2016年2月16日火曜日

宝くじより高い? 隕石に当たって死亡する確率 現実に隕石の衝突に巻き込まれることは、どのくらいの確率で起きるのか 2016.02.15

宝くじより高い? 隕石に当たって死亡する確率
現実に隕石の衝突に巻き込まれることは、どのくらいの確率で起きるのか
2016.02.15



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インド南部のタミル・ナードゥ州で、隕石落下によってできたとみられる穴をインド当局が調査する。隕石ではなく地上で何かが爆発してできたものだと考える専門家もいる。(PHOTOGRAPH BY STR/AFP/GETTY IMAGES)
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 インド南部で、隕石に当たって男性が死亡したとの通報があり、調査が行われた。米NASAは、この通報が信憑性に欠けるとして、隕石ではなく地上で何らかの爆発が起こったのではないかとの見方を示した。では、実際のところ隕石による死亡事故とは、どのくらいの確率で起こるのだろうか?(参考記事:ニカラグアのクレーター、隕石説に疑問)

 まず「隕石」は、宇宙空間から落下してきて地表に衝突する物質のかけらのことを指す。米国で一番知られているのは、1954年、アラバマ州シラコーガで起きた隕石事故だろう。アン・ホッジスさんが自宅のソファーで昼寝をしていると、ソフトボール大の黒い岩石が天井を突き破って、ホッジスさんの脇腹に落下した。幸い大事には至らなかったが、この事故には後日談がある。隕石の所有権をめぐって大家と争いになり、ホッジスさんはノイローゼになってしまったのだ。1992年10月には、米国ニューヨーク州ピークスキルで、落ちてきた隕石が明るい火の玉となり、停めてあった女性の車を直撃した。(参考記事:間近で見られる巨大隕石5選)

 なお、1825年に、インドで、隕石に当たって男性が死亡、女性が負傷したとの報告があるが、この事件に関しての事実確認は取れていない。1827年にも、インドのムホウで腕に隕石が当たって負傷した男性がいたと伝えられている。牛や馬が隕石に当たって死亡したとする伝聞も残っている。

 隕石が落ちて結婚式(1929年)や葬式(1924年)ができないという事件もあった。特に珍しいのが、2007年にペルーの村に落下した隕石が引き起こした事件だ。隕石の落下の衝撃で、地面からヒ素の有毒ガスが放出され、村人たちは健康被害を訴えたのだ。

 記憶に新しいところでは、2013年にロシア中部に落下した隕石の落下事故だろう。衝突による衝撃は広島に落とされた原爆の20~30倍はあったとみられる。衝撃波によって窓ガラスが割れるなどして1200人が負傷、被害総額は3300万ドル(約40億円)に上るという大事件だった。(参考記事:ロシアの隕石、空前の規模の爆発)

 こうした実例があるものの、宇宙からやってきた岩石で怪我することは、非常にまれな出来事と考えてよさそうだ。以前、米フロリダ州立大学の天文学者マイケル・レイノルズ氏は、ナショナル ジオグラフィックのインタビューに対しこう語ったことがある。「隕石に巻き込まれる確率は、竜巻と落雷とハリケーンの三つ同時に襲われるよりもさらに低いです」

隕石に当たる確率を計算

 確認可能な過去の事例が少ないこともあり、私たちが隕石に当たる確率を出すのは難しい。米テュレーン大学の地球科学教授スティーブン・A・ネルソン氏は、2014年にこれを試み、論文で発表した。それによれば、人が一生の間に局地的な隕石、小惑星、彗星の衝突で死亡する確率は「160万分の1」だという。

 自動車事故に遭う確率は90分の1、火事に遭う確率は250分の1、竜巻は6万分の1、落雷は13万5000分の1、サメに襲われる確率は800万分の1。米国の宝くじパワーボールに当たる確率にいたっては1億9500万分の1だ。

 ネルソン教授はまた、地球全体に影響を与えるような巨大な小惑星または彗星の衝突で死ぬ確率を「7万5000分の1」とした。意外と高い数字だと思われるかもしれない。ただ、地球には、白亜紀末に隕石が衝突し、多くの生命が死亡したと考えられている過去もある。この衝突が原因となって、絶滅してしまった種も多かった。死亡原因は直接の衝突の衝撃ではなく、衝突で引き起こされた熱、放射能、太陽を覆い隠すほどのちりによるものと考えられている。(参考記事:恐竜絶滅、火山と隕石の複合原因?)

 天文学者のアラン・ハリス氏も同様の計算をして、生きている間に宇宙からの物体の衝突を受けて人間が死亡する確率を「70万分の1」とした。衝突の規模が大きければ、死亡する確率も高くなるという。

 インドでどのような証拠が見つかるかはまだ不明だ。もし本当にそれが隕石によるものだったと証明されれば、きわめてまれな事故として記録に残ることになる。

文=Brian Clark Howard/訳=ルーバー荒井ハンナhttp://natgeo.nikkeibp.co.jp//atcl/news/16/021200052/


再生核研究所声明86(2012.4.25) 未だ おめでたい人類 - 先史時代

人類は 自然を大事にして行けば、生存を続けて行けると ぼんやりと思っているのではないだろうか。 人類の生存を保証してくれる 何かが存在して、守られていると感じているのではないだろうか。
しかしながら、ニュートン以来の 近代科学が明らかにした事実をみれば、人類は物理・化学などの自然法則を越えた存在ではなく、多くの動植物と同じように儚い存在であることを知るだろう。
東日本大震災が襲って示しているように、人類を庇護してくれる存在などは無く、人類は自然の法則上に生存している存在である。
既に実在したように、いずれ巨大惑星が 地球に激突し、地球上に生命が存在できなくなるのは 時間の問題であると言えよう。もちろん、可能性としては、地球環境の破壊、人口の増大による内紛や生態系の破壊、あるいは巨大事故などによる 人類絶滅の方が高いであろう。これらについて、十分に起こり得ると警戒すべきである。
人類は最も大事なこと を確認して(再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと ― 世界の如何なる芸術も真理もまた一切の価値は、人類が存在して始めて意味のある存在となる。従って人類の生存は、如何なるものをも超えた存在であり、すべてに優先する第1原理として、認識する必要がある ― )、大いなる世界を志向すべきである(再生核研究所声明 32: 夜明け ― ノアの方舟)。 実際、人類は、生と死の問題を克服して(再生核研究所声明74: 人生・生命の肯定について)、 人間存在の原理に従って、進むであろう( ― ここで、人間存在の原理とは、どうしても人間である限り否定できない、不変的な原理を述べているもので、人間である限り、存在していること、そして、存在していることを知っていること、そして、求めているという三位一体の、デカルトのコギトエルゴスム(我れ思う、故にわれ在り)を基礎に置いた考え方です。人間があらゆることを知りたいという願いは、人間存在の原理である人間として生きることに他ならないと言えます。 - 夜明け前 よっちゃんの想い。)。 しかしながら、人類が 何時でも 世界史を 閉じる 悟りの境地 に達することが望まれる(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判)。
この声明の趣旨は
1) この世で最も大事な真実は 唯一つ、最も大事なこと、 人類の生存であり、 その目標に従って 総合的な戦略をすすめること、
2) 内部的には、個人的には己が生命を輝かせる道を 歩めるように努力すること(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)、
3)それらのために、何よりもまず、 地球を良く治めよ
ということにある。
原理は、人類の生存は ひとりでに保証されるものではなく、自然や生態系などの広範な管理、運営、創造によって可能になるものであり、多様性の原理 によって、広範な科学の進歩が不可欠であるということにある。

以 上


再生核研究所声明 114(2013.4.20): ああ 人類最後のとき — 世界史を回想、評価する 

(本声明は 2013.4.13: 8時半頃、研究室に向っているとき、電光のように閃いて 構想が広がったものである)

声明 

再生核研究所声明86:  未だ おめでたい人類 - 先史時代

で述べているように、人類の絶滅は 地球の運命と共に避けられないだろう。そこで、生命の代表である人類が、大いなる意志を 再生核研究所声明 32:夜明け ― ノアの方舟 のように働かせるのは 最も崇高な人類に課せられた義務である。 しかし、人類が最も大事なことに気づかず(再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと)、偶発的な戦争や人口増大、環境汚染、急激な感染症や地球環境の変化で、人類の絶滅を招く危険性は 高いと考えるべきである。
しかしながら、人類の生存には 少しは先がある と考えるのは当然としても、大いなる生命の、すなわち、元祖生命体(再生核研究所声明 36:恋の原理と心得)の 細胞的な存在 である個々の人間の終末は、そんなに遠いものではない。そこで、人類の歴史の終末と己が最後の時を重ね合わせ、想いをめぐらし、生存期間の充実を大局的に思考すべきである。
何が、世界史で評価されるべきであろうか。地球外生物は 人類の歴史をどのように評価するだろうか?
彼らは、まず、人類が 生命をどのように捉え,人生をどのように捉えたかに注目し、お釈迦様を以て、人類を高く評価し、科学面では ニュートン、アイインシュタインを以て人類のレヴェルを評価するだろう。数学の発展については、オイラーの公式の発見を以て、人類の高い智性を認めるだろう。さらに日本歌謡界のレヴェルの高さに感銘して、美空ひばり様の歌など、生命の切なさを歌い上げたものとして、上記に劣らない高い評価を下すだろう。人類の芸術についても 深い理解を示すだろう。しかしながら、異なる感性、感覚を有する地球外生物にとっては、人類の世界史の理解を まずは 人類が得た数学の全体の理解から始めるだろう。数学こそが、生命活動の客観的な表現と言えるからである。人類が得た手段、電波、原子力、計算機、人類の成した 衛星月に到達し、太陽系外にメッセージを送った事実は顕著な記録となるだろう。
この声明の趣旨は、人類の歴史に想いを寄せ、世界史の進化を促し、個々の、自分の人生の意義を確認して、自分たちの世界史の評価と自分の人生をきちんと捉えて、後悔の無い充実した人生を送くろうと志向することにある。
島争いや、敵対行為など 野蛮な世界を抜け出して、夜明けを迎えたい。

再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判

を参照。また各人が、おのおのの世界観で この種の展望、評価を行ない,纏めることは意義あることであると考える。
(再生核研究所声明は 将来バイブルのようになるだろう。なぜなら、お釈迦様以来、 人生、世界全般の在り様について 分かり易く、簡潔に、述べられた文献は 世に稀だからである。)

以 上










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