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独楽の語源
alt 独楽の語源
alt 和名抄を読む 2005年1月
alt追加更新 2009年5月
(楽と陀螺は同意語か)
alt 森偉之輔氏の手作り独楽 コマを漢字で表示すると獨楽(独楽)となります。コマとは「独りで楽しむ」もの。なんとも情緒的でコマを表現するのにピッタリな漢字ではないでしょうか。しかし「独りで楽しむ」ものにはコマ以外にもたくさんの物事があります。 なぜコマを独楽と表示するようになったのでしょうか。
結論から述べますと、
「獨楽」は古代中国で「コマ」を意味する漢字として使われていたということです。その後中国では「獨楽(ドゥーラー)」の類音である「陀螺(トゥオルオ)」が「コマ」を意味する漢字として使われるようになるとともに、「獨楽」はコマを意味する漢字としては死語となり消滅したものと考えます。
日本で「コマ」という名が残っている最も古い文献は「倭名類聚抄」と云われています。平安の中期、931~938年にかけて編纂された和漢辞典です。『倭名類聚抄』には、『辨色立成』(弁色立成)では、「獨楽」と言い,孔があるものだ。と記されています。
さて、弁色立成「べんしきりゅうじょう」は、一般に中国の書と言われています。そうであるなら、その書に記されている「獨楽」は中国の言語となります。しかしそう簡単ではないようです。弁色立成が中国の書であるという根拠が乏しいのです。むしろ日本の書である可能性が非常に高いと思われるのです。弁色立成が日本の書であるなら日本で「獨楽」という名が残っている最も古い文献は、「弁色立成」ということになりますが、この書はどこにも存在していません。
『弁色立成』とはどのような書であったのか、更にこれが日本の書であると思われる根拠について述べると
1)「弁色立成」について、大漢和には「書名。日本國見在書目録によれば、大術立成、五行秘要立成、秘要立成、五行日計立成圖、三元立成、飛鳥立成、辨色立成などの数種類があるが、今は皆亡佚して伝わらない」とあります。これだけでは辨( 弁)色立成が、中国の書であるか日本の書であるか不明である。
2)辨色立成について中国の文献を検索しても見つからない。
3)辨色立成に記されている以下の文から、辨色立成が漢籍であるとするには疑問がある。
これは熊鷹についての文であるが、【角+鷹】 『国字の字典』が『古俳諧・沙金袋』を引いて、「大鷹」の意の国字とする。『倭名類聚抄(元和古活字那波道圓本)』に「角鷹 辨色立成云角鷹 久萬太加 今案所出未詳」とある。大鷹とは熊鷹のことか。とある。久萬太加とはクマタカであるから、日本語の音の表記であり、漢音ではない。
4)辨色立成と言う書物の名は、「倭名抄」の中にしか見えない。
以上のようなことから「弁色立成」は中国の書ではなく、日本の書と思われる。
このように考えると「弁色立成」に記されていた「獨楽」はどこから出てきたのでしょうか。
[コマ」について中国の文献で検索してみると、獨楽を「コマ」のことであると書いた中国語辞典は、古典辞書にも現代語辞書にも見当たらない。宋の時代にはコマは「千千」と言って、宮中の女性が象牙のコマを回して遊んでいた事が出ている。現代中国では「コマ」は「陀螺」と書くが、この「陀螺」は明の時代の大衆の遊びに出てくる。そのほかに地方の呼び名として「骨」「地雷」「風螺」「冰猴児」などがある。以上のことから中国では、「獨楽」は「コマ」を意味する漢字としては使われていなかったことも考えられる。 しかし、中国語で「コマ」を意味する「陀螺(トゥオルオ)」は、「獨楽(ドゥーラー)」と発音が良く似ている。類音として「陀螺」のことを「獨楽」と云う漢字で表示した可能性は充分に考えられます。この類音説については専修大学文学部教授林義雄氏、早稲田大学理工学部教授中川義英氏も述べています。
大言海に獨楽「こま」ハ高麗ノ軍兵歌舞レ興楽楽ヲナス、コノ楽ヲ、日本紀ニ、こまと訓ゼリ(外来語辞典)とあります。この時代は高句麗王朝(日本では高麗(こま)と呼ばれていた)です。楽をどうして獨楽「こま」と決めつけたのでしょうか。疑問が残ります。(因みに朝鮮でコマのことをペンイといいます)
この時代に「楽」といえば散楽(注1)や雅楽(注2)などを意味するのではないでしょうか。西暦453年,允恭天皇の大葬の際、新羅の楽人が哀悼の歌舞を奏したのがわが国で雅楽が行われた最初と云われています。散楽も同時代に日本に伝わったものと考えます。散楽とは、滑稽な物まね、曲芸、呪術など多種多様な芸一般を広く指します。日本紀に記されている「楽」はこの散楽のことであり、この散楽の中で独楽を使った曲芸が行われていたと云うことではないでしょうか。このように考えると日本紀に書かれている兵隊達が独楽の曲芸を楽しんでいる情景が目に浮かびます。
更に想像を広げるならば独りで興ずる散楽、即ち「独楽」ということから、この漢字を使うようになった可能性もあります。この場合中国或いは朝鮮からの渡来語、又は日本で作られた和漢字の両者ともに可能性があります。
また「平戸こま」のしおりに西暦465年雄略天皇の時代、筑紫の国(九州)に駐屯していた高麗の兵隊たちが「うなりこま」に興じていた。と記されています。この話は大言海の獨楽の話と同じ出所の物語のように思われます。これらの民話などを総合して楽を「こま」と決め付けたのかも知れません。この「楽」が本当に「こま」を意味するものであるならば、独楽に対する最も古い文献は「日本書紀」(702年)で、次に古い文献が「倭名類聚抄」(931~938年)ということになります。
『箋注倭名類聚抄』の文中に、『摩訶止観』では体は「独落」のようで,口は,春蛙のようで,心は風燈のようなものだという文章があります。またこの「独落」とは「独楽」の異文(両者は同じもの)のことです。この『摩訶止観』は随の高僧で天台宗の創始者・天台大師智顗(538-597)が説き、阿難に比されるその門人・章安灌頂(561-632)によって筆録編纂された同論書で、仏道修行の実践と理論を具体的かつ体系的に説いたものです。日本の天台宗の教本でもあります。この文中にある「独落」(独楽)はコマを意味しているものと考えられます。このことは中国で古くからコマを表現する言語として獨楽を使っていたことを示しています。
「陀螺」は、明の時代(16世紀)の大衆の遊びとしてはじめて出てきます。それ以前には使われていなかったようです。 このことから
「陀螺(トゥオルオ)」の類音として「獨楽(ドゥーラー)」が使われたのではなく、古くは「獨楽」が使われており、その後類音として「陀螺」が使われるようになったものと考えます。「陀螺」が使われるようになるにつれて中国では、「獨楽」はコマを表示する漢字としては死語となり消滅し、日本にだけ「獨楽」がコマを意味する漢字として残ったのではないでしょうか。この「獨楽」を日本では高麗{こま(朝鮮)}と関連付けてコマと読むようになったものと推定します。
以上のことから「獨楽」の語源は、
古代中国でコマを意味する漢字として使われていたということです。
http://www.tokorozawa.saitama.med.or.jp/machida/komanogogenn.htm
再生核研究所声明 271(2016.01.04): 永遠は、無限は確かに見えるが、不思議な現象
直線を どこまでも どこまでも行ったら、どうなるだろうか。立体射影の考えで、全直線は 球面上 北極、無限遠点を通る無限遠点を除く円にちょうど写るから、我々は、無限も、永遠も明確に見える、捉えることができると言える。 数学的な解説などは下記を参照:
再生核研究所声明 264 (2015.12.23):永遠とは何か―永遠から
再生核研究所声明257(2015.11.05): 無限大とは何か、無限遠点とは何か―新しい視点
再生核研究所声明232(2015.5.26): 無限大とは何か、無限遠点とは何か。―驚嘆すべきゼロ除算の結果
再生核研究所声明262(2015.12.09): 宇宙回帰説―ゼロ除算の拓いた世界観
とにかく、全直線が まるまる見える、立体射影の考えは、実に楽しく、面白いと言える。この考えは、美しい複素解析学を支える100年以上の伝統を持つ、私たちの空間に対する認識であった。これは永劫回帰の思想を裏付ける世界観を 楽しく表現していると考えて来た。
ところが、2014.2.2.に発見されたゼロ除算は、何とその無限遠点が、実は原点に一致しているという、事実を示している。それが、我々の数学であり、我々の世界を表現しているという。数学的にも、物理的にもいろいろ それらを保証する事実が明らかにされた。これは世界観を変える、世界史的な事件と考えられる:
地球平面説→地球球体説
天動説→地動説
1/0=∞若しくは未定義 →1/0=0
現在、まるで、宗教論争のような状態と言えるが、問題は、無限の彼方、無限遠点がどうして、突然、原点に戻っているかという、強力な不連続性の現象である。複数のEUの数学者に直接意見を伺ったところ、アリストテレスの世界観、世は連続であるに背馳して、そのような世界観、数学は受け入れられないと まるで、魔物でも見るかのように表情を歪めたものである。新しい数学は いろいろ証拠的な現象が沢山発見されたものの、まるで、マインドコントロールにでもかかったかのように 新しい数学を避けているように感じられる。数学的な内容は せいぜい高校生レベルの内容であるにも関わらず、考え方、予断、思い込み、発想の違いの為に、受けいれられない状況がある。
発見されてから あと1ヶ月で丸2年目を迎え、いろいろな実証に当たる現象が見つかったので、本年は世界的に 受けいれられることを期待している。
ゼロ除算の発見の遅れは、争いが絶えない世界史と同様に、人類の知能の乏しさの証拠であり、世界史の恥であると考えられる。できないことを、いろいろ考えて出来るようにしてきたのが、数学の偉大なる歴史であったにも関わらず、ゼロでは割れない、割れないとインドで628年ゼロの発見時から問題にされながら1300年以上も 繰り返してきた。余りにも基本的なことであるから、特に、数学者の歴史的な汚点になるものと考える。そのために数学ばかりではなく、物理学や哲学の発展の遅れを招いてきたのは、歴然である。
以 上
独楽の語源
alt 独楽の語源
alt 和名抄を読む 2005年1月
alt追加更新 2009年5月
(楽と陀螺は同意語か)
alt 森偉之輔氏の手作り独楽 コマを漢字で表示すると獨楽(独楽)となります。コマとは「独りで楽しむ」もの。なんとも情緒的でコマを表現するのにピッタリな漢字ではないでしょうか。しかし「独りで楽しむ」ものにはコマ以外にもたくさんの物事があります。 なぜコマを独楽と表示するようになったのでしょうか。
結論から述べますと、
「獨楽」は古代中国で「コマ」を意味する漢字として使われていたということです。その後中国では「獨楽(ドゥーラー)」の類音である「陀螺(トゥオルオ)」が「コマ」を意味する漢字として使われるようになるとともに、「獨楽」はコマを意味する漢字としては死語となり消滅したものと考えます。
日本で「コマ」という名が残っている最も古い文献は「倭名類聚抄」と云われています。平安の中期、931~938年にかけて編纂された和漢辞典です。『倭名類聚抄』には、『辨色立成』(弁色立成)では、「獨楽」と言い,孔があるものだ。と記されています。
さて、弁色立成「べんしきりゅうじょう」は、一般に中国の書と言われています。そうであるなら、その書に記されている「獨楽」は中国の言語となります。しかしそう簡単ではないようです。弁色立成が中国の書であるという根拠が乏しいのです。むしろ日本の書である可能性が非常に高いと思われるのです。弁色立成が日本の書であるなら日本で「獨楽」という名が残っている最も古い文献は、「弁色立成」ということになりますが、この書はどこにも存在していません。
『弁色立成』とはどのような書であったのか、更にこれが日本の書であると思われる根拠について述べると
1)「弁色立成」について、大漢和には「書名。日本國見在書目録によれば、大術立成、五行秘要立成、秘要立成、五行日計立成圖、三元立成、飛鳥立成、辨色立成などの数種類があるが、今は皆亡佚して伝わらない」とあります。これだけでは辨( 弁)色立成が、中国の書であるか日本の書であるか不明である。
2)辨色立成について中国の文献を検索しても見つからない。
3)辨色立成に記されている以下の文から、辨色立成が漢籍であるとするには疑問がある。
これは熊鷹についての文であるが、【角+鷹】 『国字の字典』が『古俳諧・沙金袋』を引いて、「大鷹」の意の国字とする。『倭名類聚抄(元和古活字那波道圓本)』に「角鷹 辨色立成云角鷹 久萬太加 今案所出未詳」とある。大鷹とは熊鷹のことか。とある。久萬太加とはクマタカであるから、日本語の音の表記であり、漢音ではない。
4)辨色立成と言う書物の名は、「倭名抄」の中にしか見えない。
以上のようなことから「弁色立成」は中国の書ではなく、日本の書と思われる。
このように考えると「弁色立成」に記されていた「獨楽」はどこから出てきたのでしょうか。
[コマ」について中国の文献で検索してみると、獨楽を「コマ」のことであると書いた中国語辞典は、古典辞書にも現代語辞書にも見当たらない。宋の時代にはコマは「千千」と言って、宮中の女性が象牙のコマを回して遊んでいた事が出ている。現代中国では「コマ」は「陀螺」と書くが、この「陀螺」は明の時代の大衆の遊びに出てくる。そのほかに地方の呼び名として「骨」「地雷」「風螺」「冰猴児」などがある。以上のことから中国では、「獨楽」は「コマ」を意味する漢字としては使われていなかったことも考えられる。 しかし、中国語で「コマ」を意味する「陀螺(トゥオルオ)」は、「獨楽(ドゥーラー)」と発音が良く似ている。類音として「陀螺」のことを「獨楽」と云う漢字で表示した可能性は充分に考えられます。この類音説については専修大学文学部教授林義雄氏、早稲田大学理工学部教授中川義英氏も述べています。
大言海に獨楽「こま」ハ高麗ノ軍兵歌舞レ興楽楽ヲナス、コノ楽ヲ、日本紀ニ、こまと訓ゼリ(外来語辞典)とあります。この時代は高句麗王朝(日本では高麗(こま)と呼ばれていた)です。楽をどうして獨楽「こま」と決めつけたのでしょうか。疑問が残ります。(因みに朝鮮でコマのことをペンイといいます)
この時代に「楽」といえば散楽(注1)や雅楽(注2)などを意味するのではないでしょうか。西暦453年,允恭天皇の大葬の際、新羅の楽人が哀悼の歌舞を奏したのがわが国で雅楽が行われた最初と云われています。散楽も同時代に日本に伝わったものと考えます。散楽とは、滑稽な物まね、曲芸、呪術など多種多様な芸一般を広く指します。日本紀に記されている「楽」はこの散楽のことであり、この散楽の中で独楽を使った曲芸が行われていたと云うことではないでしょうか。このように考えると日本紀に書かれている兵隊達が独楽の曲芸を楽しんでいる情景が目に浮かびます。
更に想像を広げるならば独りで興ずる散楽、即ち「独楽」ということから、この漢字を使うようになった可能性もあります。この場合中国或いは朝鮮からの渡来語、又は日本で作られた和漢字の両者ともに可能性があります。
また「平戸こま」のしおりに西暦465年雄略天皇の時代、筑紫の国(九州)に駐屯していた高麗の兵隊たちが「うなりこま」に興じていた。と記されています。この話は大言海の獨楽の話と同じ出所の物語のように思われます。これらの民話などを総合して楽を「こま」と決め付けたのかも知れません。この「楽」が本当に「こま」を意味するものであるならば、独楽に対する最も古い文献は「日本書紀」(702年)で、次に古い文献が「倭名類聚抄」(931~938年)ということになります。
『箋注倭名類聚抄』の文中に、『摩訶止観』では体は「独落」のようで,口は,春蛙のようで,心は風燈のようなものだという文章があります。またこの「独落」とは「独楽」の異文(両者は同じもの)のことです。この『摩訶止観』は随の高僧で天台宗の創始者・天台大師智顗(538-597)が説き、阿難に比されるその門人・章安灌頂(561-632)によって筆録編纂された同論書で、仏道修行の実践と理論を具体的かつ体系的に説いたものです。日本の天台宗の教本でもあります。この文中にある「独落」(独楽)はコマを意味しているものと考えられます。このことは中国で古くからコマを表現する言語として獨楽を使っていたことを示しています。
「陀螺」は、明の時代(16世紀)の大衆の遊びとしてはじめて出てきます。それ以前には使われていなかったようです。 このことから
「陀螺(トゥオルオ)」の類音として「獨楽(ドゥーラー)」が使われたのではなく、古くは「獨楽」が使われており、その後類音として「陀螺」が使われるようになったものと考えます。「陀螺」が使われるようになるにつれて中国では、「獨楽」はコマを表示する漢字としては死語となり消滅し、日本にだけ「獨楽」がコマを意味する漢字として残ったのではないでしょうか。この「獨楽」を日本では高麗{こま(朝鮮)}と関連付けてコマと読むようになったものと推定します。
以上のことから「獨楽」の語源は、
古代中国でコマを意味する漢字として使われていたということです。
http://www.tokorozawa.saitama.med.or.jp/machida/komanogogenn.htm
再生核研究所声明 271(2016.01.04): 永遠は、無限は確かに見えるが、不思議な現象
直線を どこまでも どこまでも行ったら、どうなるだろうか。立体射影の考えで、全直線は 球面上 北極、無限遠点を通る無限遠点を除く円にちょうど写るから、我々は、無限も、永遠も明確に見える、捉えることができると言える。 数学的な解説などは下記を参照:
再生核研究所声明 264 (2015.12.23):永遠とは何か―永遠から
再生核研究所声明257(2015.11.05): 無限大とは何か、無限遠点とは何か―新しい視点
再生核研究所声明232(2015.5.26): 無限大とは何か、無限遠点とは何か。―驚嘆すべきゼロ除算の結果
再生核研究所声明262(2015.12.09): 宇宙回帰説―ゼロ除算の拓いた世界観
とにかく、全直線が まるまる見える、立体射影の考えは、実に楽しく、面白いと言える。この考えは、美しい複素解析学を支える100年以上の伝統を持つ、私たちの空間に対する認識であった。これは永劫回帰の思想を裏付ける世界観を 楽しく表現していると考えて来た。
ところが、2014.2.2.に発見されたゼロ除算は、何とその無限遠点が、実は原点に一致しているという、事実を示している。それが、我々の数学であり、我々の世界を表現しているという。数学的にも、物理的にもいろいろ それらを保証する事実が明らかにされた。これは世界観を変える、世界史的な事件と考えられる:
地球平面説→地球球体説
天動説→地動説
1/0=∞若しくは未定義 →1/0=0
現在、まるで、宗教論争のような状態と言えるが、問題は、無限の彼方、無限遠点がどうして、突然、原点に戻っているかという、強力な不連続性の現象である。複数のEUの数学者に直接意見を伺ったところ、アリストテレスの世界観、世は連続であるに背馳して、そのような世界観、数学は受け入れられないと まるで、魔物でも見るかのように表情を歪めたものである。新しい数学は いろいろ証拠的な現象が沢山発見されたものの、まるで、マインドコントロールにでもかかったかのように 新しい数学を避けているように感じられる。数学的な内容は せいぜい高校生レベルの内容であるにも関わらず、考え方、予断、思い込み、発想の違いの為に、受けいれられない状況がある。
発見されてから あと1ヶ月で丸2年目を迎え、いろいろな実証に当たる現象が見つかったので、本年は世界的に 受けいれられることを期待している。
ゼロ除算の発見の遅れは、争いが絶えない世界史と同様に、人類の知能の乏しさの証拠であり、世界史の恥であると考えられる。できないことを、いろいろ考えて出来るようにしてきたのが、数学の偉大なる歴史であったにも関わらず、ゼロでは割れない、割れないとインドで628年ゼロの発見時から問題にされながら1300年以上も 繰り返してきた。余りにも基本的なことであるから、特に、数学者の歴史的な汚点になるものと考える。そのために数学ばかりではなく、物理学や哲学の発展の遅れを招いてきたのは、歴然である。
以 上
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