2016年7月29日金曜日

記事 Dentsu PR Digital2016年07月28日 00:00広島県、観光PR成功の秘訣

記事
Dentsu PR Digital2016年07月28日 00:00広島県、観光PR成功の秘訣




ここ数年、観光客数の過去最高を更新し続けている広島県。
2012年の「おしい!広島県」プロモーションに始まり、2014年から無料で発行している観光情報誌「広島究極のガイドブック」は、その最新号(2016年6月発行、表紙は俳優の斎藤工さん)が 即品切れしてニュースになるなど、話題に事欠かない。観光客誘致や移住促進などを目的に、PRやプロモーションに力を入れる自治体が増えつつある中で、広島県は、話題づくりという点で一歩リードしている印象だ。成功の秘訣はどこにあるのだろう。

20160728_digitalboard_01.jpg

地元の"あたりまえ"が宝になる
広島県の観光プロモーションが一躍脚光を浴びたのは、2012年、「おしい!広島県」を合言葉に仕掛けられたキャンペーンだ。広島県ゆかりの著名人として有吉弘行さんを起用し、レモンの生産日本一なのに知らない人が多い、お好み焼きの店舗数は日本一なのに「広島風」と付いてしまうなど、広島のあまり知られていない観光資源が実に「おしい」と自虐的にPRし、動画を中心に話題となった。原爆ドームや嚴島神社、もみじ饅頭などは誰もが思い浮かべる広島のイメージだが、あまり知られていないその他の豊富な観光資源を「おしい」から「おいしい」に変えていこうという目的があった。

2年続いた同キャンペーンはその後、「広島県究極のガイドブック」という"本"を使ったキャンペーンに替わる。2014年の第一弾は「泣ける!広島県」。Perfumeをはじめ広島出身の著名人や地元の人々の情報をもとに、美しい景色、おいしい食べ物、人情あふれる人々に感動して"泣ける"旅を紹介している。2015年の第二弾「カンパイ!広島県 ~見んさい!食べんさい!飲みんさい!~」では、奥田民生さんが見る広島の街の"普段の顔"や、おもわずカンパイしたくなるようなグルメや景色を紹介。そして今年6月に発行した、第三弾「カンパイ!広島県 広島秘境ツアーズ」は、まだ知られていない広島の魅力をあえて「旅の秘境」と言い、仮想の旅行エージェンシー「広島秘境ツアーズ」を設立。"嚴島神社を望む特設水上コテージでのハネムーン"や"帝釈峡の紅葉を飛行撮影家と一緒にモーターパラグライダーで楽しむ"など、広島県でしかできない体験ツアーや、地元の人がオススメする、王道とはちょっと異なる穴場旅を提案している。

20160728_digitalboard_02.png
▲「広島秘境ツアーズ」のプレミアムツアー(左)と、地元の人がオススメするセルフ旅(右)。その他、「JTB中国四国」「H.I.S.」「阪急交通社」「ひろでん中国新聞旅行」の4つの旅行会社とのコラボで生まれた秘境ツアープランも用意されている。

これらのキャンペーンに共通するのは、地元で埋もれている魅力を再発見して発信している点だ。「地元の人にとってはあたりまえでも、県外の方にとっては非常に魅力的に感じるものが実はたくさんあります。そのようなお宝を発掘し、磨いていかなければいけません」と広島県商工労働局観光課の大内貞夫課長は語る。

20160728_digitalboard_04.jpg
▲広島県商工労働局観光課 大内貞夫課長

県が売り込みたいものだけにこだわらない
第三弾の「カンパイ!広島県 広島秘境ツアーズ」は、旅好きとして有名な斎藤工さんが表紙を飾った。今回が初めての県外の著名人の起用だ。これまでの第一弾・第二弾の人気と相まってか、配布に先立って行われたインターネット予約では、3,000部が10分で終了。6月24日に全国で無料配布が開始された数日後には、各地で品切れとなり話題になった。これらの成功について「他の自治体にはできない広島唯一の取り組みになっているか、という視点で県のブランド構築の方針を最初にきっちり決めたこと、そしてターゲットを明確に定めたことに尽きると思います」と大内課長は分析する。「県の観光資産がどのような層に一番刺さるのかを細かく調査し、『大都市圏に住む30~40代女性』にターゲットを絞っています。このターゲットは、上の世代にも、下の世代にも波及効果の高い層なんです。2012年の『おしい!広島県』以前は、こういった調査はできていませんでした」(大内課長)。今回のガイドブックも、広島関連施設の他にターゲット層が集まるであろう美容室やカフェ等に置いているという。

また「県外の目」の活用も忘れてはいけない。ガイドブックの編集には県外のクリエーターが参加し、編集メンバーの中にはターゲット層に当たる女性も含まれている。「ガイドブックで取り上げている場所や切り口が、県が売り込んでいきたいものとは多少違うことはありますが、大切なのは、広島のファンが増えるような魅力的なガイドブックに仕上がっていることです」(大内課長)。実際にガイドブックを手にすると、そのクオリティの高さに驚かされる。120ページにわたるガイドブックは美しい景色・グルメの写真やイラストが目に留まる。「動画ではできない、"じっくりと良さを知ってもらう"ための本」という狙い通り、読み物としても楽しめる雑誌のようなガイドブックであることが、ファンをつくっているのだろう。

20160728_digitalboard_03.png

県民や市区町村を巻き込む
県民の参加や市区町村との連携を促す仕組みも構築されている。県は市区町村と比べると県民と距離があり、市区町村の方が身近な存在だ。「せっかく広島までいらっしゃった方に、"なんだ、こんなもんか"と思っていただきたくはないので、オール広島で観光振興に取り組んでいます」と大内課長は言う。各市区町村と情報交換を行い、各地の魅力づくり・対外発信は県と市区町村の二人三脚で行っているという。「おしい!広島県」の時に行った「全力歓迎課」(広島県職員が芸名を持ち全力でおもてなしをするプロモーション)は、県職員自ら前線に立ち、プロモーションを盛り上げた。この施策は、県内の市区町村にも影響を及ぼし、安芸太田町では女性だけの全力歓迎課「安芸太田町AKO」が発足した。県のプロモーションが市区町村へ波及効果をもたらした形だ。

県民の参加も欠かせない。「泣ける!広島県」や「カンパイ!広島県」のロゴマークを自由に使ってもらうようにしている。実際にロゴマークを使ったポスターを県内のお店が独自に作成するなど、県民に浸透してきた手ごたえがあるという。また「広島秘境ツアーズ」では、ツアーづくりを一般の県民にも協力を仰いだ。「サイクリストのためのB級アウトドア探訪」を提案した広島市内にあるサイクルショップ「Grumpy」の池田竜一氏は、「広島は世界遺産もありますが、例えば『かかしの里山』のような魅力的なB級の面白さを持ったスポットもたくさんあるので、その面白さを伝えたい思いで協力しました。私は県外出身者ですが、都会と田舎の両方を併せ持つ広島に魅力を感じます。自転車さえあれば、都会の遊びもできるし、自然の遊びもできます。そこが魅力だと思います」と語る。生粋の出身者であってもなくても、「広島好き」な人たちの力を借りて、さらに「広島好き」な人を増やす。広島県の懐の深い戦略が、功を奏している典型的な例だろう。こういった自発的に参加したくなる仕組みをつくるところにも、成功のカギがあることがわかった。

20160728_digitalboard_05.png ▲ 「サイクリストのためのB級アウトドア探訪」を提案したサイクルショップ「Grumpy」の池田竜一氏(左)。集落の人口よりも、かかしの数が多いという広島市佐伯区湯来町上多田集落の「かかしの里山」(右)など、広島のディープなスポットを紹介している。

今後について大内課長は「秘密です!(笑) 真面目な話をしますと、"本"という手法を継続するのが良いのかどうかは、真剣に考えていきたいと思っています。今、非常に好評をいただいていますが、別の手法が必要な"次の段階"に来ているのかもしれません」と話す。成功し続けるには慎重に世の中を見極める必要があるのかもしれない。今後の広島県のプロモーションの動向に注目していきたい。

Report by Ruriko Imanishi, Ayako Hasegawa, Hayato Mangokuhttp://blogos.com/article/185033/


非常にためになりました:

再生核研究所声明192(2014.12.27) 無限遠点から観る、人生、世界

(これは、最近、夢中になっているゼロ除算の発想から湧いた、逆思考である。要するに遠い将来から、人生や世界をみたら、考えたら、どのようになるかという視点である。)

主張が明確に湧いたので、結論、趣旨から述べたい。人は我々の目標や希望が未来にあり、そのためにその目標に向かって、努力、精進などと志向しているは 多いのではないだろうか。そのような意味で、我々の関心が、先に、先に有るように感じるのではないだろうか。これは自然な心情であろうが、別の視点も考えたい。成長や発展、変化には適切な有り様が有って、早ければ良い、急いで進めれば良いとはならないということである。現在は、未来のためにあるのではなく、現在、現状はそれ自体尊いという視点である。先、先ではなく、 いま、いまが大事であるという視点である。生物の成長には固有のリズム、
成長のペースがあるということである。我々は、生物としての枠、構成されている状況によって制限があり、適切な有り様が存在する:

再生核研究所声明85(2012.4.24)食欲から人間を考える ― 飽きること

理想的な有り様には 自然な終末もあり、大局的にみれば、大きな流れにおける調和こそ
大事ではないだろうか。次の声明

再生核研究所声明144(3013.12.12) 人類滅亡の概念 - 進化とは 滅亡への過程である

の題名も真実だろうが、そこで述べた、

そこで、 ここでの教訓は、目標や先は、そんなに良くはないのだから、何事無理をするな、自分のペースで、急がず、慌てず、 自分の心の状態を尊重する ということである。人生の一つの原理は、ゲーテの 絶えず活動して止まないもの、 アインシュタインの 人生は自転車に乗っているようなもの である、 止まったら、倒れてしまう、 岡本太郎氏の 芸術は爆発だ、どんどん爆発を続けて行くのが芸術だ。 これらは、誠 至言である。

は真実としても、活動を進める情念も結局、自己のペースが大事であって、あまり外の影響を強く受けるべきではないと言う、視点が大事ではないだろうか。

言いたいことは、個人の心持ちもそうであるが、経済活動、社会活動、科学の進歩も、全体的な流れにおける調和が大事であるということである。例えば

磁気浮上式電車の開通の是非は 妥当であろうか。
原子力発電所の開発促進は適切であろうか。
グローバリゼーションは 急ぎ過ぎではないだろうか。
成果主義は行き過ぎではないだろうか。
経済の成長、発展 優先も大いに気になる。

などと難しい問題に対する広く、深い、総合的な評価の検討も要請したい。 次の声明も参照:

再生核研究所声明117(2013.5.10): 時,状況が問題; タイミングの重要性 、死の問題、恋の問題。

以 上

再生核研究所声明75(2012.2.10):  政治・経済の在りようについて

(この声明は 再生核研究所声明に関心を抱く方の要望によって、動機付けられたものです。他方、大谷杉郎 元群馬大学名誉教授の下記の文が気になって来ました: (新里山文明 ― 私は、基本的には、社会の制度、経済の仕組みにまで立ち入らないと解決はしないと思っています。無駄をすればするほど、景気がよくなるという経済の仕組みの通用した時代は、もうあきらめたほうがいいと思っています。技術と社会制度と、それに人々との考え方と、みんな一緒にならないと循環社会、新里山文明の時代は来そうにありません。 ―( 日だまりの風景 平成18年9月15日発行 大谷杉郎著 印刷所 太陽印刷工業(株)P106~P107より )(群馬大学工業会会報・平成11年3月 99)p95~p107より)。)
上記両者の意見には いわゆる資本主義は 社会主義同様 行きづまっているのではないか、新しい社会の、経済の在りようを模索する必要が有るのではないか との考えを暗示しているようにみえる。
もちろん、政治・経済の在りようについての総合的な考察は、大きな課題であるから、考察を進めるには 重い課題ということになる。 しかしながら、歴史は連続的に流れ、慣性の法則で動いている(再生核研究所声明 72 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)とすれば、現状の問題点を分析することによって、在るべき方向が見えて来ると考えられる。
現在の世界を、アメリカ、EU, 日本など、いわゆる自由主義経済、資本主義社会、民主主義の国々、および、 ロシア、中国など、いわゆる社会主義の変化で 社会主義と資本主義の中間に位置する国々、および いろいろな国柄を反映させているその他の国々と考えてみよう。 社会主義国では、経済活動は国によって計画され、企画されて、人々を資本家から解放し、より平等で公正な社会を目指していると考えられたが、結果は産業・経済活動が停滞し、民生の遅れをもたらし、皮肉にも自由、平等、民主主義の理念から外れ、社会主義の理念は 内部から、崩壊し、より自由な経済活動を許す、解放経済の方に向かわざるを得なかったようにみえる。 これは自由な経済活動が、産業の活性化をもたらし、国や特定の機関の管理では、庶民の力を発揮することができないという、 いわば、人間の本性に根ざした原理から出ていると考えられる。
しからば、資本主義諸国の現状における問題とは何だろうか。 いみじくも、アメリカ,EU, 日本に共通する大きな課題は、 膨大な債務を抱えて、財政破綻の危機にさらされているということである。これは、民主主義の中で、庶民の意志を尊重するあまり、各国の政府が無責任な財政運営を余儀なくされてきたということに他ならない。 民主主義は衆愚政治に陥り、国家は財政破綻を迎えたと、旧社会主義や独裁主義国家から、嘲笑されかねない由々しき事態ではないだろうか。 自由を保証する社会は、そもそも人類の理想であるから、財政の立て直しによる、復活を願わざるを得ない。
しかしながら、資本主義社会で見られる、次のような現象については、大きな歯止めと警戒、対処が必要ではないだろうか。

債務の増大と金融不安、
過熱な自由競争の国際化、
過熱な投機の在り様、
行きすぎた世界的な経済活動、
行きすぎた世界の均一化、
多くの失業者の出現、
為替の急激な変動、
貧富の大きな格差、
アメリカなどに見られる 軍事産業の力、
大量生産、大量消費の在り様、
お金、お金の風潮の増大、
社会生活まで、共生より競争の世相、成果主義や評価、評価の厳しい世相、 
経済活動の環境、社会への大きな影響 など、

それらについて、関係する国際的な機関で 枠をはめ、より良い方向に誘導するような政策を進める必要が有るのではないだろうか。植物界でも動物界でも、自由に野放ししておけば良いとはならず、適当な手入れ、癌細胞などは除去するなど適切な処置が必要であるように である。― これは要するに、現状の自由を尊重する、資本主義と民主主義の在りようを評価して、そこから発する大きな歪を是正していこうとの 現実的な対応を志向するものである。
上記 (無駄をすればするほど、景気がよくなるという経済の仕組み)などについては 税率によって、 調整して行く と考えるのは 如何なものであろうか。
他方、ロシアや中国における在りようの問題では、いまだ自由の保証が十分では無く、人権、人間の尊厳の観点から問題が有るのではないかとの危惧の念を抱かせるが、それぞれの国には それなりの歴史と伝統、文化が有るのだから、軽々しく内政干渉のような態度をとらない姿勢が大事ではないだろうか。 アラブや、その他の諸国についても お互いに内政干渉を控え、いろいろな国による、多様な在り様、多様な文化の存続を尊重、重視していくべきではないだろうか。 いわゆる グローバリゼーションは 地球を画一化して、貧しい均一的な 世界を作り、 傾向として良くないと評価したい。 多様な世界を志向したい。

逆に民主主義の問題点を指摘して置きたい。 上述の様に国民に慮る故に 政府が弱く、政府が責任ある政治を進めることができない状況が起きているから、政治家の身分を安定的に保証して、責任ある政治に専念できるように配慮すべきではないだろうか。そのためには、首相や国会議員の任期を長くして、その間、身分を篤く保証することも検討に値するのではないだろうか。アメリカの大統領選出過程などは あまりにも 長く、現実的ではないのではないだろうか。多数の意見が広く表現できるのは良いが、無責任なムードのようなもの、世論で、 政治が歪められやすい状況について、警戒を要するのではないだろうか。 次の危惧を参照(再生核研究所声明 33: 民主主義と衆愚政治)。

以 上


再生核研究所声明 13 (2008/05/17): 第1原理 ― 最も大事なこと

世界の如何なるものも 環境内の存在であり、孤立した存在は在り得ない。世界の如何なる芸術も真理もまた一切の価値は、人類が存在して始めて意味のある存在となる。従って人類の生存は、如何なるものをも超えた存在であり、すべてに優先する第1原理として、認識する必要がある。よって環境や戦争については 多くの人間の関与すべき重要な問題と考えなければならない。21世紀は、近代科学の進歩によって 地球の有限性が顕わになり、人類絶滅の可能性を感じせしめるようになってきた時代とも言える。

国が栄えなければ、地方の栄えは考えられず、県などが栄えなければ 市町村などの発展は望めない。市町村などが健全でなければ 地域は栄えず、住民や家庭の健全な生活は不可能である。しかしながら、現実的な対応としては、逆方向の発展を考えざるを得ない。すなわち私たち個人、および個人の近くから、より良い社会、環境になるように努力していくことである。孤高の存在は所詮空しく、儚いものである。それゆえに われわれは各級のレベルにおける環境と社会に思いを致すことに努力して行こうではありませんか。

特に、われなき世界は 存在すれども、何事をも認識できず、知ることもなく感じる事もできない。よって、われ存在して始めて、世界を知ることになるから、健全なる個人の存在は、個人にとっては最も大事な第1原理に考えざるを得ない。これは言い古されてきた、 まず健康ということ、 に他ならない。われなき世界とは 自分が影響を与えない世界のことである。この個人と社会の関わりは、 愛とよばれている、 愛の本質である。それは男女の愛と親子の愛が基本になっている。それはまた じんかん と よばれる人間存在の本質でもある。

この声明は 地球環境を限りなく大事にし、世界の平和を確立し、社会を大事に思い、世界の拡大と深化を、 個人を尊重しながら、 積極的に進めることを、各級のレベルで努力することを要請しているものである。その原理は、 人間存在の本質である、 人間存在における三位一体の理存在、知、愛の、存在して、始めて知り、求める事ができる という原理を、いわば当たり前のことを、
確認しているに他ならない。(しかしながら、実際にはこの自明な、重要な原理は、解析接続のように必然的に 新しい価値観と考え方を限りなく発展させ、雄大な世界を拓くのであるが、私個人はこの古い世界で生涯を閉じようとしていて、その世界には立ち入らない事にしたいと思う。不思議にも 少年時代に宇宙論と共にその世界を覗いたのですが、怖くなって覗かないようにしました。それはガウスが非ユークリッド幾何学を発見したが、世の反響の大きさを恐れて発表を控えたのと同じ心境です。) 以上。

0 件のコメント:

コメントを投稿