2015年6月15日月曜日

【研究】ブタはチンパンジーやイルカ並みに高い知能…食肉用動物としての扱いを再考する必要がある★4

【研究】ブタはチンパンジーやイルカ並みに高い知能…食肉用動物としての扱いを再考する必要がある★4

1 :野良ハムスター ★ 転載ダメ©2ch.net:2015/06/14(日) 21:26:40.25 ID:???*
「ブタはチンパンジー並みに高い知能を持っている」とする研究報告を、 
米国エモニー大学の神経科学者ロリ・マリノ氏らが発表した。 
論文は国際学術誌「比較心理学」に掲載された。 
食肉用動物であるブタの扱いに一石を投じる内容となっている。 

マリノ氏と動物の権利団体「ノンヒューマン・ライツ・プロジェクト」の声明: 
「我々の研究は、ブタの認知能力が、イヌ、チンパンジー、ゾウ、イルカ、そしてヒトなど、 
高い知能を持っている他の動物と並んでいることを示すものです。 
人間とブタとの付き合い方を再考する必要があることを示唆する科学的根拠があるということです」 

研究によると、ブタの知能の高さを示す能力とし て、以下のようなものがある。 

・優れた長期記憶を持っている。 
・迷路など、物体の位置把握が必要なテストが得意。 
・簡単な象徴言語を理解できる。 
・行動や物体に関係する記号の複雑な組み合わせを学習することができる。 
・他の個体と遊んだり、イヌのように擬似的な喧嘩をすることを好む。 
・複雑な社会生活を営み、集団の他の個体を識別し、お互いに学習し合う。 
・他の個体との共同作業を行なう。 
・ジョイスティックを操作して画面上のカーソルを動かすことができる(チンパンジーと共通の能力)。 
・鏡を使用して、隠された食物を見つける。 
・他の個体への共感を見せる。 

http://static.ddmcdn.com/gif/blogs/dnews-files-2015-06-pig-150611-jpg.jpg 
http://news.discovery.com/animals/iq-tests-suggest-pigs-are-smart-as-dogs-chimps-150611.htm 

知能の高さで、問題を論じるのは問題では。
生物は 共生、共鳴、一体の存在ですから、バランスや感情の調整が大事では。 
総合的な捉え方が大事では?


再生核研究所声明191(2014.12.26) 公理系、基本と人間

公理系、公準とは数学の述語で 数学を展開する最も基礎をなす、仮定系のことである。
数学ではそれらを基礎に論理的に、厳格に数学が展開されると考えられている。すなわち、数学の基礎である。 2千年以前に考えられた、ユークリッドの平行線の公理、すなわち、 任意の直線に対して、直線外の一点を通ってその直線と交わらない直線がただ一つ(平行線)存在する が有名である。約2千年経って、そうではない幾何学(非ユークリッド幾何学)が現れて、平行線が存在しない幾何学と、無数の平行線が存在する2つの型の幾何学が現れて、現在それらの幾何学も日常の研究で どんどん使われている。
公理系が異なる数学では、世界が違っているので、一応は別数学、別世界と考えられる。そこで、違いは論じられても、相互の直接的な関係は、ほとんど考えられていないと言える。別公理系では、議論できない。
人間が交流できたり、議論できるのは共通の前提、基礎が存在するから、それらの基礎の上にできるということである。 確かに人間は 動物として存在する基礎として、動物の本能や、基本的な基礎が広範に共通するものとして存在している。 これらは、確認するまでもない。 それらは もちろん、本能に基づく面は 共通の基礎として、人間社会の公理系のように基礎になるだろう。衣、食、住を整え、良い市民社会に住みたい、まともな生活を送りたいなどは 誰でも願う共通の基礎と言えるだろう。
本声明の意図は、より上位の、いろいろな判断の基礎をなす、前提となる基礎について言及することである。我々は、何を基礎に物事の判断を行うであろうか?
我々は、その様な基礎を、生い立ちにおける教育、文化、習慣、伝統、あるいは影響を受けた、共感、共鳴する思想、などに見出すことができるだろう。 それは、テレビや新聞、環境の影響を強く受けていると考えられる。すなわち、環境の影響である。
我々が交流をどんどん深めていくと、結局、人生観、世界観、宗教観まで行き着き、最後には、それらの点における相違を認める場面に至るは多い。 そこで、相違をしっかりと認識することになる。時として、見解の相違であるとして、議論や討論、交流を打ち切る場合は 世に多い。議論や討論はそのような形相を帯びる事が多い。
ところが、他方、人間界には 好みや感情がもろに出てくる場合も世に多い。8歳で巨大素数の構造が好きだとか、6歳で、無限に興味がある。 冬山が好きで、危険を顧みず、雪の中でテントを張って過ごしてくる。サーフィン、岩登り、冒険など、世にはいろいろな興味に、関心に強い情念を抱くは多い。これらの個性と多様性には議論の余地が無くて、好きだから仕方がないと表現できるかも知れない。
上記で、人間の基礎をなす 知と情の背景を考察した。 いずれも基礎が異なれば、理解や共感、共鳴は 難しいということを述べている。
そこで、本声明の要点は、人間関係でお互いの基礎、数学で言う公理系に当たる部分について 相手と自分の基礎を確認して、さらにそれらの公理系のようなものまでも その是非を慎重に検討して行く必要性に思いを至らしめることである。
我々の前提は、大丈夫だろうか。適切であろうか。我々の基礎は適切であろうか。疑い、他の立場は有り得ないであろうか? 基礎の基礎を省察していきたい。それこそが, 真智への愛と言える。
公理系は、変わる可能性があり、いろいろな世界が有り得る。いろいろな公理系を超えて、我々はより自由になり、広い大きな世界を観ることができる。
これは、民族や国家には固有の基礎があり、違えば、違う基礎が有る。人種、性別でも基礎が相当に違い、宗教によっても、学歴や能力、貧富の差や、地域でも基礎について相当な違いが有る。 それらの違い超えて、しっかり背景を捉えて、行こうということを述べている。
さらに言えば、予断、独断、偏見、思い込み、決めつけ、習慣、慣習、それらも時として、省察が必要である。
この声明の背景には 最近のゼロ除算100/0=0,0/0=0の発見がある。 長い間確立されていた定説の変更、新発見である。

以 上


●1主はモーセとアロンにこう仰せになった。
2イスラエルの民に告げてこう言いなさい。地上のあらゆる動物(どうぶつ)のうちで、あなたたちの食べてよい生き物は、
3ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである。4従って反すうするだけか、あるいは、ひづめが分かれただけの生き物は食べてはならない。
らくだは反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。5岩狸は反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。
6野兎も反すうするが、ひづめが分かれていないから、汚れたものである。7いのししはひづめが分かれ、完全に割れているが、全く反すうしないから、汚れたものである。
8これらの動物の肉を食べてはならない。死骸に触れてはならない。これらは汚れたものである。
9水中の魚類のうち、ひれ、うろこのあるものは、海のものでも、川のものでもすべて食べてよい。
10しかしひれやうろこのないものは、海のものでも、川のものでも、水に群がるものでも、水の中の生き物はすべて汚らわしいものである。
11これらは汚らわしいものであり、その肉を食べてはならない。死骸は汚らわしいものとして扱え。12水の中にいてひれやうろこのないものは、すべて汚らわしいものである。
13鳥類のうちで、次のものは汚らわしいものとして扱え。食べてはならない。それらは汚らわしいものである。禿鷲、ひげ鷲、黒禿鷲、14鳶、隼の類、
15烏の類、16鷲みみずく、小みみずく、虎ふずく、鷹の類、17森ふくろう、魚みみずく、大このはずく、18小きんめふくろう、このはずく、みさご、
19こうのとり、青鷺の類、やつがしら鳥、こうもり。20羽があり、四本の足で動き、群れを成す昆虫はすべて汚らわしいものである。
21ただし羽があり、四本の足で動き、群れを成すもののうちで、地面を跳躍するのに適した後ろ肢を持つものは食べてよい。
22すなわち、いなごの類、羽ながいなごの類、大いなごの類、小いなごの類は食べてよい。23しかし、これ以外で羽があり、四本の足をもち、群れを成す昆虫はすべて汚らわしいものである。
(旧約聖書 レビ記11章1-22)

旧約聖書の時代は、豚肉が汚れたものであると言われていたからです。
新約聖書の時代になって、イエス・キリストが律法主義を禁止したので、
イエスを救い主としているキリスト教では、普通に食べます。

旧約聖書を聖典としているイスラム教では、豚も牛も食べません。
私が思うに、その人はキリスト教ではなくイスラムではないでしょうか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1148195941



8.28 なぜ地球は食物連鎖というルールの中で存在しているんでしょうか? そこに大きな意味みたいなものが存在しているんでしょうか?
http://oshiete1.nifty.com/qa6160506.html


素晴らしい質問です。 自然は厳しいので、多様性を有する形に生体系を作って、生物の生存を図っているように見えますね。 生命の目指す先は、まだ分かりませんが、生存すること、知ること、感動することを求めているのは確かですね。
次を参照してください。 尚そこで言われている、元祖生命体は、遺伝子という実在するもので、実現しているともいえますね。 遺伝子は生物を乗りついで生きていますね。何を目指しているのでしょうか。

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