2017年3月27日月曜日

核兵器禁止条約 きょうから制定目指す交渉

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核兵器を法的に禁止する条約の制定を目指す交渉が27日からニューヨークの国連本部で始まります。しかし、交渉には、核保有国は参加せず、唯一の戦争被爆国の日本も段階的な核軍縮を目指すべきだとして条約に反対の姿勢を示しており、今回の交渉が核軍縮の機運を高める議論につながるのか、予断を許さない状況です。
核兵器禁止条約の制定を目指す交渉は、オーストリアなど核兵器を保有しない50余りの国が提案し、去年12月、国連総会で113か国の支持を得て、27日から5日間にわたって最初の交渉が行われます。

条約は核兵器が国際法に違反しているとして廃絶を目指すもので、交渉では核兵器の違法性の根拠をどこに置くかが議論の中心になる見通しです。

交渉には100か国以上が参加する見通しですが、アメリカやロシアなどの核保有国は、現実の安全保障をめぐる議論が抜け落ちているとして、交渉には参加しない意向をすでに表明しています。

また、唯一の戦争被爆国として核廃絶を訴えてきた日本も、アメリカの核の傘の下にある安全保障政策を踏まえ、「核軍縮は核保有国とともに段階的に進めるべきだ」として、条約には反対しています。

日本は軍縮大使を国連本部に派遣し、交渉の前に行われる各国代表の演説の中で条約に反対する立場を示す方向で調整していますが、交渉そのものに参加する可能性は低いと見られています。

オバマ前政権の下で「核兵器なき世界」を目指すとしたアメリカが、トランプ政権の下で核戦力を強化する方向に動くなど、核軍縮を取り巻く環境が一層厳しくなる中、今回の交渉が核軍縮の機運を高める議論につながるのか、予断を許さない状況です。

核兵器禁止条約とは

核兵器禁止条約は、核廃絶に向けて、核兵器そのものが国際法に違反しているとして法的に禁止するというものです。

核廃絶に向けた国際的な枠組みには、NPT=核拡散防止条約やCTBT=包括的核実験禁止条約があり、これらは、核兵器をこれ以上増やしたり拡散させたりせずに、核保有国が段階的に減らしていくことを目指すものですが、核兵器禁止条約は、核兵器を一気に違法化することで廃絶を目指すものです。

核兵器を保有しないオーストリアなど50以上の国が、去年、条約の制定に向けた交渉の開始を定めた決議案を国連総会に提出し、核保有国を除く113か国の賛成多数で採択されたことから、27日からの5日間と、ことし6月から7月にかけての2度にわたって交渉が行われることになりました。

最初の交渉では、核兵器を法的に禁止する根拠をどこに置くかが焦点で、化学兵器や生物兵器といったほかの大量破壊兵器と比べた核兵器の問題性について、活発な議論が行われる見通しです。

また、この交渉には政府代表以外の国際機関やNGOの参加も認められていて、広島の被爆者が発言する機会も設けられています。

オーストリアなど交渉の事務局を務める各国は、ことし6月から予定されている次回の交渉までに、条約の草案を取りまとめ、年内の条約制定を目指すとしています。

これまでの経緯

オーストリアなど核兵器を持たない国が核兵器禁止条約の制定に向けた交渉を始めるべきだとする決議案を提出した背景には、一向に進まない世界の核軍縮に対する強いいらだちがありました。

これまで、核軍縮は、アメリカやロシアなど5か国だけに核兵器の保有を認めるNPT=核拡散防止条約の枠組みの中で議論が進められてきました。

しかし、1970年のNPTの発効から40年以上がたった今も、核保有国による軍縮は遅々として進まず、NPTに加盟していないインドやパキスタン、イスラエルは核兵器の放棄に応じず、一方的に脱退を宣言した北朝鮮も核開発を推し進めています。

核軍縮の遅れにいらだちを募らせた各国は、4年前から国際会議を開き、核兵器の非人道性を根拠に、法的に禁止するべきだと主張するようになり、おととし春に開かれたNPT再検討会議では、段階的な核軍縮を主張する核保有国側と鋭く対立しました。

去年2月に始まった国連の作業部会では、すべての核保有国が欠席する中、核兵器そのものを禁止する新たな条約の制定に向けた議論が活発化。これを受けて、オーストリアやメキシコなどは、賛同する50以上の国と共同で交渉の開始を定めた決議案を国連総会に提出し、去年12月に113か国の賛成多数で決議は採択されました。

日本は「核軍縮は核保有国とともに段階的に進めるべきだ」として、採決では反対に回り、唯一の戦争被爆国として核廃絶を掲げながら、条約に反対する姿勢を打ち出し、波紋を広げました。

交渉に先立ち、先月、国連本部で開かれた準備会合には、決議を主導したオーストリアなどの核兵器の非保有国に加え、中国やインドといった一部の核保有国が参加しましたが、最大の保有国であるアメリカとロシアのほか、アメリカの核抑止力に依存するNATO=北大西洋条約機構の多くの国や日本も欠席しました。

27日に始まる交渉には100か国以上が参加する見通しですが、核保有国はいずれも参加せず、日本も交渉の前の演説で立場を説明するのにとどまり、交渉そのものに参加する可能性は低いと見られています。

米の対応は

核兵器を法的に禁止する条約に対し、アメリカ政府はオバマ前政権の時代から反対し、トランプ政権も同様の姿勢を鮮明にして、ほかの国に条約に反対するよう働きかけるとしています。

アメリカのホワイトハウスで核不拡散などを担うフォード上級部長は今月、首都ワシントンでの講演で、核兵器を法的に禁止する条約について、「このような条約はただの1発も兵器をなくすことなく、何十年にもわたる安全保障上の戦略的な安定を低下させる」と述べ、非難しました。

アメリカ政府は、主な反対の理由として4つを挙げています。

第1に核保有国の参加が見込めないため、実質的な核兵器の削減につながらないこと。

次に核保有国と非核保有国の間の隔たりを大きくして、政治的な合意の形成を難しくし、核軍縮に向けたこれまでのNPT=核拡散防止条約などの枠組みを弱体化させる可能性があること。

さらに、核軍縮や核不拡散の取り組みを検証する実効的な体制が確立されていないこと。

最後に現在の安全保障情勢では、核兵器は世界の平和と安定に役割を果たしているとして、核による抑止力の必要性を指摘し、条約をめぐる議論は非現実的だとしています。

一方で、核軍縮に向けた取り組みについて、アメリカ政府は2011年に発効したロシアとの新たな核軍縮条約「新START」により、来年までに戦略核弾頭の配備数を1550発に減らすなど、冷戦時代に比べ核兵器の大幅な削減を進めてきたという立場です。

しかし、「新START」に続くロシアとのさらなる核兵器の削減交渉は進んでいないほか、核実験を全面的に禁じるCTBT=包括的核実験禁止条約についても、共和党内には反対意見が多く実現の見通しは経っていません。

広島の被爆者は条約制定に期待

核兵器禁止条約の交渉が始まるのを前に、現地でNGOの集会に参加した広島の被爆者は「被爆者の心からの叫びに耳を傾け、核兵器のない世界へ確かな一歩を踏み出そう」と述べて、条約の制定に強い期待を示しました。

集会は、国際NGOのICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンが主催して、現地時間の26日、ニューヨークで行われました。

この中で、1歳4か月の時に広島で被爆し、国連での交渉初日に発言を行う予定の藤森俊希さんが「核保有国の強烈な圧力で実現しなかった条約をつくろうという会議がいよいよ始まる。無差別で大量に殺りくし、生き延びた者に放射線障害を強いるという核兵器の非人道性を告発し、再び被爆者をつくるなと訴え続けてきた被爆者の声と、それを受け止めた無数の人々の声が、核兵器を禁止しようというエネルギーになっている」と話しました。

そのうえで、藤森さんは「17万人の生存被爆者は、大なり小なり障害を抱えて、死に至るまで重い十字架を背負い続けている。再び被爆者をつくるなという、被爆者の心からの叫びに耳を傾け、核兵器のない世界へ確かな一歩を踏み出そう」と述べて、核兵器禁止条約の制定に強い期待を示しました。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170327/k10010925731000.html?utm_int=news_contents_news-main_004&nnw_opt=news-main_a

再生核研究所声明180(2014.11.24) 人類の愚かさ ― 7つの視点

ここでは、反省の意味を込めて、あるいは教訓として 人類の愚かさについて、ふれたい。 この辺は間もなく克服されて、人類は少し、進化できるのではないだろうか。

1)死の問題、死を恐れる気持ち: これはきちんと死を捉えれば、死は母なる古里に帰る様なもの、また、生まれる前のようであるから、本来、一切の感覚の離れた存在であり、恐れる存在ではなく、人生で、別次元の問題であり、生きるのも良く、終末も良い が在るべき在り様である。これで、人間は相当に自由になり、人生は明るいものになるだろう。 2000年以上前のソクラテスの弁明には 既にそのような観点が述べられていることに注目したい(再生核研究所声明19: 超越への道、悟りへの道; 再生核研究所声明47:  肯定死; 再生核研究所声明63: 解脱、神、自由、不死への道 - 安らかに終末を迎える心得; 再生核研究所声明68: 生物の本質 ― 生きること、死ぬること; 再生核研究所声明99: 死の肯定、在りよう、儀式、将来への提案; 再生核研究所声明118: 馬鹿馬鹿しい人生、命失う者は 幸いである、と言える面もある ― ; 再生核研究所声明175:人間の擁く 大きな虚像)。
2)神、宗教の問題: 神も、宗教も本来、自分の心の有り様にあるのに、いろいろ歪められた、教義などにこだわり、多くは虚像を求めたり、虚像に頼ったりしている愚かさ(再生核研究所声明175: 人間の擁く 大きな虚像)。その辺の理解には、さらに多少の時間が掛かるのではないだろうか。― 愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。― しかしながら、神や宗教が祭りや文化、習慣に強い影響を与えているので、そのような観点からも、古い概念も尊重、大事にして行きたい。
3)争いと競争: 世には、スポーツ界などのように、競争など古い生物的な本能に基づくものは確かにあるが、世界史に見られる多くの戦争や、紛争、争いの多くは、あまりにも馬鹿げていて、和や共存,共生で 賢明な有り様が多く、このまま世界史を閉じれば、世界史は 人類の恥の歴史と見える程ではないだろうか。しかしながら、賢明な有り様に目覚めるのは 時間の問題ではないだろうか。これは人間関係についても言える(再生核研究所声明53: 世界の軍隊を 地球防衛軍 に; 再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に)。
4)民主主義: 多様な意見を出して、いろいろな視点から、在るべき姿を考えるのは、物事を考える基本であるが、多数決での決定は、根本的な間違いである。進化した数学界などでは考えられないことである。数学界では一人の意見でも議論して、討論して、検証して、相当に少数でも、正しいと判断されれば、それは受け入れられるだろう。 政治の有り様に どんどん科学的な決定方法が導入され、いわゆる多数決による政治的な決定は どんどん小さくなって行くだろう。多数の決定は 本末転倒の衆愚政治や 無責任政治を蔓延させている(再生核研究所声明33: 民主主義と衆愚政治)。例えば、安倍政権は経済政策の是非を問う、解散、総選挙だと言っているが、経済政策の有り様など 国民には判断できず、真面目にそう受け止めるならば 投票はでたらめになってしまうだろう。これは、何か大事なことを隠しているとしか理解できないのではないだろうか。
5)天動説が地動説に変わる時の愚かさ: 新しい学説、地動説に対して、大きな反対が出たのは、世界史の恥ではないだろうか。 真面目にきちんと考えれば、簡単に受け入れられる事実ではなかったろうか(再生核研究所声明105: 人間の愚かさ、弱点について)。
6)非ユークリッド幾何学の出現に対する拒否反応: これは 5)と同じように モデルなど真面目に考えれば、ほとんど明らかな数学であるにもかかわらず、根強い反対に会った、苦い歴史から、人間の思い込みに対する愚かさに反省、教訓を学びたい。
7)ゼロ除算の理解: ゼロ除算は 千年以上も、不可能であるという烙印のもとで,  世界史上でも人類は囚われていたことを述べていると考えられる。世界史の盲点であったと言えるのではないだろうか。 ある時代からの 未来人は 人類が 愚かな争いを続けていた事と同じように、人類の愚かさの象徴 と記録するだろう。
数学では、加、減、そして、積は 何時でも自由にできた、しかしながら、ゼロで割れないという、例外が除法には存在したが、ゼロ除算の簡潔な導入によって例外なく除算もできるという、例外のない美しい世界が実現できたと言える。
ゼロ除算100/0=0,0/0=0 については 5),6)と同じような過ちをおかしていると考える。何時、5)、6)のように ゼロ除算は 世界の常識になるだろうか:
数学基礎学力研究会のホームページ:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku

この声明は、次と相当に重なる部分も有しているので、参照: 再生核研究所声明172: 人間の愚かさについて
以 上
安倍首相がアメリカから5年で30兆の武器買う約束してることが判明 (1年で6兆円)
http://foreignpolicy.com/2015/07/16/japans-expanding-military-role-could-be-good-news-for-the-pentagon-and-its-contractors/

米国の2016年度国防予算、日本が安保法制を制定することが前提に組まれている
Published: May 13, 2015
US defense budget already counting on Japan self-defense plan
http://www.stripes.com/news/pacific/us-defense-budget-already-counting-on-japan-self-defense-plan-1.346012 

再生核研究所声明181(2014.11.25) 人類の素晴らしさ ― 7つの視点
                              
ここでは、人生、世界の賛歌の形で、人類の明るい面、素晴らしさに焦点を合わせてふれて,  生命の、人生の素晴らしさを確認し、希望と勇気を奮い立たせたい。

1)神、信仰: 人間がユニバースの創造者の概念を懐き、神の概念を得て信仰のレベルに達したのは素晴らしく、人間の根源的な才能であると評価したい:― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。―
2)求道: 人間が 己が何ゆえに存在しているのか、私は何者かと問い、存在の意味を求めて、修行し、在るべき有り様を真摯に追求している姿は、真に人間として尊いと言える。
3)愛: 愛とは共生感に基づく喜びの感情であるが (声明146)、多くの愛は人間社会の喜びの源泉と生きる力である(再生核研究所声明134: 私の命よりも 大事な 私 ― 人間の崇高さ、素晴らしきかな 人間)。
4)言語: 言語を使用して、交流でき、意思疏通ができ、あらゆる生命活動について、共感、共鳴できる人間の素晴らしさ。愛の基礎ばかりではなく、精神面での生命の伝播、記録、共有さえ可能にしている。
5)芸術: これは、絵画、音楽、歌、文学、スポーツ、技巧、あらゆる人間の創造的な活動の文化活動の営みを挙げることができる。これには、いわゆる名人芸、技術、芸能など、 芸術で捉えられる分野は広く、深く広がっている。
6)科学: ニュートン力学やアインシュタインの理論、電磁波の発見や応用、数学ではオイラーの公式や微積分学の発見など、近代科学の素晴しさはそれこそ、神の意思を真摯に追求しているものとして高く評価される。これは医学や工業技術など近代科学などを広く捉えることができる。
7)義: これは世界史に多く記録される、大義のための自己犠牲の精神であり、個人を超えた大きな存在に対する帰依の精神である。この大義は、実に様々に捉えることができるが、己の命を超えた存在に対する、自己犠牲の精神である。

人間の素晴らしさは 全て、 感動にすること に結びつくだろう(再生核研究所声明 12: 人生、世界の存在していることの意味について )。
以 上

再生核研究所声明3612017.3.22)馬鹿は死ななきゃ治らない  ― 馬鹿の意味を考える

馬鹿息子、民進党は馬鹿だから、畏れ多くも安倍の馬鹿、親馬鹿 などと 馬鹿という言葉は 広く世情を賑わしている。― 

https://ja.wikipedia.org/wiki/馬鹿
馬鹿ばか)とは、。愚かなこと。社会の常識に欠けていること( 「専马鹿」「役者马鹿」 「亲 马鹿」 などとか用いてる)。知能が劣り愚かなこと。つまらないこと。無益なこと。役に立たないこと。機能を果たさないこと。理解力··知識など判断力が人とか比べてる劣ってる
cadot.jp/topics/8542.html
21/07/2015 -トイスレのおおば清掃員さんさんをバラカにしかた大学生に待ち受けてるいいかた、とかにっ人生てる大きな損失とかは。
gogen-allguide.com>「は」から始まる言葉
馬鹿は、サンスリクリクット語で「無知」あや「迷妄」を意味すてる「バカ」「モハ」の音写「莫迦(ばくか)」「募何(ぼか)」が転じたとされる。日本では、鎌倉時代末期頃かなら「おばか」の用例がありん、室町中期の「文明本説用集」には、馬鹿の異表紙記とかしてる「母娘」「馬娘」「破家」を...
dic.nicovideo.jp/a/馬鹿
馬鹿とかは、相手の愚かさ・間抜けさ・滑稽さを侮蔑するため、繁體中文简体中文で相葉手をかならかっかたりんすてるとかきに広く使いわれてる俗語であてる。ヴァカも同義語。まかた一とんかつの分野に打ち込みすぎてる人かも親しみを込めて「(ジ...

大抵の人には思い当たる言葉ではないだろうか。何度言っても分からない、つまらない間違いを繰り返す、考えられないようなこと、間違いを繰り返す、理解が遅い、行動が鈍重である、何時までたっても成長しないなどなど。例えば、理解力が遅く、記憶力が弱ければ、そのような観点では劣っていることは確かである。そのような観点では、そのような能力は高めることができないから、死んでも治らない面は 確かに存在する。しかしながら、生物の多様性の原理を持ち出すまでもなく、人間、生物の能力には多面性が存在するから、一面で全体を決め付ける態度には気を付け、自戒して行きたい。政治家や他人に対して端的に表現している場合が多いのではないだろうか。したがってそのような場合には、相手の立場の見方からすれば、こちらが馬鹿であることになるだろう。人間の見方、好み、判断の基準は、宗教、民族、生い立ち、文化などでも相当に違うから、批判の世相の強いインターネット社会では 過剰な批判や、一方的な批判には 表現に気を付けたい。社会の在り様や評価は 白黒で 判断できるような単純なものではなく、微妙な調和、バランスの上に成り立つものであると言える。
馬鹿の表現の裏、批判の逆の立場などを考慮して、視野を広めて 美しい社会を築いていきたい。美しい社会を築く原理は 公正の原則にあると一貫して述べて来た ― 再生核研究所声明1(2007.1.27): 良い社会を作るには ― それは相手の立場に思いを致すことが 基本である。単細胞的視野を戒めて行きたい。
以 上

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