「ビンラディン容疑者は私が殺した」、元特殊部隊隊員が告白
2014.11.07 Fri posted at 09:58 JST
ビンラディン容疑者を射殺したと語るロバート・オニール氏
「ビンラディン容疑者は私が殺した」、元特殊部隊隊員が告白
ワシントン(CNN) 米軍が国際テロ組織アルカイダの指導者だったオサマ・ビンラディン容疑者を殺害した2011年の作戦を巡り、海軍特殊部隊の元隊員が米紙ワシントンポストのインタビューに答え、同容疑者を銃撃して致命傷を与えたのは自分だったと証言した。
同紙によると、ビンラディン容疑者を射殺したと証言したのはモンタナ州に住むロバート・オニール氏(38)。特殊部隊で15年の経験をもつベテランとして作戦に加わった。しかしこの作戦は特に大きな困難が予想され、「生きて帰れるとは思わなかった」という。
オニール氏の銃弾を受けたビンラディン容疑者は頭部が割れた姿で床に倒れ、死亡したことは明らかだったと同氏は話している。同容疑者は撃たれる前に近くにいた女性を自分の前に押しやり、盾にしようとしたという。
米当局者はCNNの取材に対し、オニール氏が作戦に加わっていたことを確認。特殊部隊の関係者も、同氏がビンラディン容疑者殺害の現場で銃を撃った隊員の1人だったことを確認した。しかし銃撃した隊員は少なくともあと2人いたとされ、ビンラディン容疑者を殺害したのがオニール氏だったと言い切れるのかどうかは疑問だという関係者もいる。
作戦の詳細については過去に米誌エスクワイアが伝えていた。オニール氏は自分の名前が出ることは望んでいなかったが、軍事情報サイトが今週になって断りなく同氏の名を明かしたという。
2001年の同時テロ犠牲者の家族からは感謝されたとオニール氏は話している。
ただ米軍には、自分の任務に関して注目を浴びようとしてはいけないという不文律があり、オニール氏の告白が物議をかもす可能性もある。
CNNはオニール氏に取材を試みたが、返答はなかった。http://www.cnn.co.jp/usa/35056234-2.html
再生核研究所声明 61 (2011.05.11) :
ビンラディン氏殺害 ― アメリカの名誉と大義を傷つけた オバマ大統領
オバマ大統領の直接指示で、ビンラディン氏殺害の現場を 政権幹部とともにホワイトハウスで目撃していた現場が 映像で広く公然と報じられたのは 世界に衝撃を与えている。堂々たる戦いでの殺害ならば、戦死として 仕方ない状況は テロ事件の背景からも、当然考えられる。しかしながら、問題は、武器を持たない人物を 妻やしかも12歳の子供の目前で、射殺したという経過には はなはだ 大きな問題を感じざるを得ない。 愚策でしかも、アメリカの威信を著しく傷つけた 大義なき重罪に当たると考える。 しかも、公然と映像で公開した罪は大きい、人間の尊厳などは少しも感じられない野蛮性すら顕わしている。
もちろん、アメリカは 世界の超大国であり、世界の平和と安定に 世界的に貢献している、 国際社会そのものであり、大統領は その最高責任者である。 されば、それゆえに、逆に 高い倫理性と正義を貫く姿勢を 世界に示して 頂きたいと考えるのは 当然である。この事件は その偉大なるアメリカの名誉を傷つけた 愚策として 世界の歴史に刻まれるだろう。
何人であり、法によって、客観的な裁判にかけて裁くのが、アメリカの 自由と法を尊重する 偉大なるアメリカの伝統であり、正義ではないだろうか。それこそ、世界を指導する国家の 在るべき姿ではないのか。
また、敵の指導者をみすみす殺害して、何の効果があるだろうか。 背後にいる多くの共鳴者や共感者は どのようにみるだろうか。 大きなテロ事件の指導者の 動機も真相も背後も分からなくなってしまった。 目前で父を殺害された少女の想いに 想いがいかないのかと その感性に対する疑念を抱かざるを得ない。 相手の立場を尊重する、相手の立場に想いを致すは、公正と倫理の基本ではないのか。 また、法の原理ではないのか。 力だけが支配する世界を 神を抱く、偉大なるアメリカが 求めているのかと問いたい。
アメリカは その偉大なる国家の名誉にかけて、大統領の処置を断罪すべきである、追及すべきである と考える。
賢明なる大統領ならば、できるだけ、生きたまま逮捕して、テロ事件の背景、真相、動機などを深く探り、 テロ事件の背景の全貌を掌握し、テロ事件の根絶を図るように 意図するのではないだろうか。 たとえば、人間性あふれるカーター元大統領 ならば、また若き、英明なる指導者であった ケネデイ元大統領ならば、実際そのようにしたと 信じて疑わない。 いや歴代のアメリカ大統領は みなそうしたのではないだろうか。 実際、ブッシュ大統領でさえ、サダム・フセイン元大統領を裁判にかけたではないか。 殺害は 正義に反し、神聖なホワイトハウスを血で汚した、愚策で犯罪そのものであると考える。
もちろん、この声明は、テロリストを元気づけるのものでも、テロリストに共感を寄せているものでもない。 実際、逆である。 武器を納め、 インドのネール元首相のように、武器によらない賢明な方法で、共生、共存の世界を拓き、 夜明けを迎え、 野蛮な時代を終結させようではないかと 訴えたい。 まこと、恨みと復讐では 何時までも不幸な争いは続き、何のために生まれてきたのかさえ 分からない人生になってしまう。 関係の無い第3者を巻き込むなど、言語道断である。 狂気の沙汰としか 言いようが無い。
然るに、双方の指導者たちが 復讐と相手の根絶を宣言しているのは異様であり、未だ地球上では力が、暴力がはびこり、野蛮な闘争を繰り返している事を示している。 運命共同体の かけがいのない地球の環境などには 思いがいかない 愚か者たちである。世界史を進化させ、発展させるためにも、そのような双方の指導部の交代を求めるものである。 共生、共存の道を探り、美しい世界を作ろうではないか。 誰も儚い人生を生きている、同じ運命を共有する者、仲間たちではないか。 同じ時代に生を受けた、 私たちの出会いを 美しいものにしようではないか と呼びかける。
以 上
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