2016年2月20日土曜日

重力波検出のすごさ、子どもに説明できますか? ブラックホールは本当にあった!研究者の驚きポイント5つ 2016.2.20(土) 小谷 太郎

重力波検出のすごさ、子どもに説明できますか?
ブラックホールは本当にあった!研究者の驚きポイント5つ
2016.2.20(土) 小谷 太郎


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2 個のブラックホールの衝突シミュレーション。画像はThe SXS (Simulating extreme Spacetimes) より(一部トリミングして使用)
2015年9月14日9時50分45秒(世界標準時)、人類の観測装置が初めて「重力波」を捉えました。


 アメリカにある2台のレーザー干渉計重力波観測装置「LIGO(ライゴ)」が、宇宙から到来した重力波を検出したのです。

 得られた重力波は、2個のブラックホールが衝突・合体した場合に予想される波形と合致しました。

 2個のブラックホールが13億年前に合体し、そのすさまじい衝突によって放射された重力波が13億年かかって私たちの銀河系に到達し、ごくわずかにLIGOを揺るがし、検出されたのです。世界の研究者は狂喜乱舞しました。

 さて、どこかの装置が奇妙な信号を受信したことが、どうして大ニュースなのか? 研究者はどこに興奮しているのか? 皆さんは子どもに聞かれたらどのように答えますか・・・。では、そのポイントを解説しましょう。

驚きその1: アインシュタインすげぇ!

アルベルト・アインシュタイン (1921)。wikipediaより
 相対性理論は20世紀初めにアルベルト・アインシュタインが作り上げた重力理論です。

 相対性理論によると、私たちの住むこの時間と空間(合わせて「時空」)は、微妙に伸びたり、しわが寄ったりするのです。

 そのしわが寄った時空を物体が横切る際には、真っ直ぐ進めずに軌道が曲がり、すなわちこれが重力に引かれた物体の運動だというのです。

 時間と空間にしわが寄るとは、考えると脳にしわが寄りそうな奇妙な主張ですが、これは太陽の近くを周回する水星の軌道などをうまく計算できました。重力がきわめて強いところの物体の振る舞いは、ニュートンの万有引力の法則では説明できず、相対性理論が必要になるのです。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46100


相対性理論は、その後に見つかった中性子星、ブラックホール、超新星や、今回の重力波などの現象にも適用され、今なおその有効性は揺らぐことがありません。



 このような完成度の高い独創的な理論をほぼ独力で完成させた天才アインシュタインには改めて驚かされます。

驚きその2:まさか重力波を検出できる日が来るとは!

 重力波はきわめて微弱な波動です。LIGO は検出部の長さが4kmある巨大な装置ですが(写真参照)、重力波によって、この検出部の長さが“原子のサイズの100万分の1のそのまた1000分の1”程度変化します。重力波が検出部を通過すると、微妙に空間が伸び縮みし、検出部の長さの変化となって現れるのです。

 この、あるんだかないんだか分からないような、わずかな変化の検出には、非現実的なほどの超高精度が必要です。そのため研究者の誰もが「自分が生きてるうちは無理かな・・・」と思っていたのですが、それが本当に成功するとは! というのが驚きです。

 重力波研究グループは、頑丈な地盤に巨大な実験施設をきわめて精密に建造し、振動をおさえ、低温に冷やして熱雑音を取り除き・・・その他限りない工夫をこらします。それでも発生する雑音の原因を探り、改善する作業を何年も行ない、次第に装置の感度を上げてきました。

 その果てしないとも思えた努力が今回の成果に実ったのです。


写真左:ルイジアナ州の LIGO Livingston、右:ワシントン州の LIGO Hanford。4 km の腕がそれぞれから 2 本伸びている。(Caltech/MIT/LIGO Lab)
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驚きその3: ブラックホールは本当にあったんだ!

 ブラックホールは、しばしばSFに登場するので名前は有名ですが、その正体は超強大な重力を持つ天体です。その強い重力のために光さえも脱出できず、真っ黒に見えます。これもまた相対性理論から導かれる常識外れの存在です。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46100?page=2


 あまりに常識外れなので、その実在を疑う研究者も大勢いました。ブラックホールの研究は、「そんなふざけたもんあるわけないだろ」という否定派を、状況証拠の積み重ねで説得してきた歴史があります。


 これまでの証拠は、ブラックホールに落ち込む高温ガスが形成する「降着円盤」といった周辺の現象が主で、ブラックホールを直接観測したものではありませんでした。本体は光も出さないのだから、仕方ありません。

 しかし、今回の重力波はブラックホール本体から放射された直接証拠です。もう存在を疑うことはできません。ブラックホールは実在したのです。

驚きその4: 中間型ブラックホールがゴロゴロ?

 これまで発見されたブラックホールらしき天体は、太陽の質量の10倍程度の小さめの「恒星質量ブラックホール」か、あるいは太陽の質量の100万~1000億倍の「超巨大ブラックホール」という両極端の2種類がほとんどでした。

 中間の存在は、いくつか特殊な観測例があるものの、なにしろ光を出さないので基本的に発見不能で、謎に包まれていました。

 今回の発見は、太陽質量の29倍と36倍のブラックホールが合体し、62倍のブラックホールになった、というものです。ちなみに、29と36を足すと62より多くなるのですが、消えた分は重力波のエネルギーになって放射されてしまいました。

 太陽の数十倍程度の中間型ブラックホールの存在が、急に2個 (または3個)明らかになり、これまでの天体カタログに加わったわけです。

 そうなると、いままでほとんど見つかっていない、太陽質量の数十倍~数万倍の種類が宇宙にゴロゴロしている可能性が浮上しました。しかもそいつらはボカボカ衝突してしょっちゅう重力波を放射しているのかもしれません。将来の研究に、大変期待が持てます。


X線カメラで空を撮影すると、肉眼では見えないX線天体が見つかる。この光点の中には、恒星質量程度のブラックホールや、他の銀河にある超巨大ブラックホールが含まれている。ブラックホールの周りの降着円盤がX線を放射して見えている。(全天X線観測装置MAXI (GSC+SSC) による全天X線マップ。提供:中平聡志、JAXA/RIKEN/MAXI Team)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46100?page=3

驚きその 5: いきなり「重力波天文学」が始まった

 今回、たった1発の信号から、重力波を放射したブラックホールの質量と時間と距離がばっちり計算できてしまいました。初っ端から高品質な研究結果です。


 これにより、重力波信号が豊富な情報を含んでいることが明らかになりました。重力波観測装置はそれを詳細に調べる望遠鏡です。

 今後、日本の KAGRA(かぐら)などの新たな重力波観測装置が稼働予定です。人工衛星や人工惑星を使う大胆な計画も進められています。

 複数の重力波観測装置があれば、重力波源の位置が分かります。可視光やX線など、他の波長の望遠鏡を向けて観測が可能でしょう。

 そして、ブラックホールの他にも、さまざまな天体が重力波を出しているのが見つかるでしょう。

 太陽くらいの質量があるのに地球くらいのサイズしかない「白色矮星」や、もっと小さくて半径10kmくらいの「中性子星」などが、自転したり、互いの周囲を周回したり、ぶつかり合ったりして、重力波を放射していると考えられています。

 今後、こうした重力波源の理解が急速に進展するでしょう。これまで予想もしなかった未知の重力波源も発見されるかもしれません。

 こうなると、重力波望遠鏡を用いる新しい天文学が始まったと言えます。今回の重力波信号は、たった1発で重力波天文学を創始したのです。

【訂正】記事初出時に「26倍と29倍のブラックホールが合体」とあった箇所を「29倍と36倍」に修正しました。(2016年2月20日)

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46100?page=4

再生核研究所声明287(2016.02.12) 神秘的なゼロ除算の歴史―数学界で見捨てられていたゼロ除算
(最近 相当 ゼロ除算について幅広く歴史、状況について調べている。)
ゼロ除算とは ゼロで割ることを考えることである。ゼロがインドで628年に記録され、現代数学の四則演算ができていたが、そのとき、既にゼロで割ることか考えられていた。しかしながら、その後1300年を超えてずっと我々の研究成果以外解決には至っていないと言える。実に面白いのは、628年の時に、ゼロ除算は正解と判断される結果1/0=0が期待されていたということである。さらに、詳しく歴史を調べているC.B. Boyer氏の視点では、ゼロ除算を最初に考えたのはアリストテレスであると判断され、アリストテレスは ゼロ除算は不可能であると判断していたという。― 真空で比を考えること、ゼロで割ることはできない。アリストテレスの世界観は 2000年を超えて現代にも及び、我々の得たゼロ除算はアリストテレスの 世界は連続である に反しているので受け入れられないと 複数の数学者が言明されたり、情感でゼロ除算は受け入れられないという人は結構多い。
数学界では,オイラーが積極的に1/0 は無限であるという論文を書き、その誤りを論じた論文がある。アーベルも記号として、それを無限と表し、リーマンもその流れで無限遠点の概念を持ち、リーマン球面を考えている。これらの思想は現代でも踏襲され、超古典アルフォースの複素解析の本にもしっかりと受け継がれている。現代数学の世界の常識である。これらが畏れ多い天才たちの足跡である。こうなると、ゼロ除算は数学的に確定し、何びとと雖も疑うことのない、数学的真実であると考えるのは至極当然である。― ゼロ除算はそのような重い歴史で、数学界では見捨てられていた問題であると言える。
しかしながら、現在に至るも ゼロ除算は広い世界で話題になっている。 まず、顕著な研究者たちの議論を紹介したい:

論理、計算機科学、代数的な体の構造の問題(J. A. Bergstra, Y. Hirshfeld and J. V. Tucker)、
特殊相対性の理論とゼロ除算の関係(J. P. Barukcic and I. Barukcic)、
計算器がゼロ除算に会うと実害が起きることから、ゼロ除算回避の視点から、ゼロ除算の研究(T. S. Reis and James A.D.W. Anderson)。
またフランスでも、奇怪な抽象的な世界を建設している人たちがいるが、個人レベルでもいろいろ奇怪な議論をしている人があとを立たない。また、数学界の難問リーマン予想に関係しているという。

直接議論を行っているところであるが、ゼロ除算で大きな広い話題は 特殊相対性理論、一般相対性理論の関係である。実際、物理とゼロ除算の関係はアリストテレス以来、ニュートン、アインシュタインの中心的な課題で、それはアインシュタインの次の意味深長な言葉で表現される:

Albert Einstein:
Blackholes are where God divided by zero.
I don’t believe in mathematics.
George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} [1]:
1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.

数学では不可能である、あるいは無限遠点と確定していた数学、それでも話題が尽きなかったゼロ除算、それが予想外の偶然性から、思いがけない結果、ゼロ除算は一般化された除算,分数の意味で、何時でも唯一つに定まり、解は何時でもゼロであるという、美しい結果が発見された。いろいろ具体的な例を上げて、我々の世界に直接関係する数学で、結果は確定的であるとして、世界の公認を要請している:
再生核研究所声明280(2016.01.29) ゼロ除算の公認、認知を求める
Announcement 282: The Division by Zero $z/0=0$ on the Second Birthday

詳しい解説も次で行っている:
○ 堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(18)
数学基礎学力研究会のホームページ
URLは http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku

以 上



再生核研究所声明288(2016.02.19) 戦友達 ― 共生、共感、共鳴

(ある構想が湧いたのであるが、大きな課題 纏めて表現は難しいが その時の直感を表現してみたい)
人間は作られたものであり、本質は動物も、生物も変わりはない。生物共通の課題は生、死で、それはゼロ除算におけるゼロと無限のように紙一重で微妙な関係にある。人間に与えられた意識の中における、滅することに対する存念、畏れは、生命作用の裏腹なる存在である。
恥ずかしい人類の世界史とは、ほとんど生命の本能に基づく 生存と基本的な欲求のために、不条理で、愚かな戦いを繰り返してきた事実にある。地球規模で見れば、人類は地球の生態系を破壊する癌細胞のように見えるだろう。人類は野生動物にも劣る、猿知恵以下の悪しき知能で、分を弁えない失敗作となっている可能性も高い。恥ずかしい。
戦争や戦いは、暗い人類の先史時代の物語として、恥ずかしい世界史上のこととして終わらしめ、明るい新しい時代を切り拓きたい。神をも震撼させるような美しい文化、世界史を描きたいものである。
この世に生を享けて、盲目的に戦場に駆り立てられ、生命を肯定することもできずに、亡くなって行った人々、それは敵、味方なく、我々の戦友たちであり、生命と定めを共有する我々の仲間たちである。人間は動物、生物と同様であり、生物の本能を満たしたい、そのために空腹を満たし、快適な環境で暮らし、家族や仲間たちと共感、共鳴したい。しかしながら、悪しき時代にはそれらの基本も満たされず、人生を閉じて行った人々は世に多い。それらの仲間たちに、彼らの無念さを 戦友たちへの思いのように、人類の世界に対する無念さとともに頭を垂れてしまう。今尚、そのような意味で、悪しき時代が続いていると言える。
しかしながら、そもそも人生とは、平和で文化が進んでも、生活がいくら改善されても、本質的に 戦場そのものであり、世代交代の様は 何ら戦場と変わりないことを示していることが実感される。
そこで、ある年代に至れば、仲間たちが次々とこの世から去っていき、上手く人生、世界を肯定して、安からに魂を天に返すことができただろうか という、情感が湧いてくる。
いろいろ共通の出会いや関係を持った人々、同じ時代を生きた人々に 共通の運命を感じ、同じ時代を生きたものとして、共感、共鳴し、人生、世界を肯定し、大いなるもののうちに上手く回帰されたか との想いが湧いてくる。
そのとき、もはや、過去の競争、諍いなど余りにも小さく、愚かしいことのように感じられる。
そこで、人々よ、そこから、人間として誇れる、新しい 世界史を、世界を切り拓いて行こうではないか。その原理は気づいてみれば ゼロ除算のように当たり前であり、公正の原理に基づく、生命の共感、共鳴、共生の原理で 十分である。思えば、2000年以上も前に 既に諭されていた聖人たちの教えそのものではないだろうか。まこと、聖人たちの教えに回帰したい。

以 上







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