再生核研究所声明 446(2018.8.16): 生物・動物の本性についての考察 ― 食すること
異常に暑い夏を迎えている。ここゼロ除算に没頭しているが、少し話題を変えて生物・動物の本性について言及したい。背景には、小鳥たちが器用に 実にいろいろなものを飲み込む本能の神秘さ、大きな鰐や大きな蛇が結構大きな動物を丸のみにする情景、動物たちの捕食の本能の神秘さに驚かされていることにある。しかしながら、生物・動物の本性と題すれば、まずは生物の 生存の強い意志、 ― 生きて存在しなければ始めらない ― 生物の基本定理を述べなければならない。実際、生物の生存の原理は 要するに生きること、生きることへの強い意志・原理である。それを一段と高い視点で、― 生物とは遺伝子の乗り物である ― との冷厳な視点も存在する。それらだけが生物について確かに言えることのようにみえる。
そこで、生きることの条件、生存の条件の基本として、 食することがある。 実際、生きることは食し、排する事とも言える。その原理を司る胃腸などの器官は 神秘的な存在で 逆に生命体の多くに強い影響を与え、胃腸などが生命の本質であるようにも見える。人間精神の中枢すらそれらに支配されているのではないかと考えられる。それは時として 生きるために食するのか、食するために生きるのかと逆説すら湧いて来る。 実際、人は何のために生きて居るのか と問えば、その回答は難しく、油断すると食するのが生きがいとなりかねない。 人の生きるは 真智への愛にある などと言っていられる状況は人間らしい結構な状態であり、食することの方が実体を良く表現しているとなりかねない。 仕事や道、志に夢中で集中している頃は 活力を得、健康を維持するために食すると 健康を第一 に考えるだろう。 食の選択の原理も 多くは感性で本能的に良き選択をしているのではないだろうか。実際、好きなもの、食べたいものを食するのが 健康にも良い筈だ は相当な人の共通の信仰のような信念ではないだろうか。こうなれば、この声明で言いたかったことが言える。 我々は実際には消化系の大きな影響を、支配を受けているということである。 消化系と関連器官は生命の本質的な部分であるという事実である。 - 生まれてこの方 誰でも胃腸を空にすることはほんの例外を除いてなく、実は我々は胃腸に支配されてきたと発想できる。
人間は作られたものであるから、作られたように生きる他はない。我々はどのように作られているかを良く知って、生きることが大事だということである。
次も参照:
再生核研究所声明 439(2018.8.7): 人間として生きることとは - ある一面から
以 上
2018.8.14.14:12
2018.8.14.22:28 既に完全のようである。涼しくなる。
2018.8.15.05:16 それなりに良い。面白いのは最初の文で、ほぼ完全であったこと。
2018.8.15.19:28 これはこれで良い。
2018.8.16.04:34 良い。涼しい、鈴虫の声、静かに。早めに目を覚ます。 昼寝のため。
2018.8.16.04:46 完成、公表。
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