2017年12月25日月曜日

La Natividad de Nuestro Señor Isaac Newton Científicos y fans de 'Big Bang Theory' celebran el día de Newtondad

La Natividad de Nuestro Señor Isaac Newton

Es 25 de diciembre. Ha nacido un niño que va a cambiar la historia de la humanidad. Bautizado con un nombre hebreo, llevará el título de Señor o Sir. Es Isaac Newton, Sir Isaac Newton. Fue oficialmente registrado en Kensington, Londres, el 1 de enero de 1643. Sin embargo, en la Europa Continental, Isaac había nacido cuatro días después.
Algunos científicos y fans de The Big Bang Theory celebran este misterio del nacimiento de Newton en una particular celebración: la Newtondad. “El propio nacimiento de Newton fue una paradoja porque en Inglaterra aún usaban el calendario juliano”, recuerda en este podcast el físico Juan Meléndez, autor de De Tales a Newton.

Newton es considerado por muchos como “más que el primer científico, el último mago”, apunta el también profesor de la UC3M. Era tan cristiano como hereje. Practicaba el ocultismo y creía en una especie de alquimia. Sin embargo, no era amigo “de lo que llamaba hipótesis, despectivamente (conjeturas); creía en los hechos probados”. Su ciencia era sólida. Tanto, que publicó “todo de golpe” en su Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica. Un bombazo que enterraba definitivamente a Aristóteles.
Einstein pareció haber hecho lo mismo con él cuando publicó sus trabajos sobre la Relatividad. Se convirtió en un icono pop. Pero “para ir a la Luna no te hace falta más que Newton”, recuerda Meléndez. El inglés sigue siendo considerado como la figura más determinante de la historia de la ciencia. Y, pese a su mal carácter y granjearse decenas de enemigos, también se hizo popular. En la isla y en el continente. Esto último gracias a Voltaire y, sobre todo, una mujer cuya historia es fascinante: la Marquesa de Châtelet. En este podcast te contamos su singular hazaña.
https://www.elindependiente.com/futuro/2017/12/24/la-natividad-de-nuestro-senor-isaac-newton/
 
とても興味深く読みました:
 
再生核研究所声明 382 (2017.9.11)  ニュートンを越える天才たちに-育成する立場の人に

次のような文書を残した: いま思いついたこと:ニュートンは偉く、ガウス、オイラーなども 遥かに及ばないと 何かに書いてあると言うのです。それで、考え、思いついた。 ガウス、オイラーの業績は とても想像も出来なく、如何に基本的で、深く、いろいろな結果がどうして得られたのか、思いもよらない。まさに天才である。数学界にはそのような天才が、結構多いと言える。しかるに、ニュートンの業績は 万有引力の法則、運動の法則、微積分学さえ、理解は常人でも出来き、多くの数学上の結果もそうである。しかるにその偉大さは 比べることも出来ない程であると表現されると言う。それは、どうしてであろうか。確かに世界への甚大な影響として 納得できる面がある。- 初めて スタンフォード大学を訪れた時、確かにニュートンの肖像画が 別格高く掲げられていたことが、鮮明に想い出されてくる。- 今でもそうであろうか?(2017.9.8.10:42)。

万物の運動を支配する法則、力、エネルギーの原理、長さ、面積、体積を捉え、傾き、勾配等の概念を捉えたのであるから、森羅万象のある基礎部分をとらえたものとして、世界史における影響が甚大であると考えれば その業績の大きさに驚かされる。

世界史における甚大な影響として、科学上ではないが、それらを越える、宗教家の大きな存在に まず、注意を喚起して置きたい。数学者、天文学者では ゼロを数として明確に導入し、負の数も考え、算術の法則(四則演算)を確立し、ゼロ除算0/0=0を宣言したBrahmagupta (598 -668 ?) の 偉大な影響 にも特に注意したい。

そのように偉大なるニュートンを発想すれば、それを越える偉大なる歴史上の存在の可能性を考えたくなるのは人情であろう。そこで、天才たちやそれを育成したいと考える人たちに 如何に考えるべきかを述べて置きたい。

万人にとって近い存在で、甚大な貢献をするであろう、科学的な分野への志向である。鍵は 生命情報ではないだろうか。偉大なる発見、貢献であるから具体的に言及できるはずがない。しかしながら、科学が未だ十分に達しておらず、しかも万人に甚大な影響を与える科学の未知の分野として、生命と情報分野における飛躍的な発見は ニュートンを越える発見に繋がるのではないだろうか。
生物とは何者か、どのように作られ、どのように活動しているか、本能と環境への対応の原理を支配する科学的な体系、説明である。生命の誕生と終末の後、人間精神の在り様と物理的な世界の関係、殆ど未知の雄大な分野である。
情報とは何か、情報と人間の関係、影響、発展する人工知能の方向性とそれらを統一する原理と理論。情報と物の関係。情報が物を動かしている実例が存在する。
それらの分野における画期的な成果は ニュートンを越える世界史上の発見として出現するのではないだろうか。
これらの難解な課題においてニュ-トンの場合の様に常人でも理解できるような簡明な法則が発見されるのではないだろうか。 
人類未だ猿や動物にも劣る存在であるとして、世界史を恥ずかしい歴史として、未来人は考え、評価するだろう。世の天才たちの志向について、またそのような偉大なる人材を育成する立場の方々の注意を喚起させたい。偉大なる楽しい夢である。
それにはまずは、世界史を視野に、人間とは何者かと問い、神の意思を捉えようとする真智への愛を大事に育てて行こうではないか。

以 上

再生核研究所声明314(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ニュートンとダーウィンについて
今朝2016年8月6日,散歩中 目が眩むような大きな構想が閃いたのであるが、流石に直接表現とはいかず、先ずは世界史上の大きな事件を回想して、準備したい。紀元前の大きな事件についても触れたいが当分 保留したい。
そもそも、ニュートン、ダーウィンの時代とは 中世の名残を多く残し、宗教の存在は世界観そのものの基礎に有ったと言える。それで、アリストテレスの世界観や聖書に反して 天動説に対して地動説を唱えるには それこそ命を掛けなければ主張できないような時代背景が 存在していた。
そのような時に世の運動、地上も、天空も、万有を支配する法則が存在するとの考えは それこそ、世界観の大きな変更であり、人類に与えた影響は計り知れない。進化論 人類も動物や生物の進化によるものであるとの考えは、 人間そのものの考え方、捉え方の基本的な変更であり、運動法則とともに科学的な思考、捉え方が世界観を根本的に変えてきたと考えられる。勿論、自然科学などの基礎として果たしている役割の大きさを考えると、驚嘆すべきことである。
人生とは何か、人間とは何か、― 世の中には秩序と法則があり、人間は作られた存在で
その上に 存在している。如何に行くべきか、在るべきかの基本は その法則と作られた存在の元、原理を探し、それに従わざるを得ないとなるだろう。しかしながら、狭く捉えて 唯物史観などの思想も生んだが、それらは、心の問題、生命の神秘的な面を過小評価しておかしな世相も一時は蔓延ったが、自然消滅に向かっているように見える。
自然科学も生物学も目も眩むほどに発展してきている。しかしながら、人類未だ成長していないように感じられるのは、止むことのない抗争、紛争、戦争、医学などの驚異的な発展にも関わらず、人間存在についての掘り下げた発展と進化はどれほどかと考えさせられ、昔の人の方が余程人間らしい人間だったと思われることは 多いのではないだろうか。
上記二人の巨人の役割を、自然科学の基礎に大きな影響を与えた人と捉えれば、我々は一段と深く、巨人の拓いた世界を深めるべきではないだろうか。社会科学や人文社会、人生観や世界観にさらに深い影響を与えると、与えられると考える。
ニュートンの作用、反作用の運動法則などは、人間社会でも、人間の精神、心の世界でも成り立つ原理であり、公正の原則の基礎(再生核研究所声明 1 (2007/1/27): 美しい社会はどうしたら、できるか、美しい社会とは)にもなる。 自国の安全を願って軍備を強化すれば相手国がより、軍備を強化するのは道理、法則のようなものである。慣性の法則、急には何事でも変えられない、移行処置や時間的な猶予が必要なのも法則のようなものである。力の法則 変化には情熱、エネルギー,力が必要であり、変化は人間の本質的な要求である。それらはみな、社会や心の世界でも成り立つ原理であり、掘り下げて学ぶべきことが多い。ダーウィンの進化論については、人間はどのように作られ、どのような進化を目指しているのかと追求すべきであり、人間とは何者かと絶えず問うて行くべきである。根本を見失い、個別の結果の追求に明け暮れているのが、現在における科学の現状と言えるのではないだろうか。単に盲目的に夢中で進んでいる蟻の大群のような生態である。広い視点で見れば、経済の成長、成長と叫んでいるが、地球規模で生態系を環境の面から見れば、癌細胞の増殖のような様ではないだろうか。人間の心の喪失、哲学的精神の欠落している時代であると言える。

以 上

再生核研究所声明 397(2017.11.14): 未来に生きる - 生物の本能
天才ガウスは生存中に既に数学界の権威者として高い評価と名声を得ていた。ところが、2000年の伝統を有するユークリッド幾何学とは違った世界、非ユークリッド幾何学を発見して密かに研究を進めていた。この事実を繰り返し気にしてきたが、ガウスは結果を公表すると 世情か混乱するのを畏れて公表をためらい、密かに研究を続けていた。ガウスの予想のように、独立に非ユークリッド幾何学を発見、研究を行って公表した、数学者ロバチェスキー と若きヤーノス・ボヤイは 当時の学界から強い批判を受けてしまった。
ガウスの心境は、十分にやることがあって、名声も十分得ている、ここで騒ぎを起こすより、研究を進めた方が楽しく、また将来に遺産を沢山生産できると考えたのではないだろうか。現在の状況より、歴史上に存在する自分の姿の方に 重きが移っていたのではないだろうか。
このような心理、心境は研究者や芸術家に普遍的に存在する未来に生きる姿とも言える。いろいろな ちやほや活動、形式的な活動よりは 真智への愛に殉じて、余計なことに心を乱され、時間を失うのを嫌い ひたすらに研究活動に励み、仕事の大成に心がける、未来に生きる姿といえる。
しかしながら、この未来に生きるは 実は当たり前で、生物の本能であることが分る。世に自分よりは子供が大事は 切ない生物の本能である。短い自己の時間より、より永い未来を有する子供に夢を託して、夢と希望を抱いて生きるは 生物の本能の基本である。生物は未来、未来と向かっているとも言える。
そこで、ゼロ除算が拓いた新しい世界観に触れて置きたい。未来、未来と志向した先には何が有るだろうか。永遠の先が 実は存在していた。それは、実は始めに飛んでいた。
そこから物語を始めれば、実はまた 現在に戻り、未来も過去も同じような存在であると言える。- これは、現在は未来のために在るのではなく、未来も現在も同じようなものであることを示している。
現在は 過去と未来の固有な、調和ある存在こそが大事である。将来のためではなく、現在は現在で大事であり、現在を良く生きることこそ 大事である。ガウスについていえば、ちょうどよく上手く生きたと評価されるだろう。- ただ人生を掛けて非ユークリッド幾何学にかけた若き数学者の研究を励まさず、若き数学者を失望させたことは 誠に残念な偉大なる数学者の汚点であることを指摘しなければならない。
以 上


再生核研究所声明 402(2017.11.19): 研究進めるべきか否か - 数学の発展
ここ一連の声明で数学について述べてきた:
再生核研究所声明 397(2017.11.14): 未来に生きる - 生物の本能
再生核研究所声明 398(2017.11.15): 数学の本質論と社会への影響の観点から - ゼロ除算算法の出現の視点から
再生核研究所声明 399(2017.11.16): 数学芸術 分野の創造の提案 - 数学の社会性と楽しみの観点から
再生核研究所声明 400(2017.11.17): 数学の研究における喜びと嫌な思い
再生核研究所声明 401(2017.11.18): 数学の全体、姿、生命力
数学の本質論については 次で相当深く触れた:
ここでは、現実の問題から、研究姿勢、路線について具体的に考察したい。
数学とは基本的に、ある仮定の下に導かれる関係の全体である。関与する数学者にとっては、その体系に魅せられ関係を追求していくことになる. しかし、他の人にとっては、あるいは社会的には、それらがどのような意味、影響を与えてくれるかが 人が興味、関心を抱くか否かが大事な問題であると言える。他からみれば、興味、関心、影響を与えないようなものは 存在していないようなものであるから、それだけ人にとっては価値がないものであるとも言える。― もちろん、未来人が高い評価を与える場合もある。また、
デカルトの円定理:
定理は3つの外接する円に対して、それらに内接する円と外接する円の半径を、3つの円の半径で表わす公式を与えたものであるが、その公式は美しい形を有している。ところで、円の半径がゼロならば、点円、半径が無限大ならば、直線になると考えられる。後者の解釈については、ゼロ除算算法の導入で、直線とは中心が原点、半径ゼロの円と見なせるという知見をもたらした。点も直線も円の1種であるという考えから、それではデカルトの美しい定理で、円を直線や点の場合にも成り立つかと考えた。ゼロ除算算法で、2つが円で1つが点以外は、そのまま成り立つことが確認され、この例外である場合に、驚嘆すべきことが分った。3つの円が接しているとき、デカルトの定理は成り立っている。そこで、1つを点に近づけ、点に成ったときにデカルトの定理がどうなるかを調べた。点のときは内接円も外接円も存在しないから、デカルトの定理は成り立たないと考えられる。ところが、点に成ったとき、ゼロ除算算法で解析すると、その点は3つの場合に突然、変化する現象が現れた。点以外に、美しい円が2つ現れる。これらの円について、デカルトの定理を成り立たせる解釈が存在することが分った。― 点が変化して、変化した円で、デカルトの定理が成り立っている。専門家 奥村博博士と論文を執筆中である(2017.11.5.6.57)。この予稿版は2017.11.14に公刊された:https://arxiv.org/abs/1711.04961
そこで、次の研究課題として、如何に進めるべきかを考えている。当面研究課題が無い場合には、課題を探すことになる。しかし今回の場合には、次々と研究課題が存在することが分る。まずは、デカルトの円定理、外接する3つの円が、2つ交わった場合、3つ交わった場合どうなるかの問題が存在する。さらに、今回考えたように、その円の幾つかが、点や直線になった場合にはどうなるかの問題がある。それらの研究内容は今回の論文の6倍から、12倍以上の内容が存在することが予想される。数学の常道である多次元化を考えれば、それらはそれらの研究課題は20倍を超える世界で、挑戦すれば、1冊の著書と生涯の仕事に成り得ると考えられる。そこで如何に進むべきかと思案することになる。論文を出版する事が要求されている場合など、特に他に挑戦する課題が無い場合には、とりあえず、それらの大きな計画の最初の2,3歩を歩み出したいと考えるだろう。より良い課題を持っていれば、その課題に当面挑戦したいと成るだろう。その時の価値判断は 純粋な個人の思いと社会的な影響や共同研究者の意見、希望等が影響するものと考えられる。純粋な個人の価値判断と対社会的な反響に影響されることになる。このとき、その個人の数学観、人生観、価値観などが影響を与え、そのような経緯がその個人の数学を発展させていく原理になる。
今回の場合には、ユークリッド幾何学の世界は、やれば何でもできるので もはや興味も、関心もないという考えが基礎にあるが、全く新奇な現象が出ると分かれば、新規な現象になれるまでは、研究を続行したくなるだろう。人間の心とは極めて微妙で やればできるとなれば、大きな魅力は失われ、予想できない難しい分野に心が向く、真智への愛 が目覚めてくる。創造とは何か、生命とは何か、人工知能の発展とともに絶えず問われることになるだろう。人間にとって真に価値あるものとは何か。人間はどのようなものに感動を覚えるか。絶えず問うていくことになる。
                                       以 上

 

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