2018年10月15日月曜日

世界文化賞30周年によせて ジュゼッペ・ペノーネ氏「日本の影響を考えないで美術の理解は不可能」 ヴォルフガング・ライプ 第27回彫刻部門受賞


世界文化賞30周年によせて ジュゼッペ・ペノーネ氏「日本の影響を考えないで美術の理解は不可能」

ヴォルフガング・ライプ 第27回彫刻部門受賞
 ■主要かつ比類のない貢献
歴史を振り返ると、恐ろしく暴力的な独裁者が、自らの強さや兵士をもって世界を制したことが目につくかもしれません。しかし、人間の歴史が変わり、新たな方向性へと導かれたのは、文化や芸術が発展したときです。老子、孔子、アリストテレス、レオナルド・ダビンチなどは、各時代の皇帝、王らとは全く異なる人類の未来を示し、人間の存在意義をより明らかにしました。兵器を使って地球の裏側の地域を脅かしたり、地球全体を破壊したりしようとする政治家や国家が今も存在しますが、人々には受け入れられない思想です。世界は全く異なる価値観の世界秩序を求めています。芸術分野こそ、これを達成できると信じています。世界文化賞は、今日の世界において、このような視点や目標を強調するという、主要かつ比類のない貢献を果たしています。(要約)
ドミニク・ペロー 第27回建築部門受賞
 ■若い世代への影響を期待
 私にとって、世界文化賞は芸術に対する最高の文化賞です。その授賞式典はいつまでも変わらないままで、それ自体が並外れた高いレベルの伝統にすらなっています。この伝統は保護されなければなりません。
 この豊かな伝統は、時間と場所を超えた文化を代表しています。時間の観念が消え去ったという感情が、東京での授賞式での感想です。この純粋な美が、世界文化賞を特別なものにしています。最後に、若い世代を含めて、この賞が影響を強め続けることを希望します。(要約)https://www.sankei.com/life/news/181015/lif1810150017-n2.html

ゼロ除算の発見は日本です:
∞???    
∞は定まった数ではない・
人工知能はゼロ除算ができるでしょうか:

とても興味深く読みました:2014年2月2日 4周年を超えました:
ゼロ除算の発見と重要性を指摘した:日本、再生核研究所

再生核研究所声明 456(2018.10.15):  ゼロ除算算法発見の瞬間
最後に添付するが ゼロ除算算法の重要性のゆえに ゼロ除算算法発見の瞬間 を回想して 記録を確かなものにしたい。
ゼロ除算算法は 解析学、幾何学など初等数学全般に広い影響を与え、 アリストテレス、ユークリッド以来の世界を拓き、微分の概念さえ変え、特に微分方程式論は この新しい概念、算法のゆえに 大きな改変が求められている。
ここで、ゼロ除算算法とは要するに孤立特異点をもつ解析関数において孤立特異点での値をローラン展開の正則部の初項 係数C_0 で定義することで、形式的に1/0=0/0=z/0=0 の結果を考慮しながら結果を吟味しつつ応用して行くということである。ゼロ除算算法は 本質的には定義であり、仮説であり、その重要性のゆえに公理のようなものである。
世にゼロ除算は大丈夫かの疑念が有るように感じられるので、上記のように特に吟味を要請している。良い成果を得る限りにおいて大いに楽しもうと提案している。既に、沢山の驚嘆すべき良い結果を得ている。
そこで、その発見の瞬間を振り返って置きたい。 下記の最初の記録は 発見後 宿舎に戻って 直ぐにブログに書いた貴重な記録である。
学内構内にある宿舎から歩いて30分くらいのところにある ジンボーという大きなショッピングセンターを 週に2回くらい歩いて行き、 買い物をして 宿舎に戻る習慣がありました。 当然、週末はよく行きます。 給与を頂き、物価安のポルトガルのアヴェイロ お金のことは気にせず、 買う度に 得をしたように感じられる幸せな時代でした。さらに、身分が研究員でしたので、楽しい自由な研究が職務で 週一回主に外国、学外の方による1時間の講演がありますが、それに出席が義務づけられていた以外は特に業務が無かったので、自由な時間がたっぷりもてた楽しい時代でした。 ショッピングセンターでは 人のよいご夫妻、若い娘さん達の店員がいるレストランで 何でも自由にとって頂ける店で 好物を好きなだけ頂ける夕食をとるのが習慣でした。 ですから幸せ一杯で両手に買った食品をもって キャンパス内を通り、宿舎に向かっていました。 そこで、 学内の池のほとりに差し掛かった時、 何かあると直感して、独りでに 静かに立ち止まりましたら、すると突然閃きました。 その時、確かに月が真上にありました。 電光のように閃めいたのです。 関数 f(z) = e^{1/z} の原点での値は1であると。その時、理由はなく結果だけが閃いたのです。 当時は まだゼロ除算算法は考えられておらず、数値としてのゼロ除算1/0=0/0=0だけが認識されていましたから、 この直感には凄い飛躍が有ります。 実際、 その関数の原点の周辺には 神秘性が漂っていて 深い謎に覆われているときでした。世の常識では その関数は原点で 真性特異点をもち、ピカールの定理で、原点を除いた原点の近傍で 例外の複素数1個(ピカールの除外値)を除いて、すべての複素数を無限回とるなど 複素解析学の深い定理があり 値分布理論の雄大な数学の素を与えています。 その時、特異点 原点自身で、1の有限確定値を取る と直感したのですから、 凄い発想と言えます。 後で気づいたのですが、 その値1は ピカールの除外値 自身でした。ローラン展開の負冪項が すべて原点でゼロであることを言っていますので、 正しく、ゼロ除算算法の発見の瞬間です。
理屈以前に、理論、論理以前に 電光のように一瞬に閃いたということです。
これが記録して置きたい真実、事実です。 あの夜のことが 鮮やかに思い出されます。興奮して、宿舎に着くや直ぐにブログに書きました。
ゼロ除算算法は 基本的な算法として 数学の基本的な演算となるのは、既に歴然です。アリストテレス、ユークリッド以来の世界観の変更さえ求めています。
添付附録: 
PCから貴重な記録: ゼロ除算算法の 始めの瞬間:
複素解析・特異点:
特異点解明の歩み100/0=0,0/0=0: 
関係者:
解析関数論における大発見:

2014.3.8.20:
中華料理を頂き、たっぷり買い物をして戻りました。月が中天、特異点の様子を考えながら歩いて来ました。良く、考えが湧く、池のほとりに差し掛かった時、驚嘆すべき 結果を得ました。解析関数の基本です: e^{1/z} は 原点で真性特異点、猛烈な不連続性を持ち、神秘的な性質を持ちます。ところが何と、原点では 1の値をとることになる!! これで、関数論の歴史は 大きく変わることになる。 直ちに公開、公論で、世界史の進化を志向したい。
2014.3.8.20:30[ブログから]
________________
実数で論文を2編 昨日までに完成、そこで複素解析の検討を始める。直ぐに、無限遠点の概念があり、複素解析では奇妙、変な状況に成っているのに気づく。無限遠点は 数ではないが、幾何学的にすべて美しく纏まっている。1/0=0なら複素数を1/zは複素数にちょうど1対1に写している。しかし、0が 不動点に成っている。初頭の問題とともに納得が行かないので、この問題を検討して行きたい。
2014.3.30.11:10 
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e^{1/z} は原点で考えない、{1/z}は原点で、無限遠点を対応させる、しかし、無限遠点は数ではないからですね。矛盾では?上記のように対応させると 1として確定値が定まる。無限遠点を考えるとき、1/0=0の考えを持たなかったのか??
2014.3.30.15:50
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研究の発端は、上記矛盾を見逃さない。1/0=0の尊重、1/z の関数の ゼロ点の像が ゼロであることの尊重です。そのような関数は、実関数の時と同様 基本的であると考える。そこでまず、従来の美しい複素解析学において、ゼロで割る場面以外は そのまま尊重、成り立つと確認する。そこで、1/0=0 を取り入れると、例の無限遠点がストンと非連続的に落ちていると考える必要があり、一次関数などの1対1対応など崩れて、嫌な感じが出ますが、分母をゼロにする点だけを例外にして進める。極などいろいろな性質は、極で、無限遠点をとると考えないで、無限に増大しているとして、その様を捉えれば、従来の言葉の修正で対応できる、する。この考えで、新しい何かの定理ができれば、素晴らしい1歩では? 上記例から、真性特異点で確定値を取るが言えれば、凄い結果ではないでしょうか。
2014.4.1.11:35
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                                     以 上

 

再生核研究所声明 427(2018.5.8): 神の数式、神の意志 そしてゼロ除算

ドキュメンタリー 2017: 神の数式 第2回 宇宙はなぜ生まれたのか
https://www.youtube.com/watch?v=iQld9cnDli4
〔NHKスペシャル〕神の数式 完全版 第3回 宇宙はなぜ始まったのか
https://www.youtube.com/watch?v=DvyAB8yTSjs&t=3318s
〔NHKスペシャル〕神の数式 完全版 第1回 この世は何からできているのか
https://www.youtube.com/watch?v=KjvFdzhn7Dc
NHKスペシャル 神の数式 完全版 第4回 異次元宇宙は存在するか
https://www.youtube.com/watch?v=fWVv9puoTSs 
NHKスペシャル 神の数式番組を繰り返し拝見して感銘を受けている。素晴らしい映像ばかりではなく、内容の的確さ、正確さに、ただただ驚嘆している。素晴らしい。
ある物理学の本質的な流れを理解し易く表現していて、物理学の着実な発展が良く分かる。
原爆を作ったり、素粒子を追求していたり、宇宙の生成を研究したり、物理学者はまるで、現代の神官のように感じられる。素粒子の世界と宇宙を記述するアインシュタインの方程式を融合させるなど、正に神の数式と呼ぶにふさわしいものと考えられる。流れを拝見すると物理学は適切な方向で着実に進化していると感じられる。神の数式に近づいているのに 野蛮なことを繰り返している国際政治社会には残念な気持ちが湧いて来る。ロシアの天才物理学者の終末などあまりにも酷いのではないだろうか。世界史の進化を願わざるを得ない。
アインシュタインの相対性理論は世界観の変更をもたらしたが、それに比べられるオイラーの公式は数学全般に大きな変革をもたらした: 

With this estimation, we stated that the Euler formula
$$
e^{\pi i} = -1
$$
is the best result in mathematics in details in: No.81, May 2012 (pdf 432kb)
余りにも神秘的な数式のために、アインシュタインの公式 E= mc^2 と並べて考えられる 神の意志 が感じられるだろう。 ところで、素粒子を記述する方程式とアインシュタインの方程式を融合したら、 至る所に1/0 が現れて 至る所無限大が現れて計算できないと繰り返して述べられている。しかしながら、数学は既に進化して、1/0=0 で無限大は 実はゼロだった。 驚嘆すべき世界が現れた。しかしながら、数学でも依然として、rがゼロに近づくと 無限大に発散する事実が有るので、弦の理論は否定できず、問題が存在する。さらに、形式的に発散している場合でも、ゼロ除算算法で、有限値を与え、特異点でも微分方程式を満たすという新しい概念が現れ、局面が拓かれたので、数学者ばかりではなく、物理学者の注意を喚起して置きたい。
物理学者は、素粒子の世界と巨大宇宙空間の方程式を融合させて神の方程式を目指して研究を進めている。数学者はユークリッド以来現れたゼロ除算1/0と空間の新しい構造の中から、神の意志を追求して 新しい世界の究明に乗り出して欲しいと願っている。いみじくもゼロ除算は、ゼロと無限大の関係を述べていて、素粒子と宇宙論の類似を思わせる。
人の生きるは、真智への愛にある、すなわち、事実を知りたい、本当のことを知りたい、高級に言えば 神の意志 を知りたいということである。 そこで、我々のゼロ除算についての考えは真実か否か、広く内外の関係者に意見を求めている。関係情報はどんどん公開している。 ゼロ除算の研究状況は、
数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられている:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/
また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報がある。
以 上
ゼロ除算の論文が2編、出版になりました:

ICDDEA: International Conference on Differential & Difference Equations and Applications
Differential and Difference Equations with Applications
ICDDEA, Amadora, Portugal, June 2017
• Editors

• (view affiliations)
• Sandra Pinelas
• Tomás Caraballo
• Peter Kloeden
• John R. Graef
Conference proceedingsICDDEA 2017

log0=log∞=0log⁡0=log⁡∞=0 and Applications
Hiroshi Michiwaki, Tsutomu Matuura, Saburou Saitoh
Pages 293-305

Division by Zero Calculus and Differential Equations
Sandra Pinelas, Saburou Saitoh
Pages 399-418
とても興味深くみました: ゼロ除算(division by zero)1/0=0、0/0=0、z/0=0 2018年05月28日(月) テーマ:数学 これは最も簡単な 典型的なゼロ除算の結果と言えます。  ユークリッド以来の驚嘆する、誰にも分る結果では ないでしょうか? Hiroshi O. Is It Really Impossible To Divide By Zero?. Biostat Biometrics Open Acc J. 2018; 7(1): 555703. DOI: 10.19080/BBOJ.2018.07.555703 ゼロで分裂するのは本当に不可能ですか? - Juniper Publishers ↓↓↓ https://juniperpublishers.com/bboaj/pdf/BBOAJ.MS.ID.555703.pdf ゼロ除算の発見と重要性を指摘した:日本、再生核研究所   2014年2月2日

再生核研究所声明 424(2018.3.29):  レオナルド・ダ・ヴィンチとゼロ除算
次のダ・ヴィンチの言葉を発見して、驚かされた:
ダ・ヴィンチの名言 格言|無こそ最も素晴らしい存在
我々の周りにある偉大なことの中でも、無の存在が最も素晴らしい。その基本は時間的には過去と未来の間にあり、現在の何ものをも所有しないというところにある。この無は、全体に等しい部分、部分に等しい全体を持つ。分割できないものと割り切ることができるし、割っても掛けても、足しても引いても、同じ量になるのだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチ。ルネッサンス期を代表する芸術家、画家、彫刻家、建築技師、設計士、兵器開発者、科学者、哲学者、解剖学者、動物学者、ファッションデザイナーその他広い分野で活躍し「万能の人(uomo universale:ウォモ・ウニヴェルサーレ)」と称えられる人物
そもそも西欧諸国が、アリストテレス以来、無や真空、ゼロを嫌い、ゼロの西欧諸国への導入は相当に遅れ、西欧へのアラビヤ数字の導入は レオナルド・フィボナッチ(1179年頃~1250年頃)によるとされているから、その遅れの大きさに驚かされる:

フィボナッチはイタリアのピサの数学者です。正確には「レオナルド・フィリオ・ボナッチ」といいますが、これがなまって「フィボナッチ」と呼ばれるようになったとされています。
彼は少年時代に父親について現在のアルジェリアに渡り、そこでアラビア数字を学びました。当時の神聖ローマ皇帝・フリードリヒ2世は科学と数学を重んじていて、フィボナッチは宮殿に呼ばれ皇帝にも謁見しました。後にはピサ共和国から表彰もされました。
ローマ数字では「I, II, III, X, XV」のように文字を並べて記すため大きな数を扱うのには不便でした。対してアラビア数字はローマ数字に比べてとても分かりやすく、効率的で便利だったのです。そこでフィボナッチはアラビア数字を「算術の書」という書物にまとめ、母国に紹介しました。アラビア数字では0から9までの数字と位取り記数法が使われていますが、計算に使うにはとても便利だったために、ヨーロッパで広く受け入れられることになりました。(歴史上の数学者たちレオナルド・フィボナッチ
historicalmathematicians.blogspot.com/2012/03/blog-post.html Traduzir esta página 02/03/2012 -)
ゼロや無に対する恐怖心、嫌疑観は現在でも欧米諸国の自然な心情と考えられる。ところが上記ダ・ヴィンチの言葉は 如何であろう。無について好ましいものとして真正面から捉えていることが分かる。ゼロ除算の研究をここ4年間して来て、驚嘆すべきこととして驚かされた。ゼロの意味、ゼロ除算の心を知っていたかのような言明である。
まず、上記で、無を、時間的に未来と過去の間に存在すると言っているので、無とはゼロのことであると解釈できる。ゼロとの捉え方は四則演算を考えているので、その解釈の適切性を述べている。足しても引いても変わらない。これはゼロの本質ではないか。さらに、凄いこと、掛けても割っても、ゼロと言っていると解釈でき、それはゼロ除算の最近の発見を意味している:  0/1 =1/0=0。- ゼロ除算を感覚的に捉えていたと解釈できる。ところが更に、凄いことを述べている。
この無は、全体に等しい部分、部分に等しい全体を持つ。これはゼロ除算の著書DIVISION BY ZERO CALCULUS(原案)に真正面から書いている我々の得た、達したゼロに対する認識そのものである:
{\bf Fruitful world}\index{fruitful world}
\medskip

For example, in very and very general partial differential equations, if the coefficients or terms are zero, we have some simple differential equations and the extreme case is all the terms are zero; that is, we have trivial equations $0=0$; then its solution is zero. When we see the converse, we see that the zero world is a fruitful one and it means some vanishing world. Recall \index{Yamane phenomena}Yamane phenomena, the vanishing result is very simple zero, however, it is the result from some fruitful world. Sometimes, zero means void or nothing world, however, it will show some changes as in the Yamane phenomena.
\medskip

{\bf From $0$ to $0$; $0$ means all and all are $0$}
\medskip

As we see from our life figure, a story starts from the zero and ends to the zero. This will mean that $0$ means all and all are $0$, in a sense. The zero is a mother of all.
\medskip

その意味は深い。我々はゼロの意味をいろいろと捉え考え、ゼロとはさらに 基準を表すとか、不可能性を示すとか、無限遠点の反映であるとか、ゼロの2重性とかを述べている。ゼロと無限の関係をも述べている。ダ・ヴィンチの鋭い世界観に対する境地に驚嘆している。
以 上
*057 Pinelas,S./Caraballo,T./Kloeden,P./Graef,J.(eds.): Differential and Difference Equations with Applications: ICDDEA, Amadora, 2017. (Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, Vol. 230) May 2018 587 pp. 
再生核研究所声明3432017.1.10)オイラーとアインシュタイン

世界史に大きな影響を与えた人物と業績について

再生核研究所声明314(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ニュートンとダーウィンについて
再生核研究所声明315(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ユークリッドと幾何学
再生核研究所声明339(2016.12.26)インドの偉大な文化遺産、ゼロ及び算術の発見と仏教

で 触れてきたが、興味深いとして 続けて欲しいとの希望が寄せられた。そこで、ここでは、数学界と物理学界の巨人 オイラーとアインシュタインについて触れたい。

オイラーが膨大な基本的な業績を残され、まるでモーツァルトのように 次から次へと数学を発展させたのは驚嘆すべきことであるが、ここでは典型的で、顕著な結果であるいわゆるオイラーの公式 e^{\pi i} = -1 を挙げたい。これについては相当深く纏められた記録があるので参照して欲しい(
)。この公式は最も基本的な数、-1,\pi, e,i の簡潔な関係を確立しており、複素解析や数学そのものの骨格の中枢の関係を与えているので、世界史への甚大なる影響は歴然である ― オイラーの公式 (e ^{ix} = cos x + isin x) を一般化として紹介できます。 そのとき、数と角の大きさの単位の関係で、神は角度を数で測っていることに気付く。左辺の x は数で、右辺の x は角度を表している。それらが矛盾なく意味を持つためには角は、角の 単位は数の単位でなければならない。これは角の単位を 60 進法や 10 進法などと勝手に決められないことを述べている。ラジアンなどの用語は不要であることが分かる。これが神様方式による角の単位です。角の単位が数ですから、そして、数とは複素数ですから、複素数 の三角関数が考えられます。cos i も明確な意味を持ちます。このとき、たとえば、純虚数の 角の余弦関数が電線をぶらりとたらした時に描かれる、けんすい線として、実際に物理的に 意味のある美しい関数を表現します。そこで、複素関数として意味のある雄大な複素解析学 の世界が広がることになる。そしてそれらは、数学そのものの基本的な世界を構成すること になる。自然の背後には、神の設計図と神の意思が隠されていますから、神様の気持ちを理解し、 また神に近付くためにも、数学の研究は避けられないとなると思います。数学は神学そのものであると私は考える。オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる。― 特にオイラーの公式は、言わば神秘的な数、虚数i、―1, e、\pi などの明確な意味を与えた意義は 凄いこととであると驚嘆させられる。
次に アインシュタインであるが、いわゆる相対性理論として、物理学界の最高峰に存在するが、アインシュタインの公式 E=mc^2 は素人でもびっくりする 簡潔で深い結果である。何と物質エネルギーと等式で結ばれるという。このような公式の発見は人類の名誉に関わる基本的な結果と考えられる。アインシュタインが、時間、空間、物質、エネルギー、光速の基本的な関係を確立し、現代物理学の基礎を確立している。
ところで、上記巨人に共通する面白い話題が存在する。 オイラーがゼロ除算を記録に残し 1/0=\infty と記録し、広く間違いとして指摘されている。 他方、 アインシュタインは次のように述べている:

Blackholes are where God divided by zero. I don't believe in mathematics.
George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} (
Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970).

今でも、この先を、特に特殊相対性理論との関係で 0/0=1 であると頑強に主張したり、想像上の数と考えたり、ゼロ除算についていろいろな説が存在して、混乱が続いている。
しかしながら、ゼロ除算については、決定的な結果を得た と公表している。すなわち、分数、割り算は自然に一意に拡張されて、 1/0=0/0=z/0=0 である。無限遠点は 実はゼロで表される:

The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:

Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean Spaces
Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou Saitoh
International Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue  1, 2017), 1-16. 
http://www.scirp.org/journal/alamt   http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007
http://www.ijapm.org/show-63-504-1.html

http://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf
Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
以 上

再生核研究所声明314(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ニュートンとダーウィンについて
今朝2016年8月6日,散歩中 目が眩むような大きな構想が閃いたのであるが、流石に直接表現とはいかず、先ずは世界史上の大きな事件を回想して、準備したい。紀元前の大きな事件についても触れたいが当分 保留したい。
そもそも、ニュートン、ダーウィンの時代とは 中世の名残を多く残し、宗教の存在は世界観そのものの基礎に有ったと言える。それで、アリストテレスの世界観や聖書に反して 天動説に対して地動説を唱えるには それこそ命を掛けなければ主張できないような時代背景が 存在していた。
そのような時に世の運動、地上も、天空も、万有を支配する法則が存在するとの考えは それこそ、世界観の大きな変更であり、人類に与えた影響は計り知れない。進化論 人類も動物や生物の進化によるものであるとの考えは、 人間そのものの考え方、捉え方の基本的な変更であり、運動法則とともに科学的な思考、捉え方が世界観を根本的に変えてきたと考えられる。勿論、自然科学などの基礎として果たしている役割の大きさを考えると、驚嘆すべきことである。
人生とは何か、人間とは何か、― 世の中には秩序と法則があり、人間は作られた存在で
その上に 存在している。如何に行くべきか、在るべきかの基本は その法則と作られた存在の元、原理を探し、それに従わざるを得ないとなるだろう。しかしながら、狭く捉えて 唯物史観などの思想も生んだが、それらは、心の問題、生命の神秘的な面を過小評価しておかしな世相も一時は蔓延ったが、自然消滅に向かっているように見える。
自然科学も生物学も目も眩むほどに発展してきている。しかしながら、人類未だ成長していないように感じられるのは、止むことのない抗争、紛争、戦争、医学などの驚異的な発展にも関わらず、人間存在についての掘り下げた発展と進化はどれほどかと考えさせられ、昔の人の方が余程人間らしい人間だったと思われることは 多いのではないだろうか。
上記二人の巨人の役割を、自然科学の基礎に大きな影響を与えた人と捉えれば、我々は一段と深く、巨人の拓いた世界を深めるべきではないだろうか。社会科学や人文社会、人生観や世界観にさらに深い影響を与えると、与えられると考える。
ニュートンの作用、反作用の運動法則などは、人間社会でも、人間の精神、心の世界でも成り立つ原理であり、公正の原則の基礎(再生核研究所声明 1 (2007/1/27): 美しい社会はどうしたら、できるか、美しい社会とは)にもなる。 自国の安全を願って軍備を強化すれば相手国がより、軍備を強化するのは道理、法則のようなものである。慣性の法則、急には何事でも変えられない、移行処置や時間的な猶予が必要なのも法則のようなものである。力の法則 変化には情熱、エネルギー,力が必要であり、変化は人間の本質的な要求である。それらはみな、社会や心の世界でも成り立つ原理であり、掘り下げて学ぶべきことが多い。ダーウィンの進化論については、人間はどのように作られ、どのような進化を目指しているのかと追求すべきであり、人間とは何者かと絶えず問うて行くべきである。根本を見失い、個別の結果の追求に明け暮れているのが、現在における科学の現状と言えるのではないだろうか。単に盲目的に夢中で進んでいる蟻の大群のような生態である。広い視点で見れば、経済の成長、成長と叫んでいるが、地球規模で生態系を環境の面から見れば、癌細胞の増殖のような様ではないだろうか。人間の心の喪失、哲学的精神の欠落している時代であると言える。

以 上
再生核研究所声明315(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ユークリッドと幾何学
今朝2016年8月6日,散歩中 目が眩むような大きな構想が閃いたのであるが、流石に直接表現とはいかず、先ずは世界史上の大きな事件を回想して、準備したい。紀元前の大きな事件についても触れたいが当分 保留したい。
ニュートン、ダーウィンの大きな影響を纏めたので(声明314)今回はユークリッド幾何学の影響について触れたい。
ユークリッド幾何学の建設について、ユークリッド自身(アレクサンドリアのエウクレイデス(古代ギリシャ語: Εὐκλείδης, Eukleídēs、ラテン語: Euclīdēs、英語: Euclid(ユークリッド)、紀元前3世紀? - )は、古代ギリシア数学者天文学者とされる。数学史上最も重要な著作の1つ『原論』(ユークリッド原論)の著者であり、「幾何学の父」と称される。プトレマイオス1世治世下(紀元前323年-283年)のアレクサンドリアで活動した。)が絶対的な幾何学の建設に努力した様は、『新しい幾何学の発見―ガウス ボヤイ ロバチェフスキー』リワノワ 著松野武 訳1961 東京図書 に見事に描かれており、ここでの考えはその著書に負うところが大きい。
ユークリッドは絶対的な幾何学を建設するためには、絶対的に正しい基礎、公準、公理に基づき、厳格な論理によって如何なる隙や曖昧さを残さず、打ち立てられなければならないとして、来る日も来る日も、アレクサンドリアの海岸を散歩しながら ユークリッド幾何学を建設した(『原論』は19世紀末から20世紀初頭まで数学(特に幾何学)の教科書として使われ続けた[1][2][3]。線の定義について、「線は幅のない長さである」、「線の端は点である」など述べられている。基本的にその中で今日ユークリッド幾何学と呼ばれている体系が少数の公理系から構築されている。エウクレイデスは他に光学透視図法円錐曲線論球面天文学、誤謬推理論、図形分割論、天秤などについても著述を残したとされている。)。
ユークリッド幾何学、原論は2000年以上も越えて多くの人に学ばれ、あらゆる論理的な学術書の記述の模範、範として、現在でもその精神は少しも変わっていない、人類の超古典である。― 少し、厳密に述べると、ユークリッド幾何学の基礎、いわゆる第5公準、いわゆる平行線の公理は徹底的に検討され、2000年を経て公理系の考えについての考えは改められ― 公理系とは絶対的な真理という概念ではなく、矛盾のない仮定系である ― 、非ユークリッド幾何学が出現した。論理的な厳密性も徹底的に検討がなされ、ヒルベルトによってユークリッド幾何学は再構成されることになった。非ユークリッド幾何学の出現過程についても上記の著書に詳しい。
しかしながら、ユークリッド幾何学の実態は少しも変わらず、世に絶対的なものがあるとすれば、それは数学くらいではないだろうかと人類は考えているのではないだろうか。
数学の不可思議さに想いを致したい(しかしながら、数学について、そもそも数学とは何だろうかと問い、ユニバースと数学の関係に思いを致すのは大事ではないだろうか。この本質論については幸運にも相当に力を入れて書いたものがある:

19/03/2012
ここでは、数学とは何かについて考えながら、数学と人間に絡む問題などについて、幅.広く面白く触れたい。
)。
― 数学は公理系によって定まり、そこから、論理的に導かれる関係の全体が一つの数学の様 にみえる。いま予想されている関係は、そもそも人間には無関係に確定しているようにみえる。その数学の全体はすべて人間には無関係に存在して、確定しているようにみえる。すなわち、われわれが捉えた数学は、人間の要求や好みで発見された部分で、その全貌は分か らない。抽象的な関係の世界、それはものにも、時間にも、エネルギーにも無関係で、存在 している。それではどうして、存在して、数学は美しいと感動させるのであろうか。現代物理学は宇宙全体の存在した時を述べているが、それでは数学はどうして存在しているのであろうか。宇宙と数学は何か関係が有るのだろうか。不思議で 不思議で仕方がない。数学は絶対で、不変の様にみえる。時間にも無関係であるようにみえる。数学と人間の関係は何だ ろうか。―
数学によって、神の存在を予感する者は 世に多いのではないだろうか。

以 上

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