ツイッターCEOが語る「批判を受け流す方法」と「己の哲学」
2015/05/15, Bloomberg
IBM
Twitter Inc. Chief Executive Officer Dick Costolo Interview
座右の銘は「今この瞬間を生きる」
2010年10月にツイッターの最高執行責任者(COO)から最高経営責任者(CEO)に昇格したディック・コストロは、ここ数年はタフな場面が続いている。2013年11月にニューヨーク証券取引所に上場。
ユーザーからの高い期待に応えて売り上げを伸ばすべく、経営陣を入れ替えてきた。しかし、4月末に発表した第1四半期の決算は、同社として初めてアナリストの予想を下回り、株価は急落した。
最近は市場もコストロのリーダーシップを注視しているが、本人は上機嫌。会社を率いる者として批判にどう向き合うか、ブルームバーグ・テレビジョンのエミリー・チャンにその哲学を語った(以下はインタビューの抜粋)。
──CEO就任から約5年で、プロダクト部門の責任者は5人変わりました。なかなか適任者が見つからないようですが、ツイッターのプロダクトマネジメントにふさわしい人とは。
コストロ:会社にとってその時々に適切なチームかどうかを、私は考えなければならない。マネジャーたちにはいつも、自分のチームを弁護するのではなく、向上させることが仕事だと話している。
私が現在のチームをとても誇りに思い、とても期待している理由のひとつは、現在の会社にとって最高のチームだと心から信じているからだ。私たちは必要なことはすべてやってきたし、チームを束ねるために必要な難しい選択を重ねてきた。
──現在のチームはどのくらい続きそうですか。
コストロ:さあ、わからないな。「今後何日間、何カ月、何年間、続くチームだ」と明言することはできない。
そういうことは、常に評価を更新する必要がある。先発投手を引っ張りすぎてはいけないんだ。このチームは今この瞬間にふさわしいかどうか、常に評価し続ける。
「年間最優秀CEO」の落とし穴
──あなたは即興コメディの舞台に立っていた頃、最前列の客から「最悪!」と野次を飛ばされたとか。
コストロ:言ってくれるね。「最悪!」だけじゃない。「最悪! 引っ込め!」だったよ。
でも、1時間の舞台のうち3分くらいのことだ。だからいいという話でもないが。(訳注:コストロは大学卒業後8年間、即興劇の役者をしていた)
──世界でもとりわけ注目され、詮索されるポストとはそういうものなんですね。知らない人から言われてしまう……。
「最悪! 引っ込め!」
そう言われたら、どんなふうに受け止めますか。お前なんかクビになれと言われて、1人の人間としてどう思いますか。
コストロ:数年前、あるところに招待されて、私の娘は「絶対に行くべきだ」いう意味のことを言った。でも、私は「行かないと思う」と答えた。
私という人間が招待されたのではなく、私の肩書きが招待されたからだ。ディック・コストロだからではなく、ツイッターのCEOだから。「年間最優秀CEO」といった類のものは、あまり気にしないように心している。その次は「年間最低CEO」が待っているんだ。
だから、そのようなことを言われても興奮しないし、正直なところ、それほど意識もしない。ただし、採用に影響を与えかねないとわかってからは、少しは気にするようにしている。
「ツイッターで働きたいけれど、ディックがいなくなって、すべてが変わったらどうしよう」では困るから。その点は意識するようにして、会社に誘っている人には「ご覧のとおり、そんな心配はいりません」と言っている。
2014年の末に娘からメールが来た。
「パパ、いいニュースと悪いニュースがあるの」
「悪いニュースは?」
「2014年の最低CEOのトップ5に入っていること」
「なるほど。いいニュースは?」
「パパは5位よ。いいニュースは5位だったこと」
私はこれを子どもたちへの教訓にしている。こういうことは、ひとつの見方にこだわりすぎてはいけないのだ。
過去に縛られず、未来にとらわれず
──あなた自身が(いくつかのベンチャーの)創業者だったことを考えた時、ツイッターの創業者ではないことはリーダーシップに影響を与えていますか。
コストロ:(ツイッターの共同創業者兼会長の)ジャック・ドーシーがここにいたら、「最初にツイッターに出資した時は、どんなふうに考えていたか」と質問できる。私に同じ質問をしても「私はツイッターに出資しなかった」と答えるだけだ。
創業者ではないCEOも、熟慮した意見をもち、必要なものを手に入れるタイミングを見極めることは可能だ。そのような資質は、会社の役に立つ。(6秒間の動画を共有するアプリ)「Vine(バイン)」を気に入ったジャックは、これだと確信して、すぐに私と話し合った。2人とも気に入って、「これは欲しい」と決めた(訳注:Vineが正式サービスを開始する前にツイッターが買収)。
ツイッターの開発チームが私のところに来て、(動画実況アプリの)「Periscope(ペリスコープ)」について説明した時も同じように感じた。「うちの傘下に収めよう」(訳注:今年1月に買収、3月にサービス開始)
──ディック・コストロの次のステージは。
コストロ:私は自分が今やっていることに集中している。自分に与えられた人生を生きる。生まれ育ったデトロイトでそう学んだ。今この瞬間を生きて、過去に縛られすぎず、2年後の自分がどうなっているかはあまり考えない。そういう生き方を心から支持している。
賢い生き方とは言えないだろう。それでも人生には、イブ(ツイッターの共同創業者エヴァン・ウィリアムズ)からDMで、「うちに来ないか(ツイッターを引き継がないか)?」と聞かれる時もある。そういう人生も楽しくていいと思って決断した。自分の子どもたちにも、重大な転機で同じように考えてほしい。
──ツイッターのCEOにぴったりですね。すべては瞬間で決まる。
コストロ:アメリカのような国で子どもを育てて教育を受けさせると、「この学校に入るためにこれをやらなくちゃ。いい成績を取るためにあれをやらなくちゃ。目標の点数を取らなくちゃ」と走り続けることになる。期待に応え、期待を超えられるように、常に訓練される。
そして世の中に出てみると、期待など存在しない。人生があるだけだ。人生とは、常に期待に応え、超えることではない。今を生きることなのだ。自分自身のために、友人たちのために生きることだ。そうすれば、いい人生になるだろう。(文中敬称略)
(執筆:Emily Chang and Sarah Frier、翻訳:矢羽野薫、写真:Bloomberg)
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再生核研究所声明 51(2011.3.4): ツイッターにおける 意義と心得
ツイッターが 盛んになって、世論や政治にも大きな影響が出るようになってきた。 また、俳句や、和歌のような 趣味の一種、楽しみの一種になっている者も多いのではないだろうか。 自戒も込めて、ツイッターの意義、注意や問題などについて、考察し、ツイッターの世界をより楽しく、充実させるようにしたい。
ツイッターの原語は 呟き という、呟きとは、小鳥が 少し囀る ように、何か気持ちを、本音を率直に、短的に表現するものではないだろうか。 純粋、呟きは、したがって、先ずは 率直な気持ちの表現である ということになるのではないだろうか。 先ず、このもともとの意味 を尊重したい。 従って ツイッターの世界には 人々の率直な 心の、気持ちの世界 が反映されていると理解できる。将来、万葉集のように 人々の様子を写した 貴重な記録にもなる可能性が高いのではないだろうか。
しかしながら、それらとは裏腹に、直ちに公開する というところに、日記や自分の記録とは違った意味、すなわち、多くの人に伝えたいという、明確な意思があり、更に公開には、
1) インターネットを通して どこまでも広まること
2) インターネットの世界で、記録され、検索され、長く保存され、修正が、事実上できない状況になっている ということである。
このような状況は、間違ったことや、修正しなければならないようなことは 迂闊には書けない ということを意味する。 注意したい。
一応 フォローという特定の人が自然に見られる建前であっても、上記2件から、逆に自分の意志を広範囲に伝えたい、あるいは何かの宣伝に、仕事などに活用したい と考えるのは当然である。従って
A) 政治問題や社会問題についての見解、提案、批判、建議など、社会問題が大きな比重を占めるのは当然である。
B) 仕事、ビジネスなど 適当な活用は当然であるが、行き過ぎると 仲間に嫌われる可能性が高いのではないだろうか。
C) 市民生活における 話題、いろいろ面白い話題や、変わった話題で、人々が興味を持ちそうな話題は 歓迎されるのでは。
D) 教育問題、人生問題、哲学、科学の問題についても 前向きに考えられる話題として挙げておきたい。
ツイッターの 他の特徴としては
川の流れのように、呟きは、どんどん流れ、偶然に覗いていた人だけが見るだけで、殆どは注目されないで、ツイッターの世界からは 消えて行ってしまうという 儚さ、空しさである。
そのために、空しさを承知で、深入りをせず、自分の生活とペースを整えて、気持ち良く、呟くのが良いのではないだろうか。
社会や世の中にとって良いと思われるものについては、リツイートして、どんどん世に拡散して、世の中を明るくしたい、文化レベルの向上に、情報環境の美化にも 利用したい。
賛否の意見表明、同感、反対など、返信して、一方的でない交流も大事で、貴重なものになるのではないだろうか。
長期の保存と長文が可能なブログなどと併用すると 自分の意見を表明する機会を 大幅に増やすことができ、外国語が得意な人は 更に国境を越えて 意見を表明できる機会を得るので、積極的な取り組みを期待したい。 間もなく、いろいろな言語に翻訳されて、言葉の壁も乗り越えられる時代が近いのではないかと期待される。
簡単に意見を広く表明できる時代とは、新しい時代の夜明け ではないだろうか。 多くの人の意見が 自由に交流できる世界とは どのような世界になるのか、いろいろ問題点などをも含めて 注目し、今後の問題点、影響などについても検討して行きたい。 例えば、多くの呟きから、価値あるものを選択して、得る方法などが 基本的な問題ではないだろうか。 実際、沢山の人々が自由に 呟けば、どのようにして、価値ある情報を得るかは、本質的な問題になる。 雑情報に 時間をとられる危険性が高いからである。
人間とは、じんかん であり、人と人の交流が 生きている証拠 でもあるから、大きな自由性と可能性を創造された、このようなシステムの考案者及び管理運営を行っている方々に対して、敬意と謝意を表したい。
以 上
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