安保法で首相「丁寧に説明する努力続けたい」
9月25日 18時31分
安保法で首相「丁寧に説明する努力続けたい」
安倍総理大臣は通常国会が事実上閉会したことを受けて記者会見し、安全保障関連法について、「地域の平和と安定を確固たるものとするもので、多くの国々から支持されている」と述べ、引き続き、国民に丁寧に説明していく考えを示しました。また、来月行う内閣改造で、誰もが活躍できる「1億総活躍社会」の実現に向けて、担当大臣を新たに設置する意向を表明しました。
この中で、安倍総理大臣は安全保障関連法について、「戦後70年、守り続けてきた『不戦の誓い』をより確かなものとしていくための強固な基盤を作ることができた。戦争を未然に防止し、地域の平和と安定を確固たるものとするのが平和安全法制だ」と述べました。
そのうえで、安倍総理大臣は「私も含めて、日本人の誰一人として戦争など望んでいない。『戦争法案』といったレッテル貼りを行うことは、根拠のない不安をあおろうとするものであり、全く無責任だ」と述べました。
そして、安倍総理大臣は、「もし『戦争法案』であるならば世界中から反対の声が寄せられるだろうが、世界のたくさんの国々から支持する声が寄せられている。国民の皆さまの理解がさらに得られるよう、政府としてこれからも丁寧に説明する努力を続けていきたい」と述べました。
さらに安倍総理大臣は来月行う内閣改造について、「1億総活躍社会作りに腰を据えて取り組むため、新たに担当大臣を設ける考えだ」と述べ、誰もが活躍できる「1億総活躍社会」の実現に向けて、担当大臣を新たに設置する意向を表明しました。
そのうえで、安倍総理大臣は「1億総活躍社会」の実現に向けて掲げた、GDP=国内総生産600兆円、出生率1.8、介護離職ゼロといった具体的な目標について、「いずれも困難な課題で、その実現が一朝一夕でなしえないことはもとより覚悟の上だ。来月の新体制発足にあたっては新たな担当大臣のもとに国民的な議論を深め、多岐にわたる政策を総動員するため、国民会議を設置する」と述べました。
また、安倍総理大臣は、「補正予算による経済対策を策定することは現時点では考えていないが、経済動向をよく注視をし、機動的な経済財政運営によって万全を期していく」と述べました。
一方、安倍総理大臣は、「安全保障の基盤を強化すると同時に、平和外交を一層力強く進めていくことも重要だ。秋には3年ぶりに日中韓3か国による首脳会談も実現したい。これから中国、韓国、ロシアなど近隣諸国との関係改善にこれまで以上に力を入れていく。地球儀をふかんする視点で、今後も積極的な外交を展開していく」と述べました。
そして、日ロ関係について、「ロシアとの間には北方領土問題があり、戦後70年近くたっても、平和条約が締結されていないという厳しい現実がある。北方領土問題は首脳間のやり取りなくして解決することはできない。これまで、プーチン大統領と10回、会談を重ねてきた。国連総会においてもプーチン大統領と会談する予定で、北方領土問題についても直接議論をしたい」と述べました。
そのうえで、安倍総理大臣は、プーチン大統領の日本訪問について、「ベストな時期に実現したいと考えており、具体的な日程については、種々の要素を総合的に勘案しながら決めていきたい」と述べました。
さらに、安倍総理大臣は、日本と中国、韓国の3か国による首脳会議について、「私は従来から、日中韓首脳会談の早期開催を働きかけてきており秋にはこれを実現したい。その際には、パク・クネ(朴槿恵)大統領、そして李克強首相と、それぞれ日韓、日中の首脳会談を行いたい」と述べました。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150925/k10010247951000.html
再生核研究所声明243(2015.8.31)日本国の在るべき姿について –
現在の世相についての心情
(仕事の切れ目で、世相についての存念を纏める気持ちが湧いたものである)
背景は、相当一連の仕事が続き、予定の変更で 奇妙な 精神的な 空白が生じた。現在の世相を感じるに、安倍政権による安保法案成立の流れと 反対する世論、それといわゆる日本の右傾化の世相に対する危惧の念がある。それにしても 様々な意見が全く単細胞的所見(再生核研究所声明 69: 単細胞人間 ― 単細胞的思考)で 全体的な視野を欠いた断片的なものが多く、いわばめちゃくちゃな議論を繰り返しているように感じられる。安保法案の位置づけについても 何ら明確にならず、ただ双方とも批判合戦で、混乱しているように見える。賛成、反対いずれの議論でも その適切な位置づけができず、道理ある議論になってはいないのではないだろうか。反対する立場の議論は さらに軽薄で、法案とは本質的には無関係である、平和が大事だ、また憲法に反するなどの議論は 現実的ではなく、本質から離れた議論で 説得力のある議論とは言えないのではないだろうか。この点を明確にすると、平和が大事だから、安保法案が必要であると考えている政権側の考えには、平和が大事であるから反対は、何ら意味を成さないであろう。憲法に反対している政権側の考えに対して、憲法に反するから法案に反対するでは、逆効果で、逆に憲法の悪い面が 広範に指摘されかねない。
マスコミなどの扱いでも、戦争の惨めさや、平和の貴さを訴える番組、報道企画は多いのに 肝心のどうしたら、戦争を避け、平和な世界を迎えられるかの検討や努力の方向に目を向けさせる扱いは 殆どないようである。
安倍首相の進めている、安保法案は 考え方として、よく理解でき、その在るべき姿は明白に理解できるものである。この正確な理解は 重要ではないだろうか。― これは要するに、中国の台頭とアメリカの相対的な地位低下の背景に鑑みて、日米関係の重要性と日本の応分の負担の立場から、日米関係の強化のため、軍事関係でも一層密な関係にしたいということであると 明確に理解できる。 日本の右傾化の背景には 最近のいわば、繰り返される日本の侵略に対する過剰な批判に反発する形で、 日本国の非は それほどではなく、 日本は止むを得ない道を歩んだという いわば愛国心が広範に盛り上がっていると言える。― 靖国神社職員有志の主張http://sky.geocities.jp/yasukunishokuin/matome.htm 等には 共感を覚える人が多いのではないだろうか。それに対して、反対する立場の人の行動は、反国家的、あるいは野党の無責任な行動に映っているのではないだろうか。それには政権交代に見られた無様な印象さえ回想されているのではないだろうか。
安倍首相の志向する国の在り様は理解できても、反対の意見を次のように表明したい:
日本国の在るべき姿について
2015.8.22.07:55
朝食後いつものように山間部を散歩していて、日本国の在るべき姿について、独りでに 想いが湧いたので、纏めて置きたい。
現在、日本を取り巻く状況では、アメリカと中国の 対立が先鋭化している。 これは 世界史の自然な流れである。 日本の在るべき姿は、アメリカの勢力の最前線で アメリカ圏 で 日本の存在を考える立場がある。 それに対して、アメリカ圏に軸足を置くも、両勢力間の 平和の緩衝地帯 として、両勢力から一定の距離を置き、世界の平和と 世界史の進化を志向する在り様がある。後者が、アメリカ、中国、世界に より多く貢献できる、日本国の在るべき姿と 考える。
具体的には、平和憲法の精神で 進めるべきである。
安保法案に反対する人たちの真の危惧は、いわば アメリカの余計な戦争や軍事行動に 日本の軍隊が駆り出されるという ことで、大いに起りうるのではないだろうか。韓国軍がベトナム戦争に駆り出されたようにである。
再生核研究所では 国の在り様について広範に考察してきたので参照:
再生核研究所声明242(2015.7.24)参議院の良識と自立性によって安保法案をほうむれ
再生核研究所声明220(2015.3.21) 戦争に関する心理について
― 絶えず平和のための努力を
再生核研究所声明204(2015.2.10)世界史を進化させる 世界に誇れる、平和憲法の擁護を 提案する
再生核研究所声明156(2014.5.1) 尖閣諸島、簡単な算数と 愚かで卑劣な日本国
再生核研究所声明 123 (2013.8.18): 日本国の自立を求めて ー なぜ自立を求めるか -それは、 日本の固有の美しい文化を維持、発展させるためである
再生核研究所声明 111(2013.2.20) 日本国憲法によって、日本国および日本軍を守れ、― 世界に誇る 憲法の改悪を許すな
再生核研究所声明 108(2012.12.8) 敗戦国日本よ、 情けないぞ ― 自主独立を求め、米・中との友好関係を 日本国憲法の精神で進めよ。 アメリカは、日本の自治を尊重して、政治介入を控えよ。
再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性
再生核研究所声明 46: 日本国の1つの国家像、あるべき姿について
再生核研究所声明8: 日本国の防衛の在り方について
再生核研究所声明6: 憲法問題に対する提案
以 上
拉致問題、北朝鮮問題も真面目に考えたいと思います。 安倍さんたちの考えはただ騒いでいるだけで、一つも解決にはならないのではないでしょうか。日本国政府が嘘をついたり、騙したりしていれば、それは重大だと思います。 神国日本のあるべき姿では無いと思います。日本国民の中には、先ず嫌な国だという感情が先にきてしまうのではないでしょうか。 それで、できれば付き合いたくない というのが、大方の気持ちではないでしょうか。 しかしそれでは、拉致問題は解決できず、アジアの緊張関係は弱まらず、日本は孤立化の方向にいってしまうと思います。 ただ騒いでいるだけになってしまいます。
さらに 不愉快な事は 歴史的な流れがあったとしても 戦前における日本国のおかした罪悪が、噴き出てくることです。 紛れもなく、おかしな国を作った一つの原因が 日本にはあると思います。
そこで、元気がなくなってしまうのですが、世界の平和やより良い未来を切り拓くためには、真摯に 考え直す必要があると思います。
そこで、次の全般的な考察は如何でしょうか。
再生核研究所声明 18(2008/07/30) 拉致問題の解決に向けての提案
拉致問題ほど 日本国にとって不幸な事件は それ程ないのではないでしょうか。しかも解決できる見込みがなく、いわば泣き寝入りの状況に陥っていると考えられます。
さて 拉致問題とは そもそも何でしょうか。日本国内に住んでいた人が 他国によってさらわれたものであり、このような不法な行為が 国家によって行われたことは全くの驚きであり、批判が世界中に広まったのは当然である。これでは 世界の秩序は保てず、国家の存立さえ維持できないからである。また、そのような暴挙を許した日本国の責任は 極めて大きく、これでは日本国の治安、防衛体制はどうなっていたかと批判されても仕方のないものである。陸、海、空を防衛するのは すべての国家の基本的な任務のはずです。またそのような暴挙を繰り返し許していた情報能力には 大いに反省されるべきです。
国家によって拉致された人達を如何にして取り戻すか。現在、政府を含めて、圧力を強めて、取り戻そうとしているが、一向に埒があかず、いたずらに時間をかけていて、拉致された家族の人達と多くの日本国民を苦しめています。 他方、6カ国会議の国々は 所謂、核開発の中止と引き換えに テロ国家指定解除や重油などの援助を行う方向であり、日本国だけが取り残される苦しい立場に追い込まれている。アメリカなどの この妥協は、核兵器を持たせるという大きな脅威を直視する以上、止むを得ないことと理解を示す必要があると考えます。
いやしくも相手国家が拉致問題を解決する姿勢を示さず、圧力をかける有効な手段を持たない以上 この問題を解決するには 実効支配している北朝鮮政府と交渉を行ない、妥協の道を探らなければならないと考えます。
それには交渉が行き詰った所に戻り、そこから1歩1歩解決の糸口を探る必要があります。直接の糸口は デヴィ夫人のブログにあった。
http://ameblo.jp/dewisukarno/day-20080701.html
小泉元首相が北朝鮮におもむき、国交正常化を約束し、
そしてめでたく5人の拉致被害者を連れ戻すことに成功、
日本国中が熱い涙を流したのも、昨日の事のように思い出されます。
私自身も怒りのために震える気持ちでした。
しかし拉致被害者の方々は、
日本政府との2週間の日本滞在の約束で帰ってきたはずです。
当時内閣官房副長官であった安倍晋三氏と中山恭子首相補佐官が、
彼等を北朝鮮へ帰さないと強行な態度で約束を破りました。
連れ添ってきた北朝鮮の赤十字の方々を
スパイ扱いするような非礼なことまでいたしました。
に糸口があるのではないでしょうか。約束を守らず、返さなかったという事は 加藤氏のテレビなどでの発言、その他でそのようであったように考えられます。国、政府が約束して、守らなかったとなれば、それ以上交渉が進展しないのは当然ではないでしょうか。日本国政府は、北朝鮮政府を騙した事になり、それではもはやそのような日本国政府とは、交渉ができないというのは、世の道理ではないでしょうか。嘘をついてはいけないのは、相手の為ではなく、自分の信頼を得る為ではないでしょうか。例え相手が、どのようであっても、自分の尊厳と信頼を得る為には、嘘や騙しは、許されないと思います。日本には 武士に二言はないという気高い精神があったと思います。もし日本国政府がそのような いい加減なことをやっていれば、これは、日本国の重大な問題ではないでしょうか。
約束違反は 重大な背信行為になりますから、相手が納得するまで、謝罪する必要が先ずあると考えます。ここで ならず者の国家では道理が通らず、約束を破ってもよいと考える人もいるかも知れませんが、それでは北朝鮮を支配している政府とはもはや交渉は出来ず、結果的に拉致問題は そのような政府が続く限り、解決できないという結論になると考えます。超大国アメリカも中国も 圧力で拉致問題が解決できる見通しが立てば、日本に協力して解決の方法を進めてくれると考えます。そうではないことは、拉致問題の解決がそう簡単ではないと判断していると考えられます。
従って約束違反を真摯に謝罪し、国交正常化交渉のテーブルに着くことが 拉致問題解決の第1歩ではないでしょうか。その始めの段階で、第2次世界大戦以前の日本国の侵略に対する謝罪を 中国や韓国に行ったように真摯に行い、具体的な保障を含めて話し合いを始めるべきではないでしょうか。中国や韓国と行ったように、国交を回復して、両国の友好関係を深めて、アジアの緊張をゆるめ 明るい未来を拓き、世界の平和に貢献して行こうではありませんか。オリンピックまで開催できるように進化した中国を想い出し、北朝鮮の変化と進化を期待しようではありませんか。 このような過程で 拉致問題は着実に前進すると考えます。 以上。
注:
加藤紘一元幹事長の発言:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080707-00000140-jij-pol
拉致被害者「戻すべきだった」
http://www.youtube.com/watch?v=PkR3lK001Zg
・自民党の加藤紘一元幹事長は7日夜、日本BS放送の番組に出演し、2002年に北朝鮮から一時帰国した曽我ひとみさんら拉致被害者5人に関し、同国に戻さないとした当時の政府決定について 「国家と国家の約束だから、(戻した方が)よかった。安倍(晋三前首相)さんを中心に返すべきでないとなったが、その辺が今、日朝の間で打開できない理由だと思う」と述べ、官房副長官として 永住帰国への方針転換を主導した安倍氏の対応に問題があったとの認識を示した。
加藤氏は「(戻していれば現状のようには)ならなかった。『また来てください』と何度も何度も(両国間を)交流していた。一回返すと平壌は殺してしまうんじゃないかと(言われたが)、そこが (安倍氏らとの)外交感覚の差だ。そんなことができるはずがない」と述べた。
再生核研究所声明245(2015.9.8) 天才動物から学ぶ ― 新しい政治体制、指導者たち
人間はおろか 動物の脳は、脳及び精神の在り様、活動は 未だ医学や科学が立ち入れない程 複雑な存在であるように見える。動物についての不思議な経験から想い起こしたい。
小学生の頃の経験であるが、あまりにも面白かったので 50年を経過しても 昨日のことのように想い出される。 燕が繰り返し、猫の前を飛び、その都度 猫が飛びかかる眺めである。 繰り返し、猫の直前、しかも安全な範囲を飛んでいるのであるから、燕は まるで意図的に猫をからかっていると はっきり感じられ、強い興味を抱いた。次は、インターネットで画像が広く公開されたので 相当の人が見ているのではないだろうか? イルカと猫が繰り返し ほおずりするような極めて愛しい情景である。確かにお互いに情が通じているような様である。 犬が繰り返し、滑り台で滑って遊んでいる情景、楽しい、面白いと感じている様、自画像を書いている象の姿である。上手く筆が動くか、目つきと耳の動きが慎重さとともに愛しい。昨年は 2度目の燕の巣立ちの直前、5羽のひなが蛇に飲み込まれ、発見したときは 立ち去る直前で、蛇は 確かに上手く行きました、ごめんなさい と言って まるで挨拶するような目つきで去っていった蛇。 犬や猫など、賢さは いたるところで報告され、経験されているのではないだろうか。
これらの行動は 特殊な動物の脳に ある種の進化が部分的にあり、高度な精神活動をさせているのではないだろうか。脳の一部の進化、変化である。
このような例は 人間の間にも多々存在するのではないだろうか。 天才数学者の発想や論理など どうしても理解できず、ある特殊な感覚を有しているのではないかと感じられる事は多い。そのようなとき、我々は感じるだろう、我々の精神は ぼんやりしていて、その状況がよく見えないと。理解しようとする者は、まるで薄明かりの中で、先を良く見ようとして必死に精神を集中させ、想い巡らすだろう。 特殊な才能として、有名なモーツアルトなどの音楽家なども想起される。
天才とは言えなくても 多様な分野で 特殊な才能を有する人は世に多い。
この声明における趣旨、述べたいことは、人間を平等と 考えたり、多数の意思を尊重して決定する民主主義の有り様に疑念を抱き、 特殊な才能を有する者の重用、役割を大きくすることである。民主主義と言えば 逆に衆愚政治の危険性がいつでも高いという事実である。 言及しようとしているのは 大きな 重い課題であるので、まずは 方向性と問題点を指摘したい。
その心は、人類の愚かさを全体的に理解して、人生や生命の意味を観、生命の在りよう、意味が理解できるような進化した人間 に大きな役割を、中心的な役割を委ねたいということである。そのような人物として、まずはお釈迦様を回想するだろうが、しかし、大事な観点はそのような人物は 結構、庶民の中にも存在しているということである。
王政や貴族制の方向をとり、優秀な人材による政治活動などを大きくすることである。民主主義の問題は、権力者の選出に手間と労力がかかり しかも適切な人材を選べない状況である。さらに権力者は 自分の権力の維持やいわばいつも人気取りに気を配らざるを得ず、多くは最も大事な政治に時間さえ割り当てられず、本末転倒の有り様になりがちであるという実態である。 歴史上でも権力争いが 政治の中枢のように見える。王政の観点では 江戸幕府等は 身分制の問題や血統主義 閉鎖的な思想が問題であるが、改めれば、民主主義より優れた面は存在するのではないだろうか。 ここにおける最大の問題は、誰が優秀な人材と評価して、それらの決定に如何にして権威付けるかである。 この観点で親政や王政を基礎に 優秀な人材を集めて組織作りを考えるは 検討の余地があるのではないだろうか。
世に、民主主義を超えた、政治や社会の在りようの検討を 呼びかけたい。鍵は優秀な人材の活用による適切な在り様である。
明治政府、江戸幕府など 参考にできるのではないだろうか。 それらにおける問題は陰気な権力闘争を避け、公正の原則に従い、多くの人が納得できるような有り様である。 正当化に都合の良い 大統領制を考えれば、既に問題が起きているように選出過程の複雑さと労力の大きさ、人材の選出の難しさにある。― ドイツやフランス、ポルトガルなどヨーロッパの多くの国では 上手くいっていると言えるだろうか。既に、相当に進化しているように感じられる。流石は先進国と言われるだけのことがあると感じられる。さらに、政治は大きな世界であるから、少数で社会は動かず、大きな官僚機構における人材、公務員たちの賢明さが 結局その国の政治の在り様の質を定めることになるだろう。それゆえに 結局はその国の文化力が 逆に政治を定めるとも言えるだろう。そこで、再び、上記先進国には 敬意の念が湧いて来る。
以 上
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