2018年1月9日火曜日

数学真的讨人厌吗?和专家聊聊生活中的数学 作者:中央研究院《研之有物》 台铁沙

数学真的讨人厌吗?和专家聊聊生活中的数学

作者:中央研究院《研之有物》
台铁沙崙站的扭曲图形公共艺术,镜子柱投影显现地面上的黑面琵鹭。(摄影/林婷娴)
(原标题:数学真的讨人厌吗?和李国伟聊聊生活中的数学)

生活中的数学

赏心悦目的艺术、每天使用的电脑,竟然都源于数学?中研院数学所的李国伟兼任研究员,分享数学如何藏身于我们的生活中。
数学考题写不出来,是许多人难忘的痛苦经历。数学真的那么讨人厌吗?数学家李国伟为数学“平反”,他认为数学让学生讨厌,是因为现行的教育多强调“解难题”。当难题解不出来,就会开始怀疑:数学到底可以做什么?

数学可以变成艺术

李国伟举例,台铁沙崙站有个公共艺术,是“扭曲图形”的作品。地面上的图形让人看不出个所以然,但是投影至柱状镜子里却能看见黑面琵鹭。这类扭曲投影图形不只是好看,而是源自于大航海时期的地图投影变形,把地球表面的资讯透过投影、换算画成地图,这就是一种数学。
还有让人目眩神迷的“伊斯兰艺术”,也运用到几何学。伊斯兰教的核心是真主,不能崇拜偶像,但要用什么来装饰清真寺呢?于是使用许多抽象的几何图形。匠人重复某些基本的几何图形,创作出看起来非常复杂的花纹,除了象征阿拉不可分割、无穷无尽的本质,这个边要如何对那个边,这个点要如何对那个点,这也是数学。
非常简单的操作,反复使用的时候,表象就变得非常复杂。这给我们很深刻的哲学启示:宇宙看起来这么复杂,可是它后面的真理说不定很简单。
数学刺激艺术,艺术又刺激数学。现代电脑影响人们的思维,许多当代艺术融入理性化的几何图形,例如克卜勒星形正多面体的公共雕塑。另外,从折纸艺术延伸,现今航太科技也运用“折纸工程”,利用折痕来增加纸张材料的强度、节省运送空间与重量。一张纸如何折才能达到目的,这也需要数学来计算。
李国伟秀出一颗球形的组合折纸,是女儿先用纸张折了许多小元件,再将小元件组成球形结构。“这很不简单,曾经掉到地上散了,只好再请我女儿把它组回来。”(摄影/张语辰)

古老数学游戏藏着大学问

数学除了成为“艺数”,也可以用来玩游戏。有一类组合优化问题,目前还没有解决,成为悬赏 100 万美元的 21 世纪七大数学难题之一。
李国伟说,这类难题源自于 19 世纪汉弥尔顿 (William Rowan Hamilton) 发明的“环游世界”数学游戏 (Icosian Game):把一个正 12 面体的 20 个顶点分别标上倫敦、巴黎、北京、东京、华盛顿等 20 个大都市的名字,要求玩的人从某个城市出发、沿着正 12 面体的稜边,通过每 1 个城市只能 1 次,最后再回到出发的城市。
汉弥尔顿的环游世界游戏牵涉到图论 (Graph Theory) ,比较容易的作法,是先把正 12 面体的图压扁成平面图,再于平面图中找出通过所有点各一次的圈,也就是汉弥尔顿回圈。(资料来源/Hamiltonian Graph)
图论 (Graph Theroy)是什么呢?简单说就是透过点、线的组合,找出最省时间空间的答案。
李国伟致力于图论的研究,其中一个重要的问题是“着色理论”:如何用最少的颜色,将一张图上的所有顶点上色,且相连接的顶点不能同色。
李国伟说明,这种组合数学的问题,答案一定存在,但是实际求解的时候,希望找到最有效率、最节省资源的解,这就是“组合优化”的问题。当然可以每个点都涂不同颜色,但如此一来就用掉太多颜色。这类问题更进一步成为计算机科学里面“算法”的学问。
图论也可以换个形式,在各个点填入数字,变成训练理解“离散数学”的模型工具,在各个分散的数字中,寻找有特殊结构的集合。李国伟也钻研数学史,发现有趣的“离散数学”案例,来自清末太平天国时期保其寿《碧奈山房集》书中的“六道浑天图”。这种图形充满神秘感,如同西方的魔方阵 (magic square) 蕴藏数学的构造原理。
《碧奈山房集》作者保其寿的后人——清大退休教授徐统,赠送给李国伟的手制“六道浑天图”纸模型。(图片来源/论保其寿的浑圆图,作者:李国伟)
“六道浑天图”用六条纸带互相穿插,交错成许多三角形与五边形构成的十二并二十面体,目标是把 91 个数字分别填入图形的顶点与边线,使得每个三角形周边数字总和相同,每个五边形周边数字总和也相同。李国伟认为“六道浑天图”并不是老掉牙的古籍记载而已,它可刺激新的组合数学研究,例如推广到其他规则图形上复杂的定和标数。
19 世纪的西方数学非常发达,虽然西方也有人用心于创作魔方阵 ,但未曾像保其寿在立方体上设计如此复杂的定和标数。“把古老的东西,用现代的数学语言去了解它,然后从它兴起新的数学问题。古为今用,我觉得很有趣!”李国伟看着清末的“六道浑天图”而发出赞叹。
李国伟强调,数学与艺术、文化有很微妙的关联。而他所期盼的数学课,不再只是出难题把人逼疯,而是让学生折纸、动手做,不适合解题的学生也能发挥想法、获得肯定。
最重要的是,有数学的素养,就可以欣赏更多东西,丰富我们的人生!
──转自中央研究院《研之有物》(本文限网站刊登)

とても興味深く読みました:

再生核研究所声明 406(2018.1.8):  アジア不戦条約の提案を ― 批准を ― 丸丸お得な考え、方法

ユークリッド以来、2000年以上我々は間違った空間の認識をし、1300年以上ゼロ除算は不可能であるとの おかしな数学をしていたが、それらが明らかにされた現在、人類の愚かさを知らされて 世界を見ると、誠に動物以下の人間の存在を思い知らされる。― 実は平行線は存在せず、すべての直線は原点を通っていた。実は、1/0=0/0=z/0= tan(pi/2)=0 だった。愚かな争いを続けてきた恥ずかしい世界史。
自国の安全は大事だと、軍拡に走れば、相手は必ず、反作用で応え、軍拡競争は切りがない、これは自明の理である。尖閣諸島で、暗黙の諒解を破って相手を傷つけ、勝手に国有化宣言したら、普通は フォークランド紛争のように、これは宣戦布告のようなものであるから、軍事占領するのが道理であるが、相手の弱味を突いて、得をしたかと思えば、警戒に膨大な経費をかけ、軍事費を増大させる羽目に追い込まれ、結局アジアの愚か者の道(再生核研究所声明 49:アジアの愚か者、アジアの野蛮性を進んでいる。一発でもロケットを攻撃的に発射すれば、自国は吹っ飛んでしまう現実も見えず、おかしな言動を繰り返している奇妙な国も 未だに存在しているようである。そんなに愚かな動物は居るだろうか。
そこで、ちょっと賢くなって、アジア不戦条約を提案、アジアのいかなる国も自国の軍隊をアジアの国に出さない、攻撃しない、誓いをしたら如何であろうか。そして、軍事費は拡大させず、縮小する方向で努力することを申し合わせる。提案国日本は、核武装すべきところ、せず、 憲法改正すべきところ せず、条約の精神を尊重してともにしないとする。
人類は 宇宙の大きさや将来、初期を考察していたり、美しい文化を有しているのだから、闘争本能丸出しの世界から、公正の原則に従って、相手の立場に思いを致し、明るい、楽しい世界の建設に目を向けるべきである。過去志向ではなくて、恥ずかしい世界史を思い直して人間らしい世界史を築いていこうではないか。
膨大な軍事費、エネルギーを楽しい方に向けようではないか。- これ、当たり前のことではないだろうか。恥ずかしい世界史、人間の性、そろそろ卒業して、少し、賢くなろうではないか。
これらは、ゼロ除算の間違いと同様、当たり前に見える。
以 上

再生核研究所声明 405(2017.12.31):  ゼロ除算が拓いた幾何学の現象 ― 堪らなく楽しい新奇な現象 - デカルトの円定理から
図と式の表現が表しにくいので 簡単に参照されるサイトhttps://arxiv.org/abs/1711.04961
を挙げて その中の図と式を参照して頂いて、ゼロ除算が如何に面白いかを解説したい。
まず、始めにデカルトの円定理と呼ばれる美しい定理を参照して下さい。3つの円が外接するときに、それらに内接したり、外接する円の半径の間の関係を確立した定理です。
式は美しいのですが、表現で4つの半径は、完全に対称になっていることに気づけばさらに 美しさを深く理解できます。
論文の発想は、そもそも、点や直線は円の特別な場合と見なせるという数学を想起して、デカルトの円定理で述べた基の3つの円を 点や直線に置き換えた場合にも成り立つかと問題にしました。 点は半径ゼロの円ですが、直線も半径ゼロの円だということはゼロ除算の結果導かれた発見です。すると、デカルトの円定理の式で、1/0  が出てきますが、それらはゼロと解釈すれば 良いとなります。それで、2つが円で、もう一つが共通接線である場合を考えると、図1-2のようですが、きれいに成り立っていることが分かります。 この辺の定理、事実は和算の得意とする分野で、デカルトの円定理も含めて和算でも広く知られていたということです。3つの円が、点や直線になった場合をすべて考えてみて何時でも成り立てば、デカルトの円定理は 一層美しいと言えます。 あらゆる場合を考えるのですが、2つが円で、一つが点の場合、それらに接する円は存在しないようですので、その場合デカルトの円定理は成り立たないようにみえます。
そこで、点では成り立たないので、小さな円の場合を考えて、その円を点にした場合にどうなるかを考えてみました。どんな小さな円でもデカルトの円定理は成り立っていますから、その小さな円の半径がゼロに近づいた場合を 考えてみるとどうなるかと考えたくなります。
数学的に厳格に議論するために、3つの円と内接円(外接円)をきちんと方程式で書いて議論しました。 円を点にするとき、 円の表現は孤立特異点を有していて、そこでは考えられないというのが 現代数学です。 ゼロ分の式はゼロのところで考えられないからです。 例えば、定理7の円の方程式で、z = 1,-1 の場合が考えられる。そこで、意味のある図形が出てくる。 ゼロ除算算法では孤立特異点で有限確定値を与えることができますので、今まで考えられなかった特異点で考えみました。― 無限の彼方が、特異点に成る場合も多い。その結果、驚嘆すべきことが起きていることが分かりました。(この辺の記述は厳密な表現より情念に思いを入れました)。
その特異点から、点円原点と、赤い円と青い円が出て来ることが分かりました。点がこれらの3つに分かれて出てきたという実に面白い現象です。 原点の場合にはデカルトの定理が成り立ちませんが、赤い円では、何とデカルトの円定理が成り立っていることが、ゼロ除算算法での計算の結果から確認できます。 青い円は美しい状況に置かれた円ですが、それは点に近づけた円が、突然、元の2つの円に外接する、しかもちょうどそれらの円を直径にする円に変形したと解釈すると、ちょうど内接する円が 緑の円で、デカルトの定理が成り立っているという、驚嘆すべき現象です。
点に成って定理が成り立たない場面で、点が突然変異を起こして定理をそのまま成り立たせている現象が現れたと発想すると、この現象は世の一般的な現象における新規な現象として注目すべきではないでしょうか。 見かけ上成り立たない場合、そこが変形して成り立たせる世界が存在する。 ― ものは燃焼で変形する、変形以前のあるものは変形してもそのまま、引き継がれている。意味深長では ないだろうか。― 山根現象を想起して下さい。 ― これは、運動エネルギーが一定であったものが ある時、物質は突然消えて、物質は消えて運動エネルギーが熱エネルギーに変化する現象を表しています。
赤い円は、美しいので、その分野の有名なバーコフの円と呼ばれる円ですが、2つの円に直交していますが、点に近づいていくとき、 円は接していたのですが、出てきた円は接するのではなくて、直交でしょうか。 実に面白いことは ゼロ除算が発見した典型的な結果として、y軸の勾配はゼロ、\tan(\pi/2) =0 ですから、バーコフの円は2つの円に接しているということを述べていますから、 堪らなく楽しいと言えます。― 直交は接していると解釈できるという新発見です。 緑の円は美しく3つの円に接しています。
論文では、あらゆる場合を考えたと述べていますので、3つの円が3つの点でも、3本の直線の場合も考えて、デカルトの定理は成り立っていると述べていますので、さらに面白いです。それには、ゼロの意味を考えてゼロとは何かを発見する必要が有ります。
以 上                                           
2017.12.29.14:17 アーカイブ審査の上、公表された。超古典的な考えに間違いがあると書いてあるので、担当者は慎重に扱った。http://arxiv.org/abs/1712.09467


再生核研究所声明 404(2017.12.30):  
ゼロ除算の現状 ― 総合的な印象

ゼロ除算の著書を出版すべく執筆をしている。700件を超えるメモ、記録を参照しながら一応の素案、原案を152ページに纏めた。ゼロ除算発見4周年を目前にしている。そこで、ふと思い湧く印象について述べて置きたい。
ゼロ除算発見 4周年 目前で、数理論の内容は初歩数学であるから、全体が何もかも当たり前に思え、700件を超える知見も当たり前で、著書は簡潔に纏め切れると感じてきた。そのような折り、学位論文で提起、最初の著書で真正面から取り上げ、論じ、未解決の問題と述べてきた超難問が解けたとの論文が 北京大学 のQi'an Guan氏から送られてきた。秀才の関係者も解けず、関与する数学者ももはや世界に存在せず、従ってもはや300年以上も もう解決できないだろうと考えてきた。最初の著書出版1988年からでもちょうど30年を迎えている。全く予想できない発想、深い手段、複雑な構造、このような全く新奇な数学に驚嘆すると共に 北京大学の基礎の深さ、底力の大きさに驚嘆させられ、高貴な独創性、創造性、発想に感銘を受けている。 このような衝撃は友人の山田陽氏の研究などにも見られたが稀なる経験である。
この衝撃的な深い研究、高貴な理論に感銘している折りに、自らの著書、論文の位置づけについて思いを巡らすこととなった。
まずは、ゼロ除算の論理が、ゼロ除算の拓いた世界が当たり前と思える内容であるが、内容がアリストテレス、ユークリッド以来の世界観を変えるものである。 数学ではゼロ除算は未定義、不定性、不可能性が世の定説であるが、天才たちのいろいろな関与、昨年でも2編の大論文が発表されている。 ゼロ除算の永い、神秘的な歴史を回想すると、内容の意味の大きさと、理論の簡素さの大きな隔たりに、驚嘆させられる。極めて簡単な発見が、世界観の変更を要求している:
無限遠点はゼロで表される。すべての直線は原点を通り、ユークリッドの公理は成り立たない。 y軸の勾配はゼロ、\tan(\pi/2) =0であること。解析関数は孤立特異点で固有な値を取り、それが 重要な意味を持つこと。ゼロ除算の影響は初歩数学全般におよび、現代数学には大きな欠落、欠陥があるから、全般的に補充し、完全化されるべきである。極めて簡単な数学が、発見されて大きな影響を広く与える事実である。この差の大きさを 現代数学の目も眩むような高度さ、深さ、徹底した論理の厳格さの視点から思うとき、誠に奇妙な事件に思われて仕方がない。 余りにも大きな新規な結果に、そんなものは受け入れられないとは 多く人の印象であり、論文を相当発表、学会や国際会議でも講演を行っているにも関わらず、4年近く経っても公認の形にはなっていないようである。世間では新しい、基本的な数学が知られていないと言える。―― 我々の空間の認識がアリストテレス、ユークリッド以来 間違っているにも関わらずである。
ゼロ除算 0/0=0は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、  と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある
今回の著書原案では一通り全体を纏めてみたが、全体の様子は、まずゼロ除算の導入をきちんと行い、論理をしっかりさせ、確立させ、歴史的な背景を述べ、ゼロ除算算法の考え方とその有効性を示す具体例を沢山述べた。それで、今まで、考えなかった世界自然な大きな世界が良く見える様になるだろう。この時、我々の数学が、空間の認識が、如何に不完全なものであったかを 明白に理解されるだろう。
ゼロ除算のこの著書は 第1歩であり、いわば初歩入門書である。 本格的なゼロ除算の研究はここから始まると考えたい。Qi'an Guan氏のような数学者や、物理学者が現れて、ゼロ除算の世界は、面目を一新させ、目も眩むほどに発展させるだろうことを 信じて疑わない。
                                   以 上


再生核研究所声明 394(2017.11.4):  ゼロで割れるか ― ゼロで割ったらユークリッド以来の新世界が現れた
ゼロで割る問題は、ゼロ除算は Brahmagupta (598 -668 ?)以来で、彼は Brhmasphuasiddhnta(628)で 0/0=0 と定義していた。ゼロ除算は古くから物理、哲学の問題とも絡み、アリストテレスはゼロ除算の不可能性を述べていたという。現在に至っても、アインシュタイン自身の深い関心とともに相対性理論との関連で相当研究がなされていて、他方、ゼロ除算の計算機障害の実害から、論理や計算機上のアルゴリズムの観点からも相当な研究が続けられている。さらに、数学界の定説、ゼロ除算の不可能性(不定性)に挑戦しようとする相当な素人の関心を集めている。現在に至ってもいろいろな説が存在し、また間違った意見が出回り世間では混乱している。しかるに、 我々は、ゼロ除算は自明であり、ゼロ除算算法とその応用が大事であると述べている。
まずゼロで割れるか否かの問題を論じるとき、その定義をしっかりすることが大事である。 定義をきちんとしないために空回りの議論をしている文献が大部分である。何十年も超えて空回りをしている者が多い。割れるとはどのような意味かと問題にしなければならない。 数学界の常識、割り算は掛け算の逆であり、az =b の解をb割るaと定義し、分数b/a を定義すると考えれば、直ちにa=0の場合には、一般に考えられないと結論される。それで、ゼロ除算は神でもできないとか神秘的な議論が世に氾濫している。しかしながら、この基本的な方程式の解が何時でも一意に存在するように定義するいろいろな考え方が存在する。有名で相当な歴史を有する考え方が、Moore-Penrose一般逆である。その解はa=0 のとき、ただ一つの解z=0 を定める。よって、この意味で方程式の解を定義すれば、ゼロ除算 b/0, b割るゼロはゼロであると言える。そこで、このような発想、定義は自然であるから、発見の動機、経緯は違うが、ゼロ除算は可能で、b/0=0 であると言明した。Moore-Penrose一般逆の自然性を認識して、ゼロ除算は自明であり、b/0=0 であるとした。
それゆえに、神秘的な歴史を持つ、ゼロ除算は 実は当たり前であったが、現在でもそうは認識されず混乱が続いている。その理由は、関数 W = 1/z の原点での値をゼロとする考えに発展、適用するとユークリッド以来、アリストテレス以来の世界観の変更に繋がるからである。1/0は無限大、無限と発想しているからである。実際、原点の近くは限りなく原点から遠ざかり、限りなく遠くの点、無限の彼方に写っている歴然とした現象か存在する。しかるに 原点が原点に写るというのであるから、これらの世界観は ユークリッド空間、アリストテレスの世界観に反することになる。それゆえに Moore-Penrose一般逆は一元一次方程式の場合、意味がないものとして思考が封じられてきたと考えられる。
そこで、この新しい数学、世界観が、我々の数学や世界に合っているか否かを広範囲に調べてみることにした。その結果、ユークリッドやアリストテレスの世界観は違っていて、広範な修正が必要であることが分った。

そこで、次のように表現して、広く内外に意見を求めている:

 Dear the leading mathematicians and colleagues:
 Apparently, the common sense on the division by zero with a long and mysterious history is wrong and our basic idea on the space around the point at infinity is also wrong since Euclid. On the gradient or on derivatives we have a great missing since $\tan (\pi/2) = 0$. Our mathematics is also wrong in elementary mathematics on the division by zero.
I wrote a simple draft on our division by zero. The contents are elementary and have wide connections to various fields beyond mathematics. I expect you write some philosophy, papers and essays on the division by zero from the attached source.
____________
The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world
Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean Spaces
Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou Saitoh
International Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue  1, 2017), 1
-16.  
Relations of 0 and infinity
Hiroshi Okumura, Saburou Saitoh and Tsutomu Matsuura:
http://www.e-jikei.org/…/Camera%20ready%20manuscript_JTSS_A…
国内の方には次の文も加えている:
我々の初等数学には 間違いと欠陥がある。 学部程度の数学は 相当に変更されるべきである。しかしながら、ゼロ除算の真実を知れば、人間は 人間の愚かさ、人間が如何に予断と偏見、思い込みに囚われた存在であるかを知ることが出来るだろう。この意味で、ゼロ除算は 人間開放に寄与するだろう。世界、社会が混乱を続けているのは、人間の無智の故であると言える。
 三角関数や2次曲線論でも理解は不完全で、無限の彼方の概念は、ユークリッド以来 捉えられていないと言える。(2017.8.23.06:30 昨夜 風呂でそのような想いが、新鮮な感覚で湧いて来た。)
ゼロ除算の優秀性、位置づけ : 要するに孤立特異点以外は すべて従来数学である。 ゼロ除算は、孤立特異点 そのもので、新しいことが言えるとなっている。従来、考えなかったこと、できなかったこと ができるようになったのであるから、ゼロ除算の優秀性は歴然である。 優秀性の大きさは、新しい発見の影響の大きさによる(2017.8.24.05:40) 
思えば、我々は未だ微分係数、勾配、傾きの概念さえ、正しく理解されていないと言える。 目覚めた時そのような考えが独りでに湧いた。
典型的な反響は 次の物理学者の言葉に現れている:
Here is how I see the problem with prohibition on division by zero, which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointed out(2017.10.14.8:55).
現代数学には間違いがあり、欠陥がある、我々の空間の認識はユークリッド、アリストテレス以来 間違っていると述べている。
ゼロ除算の混乱は、世界史上に於ける数学界の恥である。そこで、数学関係者のゼロ除算の解明による数学の修正を、ゼロ除算の動かぬ、数学の真実にしたがって求めたい。詳しい解説を 3年を超えて素人向きに行っている:

 

数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学

www.mirun.sctv.jp/~suugaku/
以 上

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