『半分、青い。』が描く、流されることをポジティブに捉えた世代
マイナビニュース『半分、青い。』の総集編が10月8日に放送された。ヒロインの楡野鈴愛は1971年生まれ。ちょうど団塊ジュニア(1971年から1974年生まれ)で、第二次ベビーブームに生まれている。ちなみに、いつもここで書いているロスジェネ(1972年生まれから1982年生まれ)とは一歳違いだ。
⇒大泉洋、峯田和伸らが演じる「ロスジェネ」世代のリアリティ
⇒篠原涼子らが演じるドラマの中の「ロスジェネ」女性
⇒ドラマ『ハケンの品格』が描いた「ロスジェネ」世代の派遣社員・正社員
○バブル以降で就職氷河期以前
この頃に生まれた団塊ジュニアは、バブルは学生時代に横目で見ていて恩恵を受けた記憶はほとんどなく、女子大生ブームのときは高校生で、コギャルが出てきた頃には大学生で、なんの象徴的な出来事もなく、団塊ジュニアという名前はあるのに、文化で語るのが難しい世代なのである。
それは、楡野鈴愛にもよく表れている。上京した鈴愛が、幼馴染みの律と、律の友⼈のマアくんとともにディスコのマハジャロに行く場面があるが、なんとかバブルを体験した記憶というのが、ディスコに「行ってみた」というのがリアリティがある。律が大学一年生の年と考えると、それは1990年だろう。バブルはまだはじけておらず、その頃に学生である鈴愛たちは、背伸びして常にきらびやかな空間に行くほど、その文化にどっぷりではなかったということがよく表れている。だからこそ、鈴愛のあの派手なボディコンもちょっと浮いていて、そしてまぶしかったのである。
これがあと数年で、クラブ文化に移行する。それは、1995年が舞台と思われる『SUNNY 強い気持ち・強い愛』で三浦春馬演じる大学生(2年生らしい)が、大きなヘッドフォンを身に着けDJをしていることからもうかがえる。このとき、三浦春馬はロン毛だが、1995年のこの気分は、木村拓哉(1972年生まれ)の影響が大きかったと考えていいだろう。
『半分、⻘い。』のヒロインたちと同じ1971年生まれの大学生たちが就職活動をするのは1993年だが、就活のときにはかろうじてバブル崩壊(1993年)にかかるかかからないかの時期で、就職氷河期の影響を受けた人も受けなかった人もいる。マアくんはなんとか希望の職種についているほうに入る。律は大学院を経て菱松電気に就職しているし、鈴愛も漫画家を志望して高校卒業してすぐに上京しているから、この就職氷河期の影響を直接は受けていない。
○失われた時代のリアリティ
しかし、『半分、青い』を見ると、失われた時代を生きた人々の話であると強く思う。鈴愛は高校卒業後、売れっ子漫画家・秋風羽織の元で漫画家修行をし10年目を迎えた1999年に漫画家を辞め、100円ショップ⼤納⾔でバイトを始めることになる。そのときに鈴愛の母の晴が、まだ鈴愛が辞めたことを知らない状態で「あの子の10年は、なんやったんよねえ」とため息交じりで言っているが、その後に父の言う「どんな年月やって意味があるんだぞ」というのも興味深い。
総集編ではその後に、100均のバイトで出会った涼次(後の鈴愛の夫になる人である)が、漫画家の楡野鈴愛のファンで、鈴愛は初めてファンである涼次に握手を求められたことで、漫画家をやっていた10年に意味があったことがわかるシーンがつなげられていた。
鈴愛の恩師である秋風羽織も、「一見、余計なことする時間も、回り道も、あっていいと思います。いろんなことがあって、すべてが"今"につながっていく」と語っているが、こうした⾔葉は『半分、⻘い。』の最も重要な部分であると感じる。
その後の鈴愛をといえば、涼次と結婚して100均のバイトを辞め、離婚し、娘のカンちゃんを連れて実家に帰り、祖父の仙吉に五平餅の作り方を習い、五平餅のカフェを実家近くに開店し、しかしその五平餅カフェを譲り、カンちゃんのフィギュアスケーターになりたいという夢にかけて東京に戻り、屋台を引きながらなんとか生活して、律に再会し、そして律とともにそよ風の扇風機を開発するのである。
文章になった鈴愛の半生を見ると、計画性がなく行きあたりばったりで、何がしたいのかブレブレじゃないかと非難する人がいるのもわかる。しかし、私は個人的にも、鈴愛と同世代としても、すごくリアリティがある話に見えてしまうのである。
○「すべてがつながる」と信じるしかなかった世代
個人的な話になるが、自分が就職氷河期を潜り抜けてなんとか就職したときには、まだそこで一生働けるというロールモデルも少なく、なんとなく辞めて、30歳を前に地元でバイトをしたこともあるし、地方都市でそれで生きていくにはどうにもならず上京もしたし、上京してから仕事を探したので、その先がどうなるのか考えている余裕もなかった。
その間、確かに明確なキャリアやスキルが積めたかというと、そうでもなかったが、なにもない状態でも、見様見真似でやったりしてなんとかしのいできた。ある経験が意外に別の仕事で役に立つこともあった。まさしく、秋風先生の言う「いろんなことがあって、すべてが"今"につながっていく」が実感できるのである。
そこには、肯定的な意味でも否定的な意味でも、そう捉えるしかなかったという背景がある。大泉洋(1973年生まれ)は、筆者がオリコンニュースでインタビューした際に「私らの頃は『将来を決めないこと』に対して追い風だった時代だったのかもしれないですね。不況で就職先も見つからない、だったら好きなことをやってもいいんじゃないっていう空気がありました」と語っている。だんだんと不況になっていく世の中で、自分たちがそこに巻き込まれていった状況をポジティブに捉えているのだとわかる。
もちろん、これは、バブルが終わり、どうなるのかわからない中で見つけた、この世代なりの考え方であり、今を生きる若い人たちが「いろんなことがあって、すべてが"今"につながっていく」という考えだけを信じてうまくやっていけるほど、楽観視できないし状況が変わっていることもあるのだということも知っている。それは、現代のフィクションにも書かれているし、何十年後かに、朝ドラで総括されることもあるだろう。
しかし、模索しながら流されながら、それでもポジティブにこれも何かにつながると信じるしかなかった。そういう団塊ジュニアの感じた、これまではなかなか描かれることのできなかった時代の空気を、うまく描いてくれたのが『半分、青い。』でないかと感じるのだ。
○著者プロフィール: 西森路代
ライター。地方のOLを経て上京。派遣社員、編集プロダクション勤務を経てフリーに。香港、台湾、韓国、日本などアジアのエンターテイメントと、女性の生き方について執筆中。テレビブロスで、テレビドラマの演者についてのコラム「演じるヒト演じないトキ」連載中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK出版)などがある。
※写真と本文は関係ありません
(西森路代)https://news.nicovideo.jp/watch/nw4000370
⇒大泉洋、峯田和伸らが演じる「ロスジェネ」世代のリアリティ
⇒篠原涼子らが演じるドラマの中の「ロスジェネ」女性
⇒ドラマ『ハケンの品格』が描いた「ロスジェネ」世代の派遣社員・正社員
○バブル以降で就職氷河期以前
この頃に生まれた団塊ジュニアは、バブルは学生時代に横目で見ていて恩恵を受けた記憶はほとんどなく、女子大生ブームのときは高校生で、コギャルが出てきた頃には大学生で、なんの象徴的な出来事もなく、団塊ジュニアという名前はあるのに、文化で語るのが難しい世代なのである。
それは、楡野鈴愛にもよく表れている。上京した鈴愛が、幼馴染みの律と、律の友⼈のマアくんとともにディスコのマハジャロに行く場面があるが、なんとかバブルを体験した記憶というのが、ディスコに「行ってみた」というのがリアリティがある。律が大学一年生の年と考えると、それは1990年だろう。バブルはまだはじけておらず、その頃に学生である鈴愛たちは、背伸びして常にきらびやかな空間に行くほど、その文化にどっぷりではなかったということがよく表れている。だからこそ、鈴愛のあの派手なボディコンもちょっと浮いていて、そしてまぶしかったのである。
これがあと数年で、クラブ文化に移行する。それは、1995年が舞台と思われる『SUNNY 強い気持ち・強い愛』で三浦春馬演じる大学生(2年生らしい)が、大きなヘッドフォンを身に着けDJをしていることからもうかがえる。このとき、三浦春馬はロン毛だが、1995年のこの気分は、木村拓哉(1972年生まれ)の影響が大きかったと考えていいだろう。
『半分、⻘い。』のヒロインたちと同じ1971年生まれの大学生たちが就職活動をするのは1993年だが、就活のときにはかろうじてバブル崩壊(1993年)にかかるかかからないかの時期で、就職氷河期の影響を受けた人も受けなかった人もいる。マアくんはなんとか希望の職種についているほうに入る。律は大学院を経て菱松電気に就職しているし、鈴愛も漫画家を志望して高校卒業してすぐに上京しているから、この就職氷河期の影響を直接は受けていない。
○失われた時代のリアリティ
しかし、『半分、青い』を見ると、失われた時代を生きた人々の話であると強く思う。鈴愛は高校卒業後、売れっ子漫画家・秋風羽織の元で漫画家修行をし10年目を迎えた1999年に漫画家を辞め、100円ショップ⼤納⾔でバイトを始めることになる。そのときに鈴愛の母の晴が、まだ鈴愛が辞めたことを知らない状態で「あの子の10年は、なんやったんよねえ」とため息交じりで言っているが、その後に父の言う「どんな年月やって意味があるんだぞ」というのも興味深い。
総集編ではその後に、100均のバイトで出会った涼次(後の鈴愛の夫になる人である)が、漫画家の楡野鈴愛のファンで、鈴愛は初めてファンである涼次に握手を求められたことで、漫画家をやっていた10年に意味があったことがわかるシーンがつなげられていた。
鈴愛の恩師である秋風羽織も、「一見、余計なことする時間も、回り道も、あっていいと思います。いろんなことがあって、すべてが"今"につながっていく」と語っているが、こうした⾔葉は『半分、⻘い。』の最も重要な部分であると感じる。
その後の鈴愛をといえば、涼次と結婚して100均のバイトを辞め、離婚し、娘のカンちゃんを連れて実家に帰り、祖父の仙吉に五平餅の作り方を習い、五平餅のカフェを実家近くに開店し、しかしその五平餅カフェを譲り、カンちゃんのフィギュアスケーターになりたいという夢にかけて東京に戻り、屋台を引きながらなんとか生活して、律に再会し、そして律とともにそよ風の扇風機を開発するのである。
文章になった鈴愛の半生を見ると、計画性がなく行きあたりばったりで、何がしたいのかブレブレじゃないかと非難する人がいるのもわかる。しかし、私は個人的にも、鈴愛と同世代としても、すごくリアリティがある話に見えてしまうのである。
○「すべてがつながる」と信じるしかなかった世代
個人的な話になるが、自分が就職氷河期を潜り抜けてなんとか就職したときには、まだそこで一生働けるというロールモデルも少なく、なんとなく辞めて、30歳を前に地元でバイトをしたこともあるし、地方都市でそれで生きていくにはどうにもならず上京もしたし、上京してから仕事を探したので、その先がどうなるのか考えている余裕もなかった。
その間、確かに明確なキャリアやスキルが積めたかというと、そうでもなかったが、なにもない状態でも、見様見真似でやったりしてなんとかしのいできた。ある経験が意外に別の仕事で役に立つこともあった。まさしく、秋風先生の言う「いろんなことがあって、すべてが"今"につながっていく」が実感できるのである。
そこには、肯定的な意味でも否定的な意味でも、そう捉えるしかなかったという背景がある。大泉洋(1973年生まれ)は、筆者がオリコンニュースでインタビューした際に「私らの頃は『将来を決めないこと』に対して追い風だった時代だったのかもしれないですね。不況で就職先も見つからない、だったら好きなことをやってもいいんじゃないっていう空気がありました」と語っている。だんだんと不況になっていく世の中で、自分たちがそこに巻き込まれていった状況をポジティブに捉えているのだとわかる。
もちろん、これは、バブルが終わり、どうなるのかわからない中で見つけた、この世代なりの考え方であり、今を生きる若い人たちが「いろんなことがあって、すべてが"今"につながっていく」という考えだけを信じてうまくやっていけるほど、楽観視できないし状況が変わっていることもあるのだということも知っている。それは、現代のフィクションにも書かれているし、何十年後かに、朝ドラで総括されることもあるだろう。
しかし、模索しながら流されながら、それでもポジティブにこれも何かにつながると信じるしかなかった。そういう団塊ジュニアの感じた、これまではなかなか描かれることのできなかった時代の空気を、うまく描いてくれたのが『半分、青い。』でないかと感じるのだ。
○著者プロフィール: 西森路代
ライター。地方のOLを経て上京。派遣社員、編集プロダクション勤務を経てフリーに。香港、台湾、韓国、日本などアジアのエンターテイメントと、女性の生き方について執筆中。テレビブロスで、テレビドラマの演者についてのコラム「演じるヒト演じないトキ」連載中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK出版)などがある。
※写真と本文は関係ありません
(西森路代)https://news.nicovideo.jp/watch/nw4000370
ゼロ除算の発見は日本です:
∞???
∞は定まった数ではない・・・
人工知能はゼロ除算ができるでしょうか:
とても興味深く読みました:2014年2月2日 4周年を超えました:
ゼロ除算の発見と重要性を指摘した:日本、再生核研究所
再生核研究所声明 456(2018.10.15): ゼロ除算算法発見の瞬間
最後に添付するが ゼロ除算算法の重要性のゆえに ゼロ除算算法発見の瞬間 を回想して 記録を確かなものにしたい。
ゼロ除算算法は 解析学、幾何学など初等数学全般に広い影響を与え、 アリストテレス、ユークリッド以来の世界を拓き、微分の概念さえ変え、特に微分方程式論は この新しい概念、算法のゆえに 大きな改変が求められている。
ここで、ゼロ除算算法とは要するに孤立特異点をもつ解析関数において孤立特異点での値をローラン展開の正則部の初項 係数C_0 で定義することで、形式的に1/0=0/0=z/0=0 の結果を考慮しながら結果を吟味しつつ応用して行くということである。ゼロ除算算法は 本質的には定義であり、仮説であり、その重要性のゆえに公理のようなものである。
世にゼロ除算は大丈夫かの疑念が有るように感じられるので、上記のように特に吟味を要請している。良い成果を得る限りにおいて大いに楽しもうと提案している。既に、沢山の驚嘆すべき良い結果を得ている。
そこで、その発見の瞬間を振り返って置きたい。 下記の最初の記録は 発見後 宿舎に戻って 直ぐにブログに書いた貴重な記録である。
学内構内にある宿舎から歩いて30分くらいのところにある ジンボーという大きなショッピングセンターを 週に2回くらい歩いて行き、 買い物をして 宿舎に戻る習慣がありました。 当然、週末はよく行きます。 給与を頂き、物価安のポルトガルのアヴェイロ お金のことは気にせず、 買う度に 得をしたように感じられる幸せな時代でした。さらに、身分が研究員でしたので、楽しい自由な研究が職務で 週一回主に外国、学外の方による1時間の講演がありますが、それに出席が義務づけられていた以外は特に業務が無かったので、自由な時間がたっぷりもてた楽しい時代でした。 ショッピングセンターでは 人のよいご夫妻、若い娘さん達の店員がいるレストランで 何でも自由にとって頂ける店で 好物を好きなだけ頂ける夕食をとるのが習慣でした。 ですから幸せ一杯で両手に買った食品をもって キャンパス内を通り、宿舎に向かっていました。 そこで、 学内の池のほとりに差し掛かった時、 何かあると直感して、独りでに 静かに立ち止まりましたら、すると突然閃きました。 その時、確かに月が真上にありました。 電光のように閃めいたのです。 関数 f(z) = e^{1/z} の原点での値は1であると。その時、理由はなく結果だけが閃いたのです。 当時は まだゼロ除算算法は考えられておらず、数値としてのゼロ除算1/0=0/0=0だけが認識されていましたから、 この直感には凄い飛躍が有ります。 実際、 その関数の原点の周辺には 神秘性が漂っていて 深い謎に覆われているときでした。世の常識では その関数は原点で 真性特異点をもち、ピカールの定理で、原点を除いた原点の近傍で 例外の複素数1個(ピカールの除外値)を除いて、すべての複素数を無限回とるなど 複素解析学の深い定理があり 値分布理論の雄大な数学の素を与えています。 その時、特異点 原点自身で、1の有限確定値を取る と直感したのですから、 凄い発想と言えます。 後で気づいたのですが、 その値1は ピカールの除外値 自身でした。ローラン展開の負冪項が すべて原点でゼロであることを言っていますので、 正しく、ゼロ除算算法の発見の瞬間です。
理屈以前に、理論、論理以前に 電光のように一瞬に閃いたということです。
これが記録して置きたい真実、事実です。 あの夜のことが 鮮やかに思い出されます。興奮して、宿舎に着くや直ぐにブログに書きました。
ゼロ除算算法は 基本的な算法として 数学の基本的な演算となるのは、既に歴然です。アリストテレス、ユークリッド以来の世界観の変更さえ求めています。
添付附録:
PCから貴重な記録: ゼロ除算算法の 始めの瞬間:
複素解析・特異点:
特異点解明の歩み100/0=0,0/0=0:
複素解析・特異点:
特異点解明の歩み100/0=0,0/0=0:
関係者:
解析関数論における大発見:
2014.3.8.20:
中華料理を頂き、たっぷり買い物をして戻りました。月が中天、特異点の様子を考えながら歩いて来ました。良く、考えが湧く、池のほとりに差し掛かった時、驚嘆すべき 結果を得ました。解析関数の基本です: e^{1/z} は 原点で真性特異点、猛烈な不連続性を持ち、神秘的な性質を持ちます。ところが何と、原点では 1の値をとることになる!! これで、関数論の歴史は 大きく変わることになる。 直ちに公開、公論で、世界史の進化を志向したい。
2014.3.8.20:30[ブログから]
________________
実数で論文を2編 昨日までに完成、そこで複素解析の検討を始める。直ぐに、無限遠点の概念があり、複素解析では奇妙、変な状況に成っているのに気づく。無限遠点は 数ではないが、幾何学的にすべて美しく纏まっている。1/0=0なら複素数を1/zは複素数にちょうど1対1に写している。しかし、0が 不動点に成っている。初頭の問題とともに納得が行かないので、この問題を検討して行きたい。
2014.3.30.11:10
_________________
e^{1/z} は原点で考えない、{1/z}は原点で、無限遠点を対応させる、しかし、無限遠点は数ではないからですね。矛盾では?上記のように対応させると 1として確定値が定まる。無限遠点を考えるとき、1/0=0の考えを持たなかったのか??
2014.3.30.15:50
__________________
研究の発端は、上記矛盾を見逃さない。1/0=0の尊重、1/z の関数の ゼロ点の像が ゼロであることの尊重です。そのような関数は、実関数の時と同様 基本的であると考える。そこでまず、従来の美しい複素解析学において、ゼロで割る場面以外は そのまま尊重、成り立つと確認する。そこで、1/0=0 を取り入れると、例の無限遠点がストンと非連続的に落ちていると考える必要があり、一次関数などの1対1対応など崩れて、嫌な感じが出ますが、分母をゼロにする点だけを例外にして進める。極などいろいろな性質は、極で、無限遠点をとると考えないで、無限に増大しているとして、その様を捉えれば、従来の言葉の修正で対応できる、する。この考えで、新しい何かの定理ができれば、素晴らしい1歩では? 上記例から、真性特異点で確定値を取るが言えれば、凄い結果ではないでしょうか。
2014.4.1.11:35
解析関数論における大発見:
2014.3.8.20:
中華料理を頂き、たっぷり買い物をして戻りました。月が中天、特異点の様子を考えながら歩いて来ました。良く、考えが湧く、池のほとりに差し掛かった時、驚嘆すべき 結果を得ました。解析関数の基本です: e^{1/z} は 原点で真性特異点、猛烈な不連続性を持ち、神秘的な性質を持ちます。ところが何と、原点では 1の値をとることになる!! これで、関数論の歴史は 大きく変わることになる。 直ちに公開、公論で、世界史の進化を志向したい。
2014.3.8.20:30[ブログから]
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実数で論文を2編 昨日までに完成、そこで複素解析の検討を始める。直ぐに、無限遠点の概念があり、複素解析では奇妙、変な状況に成っているのに気づく。無限遠点は 数ではないが、幾何学的にすべて美しく纏まっている。1/0=0なら複素数を1/zは複素数にちょうど1対1に写している。しかし、0が 不動点に成っている。初頭の問題とともに納得が行かないので、この問題を検討して行きたい。
2014.3.30.11:10
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e^{1/z} は原点で考えない、{1/z}は原点で、無限遠点を対応させる、しかし、無限遠点は数ではないからですね。矛盾では?上記のように対応させると 1として確定値が定まる。無限遠点を考えるとき、1/0=0の考えを持たなかったのか??
2014.3.30.15:50
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研究の発端は、上記矛盾を見逃さない。1/0=0の尊重、1/z の関数の ゼロ点の像が ゼロであることの尊重です。そのような関数は、実関数の時と同様 基本的であると考える。そこでまず、従来の美しい複素解析学において、ゼロで割る場面以外は そのまま尊重、成り立つと確認する。そこで、1/0=0 を取り入れると、例の無限遠点がストンと非連続的に落ちていると考える必要があり、一次関数などの1対1対応など崩れて、嫌な感じが出ますが、分母をゼロにする点だけを例外にして進める。極などいろいろな性質は、極で、無限遠点をとると考えないで、無限に増大しているとして、その様を捉えれば、従来の言葉の修正で対応できる、する。この考えで、新しい何かの定理ができれば、素晴らしい1歩では? 上記例から、真性特異点で確定値を取るが言えれば、凄い結果ではないでしょうか。
2014.4.1.11:35
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以 上
再生核研究所声明287(2016.02.12) 神秘的なゼロ除算の歴史―数学界で見捨てられていたゼロ除算
(最近 相当 ゼロ除算について幅広く歴史、状況について調べている。)
ゼロ除算とは ゼロで割ることを考えることである。ゼロがインドで628年に記録され、現代数学の四則演算ができていたが、そのとき、既にゼロで割ることか考えられていた。しかしながら、その後1300年を超えてずっと我々の研究成果以外解決には至っていないと言える。実に面白いのは、628年の時に、ゼロ除算は正解と判断される結果1/0=0が期待されていたということである。さらに、詳しく歴史を調べているC.B. Boyer氏の視点では、ゼロ除算を最初に考えたのはアリストテレスであると判断され、アリストテレスは ゼロ除算は不可能であると判断していたという。― 真空で比を考えること、ゼロで割ることはできない。アリストテレスの世界観は 2000年を超えて現代にも及び、我々の得たゼロ除算はアリストテレスの 世界は連続である に反しているので受け入れられないと 複数の数学者が言明されたり、情感でゼロ除算は受け入れられないという人は結構多い。
数学界では,オイラーが積極的に1/0 は無限であるという論文を書き、その誤りを論じた論文がある。アーベルも記号として、それを無限と表し、リーマンもその流れで無限遠点の概念を持ち、リーマン球面を考えている。これらの思想は現代でも踏襲され、超古典アルフォースの複素解析の本にもしっかりと受け継がれている。現代数学の世界の常識である。これらが畏れ多い天才たちの足跡である。こうなると、ゼロ除算は数学的に確定し、何びとと雖も疑うことのない、数学的真実であると考えるのは至極当然である。― ゼロ除算はそのような重い歴史で、数学界では見捨てられていた問題であると言える。
しかしながら、現在に至るも ゼロ除算は広い世界で話題になっている。 まず、顕著な研究者たちの議論を紹介したい:
論理、計算機科学、代数的な体の構造の問題(J. A. Bergstra, Y. Hirshfeld and J. V. Tucker)、
特殊相対性の理論とゼロ除算の関係(J. P. Barukcic and I. Barukcic)、
計算器がゼロ除算に会うと実害が起きることから、ゼロ除算回避の視点から、ゼロ除算の研究(T. S. Reis and James A.D.W. Anderson)。
またフランスでも、奇怪な抽象的な世界を建設している人たちがいるが、個人レベルでもいろいろ奇怪な議論をしている人があとを立たない。また、数学界の難問リーマン予想に関係しているという。
直接議論を行っているところであるが、ゼロ除算で大きな広い話題は 特殊相対性理論、一般相対性理論の関係である。実際、物理とゼロ除算の関係はアリストテレス以来、ニュートン、アインシュタインの中心的な課題で、それはアインシュタインの次の意味深長な言葉で表現される:
Albert Einstein:
Blackholes are where God divided by zero.
I don’t believe in mathematics.
George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} [1]:
1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.
数学では不可能である、あるいは無限遠点と確定していた数学、それでも話題が尽きなかったゼロ除算、それが予想外の偶然性から、思いがけない結果、ゼロ除算は一般化された除算,分数の意味で、何時でも唯一つに定まり、解は何時でもゼロであるという、美しい結果が発見された。いろいろ具体的な例を上げて、我々の世界に直接関係する数学で、結果は確定的であるとして、世界の公認を要請している:
再生核研究所声明280(2016.01.29) ゼロ除算の公認、認知を求める
Announcement 282: The Division by Zero $z/0=0$ on the Second Birthday
詳しい解説も次で行っている:
○ 堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(18)
○ 堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(18)
数学基礎学力研究会のホームページ
以 上
何故ゼロ除算が不可能であったか理由
1 割り算を掛け算の逆と考えた事
2 極限で考えようとした事
3 教科書やあらゆる文献が、不可能であると書いてあるので、みんなそう思った。
Matrices and Division by Zero z/0 = 0
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