2015年6月16日火曜日

再生核研究所声明235(2015.6.17)西行花伝 ― 辻邦生、新潮社を読んで – 出家について

再生核研究所声明235(2015.6.17)西行花伝 ― 辻邦生、新潮社を読んで – 出家について

著書の再読を始めたが、今回(前回声明233、234)は 西行の 出家 について興味深いので、動機、考え方、人生、世界の捉え方などについて印象を述べたい。まず、出家の語を確認して置こう:

出家(しゅっけ、巴: pabbajja、梵: pravrajyaa、प्रव्रज्या ) とは、師僧から正しい戒律である『沙弥戒』や『具足戒』を授かって世俗を離れ、家庭生活を捨て仏門に入ることである。落飾(らくしょく)ともいう。対義語は還俗(げんぞく、“俗界に還る”の意)。
在家(ざいけ)と対比される。インドでは、紀元前5世紀頃、バラモン教の伝統的権威を認めない沙門(しゃもん)と呼ばれる修行者が現れ、解脱(げだつ)への道を求めて禅定や苦行などの修行にいそしんだ。有力な沙門の下には多くの弟子が集まり、出家者集団を形成したが、釈迦もその沙門の1人であった。
仏教における出家の伝統はこれに由来する。仏教教団において剃髪(ていはつ)して袈裟を被い、「正式に受戒(じゅかい)して入門した沙弥や沙弥尼」になることを言うが、その後、「具足戒を受けて正規の僧となった比丘や比丘尼」を呼ぶ場合にも使う。(ウィキペディア)

まず、大事な言葉を引用しよう(その辺の精読を勧めたい):

親友を突然失って、憲康が亡くなったとき、あの虚しい明るい初夏の光が漲り渡っていた朝、私は憲康とともに死んだのだと思います。
形は生者ですが、心は浮世を超えた者になっています。
清盛のいう武力と権能があくまでもこの世のものだということ、それは浮島に似た浮世のなかだけのこと、
身が軽々となったのは、浮世の外が、ただこの世の花を楽しむ空間であり、雅の舞台あり、事が 成る 成らぬ から全く免れている場所だからでした。
無偏上人の質素な庵を訪ねて、これこそが私たちの住むべき家だとは思わないか。 森羅万象の喜びが、まるで唱和する歌声のように、この小さな庵に響いているではないか。
鳥羽院に、私は理屈の何もなく、 院が足を置かれる大地を、虚空に中に作らなければならない、と思いました。そしてそれを作れるのは言葉だけ、歌だけだ、と咄嗟に考えた。
この世を法爾自然として感じるためだったと 捉えた。
さらに次の言葉に 人生の在り様、志の方向が現れている: でも、歌が人々を支える大地になったとき、生と死を超えるあの何か大きなものも、きっと私に分かるようになるのではないだろうか。
あらすじは次のように纏められるだろう: 西行は才能に恵まれた、相当な豪族の棟梁であり、宮廷でも相当な地位にあり、 いわゆる立身出世には 相当に有望であったが、政情不安と宮廷内の権力争いの醜さには相当に詳しく、 清盛や頼朝のような世界を志向せず、逆にそれらを浮世と見て、浮世を離れた世界を求めた。生きる目的も上記に述べられているように 相当に明確に 志として述べられている。
出家の直接の動機は、親友の突然の死であるが、もともと、出家するような背景は強く存在していたと言える。これは生まれながらの性格の影響も強く、いつの時代でもそのように志向するものはいるものである。 西行の場合は、普通の出家と違って、歌を詠むこと、自然とともに存在して、歌に表現する事を相当しっかりと志していることは生涯に見ることができる。質素な生活の中から、より自然にとけ込み、生きることの喜びを歌に表現することを生きがいにされていたように思われる。いろいろなところで開かれた歌会では相当に優遇され、人間関係, 交友関係も広く、相当に充実した人生であると見える。 生活の記念碑は歌に表現されて、歌集などに発表、採択されるなど、現在の芸術家, 研究者たちと同じように道を求める存在で、大いに共感、共鳴を受ける。
自然とともに在って、歌に表現することを そのように深く捉えた文化は、 相当に日本の深い文化ではないだろうか。歌の中に人生、世界が表現されているとして、歌に如何に深い思いを入れられたかは、当時の文化の驚嘆すべきものではないだろうか。良い歌を作れるは、恋の成就や出世の大事な要素だったとは、如何にも優雅な文化と理解される。
研究者や芸術家のようであったと言えば、現在の我々との相違はどこにあるだろうか。
何といっても、自然とともに歩む心、それは、生活環境、食生活などの簡素さ、いくら大豪族の棟梁の立場といっても、現代人の生活からすれば、想像もできないほどの簡素さである。優雅な生活を営める立場であったものを そのように厳しい生活を選択されていること、この事実は大いに省察に値するのではないだろうか。食生活の質素さ、生活環境における厳しさの中で、900年も前に、73歳の天授を全うされていることも注目に値する。二人の子供を有し 恵まれた家庭と裕福な生活を放棄しての出家であることにも触れておきたい。
 健康、健康、健康食品と にぎはしている 現代の世相、美食を求めている世相とは 相当に違う人生の有り様である。生活面における修行と仏教の関係について、人として生きることの意味を問うていきたい。仏教との深い関わりについては、 著者は宗教に深い理解があるとは思えず、そのへんは表現されていない。
出家と歌の世界、世界の文化でも相当に特徴のある深い文化ではないだろうが。 日本人の相当な精神の基礎を与えていると言える。 勅撰和歌集などの概念も 極めて面白いと評価したい。その美しい伝統は 歌会始の儀 や広い層を持つ歌や俳句を楽しむ文化に受け継がれている。

以 上




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