代表新監督にプランデリ氏ら5人前後
サッカー日本代表監督の有力候補に挙げられているプランデリ氏(撮影・PNP)
サッカー日本代表監督の後任に、前イタリア代表監督のチェザーレ・プランデリ氏(57)、前ポルトガル代表監督のパウロ・ベント氏(45)、元スペイン代表監督のホセ・アントニオ・カマーチョ氏(59)らが有力候補に挙げられていることが6日、分かった。日本サッカー協会の霜田正浩強化担当技術委員長(47)は同日の技術委員会後、候補者を5人前後に絞り込んでいると明言。交渉の優先順位もつけ、新監督探しへ動き出した。
日本協会は、次の日本代表監督を5人前後まで絞り込んだ。強化担当者会議に先立って開かれた技術委員会で候補者をリストアップし、交渉を進める準備を整えた。日本協会関係者の話を総合すると、10人前後がリストに挙がり、優先順位の上位5人の中にプランデリ氏、ベント氏、カマーチョ氏らが挙がったとみられる。
霜田技術委員長は会見で「具体的な名前を挙げて話した。交渉ごとなので数字ありきではないが10人、20人というのは現実的ではない」とした上で「片手で足りるくらいか?」という質問に「そうですね。それくらいです」と首を縦に振った。候補者選定の方向性は、欧州出身者や欧州のクラブで実績を残した監督が優先。プランデリ、ベント、カマーチョの3氏ともW杯を指揮した欧州出身者で現在はフリーという点が、日本協会の希望に合致する。欧州での交渉が難航した場合のために、元鹿島監督のオリベイラ氏(現パルメイラス監督)、前ブラジル代表監督のスコラリ氏(現グレミオ監督)もリストに含まれているとみられる。
霜田委員長は、Jリーグのクラブからの引き抜きについてはあらためて「ない」と断言。日本人がリストに入っているかについても「いません。すべて外国人です」と明言し、現職かフリーかについては「相手もあることだから」と明言を避けた。外国人優先とした理由については「日本は世界と戦う上で、まだまだ学ばなければならないことがある。いろいろなクラブの指導歴、代表を指導してきた経験を(日本に)伝えてもらいたい」と続けた。
日本代表は3月23日に国内合宿がスタートする。27日にチュニジア戦(大銀ド)、31日にウズベキスタン戦(味スタ)が控える。霜田委員長は「理想は3月のJリーグ開幕から(新監督に)見てほしい。3月27日に間に合えばいいのではなく、Jリーグもちゃんと見てもらいたいと思っている」と2月中には決めたい意向も示した。
日本協会の大仁会長は、前監督解任を発表した3日午後5時からの会見前に、技術委員会で「アギーレ監督を解任する。新監督をJFA常務理事会、JFA理事会に推挙してほしい」と指示を出していた。18年のロシア大会へ向けて再建を急ピッチで進めていく。
◆チェザーレ・プランデリ 1957年8月19日、イタリア生まれ。現役時代はユベントスなどでプレー。93-94年シーズンにアタランタの暫定監督に就任。98-99年シーズン、セリエBのベローナをセリエAに昇格させた。02年から04年までパルマの監督として中田英寿氏を指導。フィオレンティナを指揮した05-06年シーズンに4位に入り欧州CL出場権を獲得も、06年5月に発覚した八百長「カルチョ・スキャンダル」で、勝ち点とCL出場権を剥奪された。10年まで同クラブを指揮。その後、イタリア代表監督に就任して14年W杯ブラジル大会欧州予選で無敗通過を果たすも、本大会は1次リーグ敗退で辞任。
◆パウロ・ベント 1969年6月20日、ポルトガル・リスボン生まれ。ポルトガルリーグでキャリアをスタートし、96年にスペインリーグのオビエドに移籍。1部残留貢献後に、00年から母国のスポルティングへ。同チームの若手だったロナルド(現Rマドリード)らに慕われながら、04年に現役引退した。ポルトガル代表としては35試合出場。04年からスポルティングの下部組織で指導を始め、05-06年シーズン途中に不振のトップチームの監督になると、後半戦に10連勝など評価を上げる。10年にポルトガル代表監督に就任し、14年W杯は1次リーグ敗退。16年欧州選手権予選のアルバニア戦で敗れた昨年9月に解任された。
◆ホセ・アントニオ・カマーチョ 1955年6月8日、スペイン・ムルシア州生まれ。10代後半にRマドリードに移籍すると左サイドのレギュラーを獲得し、現役引退した89年までの約15年間で公式戦500試合以上に出場した「闘将」。スペイン代表としては81試合を戦って、W杯に2度出場した。92年からスペインリーグ4チームを続けて指揮した後、98年にスペイン代表監督に。02年日韓W杯の準々決勝で韓国に敗れた後に辞任した。04年にはRマドリードの監督に就任したが4カ月で辞任し、11年から指揮した中国代表を13年6月に解任された。
◆オズワルド・オリベイラ 1950年12月5日、ブラジル生まれ。大学卒業後の75年、フィジカルコーチとして指導者の道を歩み始め、カタール、ジャマイカ代表コーチなどを歴任。元ブラジル代表のルシェンブルゴ監督のアシスタントコーチを務めた経験を生かし、99年にコリンチャンス監督に就任。翌00年には世界クラブ選手権を制した。07~11年まで鹿島監督で、初年度にリーグ戦と天皇杯の2冠。07年からリーグ戦をJリーグ初の3連覇。12年からボタフォゴなどで指揮を執り、14年12月からパルメイラス監督に就任。
◆ルイス・フェリペ・スコラリ 1948年11月9日、ブラジル・パッソフンド生まれ。82年から指導者に転身し、グレミオ、パルメイラスでリベルタドーレス杯優勝。97年には磐田監督も務めた。01年にブラジル代表監督に就任し、02年日韓W杯で優勝を果たした。03年からポルトガル代表監督となり、04年に欧州選手権で準優勝、06年のドイツW杯でも4強に導いた。08年からチェルシーで欧州のクラブを初めて指揮。12年から自身2度目のブラジル代表監督に就任。14年W杯では4位に終わった。その後、グレミオの監督に就任した。
[2015年2月7日8時34分 紙面から]http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20150207-1431345.html
再生核研究所声明169(2014.6.25) サッカー観戦の印象 と 日本チーム強化の戦略
(サッカーファンからの要望によって、日本チームを強くする戦略を考察した。)
ワールドカップ日本の観戦をして、自国チームが負けるのは、生物の本能に由来するように、嫌なものである。 誰でもそうではないだろうか。― 生命には、本質的に切なさが存在する。― 数学などの研究を永くしてくると あまりにも厳しい世界で とても志す気には成れない。数学などの研究は 何十年のスパンで 長期戦略で進める求道や 真理の追究、人生の志に由来する。
サッカーは 子供の頃校庭でよくやったものであるが、勝負と言えるようなことをやったことは無く、全くの素人である。
しかし、今回の日本戦を見て、良い戦略、強化方法が思い付いたので、上記要望も寄せられた経緯も有るので、触れて、提案したい。言うは易く、行うは難しい??
特に、ギリシャ戦などでは、全体的な力では相当優位にあるように見えたが、結局、引き分けに終わった苦しい戦いであった。どうしてだろう。 それは、ゴールを決められない決定的な弱点にある。 ゴールを決めることは、サッカーで 優位に立つ 重要な、肝心な点 ではないだろうか。初戦についても言える。コロンビア戦についても言える。ゴールの機会は、結構あったと言える。
そこで、次のような訓練は 如何であろうか。
ゴールを狙える立場の人は、ゴールの枠にぶつけて、反射で ゴールを決める訓練を徹底的にやる。
この訓練は ゴールキーパーにはよらず、 何時でも安定的に練習ができ、何時でも、最も有効にゴール決める方法である。 本能かも知れないが、ゴールを狙うとき、わざわざキーパーにぶつけているような例が多く見られる。これは、極めて残念な場合である。ゴールを狙う機会はそう多くはないので、痛切残念、そのような場合には、国中でため息が聞かれる状況と言える。
条件反射的に、ゴールの枠にぶつけて、反射で ゴールを決めるような訓練を 徹底的にして欲しい。
総合的な力を付けるのは、専門家の課題であるが、この要点をしっかり訓練すれば、戦力は飛躍的に向上するのではないだろうか。実際、ゴールを決めている場合、ゴールの枠にぶつかって、ゴールを決めている場合が多く見られる。既にそのような訓練を意図的に行っているのではないだろうか。
サッカーの印象は、アジアや日本は まだまだ伝統が浅く、世界レベルから見ると、まだ力不足は否めない。 伝統は甘くはない。世界的になる、世界を狙う精神がどのようなものか、その精神がまだ、しっかり身についていないと言うことではないだろうか。 これは単にサッカーばかりではなく、近代科学や民主主義、人権、評価システム、大学の在りよう、マスコミの在りよう、政治家の在りようなどなど、欧米から 入ってきた多くが表面的な物まねで、それらの深いところの理解が 浅く、しっかりしていない状況と同様ではないだろうか。輸入したものを身に付けるのは、教えられ、学んだものを身に付けるのは、 一朝一夕にはゆかないのが、道理ではないだろうか。長期的な視点に立って、頑張って欲しい。
以 上
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