西暦714年(和銅7年)に絁(あしぎぬ)を朝廷に納めたことが続日本紀(しょくにほんぎ)に記されていることから、「織都桐生(しょくときりゅう)千三百年」を記念して様々な行事が行われます。http://www.city.kiryu.lg.jp/shisei/seisaku/1003058.html
この地域の歴史は古く、奈良時代には既に朝廷へ「あしぎぬ(絹)」を献上したと記されている。養蚕業・絹織物業がこの地域において栄えた理由については諸説があるが、中央(大和地方)からその技術を持った人々が移り住んだ結果という説が最も有力である。それを思わせる伝承も「白滝姫伝説(「桐生織」の項目を参照)」によって、当地方に語り継がれている。織物業はその後の桐生の発展の基盤となり、現在に至っている。
『吾妻鏡』などの文献によれば、平安時代末期に桐生六郎の名が見えることから、地名としての「桐生」は平安時代には既に存在していたと考えられている。ついで1350年には柄杓山(城山)に城を築き、桐生氏(藤姓足利氏の系統)の始めとされる桐生国綱、1500年代中ごろに桐生氏の全盛期を築いた桐生助綱の名が見られる。桐生氏は1500年代後半に由良成繁によって滅ぼされ、以降成繁は柄杓山城を本拠としたが、子の国繁の時に豊臣秀吉の小田原征伐により領地替えが行われた。
1600年、関ヶ原の戦いを直前に控えた徳川家康が小山に在陣中、急遽西進し石田三成を討伐することを決定するが、その際に不足した軍旗を僅かの時間に揃えたのが桐生の村々であった。これにより桐生の絹は一層名を高めたという。
現在の市街地が形成され始めたのは1600年頃、徳川家康の家臣であった大久保長安の命令を受けた大野尊吉によるものとされる。渡良瀬川と桐生川に挟まれた扇状地に桐生天満宮を基点として桐生新町が形成され、絹織物業の発展とともに市街地は郊外に広がっていった。起点となった天満宮前は現在の本町1丁目となっており、2丁目とあわせて当時の区割りと建物がそのまま残された景観が保たれている。
桐生の織物産業の将来性は江戸幕府にも高く評価され、幕府の成立とともに天領とされた。近隣の村々(みどり市、旧藪塚本町(現太田市)、旧新里村)などの農村部では、養蚕が盛んに行われ、多くの富を蓄積。日光・川越・八王子と陸路で結ばれ、全国に広く絹織物を広めた。
天保年間に全国に先駆けてマニュファクチュアを導入。明治・大正・昭和初期にかけて日本の基幹産業として発展し、外貨獲得に貢献した。戦後は、和装離れから絹織物産業は下火となったが、代わって自動車部品産業やパチンコ産業が台頭。幾つものチャレンジングな企業が生まれ、今日の桐生を支えている。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%90%E7%94%9F%E5%B8%82
再生核研究所声明353(2017.2.2) ゼロ除算 記念日
2014.2.2 に 一般の方から100/0 の意味を問われていた頃、偶然に執筆中の論文原稿にそれがゼロとなっているのを発見した。直ぐに結果に驚いて友人にメールしたり、同僚に話した。それ以来、ちょうど3年、相当詳しい記録と経過が記録されている。重要なものは再生核研究所声明として英文と和文で公表されている。最初のものは
再生核研究所声明 148(2014.2.12): 100/0=0, 0/0=0 - 割り算の考えを自然に拡張すると ― 神の意志
で、最新のは
Announcement 352 (2017.2.2): On the third birthday of the division by zero z/0=0
である。
アリストテレス、ブラーマグプタ、ニュートン、オイラー、アインシュタインなどが深く関与する ゼロ除算の神秘的な永い歴史上の発見であるから、その日をゼロ除算記念日として定めて、世界史を進化させる決意の日としたい。ゼロ除算は、ユークリッド幾何学の変更といわゆるリーマン球面の無限遠点の考え方の変更を求めている。― 実際、ゼロ除算の歴史は人類の闘争の歴史と共に 人類の愚かさの象徴であるとしている。
心すべき要点を纏めて置きたい。
1) ゼロの明確な発見と算術の確立者Brahmagupta (598 - 668 ?) は 既にそこで、0/0=0 と定義していたにも関わらず、言わば創業者の深い考察を理解できず、それは間違いであるとして、1300年以上も間違いを繰り返してきた。
2) 予断と偏見、慣習、習慣、思い込み、権威に盲従する人間の精神の弱さ、愚かさを自戒したい。我々は何時もそのように囚われていて、虚像を見ていると 真智を愛する心を大事にして行きたい。絶えず、それは真かと 問うていかなければならない。
3) ピタゴラス派では 無理数の発見をしていたが、なんと、無理数の存在は自分たちの世界観に合わないからという理由で、― その発見は都合が悪いので ― 、弟子を処刑にしてしまったという。真智への愛より、面子、権力争い、勢力争い、利害が大事という人間の浅ましさの典型的な例である。
4) この辺は、2000年以上も前に、既に世の聖人、賢人が諭されてきたのに いまだ人間は生物の本能レベルを越えておらず、愚かな世界史を続けている。人間が人間として生きる意義は 真智への愛にある と言える。
5) いわば創業者の偉大な精神が正確に、上手く伝えられず、ピタゴラス派のような対応をとっているのは、本末転倒で、そのようなことが世に溢れていると警戒していきたい。本来あるべきものが逆になっていて、社会をおかしくしている。
6) ゼロ除算の発見記念日に 繰り返し、人類の愚かさを反省して、明るい世界史を切り拓いて行きたい。
以 上
追記:
The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:
Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean Spaces
Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou Saitoh
International Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16.
http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007
http://www.ijapm.org/show-63-504-1.html
http://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf
http://www.ijapm.org/show-63-504-1.html
http://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf
0 件のコメント:
コメントを投稿