げてくれると信じています。自分勝手にエゴを主張せず、クリエイティブで愛国心の強い若者たちと、この国のあちらこちらで出会いました。若者たちは公明正大で懐の広いアメリカを信じています。恐れずに新しいことを受け入れながら変化し続けるのがアメリカの優れた点であることはよくわかっているでしょう。民主主義を前進させるための努力を続けてください。そのような皆さんの数はどんどん増え、そうなればこの国の将来は安泰です。
アメリカ国民の皆さん。皆さんのために尽くすことができ、心から誇りに思います。私は留まりません。私は一国民として、残りの人生の日々を常にあなた方と共に過ごします。若い人も、精神的に若い人も、大統領として最後のお願いです。8年前と同じことです。
信じてください。変革を成し遂げる私の能力ではなく、あなた方自身を信じてください。
国民の皆さんには、我が国の独立宣言が掲げた信念をしっかりと持ち続けていただきたい。奴隷や奴隷制度廃止論者たちが密かに伝えた理念。移民や入植者や正義を求めて突き進む人々が掲げた精神。世界中の戦場や月面に旗を立ててきた人々が証明した信念。これからの歴史を作る今を生きる全てのアメリカ国民が心に抱く強い気持ち。"Yes We Can! Yes We Did! Yes We Can!"
ありがとう。皆さんに幸運を。アメリカ合衆国万歳!
これらは容易いことでは無いでしょう。今は、仮想の閉鎖的グループに逃げ込んで安全を求める人が多すぎます。近所、大学のキャンパス、礼拝の場、ソーシャルメディアなど、自分と外見が同じく、同じ政治観を持ち、自分たちの共通信念に疑いを持たない人々が集まりグループを形成しています。高まる極端な帰属意識、拡大する経済的・地域的な格差、各趣味嗜好別に分裂したメディア。これらのグループ分けは、自然かつ当然の流れのように思えます。さらに我々は、事実に基づく意見や情報ではなく、それが真実か嘘かにかかわらず自分の意見に沿うような情報のみを受け入れる居心地のよいグループの中に篭もる傾向にあります。
この傾向は我々の民主主義に対する第三の脅威となるものです。政治というのは理念の争いです。我々は健全な討論を通じてさまざまな政策に優先順位を付け、それぞれの目標達成のための手段を順に講じていきます。ただし、そこに事実に基づく共通のベースラインや、新たな情報を受け入れる許容力がなければ、或いは相手が公平な立場を取っていることを素直に認めたり、科学や論理の重要性を認めたりすることができなければ、討論はちぐはぐになり、共通の認識や妥協点を見出すことは不可能です。
このことが政治を面白味のないものにしているのでしょうか?就学前の子供たちのために予算を割こうとすると激しく抗議の声を上げ、企業の税金を下げる時には黙っている議員たちはいかがなものでしょう?自分の政党内の道徳観の欠如に対しては寛容で、ライバル政党には厳しく責め立てる自分たちの態度をどう説明したらいいのでしょう?自分に都合のよい事実のみを選択する行為は不誠実というだけでなく、自滅的な行為と言えます。私の母は私によく言いました。「あなたが不正を行えば、真実は必ずそれを暴き出す」。
地球温暖化問題について、このわずか8年の間に我々は原油輸入量を半減し、国内の再生可能エネルギー生産量を倍増しました。そして、この地球の未来を救うために世界からの同意を取り付けました。しかし、思い切ったアクションを起こさなければ、我々の子供たちに地球温暖化問題の現況を論じ合う時間がなくなります。将来の子供たちはただ、自然災害や経済の混乱など、地球温暖化による影響の対策に追われることになり、安全な住み場所を求めてさまよう温暖化難民が大量に発生するでしょう。
今こそ我々は、この問題に対する最善策について話し合うことができるし、またぜひ議論すべきです。地球温暖化問題の存在を単純に否定するのは、将来の世代を裏切ることになります。我々の建国の祖らが拠り所とした、実用的な問題解決や革新に不可欠な精神に背くのと同じです。
18世紀の合理主義的啓蒙運動から生まれたこの精神は、我々を経済大国へと導きました。さらに我々には、(ライト兄弟が飛行した)キティ・ホークや(NASAの宇宙センターのある)ケープ・カナヴェラルから飛び立つ精神や、病を癒す精神、全ての人々のポケットに入っているコンピューターを作り出す精神があります。
理に適った信念、冒険心、力を凌ぐ正義の優位性を持つ精神は、1929年の大恐慌時にファシズムや専制政治へ傾かず、第二次世界大戦後に他の民主国家と共に秩序を取り戻しました。この秩序は、軍事力や国同士の友好関係に依るだけでなく、法の支配や人権、信仰の自由、言論の自由、集会の自由、報道の自由などの主義に従って得られたものです。
この秩序が今、特にイスラム教を利用した暴力的な狂信者たちによって脅かされています。自由貿易、オープンな民主主義、或いは市民社会そのものが自分の権力に対する脅威だとする海外の独裁者たちです。我々の民主主義を脅かすこれらの脅威は、車両爆弾やミサイルなどよりもさらに影響が大きいものなのです。これは変革に対する脅威でもあります。独裁者たちは異なる思想や信仰を持つ人々に対する脅威であり、国のリーダーに責任を追わせる法制度を無視し、自由な言論や思想を統制しています。彼らは、剣や銃や爆弾などの武器と、プロパガンダを実行する組織こそが、何が真実で何が正しいかを決めるのだと信じているのです。
この8年間、軍、情報機関、警察機関に従事する人々や、それらをサポートする外交官たちの並外れた勇気により、海外のテロ組織による我が国へのテロ攻撃計画はひとつも成功していません。ボストンやオーランドでの事件は急進化することの危険性を我々に教訓として残し、警察機関は以前より慎重かつ実践的に対応できるようになっています。我々はウサマ・ビン・ラディンをはじめ、1万人以上のテロリストを排除してきました。我々が主導する対イスラム国の有志連合は、イスラム国の指導者たちを排除し、占領地も半減させました。イスラム国は滅亡するでしょう。アメリカの脅威となる人間は無事ではいられないのです。対テロ作戦に従事している皆さん、あなたがたの最高司令官でいたれたことは一生の誇りです。
しかし我々の生活を守るために必要なのは、軍隊だけではありません。我々が恐怖に屈してしまう時、それは民主主義の崩壊です。我々国民一人ひとりが、外部からの攻撃に対して緊張感を持って対峙しなければなりません。そしてその際は、我々自身の核をなす大切な価値を下げないように注意する必要があります。そのため私はこの8年間、厳しい法的根拠に基づいて対テロ作戦を遂行してきました。我々は拷問行為を禁じ、グアンタナモ湾収容キャンプを閉鎖する方向で働きかけました。さらに、国民のプライバシーと市民の自由を守るための監視活動を管理する法整備を行いました。私は、イスラム教徒のアメリカ国民に対する差別を許しません。民主主義、人権、女性の権利、LGBTの権利を守り、広げるため、不十分な形であっても我々は世界各地での戦いから撤退することはできません。我々は、民主主義やさまざまな権利が侵害されるのを見過ごす訳にはいかないのです。過激思想や極端なセクト主義との戦いは、独裁主義や民族主義者による攻撃との戦いの一部です。法の支配を尊重する態度や自由の範囲が世界的に狭まったなら、国内や国家間の戦争の危険性が高まるでしょう。そしてついには我々の自由が脅かされることになるのです。
皆さん、緊張感を持ちましょう。しかし決して恐れる必要はありません。イスラム国は罪もない人々を殺害するでしょうが、アメリカを倒すことはできません。そのためにも憲法を遵守し、我々の信念を捨てずに戦わねばなりません。我々が信念を捨ててしまい、周辺の小国をいじめるただの大国に成り下がるようなことさえなければ、我々のライバルであるロシアや中国の世界に対する影響力は我々には及びません。
つまり、我々が民主主義を「当たり前のものだ」と思うたびに、我々の民主主義は脅かされているのです。政党にかかわらず我々全員は、民主主義の制度改革に全力を尽くすべきです。進歩的な民主主義国の中でも我々の投票率が低い時は、投票しやすくなるような工夫をすべきです。また、公的機関に対する信頼度が低い時は、政治とカネの関係を断って公共サービスの透明性と倫理観を高めるべきです。議会が機能不全に陥った時は、極論に走るのではなく、政治家が良識を持てるような選挙区制度を作るべきです。
これら全ては、我々の政治参加にかかっています。どの党が政権に就こうとも、国民一人ひとりが市民としての務めを認識できるかどうかが鍵なのです。
我々の憲法は美しく素晴らしい贈り物です。しかしそれ自体はただの書類に過ぎず、何の力も持ちません。我々国民が政治に参加し、進むべき方向を選択することで力を与えることができるのです。我々は自由のために立ち上がり、法の支配を尊重し、法を遵守するのです。アメリカは脆く壊れやすい物ではありません。しかし、自由をつかむまでの長い道のりは確実なものではありません。
ジョージ・ワシントンはお別れの挨拶の中で、「自治は我々の安全と繁栄と自由の土台となるものである。しかし、さまざま主義主張や方向性のある中でそれは激しい痛みを伴い、我々の中にあるこの真実に対する確信を揺るがすだろう。我々は常に注意深く敏感でいるべきで、この国の一部分を切り離したり、我々をひとつに繋いでいる絆を緩めるような兆しを感じた時には、我々はそれを排除しなければならない」と述べています。
政治的対話が腐敗して良識ある人々が公共サービスに対して幻滅を感じるようになったり、悪意のある雑な政治的対話が意見を異にする人を誤った方向へ導いたり害を及ぼすことで、絆が緩んでしまうでしょう。また、我々の一部のみをアメリカ人として定義する時、絆が弱まります。さらに、政治全体が腐敗していると決めつけ、自分たちが選挙で選んだことを棚に上げてその議員たちを非難するような時も、絆が弱まってしまいます。
我々一人ひとりが、敏感で注意深い民主主義の監視人にならなければなりません。この偉大なる我が国をより良くするための努力を続けるという、栄誉ある役割を喜んで受けなければなりません。一人ひとりの外見は異なりますが、我々は全員"国民"という共通の誇り高き肩書を持っているのです。
それが我々の民主主義が求める究極の姿なのです。民主主義はあなたを必要としています。必要とされているのは、選挙の時だけではありません。あなた自身の小さな関心事が取り上げられている時だけでもありません。生きている限り、常にあなたは必要とされているのです。何かを決定しなければならない時、靴の紐を締めて行動を起こしてください。自分が投票した議員の働きが期待通りでなかった時、署名を集めて自ら出馬してください。自ら立ち、一所懸命に、何事にも負けずにやり抜いてください。上手くいく時もあれば、失敗する時もあるでしょう。他人の長所を想定するのはリスクを伴うかもしれません。また、そのプロセスに失望するかもしれません。しかし、この仕事の一端を担う幸運に恵まれ、近くで見てきた私に言わせてください。この仕事は刺激的でインスピレーションを与えてくれます。そして大抵の場合、アメリカ、そしてアメリカ人に対する信念は強まります。
私の場合もそうでした。この8年の間私は、希望に満ちた若き卒業生たちや新人将校の顔を見てきました。私は、チャールストンの教会で悲しみに暮れる家族と共に哀悼しました。私は、体の不自由な人に感覚を取り戻し、負傷した兵士を再び歩けるようにした科学者たちを見てきました。私は、地震後に医者やボランティアが駆けつけ、伝染病の流行を直ちに食い止めるのを目の当たりにしました。私は小さな子供を見て、難民を保護し、平和のために努力し、そして何よりもお互いの世話をする、という我々の義務を思い出しました。
8年前にここからほど近い場所で、「普通のアメリカ人たちの力で変革をもたらそう」と私が立てた誓いは、私が想像もしていなかった形で報いられました。あなた方も同様に報いられることを願っています。ここにいる皆さんやテレビでご覧になっている皆さんの中には、2004年と2008年と2012年のその場にいた人もいるでしょう。そして恐らく、我々が成し遂げてきたことを今なお信じられないことでしょう。
人は決してひとりぽっちではありません。ミシェル。この25年間、妻であり、母であり、私の大親友でした。自分が望んだ訳でもない役割を、気品と気概と優雅さとユーモアで自分なりにこなし、ホワイトハウスを開かれたものにしてくれました。そして、若い世代の手本となり、彼らにより高い志を持たせました。私は君を誇りに思うと共に、君はアメリカの誇りでもあります。
マリアにサーシャ。この特殊な環境の中で、利口で美しく、そして何よりも優しく思いやりがあって情熱的な素晴らしい2人の女性に育ってくれました。世間の目に晒された数年間を楽々と乗り切ってくれました。君たちの父親でいられることをとても誇りに思います。
ジョー・バイデン。ペンシルベニア州スクラントンの悪ガキがデラウェアの優等生に成長しました。大統領候補となった私がパートナーとして選んだのがあなたで、それは最初で最高の選択でした。あなたは最高の副大統領というだけでなく、私の兄弟でもありました。私はあなたとジル夫人を家族のように愛しています。あなたの友情は我々の人生の宝です。
そして私の8年間を支えてくれた素晴らしいスタッフの皆さん。あなた方の心、性格、理想からエネルギーをもらい、それに応えようと日々努力してきました。あなた方が成長し、結婚して子供を持つ姿を見てきました。そしてここからそれぞれが新たな道へ進む姿を見送ります。苦しくフラストレーションの溜まる時でも、ワシントンに潰されることはありませんでした。我々がここで達成した実績よりも、これからのあなたの方が何か素晴らしいことを成し遂げてくれるだろう、と思うととても誇りに感じます。
それから、慣れない土地へ来てくれたオーガナイザーの皆さん、そして彼らを受け入れてくれた優しい家族の皆さん。各家をノックして回ってくれた全てのボランティアの皆さん。初めて投票してくれた若い皆さん。変革のために努力してくれた国民の皆さん。あなた方は最高の支援者であり、理想的なオーガナイザーです。あなた方に一生感謝し続けます。そうです。あなた方が世界を変えたのです。
私は今夜、この国の将来に対して安心してこのステージを降りられます。我々がスタートした頃とは違います。我々の行ってきたことは多くの国民を救っただけでなく、多くのアメリカ人にインスピレーションを与えました。特にここにいる多くの若者の皆さんは、何かスケールの大きな新しいことを成し遂げてくれると信じています。自分勝手にエゴを主張せず、クリエイティブで愛国心の強い若者たちと、この国のあちらこちらで出会いました。若者たちは公明正大で懐の広いアメリカを信じています。恐れずに新しいことを受け入れながら変化し続けるのがアメリカの優れた点であることはよくわかっているでしょう。民主主義を前進させるための努力を続けてください。そのような皆さんの数はどんどん増え、そうなればこの国の将来は安泰です。
アメリカ国民の皆さん。皆さんのために尽くすことができ、心から誇りに思います。私は留まりません。私は一国民として、残りの人生の日々を常にあなた方と共に過ごします。若い人も、精神的に若い人も、大統領として最後のお願いです。8年前と同じことです。
信じてください。変革を成し遂げる私の能力ではなく、あなた方自身を信じてください。
国民の皆さんには、我が国の独立宣言が掲げた信念をしっかりと持ち続けていただきたい。奴隷や奴隷制度廃止論者たちが密かに伝えた理念。移民や入植者や正義を求めて突き進む人々が掲げた精神。世界中の戦場や月面に旗を立ててきた人々が証明した信念。これからの歴史を作る今を生きる全てのアメリカ国民が心に抱く強い気持ち。"Yes We Can! Yes We Did! Yes We Can!"
ありがとう。皆さんに幸運を。アメリカ合衆国万歳!
85点ぐらい
再生核研究所声明 61 (2011.05.11) :
ビンラディン氏殺害 ― アメリカの名誉と大義を傷つけた オバマ大統領
オバマ大統領の直接指示で、ビンラディン氏殺害の現場を 政権幹部とともにホワイトハウスで目撃していた現場が 映像で広く公然と報じられたのは 世界に衝撃を与えている。堂々たる戦いでの殺害ならば、戦死として 仕方ない状況は テロ事件の背景からも、当然考えられる。しかしながら、問題は、武器を持たない人物を 妻やしかも12歳の子供の目前で、射殺したという経過には はなはだ 大きな問題を感じざるを得ない。 愚策でしかも、アメリカの威信を著しく傷つけた 大義なき重罪に当たると考える。 しかも、公然と映像で公開した罪は大きい、人間の尊厳などは少しも感じられない野蛮性すら顕わしている。
もちろん、アメリカは 世界の超大国であり、世界の平和と安定に 世界的に貢献している、 国際社会そのものであり、大統領は その最高責任者である。 されば、それゆえに、逆に 高い倫理性と正義を貫く姿勢を 世界に示して 頂きたいと考えるのは 当然である。この事件は その偉大なるアメリカの名誉を傷つけた 愚策として 世界の歴史に刻まれるだろう。
何人であり、法によって、客観的な裁判にかけて裁くのが、アメリカの 自由と法を尊重する 偉大なるアメリカの伝統であり、正義ではないだろうか。それこそ、世界を指導する国家の 在るべき姿ではないのか。
また、敵の指導者をみすみす殺害して、何の効果があるだろうか。 背後にいる多くの共鳴者や共感者は どのようにみるだろうか。 大きなテロ事件の指導者の 動機も真相も背後も分からなくなってしまった。 目前で父を殺害された少女の想いに 想いがいかないのかと その感性に対する疑念を抱かざるを得ない。 相手の立場を尊重する、相手の立場に想いを致すは、公正と倫理の基本ではないのか。 また、法の原理ではないのか。 力だけが支配する世界を 神を抱く、偉大なるアメリカが 求めているのかと問いたい。
アメリカは その偉大なる国家の名誉にかけて、大統領の処置を断罪すべきである、追及すべきである と考える。
賢明なる大統領ならば、できるだけ、生きたまま逮捕して、テロ事件の背景、真相、動機などを深く探り、 テロ事件の背景の全貌を掌握し、テロ事件の根絶を図るように 意図するのではないだろうか。 たとえば、人間性あふれるカーター元大統領 ならば、また若き、英明なる指導者であった ケネデイ元大統領ならば、実際そのようにしたと 信じて疑わない。 いや歴代のアメリカ大統領は みなそうしたのではないだろうか。 実際、ブッシュ大統領でさえ、サダム・フセイン元大統領を裁判にかけたではないか。 殺害は 正義に反し、神聖なホワイトハウスを血で汚した、愚策で犯罪そのものであると考える。
もちろん、この声明は、テロリストを元気づけるのものでも、テロリストに共感を寄せているものでもない。 実際、逆である。 武器を納め、 インドのネール元首相のように、武器によらない賢明な方法で、共生、共存の世界を拓き、 夜明けを迎え、 野蛮な時代を終結させようではないかと 訴えたい。 まこと、恨みと復讐では 何時までも不幸な争いは続き、何のために生まれてきたのかさえ 分からない人生になってしまう。 関係の無い第3者を巻き込むなど、言語道断である。 狂気の沙汰としか 言いようが無い。
然るに、双方の指導者たちが 復讐と相手の根絶を宣言しているのは異様であり、未だ地球上では力が、暴力がはびこり、野蛮な闘争を繰り返している事を示している。 運命共同体の かけがいのない地球の環境などには 思いがいかない 愚か者たちである。世界史を進化させ、発展させるためにも、そのような双方の指導部の交代を求めるものである。 共生、共存の道を探り、美しい世界を作ろうではないか。 誰も儚い人生を生きている、同じ運命を共有する者、仲間たちではないか。 同じ時代に生を受けた、 私たちの出会いを 美しいものにしようではないか と呼びかける。
以 上
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