東京の役割はカーストからのリセット―ヤンキーの人生をビジネスで変える
「新しい働きかた」「地方創生」「子供の貧困」など、地方と都市をめぐっては、たくさんの課題が取りざたされていますが、そいういった議論の中では、当事者である「若者」が置き去りにされがちなのも事実。
「いまの地方創生は人を縛り付けようとするだけ」「マクロな都合は若者の生活には関係ない」など、端的なメッセージで若者のリアルを語るのは、地方の若者向け就業支援「ヤンキーインターン」を手掛ける株式会社ハッシャダイの久世大亮さん。
「ヤンキーインターン」は、数多くの東京の企業の協力を受け、「衣食住」と「職」を提供することで地方の若者が東京で働く「きっかけ」を提供するプログラム。クラウドファンディング「CAMPFIRE」のプロジェクトでも注目を集めた、そのユニークな事業の裏側に見える、地方と都市の「格差」の正体に迫ります。
地元の友達に距離を置かれたことへの「なぜ?」
―「地方の中卒・高卒者に衣食住と職を提供する」という「ヤンキーインターン」ですが、そもそもどんなきっかけで始めたんですか?
それは別にきれいなきっかけじゃなくて。単に友達に、ヤンキーをやっていてダメになっていく人が多くて、それを変えたいと思ったことです。自分自身はヤンキーではなくて、その周りにいた人間だったんですけどね。ヤンキーとしての一線は越えない感じの、グループに一人はいるやつです。世渡り上手やなと思っていました笑。
-ダメになっていく、というのは?
18くらいのとき、周りで自分だけ大学に行ったんですよ。半年で辞めたけど、それから2年間大阪で仕事を始めて。そしたら地元に帰ったときに、周りの変わってなさに驚いたんです。自分は仕事をして、お金も持って。逆に自分がこんなに変わっていた、ということに驚いたのかもしれません。それに、同じくらい変われるはずなのに変わっていなかった友人がいて。
-地元の友人とは距離が生まれてしまったりしたんですか?
こっちは何とも思ってなくても距離を置かれるんですよ。SNSで発信する内容も違うし、僕が発信した内容にやっかまれたりもする。たとえば、1日で100万くらい買い物したときに、自分としてはめちゃめちゃ頑張った証として上げるわけです。でも嫌われる。頑張ってるのに嫌われるのはなぜなんだろう?と思ったら、「あいつとは俺たちと違う世界に行った」と思われている、と。
-地元でも成り上がった人はいたりすると思うんですけど、場所の違いから生まれるものなんですかね?
場所云々ではなく、人によるんだと思います。あとはSNSでは結果しか見えないから。地元では努力の過程も見えるわけですよね、あいつは頑張っていた、という背景も共有されている。結局人間性や、その人の周りが得している、利益があるかどうかなんだ、と思います。
-で、そんな彼らを変えようと思ったわけですね。
変えよう、というか単純に変えられるかどうか興味があったんですよ。最初は今の前身になる会社を立ち上げて、彼らに営業のアルバイトの仕事を与える、っていうことをやって。めっちゃライトなんです、だから成功体験を積みやすいという。
-実際に変わっていったんですか?
早ければ2-3か月で顔つきも、話し方も変わりましたね。本を読むように言ったり、努力を促すだけで全然変わるんですよ。これまでやったことがなかったからこそ、です。
若者はマクロの問題と別の場所で生きている
-「ヤンキーインターン」では地方と都市の「格差」をテーマにしていますが、その「格差」に気づいたのはどんなタイミングだったんでしょうか。
京都から大阪に出たとき、それから関西から東京に出たときですね。それぞれ情報量が圧倒的に違いました。で、間違いなく言えるのは、「地方に人がいた方がいい」っていうのはマクロの問題だと。ミクロで見たら個人は都市に出たいわけです。でも出る術がない。僕が最初に大阪に出たときは居候、東京に出たときもシェアハウスにいたり。東京に住むとき、大阪の6-8倍コストがかかるんですよ。身寄りがないときついですよね。僕はたまたま大学生の知り合いが多かったので助かりましたが。
-情報量の「圧倒的な違い」ってどういうことなんでしょう?
これは何階層かあります。そもそも興味の問題。興味がないと勉強しようと思わないですよね。そして興味を持った先、何かをやろうとしたときにできることがあるか。東京だとすぐ経験しに行けますよ、VRとか、●●さんと●●さんのイベント、みたいな情報がタイムラインで上がってくる。そういうの大体東京じゃないですか。僕も、SNSで見かけても佐賀に住んでたら行けない、って言われたことがありました。
-地方の若い人も、興味の元になる好奇心はあるんだ、と。
SNSが広がることで好奇心を持つ人は増えている、と思っています。ただ、それがリアルなのかWebなのか。地方だと知ってても「できること」にならないから、行動につながらないんです。だから過疎化も仕方ないと思ってます。今はネットで外のことがわかる、外は楽しそう、そりゃ地元から出るでしょ。極端な話、出したくないなら中国みたいに情報規制したら?くらい。みんなマクロで語りすぎなんですよ、地方創生を言ってる人もみんな東京にいるじゃないか、って。
-そもそも「地方創生」自体が中央主導で進んでますからね。
地方創生自体はいいことだと思いますよ。でも「平等」は悪だと思っています。地政学的にも平等であるべきではないんですよ。もちろん競争力を保つために予算配分はきちんとすべきです。でもセンスのない施策が多いんじゃないかと。例えばある自治体では、1000万円をかけて移住の問い合わせが10件でした、1件当たり100万円。そうじゃなくってマクロで考えることはやめよう、若者に支持されることをやろう、というのが僕らの発想です。
根深い、地方の「努力しなくていい」構造
―最近よく言われる地方の「ほどほどの幸せ」感ってどう捉えていますか?住民も、行政も現状維持的な姿勢だという指摘があったりすること。
めちゃめちゃ感じていますよ。それにあえて言うと、地方は努力してないと思っています。
―努力していない、とは?
正確に言うと、努力しなくていい構造がある。補助金も国からもらえますし、人材面でも、高卒新卒の市場は民営化されていないことで地方に縛り付けられている。それは地方の中小企業を守るためにやっていることなんですが、個人は守られませんよね。僕は大阪で最初の仕事を日当6000円でやっていました。東京だと倍額です。競争があるから労働条件も改善される、企業が努力しないから若者の選択肢がない、という負のスパイラル。努力しなくてもいい構造ができている、というのはそういうことです。
-努力しなくてもいい構造、ですか。
僕らは若者に「東京に出る」という選択肢をつくることで、地方企業の努力を促す。それによって初めて、地方の企業も選ばれる対象になるんです。今の地方創生施策は、人を地方に縛り付けるようにできてしまっている、それを変えるんです。僕らの掲げる「CHOOSE YOUR LIFE」はまさにそれなんです。
-直接地方をどうこう、ではなくて結果的に地方が元気になればいい、という考え方だと。
そうそう、僕らを頼って来てくれる若者たちが元気になってくれればそれでいいんです。
-でも、東京しか生き残らないという状況にもなりうるな、とも思いますが。
それでもいいと思っています。アメリカだとそもそも都市の役割が分かれていますが、日本は狭いので、便利な東京に集まる。そういうつくりになってしまっている。日本全体の人口が減ってもいいと思っているんです。人が減れば自動化せざるをえなくて、技術発展も進みますし、僕の地元の京都亀岡でもそう。一次産業はどんどん機械に置き換わっている。みんな住みたいところに住めばいいんですよ。
-一方で頑張っている自治体もありますよね。そういった自治体はどうなんでしょう?
そうやっている自治体は競争戦略としてやっているわけですから、それはそれでいいし、その競争の中で生き残るかどうかは結局生活者が決めることなんですよね。
-ある意味で、とても合理的なNPOや社会起業のような印象を受けました。久世さんが株式会社でやる意味ってなんなんでしょうか。
非営利活動法人(NPO)って、対象とするユーザーがいなくても運営できるサービスだと思っているんですよ。それ、本当にお客さんのために活動できると思います?それにほとんどのNPOは代表依存が強いですよね、株式会社の仕組みなら僕がいなくても成り立つというのも大きいです。営利も非営利もやり方は同じで、雇用し続けなくてはいけないと。でも、本質的には課題が解決された瞬間に雇用が必要なくなるわけです。
―そうですね。
NPOは基本的に、1つの課題に対して立ち上がる。でも雇用しているから存続させ続けなくてはいけない。それって本当に解決する気があるのかな、と僕からしたら疑問なんですよ。社会的マイノリティを見つけて弱者という認知をつけ、再生産しているだけなんじゃないかって。
―確かにすべてがそうとは言いませんが、シングルイシューであることのジレンマはNPOが抱えがちな課題でもありますね。
僕が目指すのはハッシャダイがなくてもいい社会なんです。ただし、雇用が一番の社会貢献だと思っているのも事実です。株式会社だと事業を転換できる、課題が解決したら別のことにすぐ向かっていける。昔だったらビジネスにならなかったこともビジネスになる今、わざわざ一部を社会起業と定義する必要はないんじゃないかと。
中卒・高卒にも「新卒市場」を
―いわゆる「地方のヤンキー」と合わせて連想されがちなマイルドヤンキー的な消費形態、生活スタイルってどう思いますか?さっきの「ほどほど感」と近い話になりますが。
それ以前に努力を知らないんですよ、彼らは。したくないわけじゃなくてできないだけで、それは大人の教え方の問題です。そもそも「マイルドヤンキー」ってヤンキー自身が言い出したわけじゃないじゃないですか。
-教えてもらえなかった、というのは?
若いときって人間社会を知らないんですよ。本能に近い状態、だから強くてかっこいいやつがモテるし、ヤンキーはその象徴なんです。本能としてその一瞬を切り取ったときに一番モテる戦略をとっているだけ。それは悪いことをしたくてしてるわけじゃなく、モテるためでしかなくて、それが通用するのは一瞬だけだと教えられないのは大人の責任だと。
―なるほど、生存戦略と考えるのは面白いですね。ちなみに「ヤンキーインターン」では、そういったガチなヤンキーだけを対象にしているんですか?
ガチかマイルドかみたいな?その区別はしていませんね。条件は「地方在住」「16~22歳」「中卒・高卒」は全員ユーザーです。「ガチヤンキー」市場を独占でもよかったけれど、それは僕らがやりたいことではなくて、たとえばゲームオタクとガチヤンキーが一緒に働いているような環境の方がいいなって。
「ヤンキーインターン」参加者向け研修の様子
-そういう生態系をつくる、という。
そう、学校ではカーストが出来上がっていてそこに交わりが生まれないんですよ。地元にいるとかっこつける対象がその中にいるから、ずっと続いてしまう。でもいったん外に出ると相手がいないからリセットできる、地元の自分とは違う自分になれるんです。
-みんなそういう願望はあるんですね。
もちろん地元に戻ることもできますよ、何年かして帰るのもありだし。ただ、一回外に出るだけで選択肢は増える、ということです。
-ユーザーは実際に自分の人生を選べているんですか?
満足度は本当に高いと思います。就職する人はもちろん、インターンの後、東京で決まっていた就職先を辞退して地元で独立起業予定の人もいますし、ブラジルに旅立っていく人もいます。すべて、今までなかった選択肢を選べるということなんです。
-なかったというのは、社会的にというよりその人にない選択肢、という意味合いですか?
その人にないというのは社会的にないのと同じですよ。大学新卒で、受ける会社を選べないと思ってる子はいないでしょう。そういうことなんです。だから僕たちは市場をつくりたいと言うんです。
-市場?
中卒・高卒の新卒市場です。新卒市場があるおかげでいろんな企業がいるわけですよね。市場として認知されているから、サービスがしのぎを削ってユーザーメリットも高まる。中卒・高卒はハローワーク、つまり国が仕切ってますよね。ハローワークに求人を出すと企業は採用しなくてはいけないし、中卒・高卒で働いて辞めた人は就職活動のやり方を知らないから、違う道には進めない。
―そういった状況が起きるのも、現在の構造が影響していると。
そう。それは、成人年齢ではないからです。今後成人年齢が18歳に引き下げられたときに、「守る対象」ではなくなる、そこに市場が生まれると思っています。いろいろなサービスが生まれて、中卒・高卒の人たちが「自分のためにこんなことがある」と知ってほしい、だからビジネスとしてやる必要があるんですよ。
再生核研究所声明192(2014.12.27) 無限遠点から観る、人生、世界
(これは、最近、夢中になっているゼロ除算の発想から湧いた、逆思考である。要するに遠い将来から、人生や世界をみたら、考えたら、どのようになるかという視点である。)
主張が明確に湧いたので、結論、趣旨から述べたい。人は我々の目標や希望が未来にあり、そのためにその目標に向かって、努力、精進などと志向しているは 多いのではないだろうか。そのような意味で、我々の関心が、先に、先に有るように感じるのではないだろうか。これは自然な心情であろうが、別の視点も考えたい。成長や発展、変化には適切な有り様が有って、早ければ良い、急いで進めれば良いとはならないということである。現在は、未来のためにあるのではなく、現在、現状はそれ自体尊いという視点である。先、先ではなく、 いま、いまが大事であるという視点である。生物の成長には固有のリズム、
成長のペースがあるということである。我々は、生物としての枠、構成されている状況によって制限があり、適切な有り様が存在する:
再生核研究所声明85(2012.4.24)食欲から人間を考える ― 飽きること
理想的な有り様には 自然な終末もあり、大局的にみれば、大きな流れにおける調和こそ
大事ではないだろうか。次の声明
再生核研究所声明144(3013.12.12) 人類滅亡の概念 - 進化とは 滅亡への過程である
の題名も真実だろうが、そこで述べた、
そこで、 ここでの教訓は、目標や先は、そんなに良くはないのだから、何事無理をするな、自分のペースで、急がず、慌てず、 自分の心の状態を尊重する ということである。人生の一つの原理は、ゲーテの 絶えず活動して止まないもの、 アインシュタインの 人生は自転車に乗っているようなもの である、 止まったら、倒れてしまう、 岡本太郎氏の 芸術は爆発だ、どんどん爆発を続けて行くのが芸術だ。 これらは、誠 至言である。
は真実としても、活動を進める情念も結局、自己のペースが大事であって、あまり外の影響を強く受けるべきではないと言う、視点が大事ではないだろうか。
言いたいことは、個人の心持ちもそうであるが、経済活動、社会活動、科学の進歩も、全体的な流れにおける調和が大事であるということである。例えば
磁気浮上式電車の開通の是非は 妥当であろうか。
原子力発電所の開発促進は適切であろうか。
グローバリゼーションは 急ぎ過ぎではないだろうか。
成果主義は行き過ぎではないだろうか。
経済の成長、発展 優先も大いに気になる。
などと難しい問題に対する広く、深い、総合的な評価の検討も要請したい。 次の声明も参照:
再生核研究所声明117(2013.5.10): 時,状況が問題; タイミングの重要性 、死の問題、恋の問題。
以 上
再生核研究所声明75(2012.2.10): 政治・経済の在りようについて
(この声明は 再生核研究所声明に関心を抱く方の要望によって、動機付けられたものです。他方、大谷杉郎 元群馬大学名誉教授の下記の文が気になって来ました: (新里山文明 ― 私は、基本的には、社会の制度、経済の仕組みにまで立ち入らないと解決はしないと思っています。無駄をすればするほど、景気がよくなるという経済の仕組みの通用した時代は、もうあきらめたほうがいいと思っています。技術と社会制度と、それに人々との考え方と、みんな一緒にならないと循環社会、新里山文明の時代は来そうにありません。 ―( 日だまりの風景 平成18年9月15日発行 大谷杉郎著 印刷所 太陽印刷工業(株)P106~P107より )(群馬大学工業会会報・平成11年3月 99)p95~p107より)。)
上記両者の意見には いわゆる資本主義は 社会主義同様 行きづまっているのではないか、新しい社会の、経済の在りようを模索する必要が有るのではないか との考えを暗示しているようにみえる。
もちろん、政治・経済の在りようについての総合的な考察は、大きな課題であるから、考察を進めるには 重い課題ということになる。 しかしながら、歴史は連続的に流れ、慣性の法則で動いている(再生核研究所声明 72 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)とすれば、現状の問題点を分析することによって、在るべき方向が見えて来ると考えられる。
現在の世界を、アメリカ、EU, 日本など、いわゆる自由主義経済、資本主義社会、民主主義の国々、および、 ロシア、中国など、いわゆる社会主義の変化で 社会主義と資本主義の中間に位置する国々、および いろいろな国柄を反映させているその他の国々と考えてみよう。 社会主義国では、経済活動は国によって計画され、企画されて、人々を資本家から解放し、より平等で公正な社会を目指していると考えられたが、結果は産業・経済活動が停滞し、民生の遅れをもたらし、皮肉にも自由、平等、民主主義の理念から外れ、社会主義の理念は 内部から、崩壊し、より自由な経済活動を許す、解放経済の方に向かわざるを得なかったようにみえる。 これは自由な経済活動が、産業の活性化をもたらし、国や特定の機関の管理では、庶民の力を発揮することができないという、 いわば、人間の本性に根ざした原理から出ていると考えられる。
しからば、資本主義諸国の現状における問題とは何だろうか。 いみじくも、アメリカ,EU, 日本に共通する大きな課題は、 膨大な債務を抱えて、財政破綻の危機にさらされているということである。これは、民主主義の中で、庶民の意志を尊重するあまり、各国の政府が無責任な財政運営を余儀なくされてきたということに他ならない。 民主主義は衆愚政治に陥り、国家は財政破綻を迎えたと、旧社会主義や独裁主義国家から、嘲笑されかねない由々しき事態ではないだろうか。 自由を保証する社会は、そもそも人類の理想であるから、財政の立て直しによる、復活を願わざるを得ない。
しかしながら、資本主義社会で見られる、次のような現象については、大きな歯止めと警戒、対処が必要ではないだろうか。
債務の増大と金融不安、
過熱な自由競争の国際化、
過熱な投機の在り様、
行きすぎた世界的な経済活動、
行きすぎた世界の均一化、
多くの失業者の出現、
為替の急激な変動、
貧富の大きな格差、
アメリカなどに見られる 軍事産業の力、
大量生産、大量消費の在り様、
お金、お金の風潮の増大、
社会生活まで、共生より競争の世相、成果主義や評価、評価の厳しい世相、
経済活動の環境、社会への大きな影響 など、
それらについて、関係する国際的な機関で 枠をはめ、より良い方向に誘導するような政策を進める必要が有るのではないだろうか。植物界でも動物界でも、自由に野放ししておけば良いとはならず、適当な手入れ、癌細胞などは除去するなど適切な処置が必要であるように である。― これは要するに、現状の自由を尊重する、資本主義と民主主義の在りようを評価して、そこから発する大きな歪を是正していこうとの 現実的な対応を志向するものである。
上記 (無駄をすればするほど、景気がよくなるという経済の仕組み)などについては 税率によって、 調整して行く と考えるのは 如何なものであろうか。
他方、ロシアや中国における在りようの問題では、いまだ自由の保証が十分では無く、人権、人間の尊厳の観点から問題が有るのではないかとの危惧の念を抱かせるが、それぞれの国には それなりの歴史と伝統、文化が有るのだから、軽々しく内政干渉のような態度をとらない姿勢が大事ではないだろうか。 アラブや、その他の諸国についても お互いに内政干渉を控え、いろいろな国による、多様な在り様、多様な文化の存続を尊重、重視していくべきではないだろうか。 いわゆる グローバリゼーションは 地球を画一化して、貧しい均一的な 世界を作り、 傾向として良くないと評価したい。 多様な世界を志向したい。
逆に民主主義の問題点を指摘して置きたい。 上述の様に国民に慮る故に 政府が弱く、政府が責任ある政治を進めることができない状況が起きているから、政治家の身分を安定的に保証して、責任ある政治に専念できるように配慮すべきではないだろうか。そのためには、首相や国会議員の任期を長くして、その間、身分を篤く保証することも検討に値するのではないだろうか。アメリカの大統領選出過程などは あまりにも 長く、現実的ではないのではないだろうか。多数の意見が広く表現できるのは良いが、無責任なムードのようなもの、世論で、 政治が歪められやすい状況について、警戒を要するのではないだろうか。 次の危惧を参照(再生核研究所声明 33: 民主主義と衆愚政治)。
以 上
再生核研究所声明 13 (2008/05/17): 第1原理 ― 最も大事なこと
世界の如何なるものも 環境内の存在であり、孤立した存在は在り得ない。世界の如何なる芸術も真理もまた一切の価値は、人類が存在して始めて意味のある存在となる。従って人類の生存は、如何なるものをも超えた存在であり、すべてに優先する第1原理として、認識する必要がある。よって環境や戦争については 多くの人間の関与すべき重要な問題と考えなければならない。21世紀は、近代科学の進歩によって 地球の有限性が顕わになり、人類絶滅の可能性を感じせしめるようになってきた時代とも言える。
国が栄えなければ、地方の栄えは考えられず、県などが栄えなければ 市町村などの発展は望めない。市町村などが健全でなければ 地域は栄えず、住民や家庭の健全な生活は不可能である。しかしながら、現実的な対応としては、逆方向の発展を考えざるを得ない。すなわち私たち個人、および個人の近くから、より良い社会、環境になるように努力していくことである。孤高の存在は所詮空しく、儚いものである。それゆえに われわれは各級のレベルにおける環境と社会に思いを致すことに努力して行こうではありませんか。
特に、われなき世界は 存在すれども、何事をも認識できず、知ることもなく感じる事もできない。よって、われ存在して始めて、世界を知ることになるから、健全なる個人の存在は、個人にとっては最も大事な第1原理に考えざるを得ない。これは言い古されてきた、 まず健康ということ、 に他ならない。われなき世界とは 自分が影響を与えない世界のことである。この個人と社会の関わりは、 愛とよばれている、 愛の本質である。それは男女の愛と親子の愛が基本になっている。それはまた じんかん と よばれる人間存在の本質でもある。
この声明は 地球環境を限りなく大事にし、世界の平和を確立し、社会を大事に思い、世界の拡大と深化を、 個人を尊重しながら、 積極的に進めることを、各級のレベルで努力することを要請しているものである。その原理は、 人間存在の本質である、 人間存在における三位一体の理存在、知、愛の、存在して、始めて知り、求める事ができる という原理を、いわば当たり前のことを、
確認しているに他ならない。(しかしながら、実際にはこの自明な、重要な原理は、解析接続のように必然的に 新しい価値観と考え方を限りなく発展させ、雄大な世界を拓くのであるが、私個人はこの古い世界で生涯を閉じようとしていて、その世界には立ち入らない事にしたいと思う。不思議にも 少年時代に宇宙論と共にその世界を覗いたのですが、怖くなって覗かないようにしました。それはガウスが非ユークリッド幾何学を発見したが、世の反響の大きさを恐れて発表を控えたのと同じ心境です。) 以上。
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