「教育が変わる」って、どう変わる? 学習指導要領改訂のポイント①
大学入試改革と関連して語られることの多い、新学習指導要領。
今回の改訂により、結局のところ、何がどのように変わるのでしょうか。
新学習指導要領作成の中核的メンバーであり、全国の学校の先生からも高い評価を得ている『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社)の著者・奈須正裕先生(上智大学)に、改訂のポイントについて3回シリーズでお話をうかがいます。
今回の改訂により、結局のところ、何がどのように変わるのでしょうか。
新学習指導要領作成の中核的メンバーであり、全国の学校の先生からも高い評価を得ている『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社)の著者・奈須正裕先生(上智大学)に、改訂のポイントについて3回シリーズでお話をうかがいます。

そもそも学習指導要領とは?
学習指導要領とは、国が定める教育課程の基準です。各学校はこの基準を指針としてカリキュラムを組み、教科書もこれに沿って編纂されます。学習指導要領はほぼ10年ごとに改訂されることになっており、今回は2008年に続く8度目の改訂です。小学校と中学校の新しい学習指導要領は2017年3月に告示され、小学校は2020年度、中学校は21年度から全面実施されることになります。
大きく変わるのは学習内容より「学力観」
改訂の内容として、小学校5・6年生で英語を正式な教科として導入する、小学校でプログラミングを必修とすることなどがありますが、既存の教科の時間数や学習項目には変化がありません。
学習項目を大きく変えない理由として、ひところ「学力低下」が問題とされたものの、近年は持ち直していることが挙げられます。たとえば2015年実施の国際学力調査PISAの結果を見ると、日本の生徒の「科学的リテラシー」の平均点はシンガポールに次いで2位。「読解力」「数学的リテラシー」では、シンガポール、香港、フィンランドなどに上位を譲るものの、米国やイギリス、フランスなどの先進諸国を上回っています。
学習項目を大きく変えない理由として、ひところ「学力低下」が問題とされたものの、近年は持ち直していることが挙げられます。たとえば2015年実施の国際学力調査PISAの結果を見ると、日本の生徒の「科学的リテラシー」の平均点はシンガポールに次いで2位。「読解力」「数学的リテラシー」では、シンガポール、香港、フィンランドなどに上位を譲るものの、米国やイギリス、フランスなどの先進諸国を上回っています。
では、どこが変わるのでしょうか。今回の改訂の大きなテーマは「学力観」の拡張です。
今後の教育では、知識・技能を持つだけでなく、それを自在に、自分らしく使いこなせるところまでを目指します。これを「資質・能力」の育成と呼んでいます。「何を知っているか」だけでなく、その知識を使って「何ができるか」「どのように問題解決を成し遂げるか」までを学力と見なすわけです。今回の改訂は、この学力観に沿って大学入試のあり方まで見直そうとしているところがポイントです。
実は「資質・能力」の育成を目指す教育は、すでに世界的なトレンドとなっています。日本の教育改革も、その動きに歩調を合わせているのです。
今後の教育では、知識・技能を持つだけでなく、それを自在に、自分らしく使いこなせるところまでを目指します。これを「資質・能力」の育成と呼んでいます。「何を知っているか」だけでなく、その知識を使って「何ができるか」「どのように問題解決を成し遂げるか」までを学力と見なすわけです。今回の改訂は、この学力観に沿って大学入試のあり方まで見直そうとしているところがポイントです。
実は「資質・能力」の育成を目指す教育は、すでに世界的なトレンドとなっています。日本の教育改革も、その動きに歩調を合わせているのです。
「割り算の計算ができる」だけでなく、「なぜここで割り算が使えるか」まで理解を
これまで学力とは、おもに知識や技能の量とみなされてきました。「割り算」を教わったら、教わったとおり素早く割り算ができることが「勉強ができる」ことだと考えられてきたのです。
しかし、実生活の中の問題では「これは割り算の問題だよ」と誰も教えてくれないので、どの知識をどう組み合わせれば答えが出るか、自分で考えなくてはなりません。
たとえば「140人の子どもを乗せるには、60人乗りのバスが何台必要ですか」という問題なら、140を60で割って2と3分の1台、「3分の1台」のバスはないので「3台」と答えが出ます。しかし、実生活の中では、示された数字だけ使えば答えが出るケースは少ないはずです。
しかし、実生活の中の問題では「これは割り算の問題だよ」と誰も教えてくれないので、どの知識をどう組み合わせれば答えが出るか、自分で考えなくてはなりません。
たとえば「140人の子どもを乗せるには、60人乗りのバスが何台必要ですか」という問題なら、140を60で割って2と3分の1台、「3分の1台」のバスはないので「3台」と答えが出ます。しかし、実生活の中では、示された数字だけ使えば答えが出るケースは少ないはずです。
「140人の子どもがバスに乗ります。バスの運転手さんは28歳で、高速道路の制限速度は時速80キロです。バスは何台必要ですか」。
こんな問題を出すと、最初のうち、子どもたちは140を28で割ったり、80を引いたりし始めます。でも、それでは割り算がわかっていることになりません。「先生、これでは解けません」「バスが何人乗りか教えてくれたら解けます」と言えてこそ、本当に割り算を理解できているということです。
こんな問題を出すと、最初のうち、子どもたちは140を28で割ったり、80を引いたりし始めます。でも、それでは割り算がわかっていることになりません。「先生、これでは解けません」「バスが何人乗りか教えてくれたら解けます」と言えてこそ、本当に割り算を理解できているということです。
このように、今回の学習指導要領が求める「学力」とは、割り算の手順だけでなく、「割る」とはどういうことかを理解し、自分で考えて使いこなせる、あるいは他者と協力しながら問題解決に生かせる力なのです。
ここまで読んで、「これまでだって『知識だけではダメ』といわれてきたのでは?」「大学入試も変わるのはなぜ?」などと疑問をお感じのかたもいらっしゃるかもしれません。
次回は、改訂までの経緯と大学入試改革の関係についてさらに詳しくお話しします。
次回は、改訂までの経緯と大学入試改革の関係についてさらに詳しくお話しします。
プロフィール
奈須正裕
上智大学総合人間科学部教育学科教授。新学習指導要領の作成に携わり、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会をはじめ、教育課程企画特別部会、総則・評価特別部会などの委員として重要な役割を担う。著書に『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社)など。http://benesse.jp/kyouiku/201712/20171222-1.html
とても興味深く読みました:
再生核研究所声明325(2016.10.14) ゼロ除算の状況について ー 研究・教育活動への参加を求めて
アリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における初歩的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の初歩的な部分の期待される変更は かつて無かった事である。ユークリッドの考えた空間と解析幾何学などで述べられる我々の空間は実は違っていた。いわゆる非ユークリッド空間とも違う空間が現れた。不思議な飛び、ワープ現象が起きている世界である。ゼロと無限の不思議な関係を述べている。これが我々の空間であると考えられる。
そこで、最近の成果を基に現状における学術書、教科書の変更すべき大勢を外観して置きたい。特に、大学学部までの初等数学において、日本人の寄与は皆無であると言えるから、ゼロ除算の教育、研究は日本人が数学の基礎に貢献できる稀なる好機にもなるので、数学者、教育者など関係者の協力、参加をお願いしたい。
先ず、数学の基礎である四則演算において ゼロでは割れない との世の定説を改め、自然に拡張された分数、割り算で、いつでも四則演算は例外なく、可能であるとする。数学はより美しく、完全であった。さらに、数学の奥深い世界を示している。ゼロ除算を含む体の構造、山田体が確立している。その考えは、殆ど当たり前の従来の演算の修正であるが、分数における考え方に新規で重要、面白い、概念がある。その際、小学生から割り算や分数の定義を除算の意味で 繰り返し減法(道脇方式)で定義し、ゼロ除算は自明であるとし 計算機が割り算を行うような算法で 計算方法も指導する。― この方法は割り算の簡明な算法として児童・生徒たちにも歓迎されるだろう。
反比例の法則や関数y=1/xの出現の際には、その原点での値はゼロであると 定義する。その広範な応用は 学習過程の進展に従って どんどん触れて行くこととする。応用する。
いわゆるユークリッド幾何学の学習においては、立体射影の概念に早期に触れ、ゼロ除算が拓いた新しい空間像を指導する。無限、無限の彼方の概念、平行線の概念、勾配の概念を変える必要がある。どのように、如何に、カリキュラムに取り組むかは、もちろん、慎重な検討が必要で、数学界、教育界などの関係者による国家的取り組み、協議が必要である。重要項目は、直交座標系で y軸の勾配はゼロであること。真無限における破壊現象、接線などの新しい性質、解析幾何学との美しい関係と調和。すべての直線が原点を代数的に通り、平行な2直線は原点で代数的に交わっていること。行列式と破壊現象の美しい関係など。三角関数や初等関数でも考え方を修正、補充する。直線とは、そもそも、従来の直線に原点を加えたもので、平行線の公理は実は成り立たず、我々の世界は、ユークリッド空間でも、いわゆる非ユークリッド幾何学でもない、新しい空間である。原点は、あらゆる直線の中心になっている。
大学レベルになれば、微積分、線形代数、微分方程式、複素解析をゼロ除算の発展の成果で修正、補充して行く。複素解析学におけるローラン展開の学習以前でも形式的なローラン展開(負べき項を含む展開)の中心の値をゼロ除算で定義し ― ゼロ除算算法、広範な応用を展開する。最も顕著な例は、tan 90度 の値がゼロであることで、いろいろ幾何学的な説明は、我々の空間の認識を変えるのに教育的で楽しい題材である。特に微分係数が正や負の無限大に収束(発散)する時、微分係数をゼロと修正することによって、微分法の多くの公式や定理の表現が簡素化され、教科書の結構な記述の変更が要求される。媒介変数を含む多くの関数族は、ゼロ除算 算法で統一的な視点が与えられる。多くの公式の記述が簡単になり、修正される。新しい、関数の素性が見えてくる。
複素解析学において 無限遠点はゼロで表現されると、コペルニクス的変更(無限とされていたのが実はゼロだった)を行い、極の概念を次のように変更する。極、特異点の定義は そのままであるが、それらの点の近傍で、限りなく無限の値に近づく値を位数まで込めて取るが、特異点自身では、ゼロ除算に言う、有限確定値をとるとする。その有限確定値のいろいろ幾何学的な意味を学ぶ。古典的な鏡像の定説;原点の 原点を中心とする円に関する鏡像は無限遠点であるは、誤りであり、修正し、ゼロであると いろいろな根拠によって説明する。これら、無限遠点の考え方の修正は、ユークリッド以来、我々の空間に対する認識の世界史上における大きな変更であり、数学を越えた世界観の変更を意味している。これはアリストテレスの世界の連続性の概念を変えるもので強力な不連続性を示している。 ― この文脈では天動説が地動説に変わった歴史上の事件が想起される。
ゼロ除算は 物理学を始め、広く自然科学や計算機科学への大きな影響があり、さらに哲学、宗教、文化への大きな影響がある。しかしながら、ゼロ除算の研究成果を教科書、学術書に遅滞なく取り入れていくことは、真智への愛、真理の追究の表現であり、四則演算が自由にできないとなれば、数学者ばかりではなく、人類の名誉にも関わることである。実際、ゼロ除算の歴史は 止むことのない闘争の歴史とともに人類の恥ずべき人類の愚かさの象徴となるだろう。世間ではゼロ除算について不適切な情報が溢れていて 今尚奇怪で抽象的な議論によって混乱していると言える。― 美しい世界が拓けているのに、誰がそれを閉ざそうと、隠したいと、無視したいと考えられるだろうか。我々は間違いを含む、不適切な数学を教えていると言える: ― 再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判 ―。
地動説のように真実は、実体は既に明らかである。 ― 研究と研究成果の活用の推進を 大きな夢を懐きながら 要請したい。 研究課題は基礎的で関与する分野は広い、いろいろな方の研究・教育活動への参加を求めたい。素人でも数学の研究に参加できる新しい初歩的な数学を沢山含んでいる。ゼロ除算は発展中の世界史上の事件、問題であると言える。
以 上
追記:
http://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf DOI:10.12732/ijam.v27i2.9.
*156 Qian,T./Rodino,L.(eds.): Mathematical Analysis, Probability and
Applications -Plenary Lectures: Isaac 2015, Macau, China.
(Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, Vol. 177) Sep. 2016 305 pp. (Springer)
Paper:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean Spaces
Dear Prof. Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou Saitoh
With reference to above, The Editor-in-Chief IJMC (Prof. Haydar Akca) accepted the your paper after getting positive and supporting respond from the reviewer.
Now, we inform you that your paper is accepted for next issue of International Journal of Mathematics and Computation 9 Vol. 28; Issue 1, 2017),
数学基礎学力研究会のホームページ
URLは
再生核研究所声明327(2016.10.18) 数学教育についての提案
次で、数学教育の重要性、効用性について触れている:
再生核研究所声明313(2016.08.01) 良い数学教育の推進を
― 数学を通して、人類が交流でき、世には道理、秩序が 存在すると理解できるだろう。分かり易いスポーツを通して、ドラマを見て、芸術を通して理解するは 世に多いが、数学の効用をここでは強調したい。道理、秩序に対する認識には 数学の効用は大きく、上記 公正の原則の理解にも 大きく寄与するのではないだろうか。数学教育の充実を国際的な視点で提案したい。その留意点を纏めて置きたい:
1) 世には共通の論理があることを理解し、論理的な思考を学習する。
2) 数学の論理的な面には、美しさとuniverseの、世の秩序を述べていることを学ぶ。
3) 非ユークリッド幾何学の出現過程を良く学び、真理を追求する精神と感情と論理の関係を学ぶ。批判精神、理性、客観性について学ぶ。予断と偏見、思い込み、囚われやすい人間の精神を掘り下げる。
ここで、数学教育の充実とは、いわゆる数学の学力、問題解決に重点をおいた従来の学習ではなく、上記のような数学教育を通して身に付く数学の精神に重点をおいた教育である。他方数学の学力を付けることに偏りすぎたり、学力を競争させたりして 世に多くの数学嫌いな人たちを育てていることを大いに反省したい。数学の美しさ、楽しさを教えることが第一であると心がけなければならない。
数学愛好者の増大は かつて和算が広く民衆に普及していたように、環境にも優しく、人間の修行にも、精神衛生上も、また創造性を養い、考える力を育成するにも大いに貢献するのではないだろうか。囲碁や将棋、歌会、俳句会など良い趣味集団を構成しているが、数学愛好者クラブなど大いに進められるべきではないだろうか。新聞やテレビ、マスコミ、週刊誌などでもどんどん話題を取り上げ、また奨励されるべきではないだろうか。社会の浄化と低俗化防止にも貢献するのではないだろうか。―
と述べた。古くはプラトン学派の門に、幾何学知らざる者この門をくぐるべからず、ナポレオンが軍隊を強くするには数学の教育が大事であると述べていることや、現中国政府の数学重視の姿勢も注目される。
ここでは、明確な提案が閃いたので纏めて置きたい。まず現状の分析と問題であるが、数学は選別、能力を評価する重要な科目になっていて、受験勉強の強い枠に縛られてカリキュラムは相当に厳格に範囲が定められている。そのため限られた範囲での特訓の要素が強く、現実には理想的な教育の有り様からの乖離が甚だしい状態と言える。標語的には、ゆっくり面白いところを追求しようとすれば、そんなことでは、時間内に解答できない、そのようなものは型として、このように対応すれば良いと、薄っぺらな教育内容になり、多くの場合才能ある学生の みずみずしい知的好奇心 を失なわせ、薄っぺらな学習で数学そのものを嫌う学生を多く育てている現実があると考えられる。これは創造性や好奇心を育てる教育と いわゆる学力をつけるための勉強の乖離の問題である。さらに顕著な事実として、高校までの数学と大学での数学の大きな乖離は 相当に広く認められる現象ではないだろうか。多くの高校生は、大学に入って、数学とはそんなに広く、深く、雄大なものであるかと知って驚くのではないだろうか? また、教育現場の感じも相当に違う感じを受けるだろう。
― このような乖離は、研究成果と学部教育の内容についても言えることに注意しておきたい ―。
背に腹は変えられない、受験勉強は無視できない現実であるから、この問題を改善する具体的な提案として、例えば、週1時間とか、月1時間、カリキュラムにとらわれない数学の時間を用意して、カリキュラムに関係する素材や、新しい話題、面白い歴史的な話題から題材をとり、本来数学の教育に求められるような方向での教育を行うようにする。このような時間は、先生の新鮮な研究、研修にも繋がる面があって 先生の柔軟な精神の涵養にも良いのではないだろうか。さらに視野を広げるためにも、いろいろな講演会の企画なども良いのではないだろうか? 提案したい。数理科学の文化の裾野を広げる努力をしたい。近年は教育・研究環境の厳しさと専門の深さ、困難さで、専門的に深くなりすぎて、数理科学など幅の広さや基礎への関わりが薄くなっているように感じられる。その様な事情を反映させて、教育が疎かになる傾向にもなっているのではないかと危惧される。成果が数字に表されるような貧しい教育である。
数学の教育については、下記も参照:
再生核研究所声明315(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ユークリッドと幾何学
再生核研究所声明283 (2016.2.8) 受験勉強が過熱化した場合の危惧について
再生核研究所声明260 (2015.12.07) 受験勉強、嫌な予感がした ― 受験勉強が過熱化した場合の弊害
再生核研究所声明 187 (2014.12.8)工科系における数学教育について
以 上
再生核研究所声明329(2016.10.31) 大学入試の在り様について ― 現実と負担の視点から
近年、センター試験、大学受験制度のいろいろ改革が考えられていることは、大学入試が教育界に大きな影響を与え、さらに、児童、生徒の人間形成上でも大きな影響を与える事実から、絶えざる改革は歓迎されるべきことである。これらの課題には永遠の問題を内在させているという意味で、より良い方法を模索して行くべきである。特に在り様を固定化すれば、必ず弊害が出てくる観点にも気を付けたい。入試の在り様はそのように大きな問題であるから、ここでは、主に、大学側、中規模の大学の試験業務を行う立場から、試験関係の業務軽減の立場の視点から、入試の在り様の議論の際に 気を付けて欲しい観点として 意見表明しておきたい。
共通試験やセンター試験後の特徴は 入試を2回行うことで、入試業務が増大し、他の様々な入試と法人化後はさらに、研究・教育業務以外の業務が極端に増大して、年中振り回されるような雰囲気に大学がなってしまったことである。近年、ノーベル賞受賞者が増大している状況からも分かるように日本の学術レベルの高度化は高く評価されるが、それは、20年、30年前の体制の成果である点を忘れるべきではないのではないだろうか。近年大学の環境の悪化はひどいもの、惨憺たるもので、憂慮している。時間的、資金的余裕を取り戻し、教育・研究に楽しみながら、当たれるような大学の在り様を志向したい。
入試は一身上の大事であり、その判定に携わる者の心理的な圧迫は大きく、大学教員の最も嫌な仕事に当たるのではないだろうか。 そのような業務を繰り返されては、教育・研究どころではない心理状態になってしまう。
入試の原理は、人間の能力は簡単に評価できるものではないと考え、入試は便法として簡素化すべきである。ある種の基準で輪切りにするような在り様も良くなく、ある程度のばらまきも人材の配置、多様化の精神で大事ではないだろうか。― 同じような人を過剰に集めれば、そのような組織は変な組織になるのではないだろうか。― この精神は尊敬する人物の言葉として印象深いが、富士山型より峯が乱立する八ヶ岳のような在りよう が良いと表現される。
他方、児童・生徒の立場に立てば、永い、過剰な受験勉強は修行の面があっても、やり過ぎ、不適当な学習の集中しすぎで、教育本来の理念からの乖離は、相当に広く認識されている状況ではないだろうか。
例えばポルトガルでは、大学入試業務は、高校で全国レベルの試験を行い、大学は提出された書類で選考するだけであるから、入試業務が殆どなく、大学は入試業務から解放されていると言える。― さらに、例を挙げると8月1ヶ月間は大学閉鎖、8月は大学の暦に無く、7年目毎、1年間のサバーティカルライトで一切業務無しであるから、凄い。
そのような観点からすると、日本でも主な入試は各大学ではせいぜい年1回くらいに限るべきではないだろうか。入試業務の軽減化、縮小化を強く求めたい。
具体的には、センター試験作成機関を活かして、各大学で行う2次試験の在り様を検討すべきではないだろうか。論説・記述方式・面接など問題とされているが、採点する立場からすれば、評価は難しく、荷重な業務であるから、センター試験問題の作成において、大いに工夫を考えての対応が良いのではないだろうか。 センター試験が細々とした知識の寄せ集めや、パターン化した問題解きの問題にならないような注意が大事ではないだろうか。時間に追われるような在り様も問題ではないだろうか。これらに関しては、問題を精選したり、試験時間を十分伸ばすことも考えられる。知識より考える力、創造性などをみる試験の在り様を考えて行きたい。当然、入試とは何かと関係者は、絶えず問うべきである。
論説・記述方式の客観的な評価は難しく、本質的な問題を抱えていると考えられる。そのような観点から面接で差を付けるようなことは 実際にはできず、機能しないのではないだろうか。― 他方、人事採用などでは、面接は大きな影響を与えていると考えられる。これらの差は、評価を受けるものの数、人数が影響しているのではないだろうか。― この節の問題は、言わば感覚的な評価を取り入れるべきか否かという問題であるが、画一的に数字で評価が出る方式に対して、入試に柔軟性とある種のランダム性、多様性を取り入れる観点から、検討するに値する考えとも思われるが、評価は極端に荷重になる。
ここで述べようとしたことは、入試業務の軽減化、入試の簡素化、入試があまりにも細かい評価をしないような多様な視点を持ちたいということである。教育は大事であるから、再生核研究所では、次のようにいろいろ意見を表明してきた。ここで述べられたことの逆のような見解もあるが、 それは、入試の在り様の問題には、いろいろな視点、在りようがあり、全体的で総合的なバランスが 大事であるということである。
再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に
再生核研究所声明9: 天才教育の必要性を訴える
再生核研究所声明17: 教育界の改革を求める
再生核研究所声明20: 大学入試センター試験の見直しを提案する
再生核研究所声明 44: 梅の木学問と檜学問-日本の研究者育成についての危惧
再生核研究所声明 60: 非凡な才能を持つ少年・少女育成研究会
再生核研究所声明76(2012.2.16): 教育における心得 ― 教育原理
再生核研究所声明90(2012.5.18): 日本の大学受験体制についての一考察
再生核研究所声明91(2012.5.20): 創造性についての一考察
再生核研究所声明147(2013.12.27) 創造性についての 第二考察
再生核研究所声明187(2014.12.8) 工科系における数学教育について
再生核研究所声明198(2015.1.14) 計算機と人間の違い,そしてそれらの愚かさについて
再生核研究所声明210(2015.2.21) 大学入試ミスにおける対応について
再生核研究所声明327(2016.10.) 数学教育についての提案
以 上
再生核研究所声明331(2016.11.04) 提案 ― ゼロ除算の研究は、学部卒論や修士論文の題材に適切
(雨上がり 山間部の散歩で考えが湧いた。ゼロ除算の下記論文は、新しい数学の研究課題で、学部4年生の卒論ゼミの課題、修士論文の研究課題に適切である:
The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:
http://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf
Qian,T./Rodino,L.(eds.): Mathematical Analysis, Probability and Applications -Plenary Lectures: Isaac 2015, Macau, China. (Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, Vol. 177) Sep. 2016 305 pp. (Springer)
Paper:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean Spaces
Dear Prof. Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou Saitoh
With reference to above, The Editor-in-Chief IJMC (Prof. Haydar Akca) accepted the your paper after getting positive and supporting respond from the reviewer.
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簡単に理由を纏めて置きたい。
1) 基礎知識が学部3年生程度で十分で、基本的な結果を議論でき、新しい結果を導ける余地が十分に存在する。新規で、多くの人が興味を持つ課題で国際的にも広く交流できる。
2) 内容は、永い歴史を有する世界史の問題に関わり、空間の考え、勾配、微分、接線、連続性、無限など数学の基礎概念に関与している。相対性理論、ブラックホール、ビッグバン、計算機障害などにも関係している。
3) もともと歴史的な大問題で、ゼロ除算として永い歴史と文化に関わり、広い視点が発展中の生きた数学の中に持てる。
4) 論理には厳格性、精密性、創造性が要求され、数学の精神の涵養に適切である。予断と偏見、思い込みの深さなどについて人間を知ることが出来る。
5) 基礎数学の広範な修正構想に参画でき、物理学など広い研究課題への応用が展望でき、ゼロ除算算法のような新規で基礎数学の新しい手段を身に付けることが出来る。
6) 現在数学は高度化、細分化して、永い学習期間を経て創造的な仕事に取り掛かれるのが普通であるが、ゼロ除算の研究課題では初期段階から、新しい先端の研究に取り掛かれる基礎的な広い研究領域が存在する。ゼロ除算の研究課題は、世にも稀なる夢のある研究課題であると考えられる。― アリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における初歩的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の初歩的な部分の期待される変更は かつて無かった事である。ユークリッドの考えた空間と解析幾何学などで述べられる我々の空間は実は違っていた。いわゆる非ユークリッド空間とも違う空間が現れた。不思議な飛び、ワープ現象が起きている世界である。ゼロと無限の不思議な関係を述べている。これが我々の空間であると考えられる(再生核研究所声明325(2016.10.14) ゼロ除算の状況について ー 研究・教育活動への参加を求めて)。
偉大なる研究は 2段階の発展でなされる という考えによれば、ゼロ除算には何か画期的な発見が大いに期待できるのではないだろうか。 その意味では 天才や超秀才による本格的な研究が期待される。純粋数学として、新しい空間の意義、ワープ現象の解明が、さらには相対性理論との関係、ゼロ除算計算機障害問題の回避など、本質的で重要な問題が存在する。 他方、新しい空間について、ユークリッド幾何学の見直し、世のいろいろな現象におけるゼロ除算の発見など、数学愛好者の趣味の研究にも良いのではないだろうか。 ゼロ除算の研究課題は、理系の多くの人が驚いて楽しめる普遍的な課題で、論文は多くの人に愛される論文と考えられる。
以 上





















































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