アリストテレス
生誕 紀元前384年
死没 紀元前322年3月7日
時代 古代哲学
地域 西洋哲学
学派 逍遙学派
アリストテレス主義
研究分野 論理学
自然学
生物学・動物学
形而上学
倫理学
政治学
修辞学
詩・演劇
主な概念 善
中庸 (ギリシア哲学)
理性
アイテール
四原因説
三段論法
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アリストテレス(アリストテレース、古希: Ἀριστοτέλης - Aristotélēs、羅: Aristotelēs、前384年 - 前322年3月7日)は、古代ギリシアの哲学者である。
プラトンの弟子であり、ソクラテス、プラトンとともに、しばしば「西洋」最大の哲学者の一人と見なされる。また、その多岐に亘る自然研究の業績から「万学の祖」とも呼ばれる。イスラーム哲学や中世スコラ学、更には近代哲学・論理学に多大な影響を与えた。また、マケドニア王アレクサンドロス3世(通称アレクサンドロス大王)の家庭教師であったことでも知られる。
名前の由来はギリシア語の aristos (最高の)と telos (目的)から [1]。
目次 [非表示]
1 生涯
1.1 幼少期
1.2 アカデメイア期
1.3 アレクサンドロス大王とリュケイオン
2 思想
2.1 論理学
2.2 自然学(第二哲学)
2.3 形而上学(第一哲学)
2.3.1 原因について
2.3.2 範疇論
2.4 倫理学
2.5 政治学
2.6 文学
3 著作
3.1 論理学
3.2 自然学
3.2.1 生物・動物学
3.3 形而上学
3.4 倫理学
3.5 政治学
3.6 レトリックと詩学
3.7 偽書
4 後世への影響
5 エピソード
6 脚注
7 参考文献
8 外部リンク
生涯[編集]
幼少期[編集]
紀元前384年、トラキア地方のスタゲイロス(後のスタゲイラ)にて出生。スタゲイロスはカルキディケ半島の小さなギリシア人植民町で、当時マケドニア王国の支配下にあった。父はニコマコスといい、マケドニア王アミュンタス3世の待医であったという。幼少にして両親を亡くし、義兄プロクセノスを後見人として少年期を過ごす。このため、マケドニアの首都ペルラから後見人の居住地である小アジアのアタルネウスに移住したとも推測されているが、明確なことは伝わっていない。
アカデメイア期[編集]
紀元前367年、17-18歳にして、「ギリシアの学校」とペリクレスの謳ったアテナイに上り、そこでプラトン主催の学園、アカデメイアに入門した。修業時代のアリストテレスについては真偽の定かならぬさまざまな話が伝えられているが、一説には、親の遺産を食い潰した挙句、食い扶持のために軍隊に入るも挫折し、除隊後に医師(くすし)として身を立てようとしたがうまく行かず、それでプラトンの門を叩いたのだと言う者もいた[2]。いずれにせよ、かれはそこで勉学に励み、プラトンが死去するまでの20年近い年月、学徒としてアカデメイアの門に留まることになる。アリストテレスは師プラトンから「学校の精神」と評されたとも伝えられ、時には教師として後進を指導することもあったと想像されている。紀元前347年にプラトンが亡くなると、その甥に当たるスペウシッポスが学頭に選ばれる。この時期、アリストテレスは学園を辞してアテナイを去る。アリストテレスが学園を去った理由には諸説あるが、デモステネスらの反マケドニア派が勢いづいていた当時のアテナイは、マケドニアと縁の深い在留外国人にとって困難な情況にあったことも理由のひとつと言われている[3]。その後アカデメイアは、529年に東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世(在位 527年 - 565年)によって閉鎖されるまで続いた。
アレクサンドロス大王とリュケイオン[編集]
紀元前347年、37歳頃、マケドニア王フィリッポス2世の招聘により、当時13歳であった王子アレクサンドロス(後のアレクサンドロス大王)の師傅となった。アリストテレスは弁論術、文学、科学、医学、そして哲学を教えた。
教え子アレクサンドロスが王に即位(紀元前336年)した翌年の紀元前335年、49歳頃、アテナイに戻り、自身の指示によりアテナイ郊外に学園「リュケイオン」を開設した(リュケイオンとは、アテナイ東部郊外の、アポロン・リュケイオスの神域たる土地を指す)。弟子たちとは学園の歩廊(ペリパトス)を逍遥しながら議論を交わしたため、かれの学派は逍遥学派(ペリパトス学派)と呼ばれた。
アレクサンドロス大王の死後、アテナイではマケドニア人に対する迫害が起こったため、紀元前323年、61歳頃、母方の故郷であるカルキスに身を寄せた。しかし、そこで病に倒れ(あるいは毒人参をあおったとも)、紀元前322年、62歳で死去している。
思想[編集]
Bust of Aristotle.jpg
アリストテレスの著作は元々550巻ほどあったともされるが、そのうち現存しているのは約3分の1である。ほとんどが講義のためのノート、あるいは自分用に認めた研究ノートであり、公開を想定していなかったため簡潔な文体で書かれている。さまざまな経緯を経て、ロドス島のアンドロニコスの手に渡り、紀元前30年頃に整理・編集された。それが現在、『アリストテレス全集』と呼称されている文献である。したがって、われわれに残されている記述はアリストテレスが意図したものと異なっている可能性が高い。
キケロらの証言によれば、師プラトン同様、アリストテレスもいくつか対話篇を書いたようであるが、まとまった形で伝存しているものはない。
アリストテレスは、「論理学」があらゆる学問成果を手に入れるための「道具」(オルガノン)であることを前提とした上で、学問体系を「理論」(テオリア)、「実践」(プラクシス)、「制作」(ポイエーシス)に三分し、理論学を「自然学」、「形而上学」、実践学を「政治学」、「倫理学」、制作学を「詩学」に分類した。
論理学[編集]
アリストテレスの師プラトンは、対話によって真実を追究していく弁証論を哲学の唯一の方法論としたが、アリストテレスは経験的事象を元に演繹的に真実を導き出す分析論を重視した。このような手法は論理学として三段論法などの形で体系化された。
アリストテレスの死去した後、かれの論理学の成果は『オルガノン』 (Organon) 6巻として集大成され、これを元に中世の学徒が論理学の研究を行った。
自然学(第二哲学)[編集]
「形相」および「質料」も参照
アリストテレスによる自然学に関する論述は、物理学、天文学、気象学、動物学、植物学等多岐に亘る。
プラトンは「イデア」こそが真の実在であるとした(実在形相説)が、アリストテレスは、可感的かつ形相が質料と不可分に結合した「個物」こそが基本的実在(第一実体)であり、それらに適応される「類の概念」を第二実体とした(個物形相説)。さまざまな物体の特性を決定づけているのは、「温」と「冷」、「乾」と「湿」の対立する性質の組み合わせであり、これらの基礎には火・空気・水・土の四大元素が想定されている。これはエンペドクレスの4元素論を基礎としているが、より現実や感覚に根ざしたものとなっている。
アリストテレスの宇宙論は同心円状の階層構造として論じられている。世界の中心に地球があり、その外側に月、水星、金星、太陽、その他の惑星等が、それぞれ各層を構成している。これらの天体は、前述の4元素とは異なる完全元素である第5元素「アイテール(エーテル)」から構成される。そして、「アイテール」から成るがゆえに、これらの天体は天球上を永遠に円運動しているとした。さらに、最外層には「不動の動者」である世界全体の「第一動者」が存在し、すべての運動の究極の原因であるとした。イブン・スィーナーら中世のイスラム哲学者・神学者や、トマス・アクィナス等の中世のキリスト教神学者は、この「第一動者」こそが「神」であるとした。
アリストテレスの自然学研究の中で最も顕著な成果を上げているのは生物学、特に動物学の研究である。 その研究の特徴は系統的かつ網羅的な経験事実の収集である。数百種に亘る生物を詳細に観察し、かなり多くの種の解剖にも着手している。特に、海洋に生息する生物の記述は詳細なものである。また、鶏の受精卵に穴を空け、発生の過程を詳しく観察している。 一切の生物はプシューケー(希: ψυχη、和訳では霊魂とする)を有しており、これを以て無生物と区別されるとした。この場合のプシューケーは生物の形相であり(『ペリ・プシューケース』第2巻第1章)、栄養摂取能力、感覚能力、運動能力、思考能力によって規定される(『ペリ・プシューケース』第2巻第2章)。また、感覚と運動能力をもつ生物を動物、もたない生物を植物に二分する生物の分類法を提示している(ただし、『動物誌』第6巻第1章では、植物と動物の中間にいるような生物の存在を示唆している)。
さらに、人間は理性(作用する理性〔ヌース・ポイエーティコン〕、受動理性〔ヌース・パテーティコン〕)によって現象を認識するので、他の動物とは区別される、としている。
形而上学(第一哲学)[編集]
原因について[編集]
アリストテレスは、かれの師プラトンのイデア論を継承しながらも、イデアが個物から遊離して実在するとした考えを批判し、師のイデアと区別して、エイドス(形相)とヒュレー(質料)の概念を提唱した。
アリストテレスは、世界に生起する現象の原因には「質料因」と「形相因」があるとし、後者をさらに「動力因(作用因)」、「形相因」、「目的因」の3つに分けて、都合4つの原因(アイティア aitia)があるとした(四原因説)(『形而上学』A巻『自然学』第2巻第3章等)。
事物が何でできているかが「質料因」、そのものの実体であり本質であるのが「形相因」、運動や変化を引き起こす始源(アルケー・キネーセオース)は「動力因」(ト・ディア・ティ)、そして、それが目指している終局(ト・テロス)が「目的因」(ト・フー・ヘネカ)である。存在者を動態的に見たとき、潜在的には可能であるものが、素材としての可能態(デュナミス)であり、それと、すでに生成したもので思考が具体化した現実態(エネルゲイア)とを区別した。
万物が可能態から現実態への生成のうちにあり、質料をもたない純粋形相として最高の現実性を備えたものは、「神」(不動の動者)と呼ばれる。
範疇論[編集]
アリストテレスは、述語(AはBであるというときのBにあたる)の種類を、範疇として下記のように区分する。すなわち「実体」「性質」「量」「関係」「能動」「受動」「場所」「時間」「姿勢」「所有」(『カテゴリー論』第4章)。ここでいう「実体」は普遍者であって、種や類をあらわし、述語としても用いられる(第二実体)。これに対して、述語としては用いられない基体としての第一実体があり、形相と質料の両者からなる個物がこれに対応する。
倫理学[編集]
アリストテレスによると、人間の営為にはすべて目的があり、それらの目的の最上位には、それ自身が目的である「最高善」があるとした。人間にとって最高善とは、幸福、それも卓越性(アレテー)における活動のもたらす満足のことである。幸福とは、たんに快楽を得ることだけではなく、政治を実践し、または、人間の霊魂が、固有の形相である理性を発展させることが人間の幸福であると説いた(幸福主義)。
また、理性的に生きるためには、中庸を守ることが重要であるとも説いた。中庸に当たるのは、恐怖と平然に関しては勇敢、快楽と苦痛に関しては節制、財貨に関しては寛厚と豪華(豪気)、名誉に関しては矜持、怒りに関しては温和、交際に関しては親愛と真実と機知である。ただし、羞恥は情念であっても徳ではなく、羞恥は仮言的にだけよきものであり、徳においては醜い行為そのものが許されないとした。
また、各々にふさわしい分け前を配分する配分的正義(幾何学的比例)と、損なわれた均衡を回復するための裁判官的な矯正的正義(算術的比例)、これに加えて〈等価〉交換的正義とを区別した。
アリストテレスの倫理学は、ダンテ・アリギエーリにも大きな影響を与えた。ダンテは『帝政論』において『ニコマコス倫理学』を継承しており、『神曲』地獄篇における地獄の階層構造も、この『倫理学』の分類に拠っている。 なお、かれの著作である『ニコマコス倫理学』の「ニコマコス」とは、アリストテレスの父の名前であり、子の名前でもあるニコマスから命名された。
政治学[編集]
アリストテレスは『政治学』を著したが、政治学を倫理学の延長線上に考えた。「人間は政治的動物である」とかれは定義する。自足して、共同の必要のないものは神であり、共同できないものは野獣である。両者とは異なって、人間はあくまでも社会的存在である。国家のあり方は王制、貴族制、ポリティア、その逸脱としての僭主制、寡頭制、民主制に区分される。王制は、父と息子、貴族制は夫と妻、ポリティアは兄と弟の関係にその原型をもつと言われる(ニコマコス倫理学)。
アリストテレス自身は、ひと目で見渡せる小規模のポリスを理想としたが、アレクサンドロス大王の登場と退場の舞台となったこの時代、情勢は世界国家の形成へ向かっており、古代ギリシアの伝統的都市国家体制は過去のものとなりつつあった。
文学[編集]
アリストテレスによれば、芸術創作活動の基本的原理は模倣(ミメーシス)である。文学は言語を使用しての模倣であり、理想像の模倣が悲劇の成立には必要不可欠である。作品受容の目的は心情の浄化としてのカタルシスであり、悲劇の効果は急転(ペリペテイア)と、人物再認(アナグノーリシス)との巧拙によるという。古典的作劇術の三一致の法則は、かれの『詩学』にその根拠を求めている。
著作[編集]
Aristoteles Louvre.jpg
アリストテレスの著作
論理学:
オルガノン:
範疇論 - 命題論
分析論前書 - 分析論後書
トピカ - 詭弁論駁論
自然学:
自然学 - 天体論
生成消滅論 - 気象論
霊魂論 - 自然学小論集
動物誌
動物部分論 - 動物運動論
動物進行論 - 動物発生論
形而上学:
形而上学
倫理学:
ニコマコス倫理学
大道徳学
エウデモス倫理学
政治学:
政治学
アテナイ人の国制
その他:
弁論術 - 詩学
ウィキクォートにアリストテレスに関する引用句集があります。
アリストテレスは、紀元前4世紀に、アテナイに創建された学園「リュケイオン」での教育用のテキストと、専門家向けの論文の二種類の著作を著したとされているが、前者はいずれも散逸したため、今日伝承されているアリストテレスの著作はいずれも後者の専門家向けに著述した論文である。
現在の『アリストテレス全集(英語版)』は、ロドス島出身の学者であり逍遥学派(ペリパトス派)の第11代学頭でもあったアンドロニコス(英語版)が紀元前1世紀にローマで編纂した遺稿が原型となっている。ただし、プラトンの場合と同じく、この中にも(逍遙学派(ペリパトス派)の後輩達の作や、後世の創作といった)アリストテレスの手によらない偽書がいくつか混ざっている。
ルネサンス期に至り、15-16世紀頃から印刷術・印刷業が確立・発達するに伴い、アリストテレスの著作も様々な印刷工房から出版され、一般に普及するようになった。
現在は、1831年に出版された、ドイツの文献学者イマヌエル・ベッカー(英語版)校訂、プロイセン王立アカデミー刊行による『アリストテレス全集』、通称「ベッカー版」が、標準的な底本となっている。これは各ページが左右二段組み(二分割)になっているギリシャ語原文の書籍である。現在でも、アリストテレス著作の訳文には、「984a1」といった数字とアルファベットが付記されることが多いが、これは「ベッカー版」のページ数・左右欄区別(左欄はa、右欄はb)・行数を表している。
なお、現在『アリストテレス全集』に含まれている作品の内、『アテナイ人の国制』だけは、1890年にエジプトで発見され、大英博物館に引き取られたパピルス写本から復元されたものであり、「ベッカー版」には含まれておらず、その後に追加されたものである。
論理学[編集]
『オルガノン』(古希: Όργανον)
『範疇論』(古希: Κατηγορίαι、『カテゴリー論』とも)
『命題論』(古希: Περὶ Ἑρμηνείας)
『分析論前書』(古希: Αναλυτικων πρότερων)
『分析論後書』(古希: Αναλυτικων υστερων)
『トピカ』(古希: τόποι)
『詭弁論駁論』(古希: Περὶ σοφιστικῶν ἐλέγχων)
自然学[編集]
『自然学』(古希: Φυσικῆς ἀκροάσεως)
『天体論』(古希: Περὶ οὐρανοῦ)
『生成消滅論』(古希: Περὶ γενέσεως καὶ φθορᾶς)
『気象論』(古希: Μετεωρολογικῶν)
生物・動物学[編集]
『霊魂論』(古希: Περὶ Ψυχῆς)
『自然学小論集』(古希: Μικρὰ φυσικά)
『動物誌』(古希: Περὶ Τὰ Ζῷα Ἱστορίαι)
『動物部分論』(古希: Περὶ ζώων μορίων)
『動物運動論』(古希: Περὶ ζώων κινήσεως)
『動物進行論』(古希: Περὶ πορειας ζωων)
『動物発生論』(古希: Περὶ ζωων γενεσεως)
形而上学[編集]
『形而上学』(古希: Μεταφυσικά)
倫理学[編集]
『ニコマコス倫理学』(古希: Ἠθικὰ Νικομάχεια)
『大道徳学』(古希: Ηθικά Μεγάλα、マグナ・モラリア)
『エウデモス倫理学』(古希: Ηθικά Εὔδημια)
政治学[編集]
『政治学』(古希: Πολιτικά)
『アテナイ人の国制』(古希: Ἀθηναίων πολιτεία)
レトリックと詩学[編集]
『弁論術』(古希: τέχνη ῥητορική)
『詩学』(古希: Περὶ ποιητικῆς)
偽書[編集]
『宇宙論(英語版)』(古希: Περὶ κόσμου)
『気息について(英語版)』(古希: Περὶ πνεύματος)
『小品集』
『問題集(英語版)』(古希: Προβλήματα)
『徳と悪徳について(英語版)』(古希: Περὶ αρετων και κακιων)
『経済学(英語版)』(古希: Οἰκονομικων、『家政学(家政術)』『オイコノミコス』とも)
『アレクサンドロスに贈る弁論術(英語版)』(古希: Ρητορική προς Αλέξανδρον)
後世への影響[編集]
後世「万学の祖」と称されるように、アリストテレスのもたらした知識体系は網羅的であり、当時としては完成度が高く、偉大なものであった。かれの多岐に亘る学説は、13世紀のトマス・アクィナスによる神学への導入を経て、中世ヨーロッパの学者たちから支持されることになる。しかし、アリストテレスの諸説の妥当な部分だけでなく、混入した誤謬までもが無批判に支持されることになった。
例えば、現代の物理学、生物学に関る説では、デモクリトスの「原子論」「脳が知的活動の中心」説に対する、アリストテレスの「4元素論」「脳は血液を冷やす機関」説等も信奉され続けることになり、中世に至るまでこの学説に異論を唱える者は出てこなかった。
さらに、ガリレオ・ガリレイは太陽中心説(地動説)を巡って生涯アリストテレス学派と対立し、結果として裁判にまで巻き込まれることになった。当時のアリストテレス学派は、望遠鏡を「アリストテレスを侮辱する悪魔の道具」と見なし、覗くことすら拒んだとも言われる。古代ギリシアにおいて大いに科学を進歩させたアリストテレスの説が、後の時代には逆にそれを遅らせてしまったという皮肉な事態を招いたことになる。
ただ、その後の哲学におけるアリストテレスの影響も忘れてはならない。例えば、エドムント・フッサールの師であった哲学者フランツ・ブレンターノは、志向性という概念は自分が発見したものではなく、アリストテレスやスコラ哲学がすでに知っていたものであることを強調している[4]。
エピソード[編集]
ウニ類の正形類とタコノマクラ類がもっている口器をアリストテレスの提灯と呼ぶ。アリストテレスがこの口器の構造を調べて記録していることから、その名がつけられた[5]。
A・E・ヴァン・ヴォークトのSF作品『非Aの世界』のAはアリストテレスのことで、一般意味論から出た言葉である。
1941年からギリシャで発行されていた旧1ドラクマ紙幣に肖像が使用されていた。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%B9
再生核研究所声明188(2014.12.15)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界
(12月10日16時 論文精読を一通り通読したら無性に書きたくなって始めたものである)
これは声明166の延長にあるので、まず、その要点を振り返っておこう: ―
再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観:
ゼロ除算の新しい結果とは 簡単に述べれば、分数、割り算の意味を自然に拡張すると、あるいは割り算の固有の意味から、何でもゼロで割れば ゼロになると言うこと、そして、
関数 y = 1/x のグラフは、原点で ゼロである、すなわち、 1/0=0 である。複素解析学では、無限遠点が数値で0、すなわち、原点に一致している ということである。驚くべきことは、原点における 強力な不連続性にある。これらの現象は奇妙にも、ユニバースの普遍的な現象として 惹きつけるものがある。永遠の彼方は、どこまでも遠く行くが、その先は、突然、現在に戻っている。始点と終点の一致、無限とゼロの一致である。理想的な2つの質点間に働く、ニュートンの万有引力F は 2つの質量をm、M、万有引力定数をGとすると、距離をrとすれば
F = G mM/r^2。
rをゼロに近づければ 正の無限に発散するが、rが ゼロに成れば突然、ゼロである。2つの質点が重なれば、力は働かず、安定しないように見えるが、2つが分離すれば、大きな力に逆らう必要が有り、実は安定していると説明できる。ゼロと無限の裏腹の関係と捉えることができる。これは意外に、2元論における 対立するもの一般における裏腹の関係と捉えることができる: 生と死、戦争と平和、男と女、表と裏、すなわち、2元論― 神は2を愛し給う:
No.81, May 2012(pdf 432kb)
19/03/2012 - ここでは、数学とは何かについて考えながら、数学と人間に絡む問題などについて、幅広く 面白く触れたい。
における 2元の奇妙な関係である。
他方、ゼロ除算は、爆発や衝突における強力な不連続性を表現しているとして、論文で触れられているが、まこと、ユニバースの普遍的な現象として そのような強力な不連続性が存在するのではないだろうか。糸でも切れる瞬間と切れるまでの現象、物体でも近づいている場合と合体した場合では、全然違う現象として考えられ、強力な不連続性は 世に見られる普遍的な現象ではないだろうか。
生も死も表裏一体である、勝利も敗北も、喜びも苦しみも、幸せも不幸も、自由も束縛も、愛も憎しみも、等々表裏一体であるとの世界観が 視野と心の在りように新しい世界観をもたらすと考えられる。―
ゼロ除算の、無限とゼロの微妙な関係に驚嘆している間に、空がどんどん晴れてくるように新しい世界の、視野がどんどん広がり、驚きの感情が湧いている。言わば、明暗が、両極端のように、明、暗と分けられたものではなく、微妙な密接な、関係である。その内容は広がりと深さを持っていて簡単に表現できるものではない。また、みえた世界をそのまま表現すれば、現在でもなお、天動説が地動説に変わったときのように、また、非ユークリッド幾何学が出現したときのように 世は騒然となるだろう。そこで、注意深く、各論を、断片を 折をみて、表現しよう。
そこで、初回、生命の本質的な問題、生と死の問題をすこし触れたい。
食物連鎖の生物界の冷厳な事実、食われるものと食うものの立場。声明36で大きな命の概念で全体を捉えようとしたが、それらは殆ど等価の立場ではないだろうか。実際、猫がねずみをくわえて誇らしげに通りすぎていくのを見た。ところが奇妙にも、ねずみは歓喜の喜びにひたって悠然としてくわえられているようにみえた。自然の理。蛇が燕の巣を襲い、全滅させられたが、蛇は悠然と上手くいきました、ごめんなさいというような表情で消えていった。襲われた燕たちは一瞬で魔神に掛かったように気を失い、蛇に飲み込まれてしまった。少し、経つと元気に巣立ち厳しい自然の中を南国まで飛んで行っていろいろ苦労するよりは、蛇のお腹で 安らかな終末の方がよほどましだというような情感を覚えた。もちろん、ヒナを襲われた親鳥は切なく天空を舞っていたが、やがて、ヒナたちは最も良い生涯を終えたと、本能的に感じて、新しい生命活動に、励み出している。このようなことを何万年と繰り返してきたのが、燕と蛇の関係である。暗(あん)という面には ちょうど明(めい)と同じような明るい面があるのではないだろうか。明暗は対立概念ではなくて、微妙に調和がとれているのではないだろうか。ユニバースにおける全体の調和を観、述べている。人類が生命のただ延長を志向しているとすれば、それは、古い世界観に基づく無明の世界だろう。夜明けを迎えた、在るべき世界観とは 生も死も殆ど等価であり、共に愛すべきものであるということである。在るも良い、消えるも良い。ゼロ除算の驚きは そのような感性を育てているように感じられる。死からの開放に寄与するだろう。生命の誕生は素晴らしく、喜びと夢が湧いてきて、大きな光が差してくるようである。世界が開かれてくる。われわれの終末も似たようなものではないだろうか。大きな世界、私たちをこの世に送り込んだものの 大きな愛に満ちた世界にとけこんでいくようなものではないだろうか。この意味で、あらゆる生命は 大きな愛に包まれて、 支えられていると感じられるだろう。これは神の予感を述べている。 私たちは、愛されている(愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。)。
以 上
文献:
M. Kuroda, H. Michiwaki, S. Saitoh, and M. Yamane,
New meanings of the division by zero and interpretations on 100/0=0 and on 0/0=0, Int. J. Appl. Math. Vol. 27, No 2 (2014), pp. 191-198, DOI: 10.12732/ijam.v27i2.9.
S. Saitoh, Generalized inversions of Hadamard and tensor products for matrices, Advances in Linear Algebra & Matrix Theory. Vol.4 No.2 2014 (2014), 87-95.http://www.scirp.org/journal/ALAMT/
ゼロ除算100/0=0, 0/0=0の意義:
1)西暦628年インドでゼロが記録されて以来 ゼロで割るの問題 に 簡明で、決定的な解 1/0, 0/0=0をもたらしたこと。
2) ゼロ除算の導入で、四則演算 加減乗除において ゼロでは 割れない の例外から、例外なく四則演算が可能である という 美しい構造が確立されたこと。
3)2千年以上前に ユークリッドによって確立した、平面の概念に対して、おおよそ200年前に非ユークリッド幾何学が出現し、特に楕円型非ユークリッド幾何学ではユークリッド平面に対して、無限遠点の概念がうまれ、特に立体射影で、原点上に球をおけば、 原点ゼロが 南極に、無限遠点が 北極に対応する点として 複素解析学では 100年以上も定説とされてきた(注参照)。それが、無限遠点は 数では、無限ではなくて、実はゼロが対応するという驚嘆すべき世界観をもたらした。
4)ゼロ除算は ニュートンの万有引力の法則における、2点間の距離がゼロの場合における新しい解釈、 独楽(コマ)の中心における角速度の不連続性の解釈、衝突などの不連続性を説明する数学になっている。ゼロ除算は アインシュタインの理論でも重要な問題になっていたとされている。数多く存在する物理法則を記述する方程式にゼロ除算が現れているが、それらに新解釈を与える道が拓かれた。
5)複素解析学では、1次変換の美しい性質が、ゼロ除算の導入によって、任意の1次変換は 全複素平面を全複素平面に1対1 onto に写すという美しい性質に変わるが、 極である1点において不連続性が現れ、ゼロ除算は、無限を 数から排除する数学になっている。
6)ゼロ除算は、不可能であるという立場であったから、ゼロで割る事を 本質的に考えてこなかったので、ゼロ除算で、分母がゼロである場合も考えるという、未知の新世界、研究課題が出現した。
7)複素解析学への影響は 未知の分野で、専門家の分野になるが、解析関数の孤立特異点での性質について新しいことが導かれる。典型的な定理は、どんな解析関数の孤立特異点でも、解析関数は 孤立特異点で、有限な確定値をとる である。佐藤の超関数の理論などへの応用がある。
8)特異積分におけるアダマールの有限部分や、コーシーの主値積分は、弾性体やクラック、破壊理論など広い世界で、自然現象を記述するのに用いられている。面白いのは 積分が、もともと有限部分と発散部分に分けられ、 極限は 無限たす、有限量の形になっていて、積分は 実は、普通の積分ではなく、そこに現れる有限量を便宜的に表わしている。ところが、その有限量が実は、 ゼロ除算にいう、 解析関数の孤立特異点での 確定値に成っていること。いわゆる、主値に対する解釈を与えている。これはゼロ除算の結果が、広く、自然現象を記述していることを示している。
9)中学生や高校生にも十分理解できる基本的な結果をもたらした:
基本的な関数y = 1/x のグラフは、原点で ゼロである;
すなわち、 1/0=0 である。
10)既に述べてきたように 道脇方式は ゼロ除算の結果100/0=0, 0/0=0および分数の定義、割り算の定義に、小学生でも理解できる新しい概念を与えている。多くの教科書、学術書を変更させる大きな影響を与える。
11)ゼロ除算が可能であるか否かの議論について:
現在 インターネット上の情報でも 世間でも、ゼロ除算は 不可能であるとの情報が多い。それは、割り算は 掛け算の逆であるという、前提に議論しているからである。それは、そのような立場では、勿論 正しいことである。出来ないという議論では、できないから、更には考えられず、その議論は、不可能のゆえに 終わりになってしまう ― もはや 展開の道は閉ざされている。しかるに、ゼロ除算が 可能であるとの考え方は、それでは、どのような理論が 展開できるのかの未知の分野が望めて、大いに期待できる世界が拓かれる。
12)ゼロ除算は、数学ばかりではなく、 世界観や文化に大きな影響を与えている。
次を参照:
再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観
再生核研究所声明188(2014.12.16)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界
2014.12.14.15:20
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