2016年1月13日水曜日

和歌山でポートランド流のまちづくり?住民が旗振り役の地方創生プロジェクト『有田川という未来』ARIDAGAWA2040

和歌山でポートランド流のまちづくり?住民が旗振り役の地方創生プロジェクト『有田川という未来』ARIDAGAWA2040
投稿日: 2016年01月09日 12時28分 JST 更新: 2016年01月09日 12時28分 JST
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子ども時代を過ごした場所が廃墟になってしまったら、切ない気持ちになりませんか? 総務省の統計によると、現在、日本人の総人口は年間27万人ずつ減少しているといわれ、保育所・幼稚園・小学校など、かつて子どもたちを育んだ地域の学び場はどんどん縮小する一方です。

和歌山県にある「有田川町(ありだがわちょう)」も、人口減少から消滅危機が叫ばれる地域。それを解決しようと「有田川という未来 ARIDAGAWA2040)」という興味深いプロジェクトがはじまりました。なんと、民間が旗振り役となって官民一体で地方創生を実現しようとしているのです。しかも、それをサポートしているのが、全米で最も住みたい都市として有名な「ポートランド」というから、なおさら驚きなのです。

和歌山の小さなまちで、いったいどんな内容が実践されているの? どうやってあのポートランドと繋がったの? その疑問を解き明かすべく、「有田川という未来 ARIDAGAWA2040」仕掛人・有井 安仁(ありい やすひと)さんにインタビューをしました。

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有井 安仁(ありい やすひと)さん プロフィール
1976年和歌山市生まれ。22歳の時、高齢者や障がい者などの自宅訪問理美容サービスを立ち上げる。現場での経験を通じて社会の仕組みをより良くする必要があると痛感し、社会的活動を展開しはじめる。27歳の時に関わった、市民活動をサポートするNPOでは事務局長、副理事長を務め退任。2012年から社会的投資をデザインする会社での取締役と、地元の公益財団法人で代表理事を担っている。
全米で最も住みたいまち「ポートランド」とは

ポートランドは、アメリカ北西部に位置する人口約60万人のオレゴン州の中核都市です。年々移住者が増え、2030年には100万人を超えると予測されています。40年前までは工業化による環境汚染から人口流出に苦しんでいましたが、立場に関わらず各住民の意見を積極的に取り入れる体制を行政が確立したことで住民が主体となってまちづくりが進み、今やまちづくりの成功事例として注目を集めているほど。DIY精神も強く、芸術都市としても有名です。

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『有田川という未来 ARIDAGAWA2040』とは

和歌山県にある人口2万7千人のまち、有田川町。この地域では年間8万2千トンの「有田みかん」が生産されています。そんな有田川は、出産適齢期を迎える若年女性の人口が急激に減っており、このままでは2040年に現在の約30%にあたる8000もの人口が減少すると予想されています。

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現状の未来を変えるために、2015年7月に発足したのがこのプロジェクト。主な活動メンバーは、みかん農家・教師・大工など地元に拠点を持つ経営者・地元出身の大学生などさまざまです。さらに役場の若手職員も大勢巻き込んで、官民一体となって取り組みを進めています。そこに、サポート役としてポートランド市開発局で働く日本人職員や、ポートランドの現地企業に勤めるマネージャー陣などが加わってアドバイスをしているのです。

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彼らは定期的にチームで集まり、まちを歩いて目で見て空気に触れ「どの場所を拠点に」・「誰に向けた」・「どんなアプローチが必要なのか」について、仮説を立てていきます。そして、地域住人から参加者を募り、ワークショップを交えた大規模なイベントを開催。まちの兆しとなりうる場所のリノベーション案や、活用方法などを地域の皆で検討していきます。そこから有志の実践部隊を新たにつくり、皆から出たアイデアの実現を進行していくという流れです。

ポイントは、これが行政発信ではなく「民間発信」だということ。20代30代の若い地域住民が旗振り役となって地域と行政を巻き込みながら、この新たな挑戦を進めています。これにより、柔軟な発想で試行錯誤をしつつスピーディに取り組むことができ、また当事者として地域に向き合うべき同年代の関心を多く集めることができているのです。

廃園が予定されている保育所をまちの拠点に
では、実際どんな活動が行われているのか。先日開催されたイベントをひとつご紹介しましょう。2015年10月25日(日)、地域住人を巻き込んだワークショップ企画として、翌3月末に廃園予定の田殿保育所にて、この場の新たな活用アイデアを出し合うイベントが開催されました。

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参加人数は午前と午後の部を合わせて総勢80名。20代から40代を中心に、小さな子供を連れたお母さんから建築関係の自営業のひとや公務員まで多様な人たちが集まり、4つのテーブルに分かれてアイデアを出し合います。ポートランドからは、海を渡ってはるばる7名のサポーターたちが有田川まで駆けつけてくれました。

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テーブルの上には、有田川のみかんと、アイデアの活性化を促せるようにとポートランドチームが用意した様々なキットが並びました。通訳担当の大学生ボランティアスタッフとともに、ポートランドメンバーが各テーブルに参加して進行をサポート。「こんなのあったらいいね!」という前向きな意見をどんどん出し合って書き出していきました。

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ポートランドチームの姿勢から学ぶ2つの大事なこと
ワークショップという全員参加の意見交換の場を通じて、ポートランドチームが自らの姿勢をもって教えてくれたことはたくさんありました。その中でも特に、ぜひ皆さんにお伝えしたい点が2つあります。

1つ目は、異なる視点を積極的に取り入れること。実際にポートランドでも、富裕層からホームレスまで多様な立場のひとたちの意見を取り入れることが重要とされています。皆に愛される地域づくりには一部の立場からではなく、それぞれの立場から感じる意見を持ち寄ることが大切なのです。

そうはいっても、参加者の年齢や職業によって、どうしても立場が偏ってしまうもの。そこで、今回のワークショップで用意されたのが「役割カード」です。束になったカード一枚一枚に、企業家・主婦・おじいちゃん・病院の先生・ニートな若者などと異なる役割があらかじめ記載されており、一人一枚カードを引きます。普段の職業や立場の違いだけでなく、普段とは異なる立場にあえて思考を転換させることで、さらに多面的な発想が膨らむようにする仕掛けの一つです。

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2つ目は"今からできることは何か"を考えるということ。「保育所は来年3月に廃校する」と聞くと、思わず4月以降のことを考えてしまいそうですが、ポートランドチームが提案したのは「まずは今からできること。例えば保育所が終わった夕方以降の時間帯からできることを考えてみよう」という発想だったのです。固定概念を取り払うことで可能性は広がる。いつかではなく今からできることはたくさんあるのだと、彼らは教えてくれました。

彼らのアイデアを受け、参加者からは「近隣のおばあちゃんたちに教わって夕方はお料理教室がしたい!」や「夕方以降のマーケットイベントを開催して、この場に対してワクワクする印象を今からでも発信しよう!」という柔軟なアイデアが膨らんでいきました。

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ポートランドと有田川はどうやって繋がったのか
このプロジェクトの活動内容を知れば知るほど、「どうやってポートランドとつながったの?」とさらに不思議に思えることでしょう。人口も文化も全く異なるこの2つの地域が共通しているのは、"住民を主人公に官民一体となって地方創生を"という方向性です。そのはじまりは意外にも「みかん」にありました。

2012年秋、みかんを題材にした映画が撮影されました。そして、舞台として選ばれたのが有田川。その監督が有井さんの知人だったことから、資金集めのサポートをすることになりました。有田川の企業家たちに会って協力者を募るうちに、有井さんは有田川に住む地域住人の魅力に気付きました。

「こんな未来をこの地域で一緒につくりませんか」と説明を重ねるうちに、「そんなことがうちのまちでできるなら一緒にやろうじゃないか」と、賛同し応援してくれるひとたちが続々と現れはじめたのです。新しい未来の挑戦に対して、センス良く前向きに応じる彼らの姿に、有井さんはこの地域の素晴らしさを感じました。

ちょうど同時期、有井さんは個人的にポートランドのまちづくりに関心を持ち、東京で開催されたポートランド市開発局の山崎 満広(やまざき みちひろ)さんが登壇されるイベントに参加していました。そこでの出逢いをきっかけに、有井さんと山崎さんは意気投合し、縁が続いていきます。

何度か再会するなかで、山崎さんから今年の春「次をラストチャンスとして、日本のどこかの地方創生に関わりたいと思っているんだ。どこが良いと思う?」と相談を受け、これはぜひ地元和歌山県のどこかでと思案したそうです。その時、有井さんの頭に浮かんだのは、有田川に住むあの日の彼らの顔でした。

地域のひとたちが大切に育てたみかんがはじまりの縁を運び、今回のプロジェクトへと結びつきました。

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有田川の未来が、日本と世界の未来に繋がる

縁がはじまりだとしても、なぜ大都市ポートランドが有田川という小さな地域に着手することを決めたのか?と一見不思議に思えるかもしれません。しかし、有井さんや山崎さんをはじめとするプロジェクトメンバーが変えようとしているのは、有田川の未来だけではないのです。

有田川という消滅可能地域として叫ばれるまちで「民間発信で官民一体となり地方創生を行う」という新たな取り組みが実現すれば、国内の消滅可能地域を救う一つの解決策を提案することができるようになります。さらに、他の先進国も恐らく今後同様の課題を抱えると想定すると、世界各国の類似問題に対して新たな打ち手を提案することができるようになります。有井さんや山崎さんは、その社会的インパクトを見据え、有田川を起点に新たな事例を実現しようとしているのです。

小さく見える一歩でも、きっとどこかに繋がっていくもの。自分の地元の魅力って何だろう?こんな取り組みをはじめたらもっと面白くなるかも?まずは、そんな会話を交わすところからでも構いません。

「誰か」じゃなくて「自分」から、「いつか」じゃなくて「今」から、できることをはじめてみませんか?

さあ一緒に、未来を変えにいきましょう。

(2015年12月24日の「マチノコト」より一部修正して転載)http://www.huffingtonpost.jp/machinokoto/wakayama_b_8938192.html?utm_hp_ref=japan

再生核研究所声明192(2014.12.27) 無限遠点から観る、人生、世界

(これは、最近、夢中になっているゼロ除算の発想から湧いた、逆思考である。要するに遠い将来から、人生や世界をみたら、考えたら、どのようになるかという視点である。)

主張が明確に湧いたので、結論、趣旨から述べたい。人は我々の目標や希望が未来にあり、そのためにその目標に向かって、努力、精進などと志向しているは 多いのではないだろうか。そのような意味で、我々の関心が、先に、先に有るように感じるのではないだろうか。これは自然な心情であろうが、別の視点も考えたい。成長や発展、変化には適切な有り様が有って、早ければ良い、急いで進めれば良いとはならないということである。現在は、未来のためにあるのではなく、現在、現状はそれ自体尊いという視点である。先、先ではなく、 いま、いまが大事であるという視点である。生物の成長には固有のリズム、
成長のペースがあるということである。我々は、生物としての枠、構成されている状況によって制限があり、適切な有り様が存在する:

再生核研究所声明85(2012.4.24)食欲から人間を考える ― 飽きること

理想的な有り様には 自然な終末もあり、大局的にみれば、大きな流れにおける調和こそ
大事ではないだろうか。次の声明

再生核研究所声明144(3013.12.12) 人類滅亡の概念 - 進化とは 滅亡への過程である

の題名も真実だろうが、そこで述べた、

そこで、 ここでの教訓は、目標や先は、そんなに良くはないのだから、何事無理をするな、自分のペースで、急がず、慌てず、 自分の心の状態を尊重する ということである。人生の一つの原理は、ゲーテの 絶えず活動して止まないもの、 アインシュタインの 人生は自転車に乗っているようなもの である、 止まったら、倒れてしまう、 岡本太郎氏の 芸術は爆発だ、どんどん爆発を続けて行くのが芸術だ。 これらは、誠 至言である。

は真実としても、活動を進める情念も結局、自己のペースが大事であって、あまり外の影響を強く受けるべきではないと言う、視点が大事ではないだろうか。

言いたいことは、個人の心持ちもそうであるが、経済活動、社会活動、科学の進歩も、全体的な流れにおける調和が大事であるということである。例えば

磁気浮上式電車の開通の是非は 妥当であろうか。
原子力発電所の開発促進は適切であろうか。
グローバリゼーションは 急ぎ過ぎではないだろうか。
成果主義は行き過ぎではないだろうか。
経済の成長、発展 優先も大いに気になる。

などと難しい問題に対する広く、深い、総合的な評価の検討も要請したい。 次の声明も参照:

再生核研究所声明117(2013.5.10): 時,状況が問題; タイミングの重要性 、死の問題、恋の問題。

以 上



再生核研究所声明75(2012.2.10):  政治・経済の在りようについて

(この声明は 再生核研究所声明に関心を抱く方の要望によって、動機付けられたものです。他方、大谷杉郎 元群馬大学名誉教授の下記の文が気になって来ました: (新里山文明 ― 私は、基本的には、社会の制度、経済の仕組みにまで立ち入らないと解決はしないと思っています。無駄をすればするほど、景気がよくなるという経済の仕組みの通用した時代は、もうあきらめたほうがいいと思っています。技術と社会制度と、それに人々との考え方と、みんな一緒にならないと循環社会、新里山文明の時代は来そうにありません。 ―( 日だまりの風景 平成18年9月15日発行 大谷杉郎著 印刷所 太陽印刷工業(株)P106~P107より )(群馬大学工業会会報・平成11年3月 99)p95~p107より)。)
上記両者の意見には いわゆる資本主義は 社会主義同様 行きづまっているのではないか、新しい社会の、経済の在りようを模索する必要が有るのではないか との考えを暗示しているようにみえる。
もちろん、政治・経済の在りようについての総合的な考察は、大きな課題であるから、考察を進めるには 重い課題ということになる。 しかしながら、歴史は連続的に流れ、慣性の法則で動いている(再生核研究所声明 72 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則)とすれば、現状の問題点を分析することによって、在るべき方向が見えて来ると考えられる。
現在の世界を、アメリカ、EU, 日本など、いわゆる自由主義経済、資本主義社会、民主主義の国々、および、 ロシア、中国など、いわゆる社会主義の変化で 社会主義と資本主義の中間に位置する国々、および いろいろな国柄を反映させているその他の国々と考えてみよう。 社会主義国では、経済活動は国によって計画され、企画されて、人々を資本家から解放し、より平等で公正な社会を目指していると考えられたが、結果は産業・経済活動が停滞し、民生の遅れをもたらし、皮肉にも自由、平等、民主主義の理念から外れ、社会主義の理念は 内部から、崩壊し、より自由な経済活動を許す、解放経済の方に向かわざるを得なかったようにみえる。 これは自由な経済活動が、産業の活性化をもたらし、国や特定の機関の管理では、庶民の力を発揮することができないという、 いわば、人間の本性に根ざした原理から出ていると考えられる。
しからば、資本主義諸国の現状における問題とは何だろうか。 いみじくも、アメリカ,EU, 日本に共通する大きな課題は、 膨大な債務を抱えて、財政破綻の危機にさらされているということである。これは、民主主義の中で、庶民の意志を尊重するあまり、各国の政府が無責任な財政運営を余儀なくされてきたということに他ならない。 民主主義は衆愚政治に陥り、国家は財政破綻を迎えたと、旧社会主義や独裁主義国家から、嘲笑されかねない由々しき事態ではないだろうか。 自由を保証する社会は、そもそも人類の理想であるから、財政の立て直しによる、復活を願わざるを得ない。
しかしながら、資本主義社会で見られる、次のような現象については、大きな歯止めと警戒、対処が必要ではないだろうか。

債務の増大と金融不安、
過熱な自由競争の国際化、
過熱な投機の在り様、
行きすぎた世界的な経済活動、
行きすぎた世界の均一化、
多くの失業者の出現、
為替の急激な変動、
貧富の大きな格差、
アメリカなどに見られる 軍事産業の力、
大量生産、大量消費の在り様、
お金、お金の風潮の増大、
社会生活まで、共生より競争の世相、成果主義や評価、評価の厳しい世相、 
経済活動の環境、社会への大きな影響 など、

それらについて、関係する国際的な機関で 枠をはめ、より良い方向に誘導するような政策を進める必要が有るのではないだろうか。植物界でも動物界でも、自由に野放ししておけば良いとはならず、適当な手入れ、癌細胞などは除去するなど適切な処置が必要であるように である。― これは要するに、現状の自由を尊重する、資本主義と民主主義の在りようを評価して、そこから発する大きな歪を是正していこうとの 現実的な対応を志向するものである。
上記 (無駄をすればするほど、景気がよくなるという経済の仕組み)などについては 税率によって、 調整して行く と考えるのは 如何なものであろうか。
他方、ロシアや中国における在りようの問題では、いまだ自由の保証が十分では無く、人権、人間の尊厳の観点から問題が有るのではないかとの危惧の念を抱かせるが、それぞれの国には それなりの歴史と伝統、文化が有るのだから、軽々しく内政干渉のような態度をとらない姿勢が大事ではないだろうか。 アラブや、その他の諸国についても お互いに内政干渉を控え、いろいろな国による、多様な在り様、多様な文化の存続を尊重、重視していくべきではないだろうか。 いわゆる グローバリゼーションは 地球を画一化して、貧しい均一的な 世界を作り、 傾向として良くないと評価したい。 多様な世界を志向したい。

逆に民主主義の問題点を指摘して置きたい。 上述の様に国民に慮る故に 政府が弱く、政府が責任ある政治を進めることができない状況が起きているから、政治家の身分を安定的に保証して、責任ある政治に専念できるように配慮すべきではないだろうか。そのためには、首相や国会議員の任期を長くして、その間、身分を篤く保証することも検討に値するのではないだろうか。アメリカの大統領選出過程などは あまりにも 長く、現実的ではないのではないだろうか。多数の意見が広く表現できるのは良いが、無責任なムードのようなもの、世論で、 政治が歪められやすい状況について、警戒を要するのではないだろうか。 次の危惧を参照(再生核研究所声明 33: 民主主義と衆愚政治)。

以 上


再生核研究所声明 13 (2008/05/17): 第1原理 ― 最も大事なこと

世界の如何なるものも 環境内の存在であり、孤立した存在は在り得ない。世界の如何なる芸術も真理もまた一切の価値は、人類が存在して始めて意味のある存在となる。従って人類の生存は、如何なるものをも超えた存在であり、すべてに優先する第1原理として、認識する必要がある。よって環境や戦争については 多くの人間の関与すべき重要な問題と考えなければならない。21世紀は、近代科学の進歩によって 地球の有限性が顕わになり、人類絶滅の可能性を感じせしめるようになってきた時代とも言える。

国が栄えなければ、地方の栄えは考えられず、県などが栄えなければ 市町村などの発展は望めない。市町村などが健全でなければ 地域は栄えず、住民や家庭の健全な生活は不可能である。しかしながら、現実的な対応としては、逆方向の発展を考えざるを得ない。すなわち私たち個人、および個人の近くから、より良い社会、環境になるように努力していくことである。孤高の存在は所詮空しく、儚いものである。それゆえに われわれは各級のレベルにおける環境と社会に思いを致すことに努力して行こうではありませんか。

特に、われなき世界は 存在すれども、何事をも認識できず、知ることもなく感じる事もできない。よって、われ存在して始めて、世界を知ることになるから、健全なる個人の存在は、個人にとっては最も大事な第1原理に考えざるを得ない。これは言い古されてきた、 まず健康ということ、 に他ならない。われなき世界とは 自分が影響を与えない世界のことである。この個人と社会の関わりは、 愛とよばれている、 愛の本質である。それは男女の愛と親子の愛が基本になっている。それはまた じんかん と よばれる人間存在の本質でもある。

この声明は 地球環境を限りなく大事にし、世界の平和を確立し、社会を大事に思い、世界の拡大と深化を、 個人を尊重しながら、 積極的に進めることを、各級のレベルで努力することを要請しているものである。その原理は、 人間存在の本質である、 人間存在における三位一体の理存在、知、愛の、存在して、始めて知り、求める事ができる という原理を、いわば当たり前のことを、
確認しているに他ならない。(しかしながら、実際にはこの自明な、重要な原理は、解析接続のように必然的に 新しい価値観と考え方を限りなく発展させ、雄大な世界を拓くのであるが、私個人はこの古い世界で生涯を閉じようとしていて、その世界には立ち入らない事にしたいと思う。不思議にも 少年時代に宇宙論と共にその世界を覗いたのですが、怖くなって覗かないようにしました。それはガウスが非ユークリッド幾何学を発見したが、世の反響の大きさを恐れて発表を控えたのと同じ心境です。) 以上。











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