「バカの壁」は「訊く」ことで乗り越えられる
人間には「
バカの
壁」がある、と
指摘したのは、養老
孟司氏だ。あいつは
俺より分かっていない、
俺の方がずっと物事を深く考えている、と思うと、相手の知
力や
能力を
バカにしたくなる。すると、相手のやることなすこと話すこと、全部愚かしいものに見えて、聞くに値しないとみなしてしまい、相手から学ばなくなってしまう、という症状を表す言葉だ。
こうした「
バカの
壁」は、
社会のいたるところに発生している。もちろん、
ビジネスの
世界でも。そして、「
バカの
壁」ができると、
ビジネスでは致命的だ。なにせ、人の話を聞かなくなってしまうわけだから。自分が
バカにした人の意見は、たまによい意見だと思っても「たまたまだ」「
誰かに入れ知恵されたんだろう」などと、
バカにする理由を探すばかりで、まともに聞こうとしなくなる。
けれど、これは大変もったいないことのように思う。どんな人の、どんな言葉にも、新しい
アイデアの
ヒントが秘められているかもしれないからだ。
人気を集めたソクラテスの姿勢
ソクラテスは、そういう意味では、
歴史上に卓抜した存在のように思える。この人には「
バカの
壁」が一切なかったように思われるからだ。
ソクラテスはなぜ、若い人たちから
人気があったのだろう? それは「
訊く」からだ。若い人が何気なく言った言葉を面
白がり、「ほう、それはどういうこと? もう少しその
テーマを掘り下げてみようじゃないか」と言って、さらに発言を促す。若者はウンウン考えて「こうではないでしょうか?」と答える。
ソクラテスはさらに面
白がり、「それを聞いて思い出したけど、こういう話と組み合わせて考えたらどうなるだろう?」と、さらに問いを重ねる。
ソクラテスの度重なる質問で、若者はどんどん思考を重ねる。その結果、それまで自分一人では思ってもみなかったような
斬新な
アイデア、深い思考が引き出される。しかもその都度、
ソクラテスが驚嘆し、もっと聞きたがるものだから、自分が
天才になったような気がしてくる。
コンコンと湧きだす知の
泉が自分の中にあることを発見し、それがうれしくて
ソクラテスのそばに寄り添ったようだ。
果たしてこれは実際にあったことなのか、
プラトンの創作によるものなのか、はっきりしない。しかし、
ソクラテスが自分の得意技として考えていた技術を見事に表現した場面となっている。
ソクラテスの得意技、それは「産婆術」だ。
ソクラテスの「訊く」方法
産婆術とは、
文字通り読めば、
赤ちゃんの出産を助ける助産師(産婆)の技術ということになる。
ソクラテスは、
無知な者同士が
語り合う中で新しい知を産みだす技術のことを産婆術と呼び、自分はそれが得意だと自認していた。
では産婆術とは、どんなものだったのだろう? 端的に言えば、「
訊く」ことだった。「へえ、それはどういうこと?」「こういう面
白い話があるんだけど、それと組み合わせて考えたらどうなるだろう?」と、質問を重ね、相手の思考を刺
激し、発言を促す。「聞く」とせずに「
訊く」としたのは、相手の話をただ受け身で聞いているだけではなく、新しい
情報を加えながら、質問を重ね、次から次へと思考の幅を広げながら話を聞く形だからだ。
この
ソクラテスの産婆術は、実は現代に
蘇っている。「
コーチング」と名を変えて。
Yes/Noで答えるしかない質問ではなく、5W1H(Wh
at/
Who/W
here/W
hen/
Why/How)と呼ばれる「開かれた質問」(どう答えるかは、相手次第に任される)をすることで、会話を途切れさせず、次々と話題を展伸し、思考を深める技術だ。
カウンセ
リングでも「傾聴」が重視されている。しかし傾聴するにも、ただ黙っているだけでは相手も話しにくい。話すきっかけを与えるためにも、「
訊く」ことが大切だ。
ソクラテスは、若い人と話すときには知恵の
泉をどんどん発掘し、対話を楽しんだが、「
俺は
天才だ」という人と対話すると、不思議な現
象が起こった。
天才たちはみな、怒り出したのだ。
原因は「
天才」たちの
知ったかぶりにあった。
プロタゴラスや
ゴルギアスといった、当代随一の
天才と呼ばれた人たちは、
ソクラテスから質問を受けると「ああそれはね、こういうことだよ」と、博識なところを見せつけた。しかし
ソクラテスが質問を重ねると、さっきといまの発言の間に
矛盾があることが浮き彫りになり、最後には「実は、その件はあまり知らないのだ」と
白状する羽
目となった。
ソクラテスは若者に話すときと同様、「
訊く」ようにしただけだ。若い人には「産婆術」として働き、新しい知の発見につながる技術が、自分は
天才で他は
バカ、と思っている人に対しては「弁
証法」と呼ばれて、
知ったかぶりであることを
明らかにしてしまう技術になるのだから、
興味深い。
「バカの壁」を乗り越える
「
バカの
壁」を取り払った人の話をしてみよう。
板画
家として
世界的に名高い
棟方志功氏は、若いころ、大変
傲慢で、自分を
天才と考え、他の人の
芸術をこき下ろすこともたびたびだったという。しかしそのことで、
棟方氏は自ら「
バカの
壁」を作っていたともいえる。
しかし転機が訪れる。
柳宗悦氏との出会いだ。
柳氏は、
無学な
農家、庶民が作った民芸品の美しさを「発見」した人だ。
芸術に何の知識もない人たちが作り出した、素
朴な美の存在に気付いた
棟方氏は衝撃を受けた。以後、
棟方氏は、どんな人からも教えを乞うようになったという。どんな人の片言隻句からも
ヒントを得、学ぶことができることを
知ったからだ。
あなたは「知を
愛している」だろうか? もしそうなら、
バカの
壁を設けるのはもったいない。自分の方が優れているといって優越感を感じようとするのは、
バカの
壁を建設し始めた
証拠だ。それよりは、「この人は、私にはない、何を持っているのだろう?」と
興味を持ち、自分にないものを引き出すために「
訊く」ようにしてみてはどうだろう。あなた自身が知の誕生を支える産婆になるのだ。
ソクラテスは、「
バカの
壁」を設けず、知恵をどん欲に吸収するというロール
モデルを見事に体現した人物だ。
コーチング技術の発見(産婆術の再発見)が行われたことで、
改めて
ソクラテスの偉大さが再認識されつつあるように思う。
新しい事業を起こしたい、新しい発想の商品を生み出したいという人は、
ソクラテスを見習い、
バカの
壁を設けず、あらゆる人から「
訊く」ことで知を生み出す産婆術を
マスターしていただきたい。そうすれば、
ビジネスの
世界はもっと
ワクワクするような現場に変わるだろう。
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