もし古代からアルミニウムが利用できていれば、甲冑(かっちゅう)や武器の発達は今とは違った形となり、武士や騎士の姿もだいぶ異なったものになっていただろう。もし絹がこの世に存在しなければ、明治日本の外貨獲得はうまくいかず、急速な近代化は成し遂げられなかったかもしれない。
周囲の石や木から始まった人類の素材利用は、やがて鉱石から銅などの金属を取り出し、さらに紙やプラスチックといった人間の都合のみに基づいた化学製品を生み出すに至った。 「人類が今までに見つけてきた物質の種類は1億を超えるが、材料として使えるものはほんの一握り。入手の容易さや人体への害のなさ、加工性や丈夫さなどの条件を満たしたものしか使えないし、より優れたものが現れると取って代わられる。今ある材料はエリートなんですよ」
そう語る著者は、有機合成化学研究者出身のサイエンスライター。文明に大きな変化をもたらした、という観点から、鉄や紙などの歴史教科書でも特筆される材料から、炭酸カルシウムやコラーゲンといった意表を突く物質まで、12の素材を選んで歴史との関わりを紹介する文理融合のポピュラー・サイエンスだ。
19世紀半ばに発明された加硫ゴムは車輪と組み合わさり、20世紀の自動車による交通革命の原動力となった。優秀な絶縁材であるポリエチレンはレーダー開発に威力を発揮し、第二次大戦での連合軍の勝利に大きく貢献した。そして現在、シリコンが生み出した人工知能が時代を変えようとしている。人類史は、素材化学の歴史でもあるのだ。
「化学は天文学みたいな宇宙ロマンもないし、物理や数学のように天才の物語も描きづらい地味な分野。でもエネルギーをはじめ、現代世界の大問題は全て化学と関係する。文系の人も含め、化学に興味を持ってもらえれば」(新潮選書・1300円+税)
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