2015年5月23日土曜日

記事 北尾吉孝2015年05月21日 19:35『「人類滅亡、12のシナリオ」より一言』

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北尾吉孝2015年05月21日 19:35『「人類滅亡、12のシナリオ」より一言』

BLOGOSに先週金曜日、「人類滅亡、12のシナリオ-オックスフォード大学等の公表したレポートより – 安井 義浩」というニッセイ基礎研究所の記事がありました。そこでは、A.「現在進行中のリスク」として1.極端な気候変化、2.核戦争、3.世界規模のパンデミック、4.生態系の崩壊、5.国際的なシステムの崩壊、B.「外因的なリスク」として6.巨大隕石の衝突、7.大規模な火山噴火、C.「新たなリスク」として8.合成生物学、9.ナノテクノロジー、10.人工知能、11.その他の全く未知の可能性、D.「国際政治のリスク」として12.政治の失敗による国際的影響、が「文明を脅かす12のリスク…12 Risks That Threaten Human Civilisation」とされており、以下これらに触れる形で私が思うところを簡潔に申し上げたいと思います。
先ず、日本人の誰もが気付いているであろうリスクは、例えば日本が今段々と亜熱帯化しているのではないかということです。「異例の5月台風」が本土に接近するとか、ある地域で集中的にスコールの如く雨が降るとか、猛暑日が記録的に長く続くとかと、完全に気候変化が可笑しくなっているような気がします。之がCO2に因る問題あるいは「太陽黒点説」という説もあります。更に「恐竜の絶滅以来の第6の大絶滅時代」にあるとも言う人もいて、上記した極端な気候変化という部分で私は不安に思う部分があります。
また、昨年よりの「西アフリカエボラ出血熱流行」だけではありませんが、それ以前に世界的大問題となった「SARS…重症急性呼吸器症候群」あるいは「鳥インフルエンザ」等々の病気が我々の身近な記憶に残っており、世界規模のパンデミックも私は非常に憂慮しています。結局こうした脅威に対しては人間が持っている本来の免疫力を高めて行かねばならないわけで、此の部分で我々のALA(5-アミノレブリン酸)が何某かの貢献が出来るのではと考えています。世界人類の健康維持・増進に直接貢献できる可能性があると思い、私は此のALA事業に一生懸命に挑んでいます。
更に、大規模な火山噴火あるいは巨大地震のリスクで言えば、御承知のように昨今ネパールの地で巨大地震が発生しました。我が国に限って見ても、死傷者を多数出した昨年9月の御嶽山噴火そして今「箱根山火山活動」で大分騒ぎ出されるようなっており、更に阪神・淡路大震災(1995年)からあの3.11(2011年)そして次の大地震発生のリスクが、関東を中心とする各地域において懸念されるような状況です。地震エネルギーの蓄積というのは大体80年から100年位の間に出て来る可能性があると捉えなくてはならず、1923年9月に起こった関東大震災から見るにエネルギーがかなり溜まっているのではと心配しています。
最後に2点だけ、政治の失敗による国際的影響(及び核戦争)という意味で注視されて行くべきは、第一に昨年6月末より国家樹立宣言をし世界にその勢力拡大を図る「イスラム国」(スンニ派過激派組織)の各種テロリズム事案等の動向、そしてまた、アフガニスタン・イラン・イラクあるいはシリア・イエメン等々と此のイスラミックの国々で起こっている戦争です。之は、先月のブログでも『将来起こり得る世界のビックイベント』の一つに関連させたものですが、此の地政学的リスクを含んだイスラム諸国の動向次第で世界にどういうリパーカッションが起こって行くのか、私は非常に危惧しています。
そして、第二には先日も述べた不安定化する北朝鮮が挙げられ、最近も「玄永哲(ヒョンヨンチョル)・人民武力相(国防相)が処刑されたとの情報が5月中旬、韓国の情報機関、国家情報院によって公表された」一方で、その後「一部では玄永哲の姿が北朝鮮のテレビ映像物に依然として出てくるという点」が指摘されています。此の実際が如何なるものか私には知る由もありませんが、唯一つ言い得るのは金日成⇒金正日⇒金正恩と三代続く彼の国は言わば「売り家」であるということです。共産主義国としての東欧諸国が崩壊に至るまで大体70年掛かりましたが、その観点から言うと「朝鮮戦争休戦協定」締結より60年超が経過しています。物事の移り変わりというものは大体60年から70年となっており、内部崩壊の形で民衆割拠に因るものか、はたまた軍事的衝突に因るものかは分かりかねますが、上記東欧諸国の如く近い将来この北朝鮮も崩壊して行くことになるでしょう。そうした現下の局面にあって世界そして日本は、国家統治能力のない子供のような金正恩を指導者とする此の核保有国が、今後如何なる展開を見せるかを注視しどう処して行くべきかを考える必要に迫られています。例えば本日のNHK「NEWS WEB」記事にも、「北朝鮮は弾道ミサイルを水中の潜水艦から発射する実験に成功したと主張するなど、今月に入ってミサイル開発の進展を強調して」いるとありましたが、此の恐ろしい国家の暴発に対し不安に駆られる部分があります。http://blogos.com/article/112625/
再生核研究所声明 144 (2013.12.12) 人類滅亡の概念 - 進化とは 滅亡への過程である
(2013.12.6.3時45分 夢の中で新しい原理を 情景を交えながら発見し、目を覚ましました。グローバリゼーションの危険性と、人類滅亡の原理です。 声明の案にできそうです。適切か検討します。 ― その夢は 農村地帯で、1軒の農家の畑だけが緑の野菜で覆われ、 広い農地は 灰色になって広がり、異様であったが、一人の青年が、グローバリゼーションの影響で他の農家がやって行けず、 農家では お金が入らないと言っていました。人類滅亡の概念は哲学的、根本的な大事な原理を述べているが、それは その後 夢、うつつ に考察したものである。 成文化を試みたい。)
上記の中で、閃めいた 原理は 端的に述べれば、 いわゆる進歩は 末期への進歩であって 原理的に終末に近づいている ということである。 そして 進歩には 必然的な、エントロピー増大の法則のように 必然性が有るのではないだろうか。 良く生きるということは 必然的に 終末を上手く受け入れるように 精神構造が 本能的に作られているのではないだろうか。
さらに、 人は 人間存在の原理で、いろいろ知りたい、 いろいろ原因を知りたいと 真理を追究するが、その先には、生命の空しさと 自分の無智を知らされ、結局 生命と人生の否定に繋がり、 安らかな悟りに至るという、人間観、人生観である。
人は 先に、先に進もうとしているが、それは、自滅への道であり、 夢中で生きているのが 生命の実相ではないだろうか。 ちょうど子供たちが、夢中で はしゃいでいるように。
知ることも、真理を追究するのも 危険である。 しかしながら、エントロピー増大の原理のように 追及しないではいられないのが人間で、 それは 人間の 定めであると考えられる。
そこで、 ここでの教訓は、目標や先は、そんなに良くはないのだから、何事無理をするな、自分のペースで、急がず、あわてず、 自分の心の状態を尊重する ということである。
人生の一つの原理は、ゲーテの 絶えず活動して止まないもの、 アインシュタインの 人生は自転車に乗っているようなもの である、 止まったら、倒れてしまう、 岡本太郎氏の 芸術は爆発だ、どんどん爆発を続けて行くのが芸術だ。 これらは、誠 至言である。
しかしながら、結局、人生では 始めも、終わりも分からず、夢中で、踊っているようなものであるとすれば、 やはり空しく、 寂しいものだ と考えるだろう。
この空虚を満たすには、健全な精神の 健全な進化による、悟りと神への帰依が望まれる(再生核研究所声明 132: 神を如何に感じるか - 神を如何に観るか)。
以 上
追記 参考資料(ウィキペディア):
定義[編集]
進化とは、生物個体群の性質が、世代を経るにつれて変化する現象である[2][1]。また、その背景にある遺伝的変化を重視し、個体群内の遺伝子頻度の変化として定義されることもある[3][4]。この定義により、成長や変態のような個体の発生上の変化は進化に含まれない[1][2]。
また狭義に、種以上のレベルでの変化のみを進化とみなすこともあるが、一般的ではない[3]。逆に、文化的伝達による累積的変化や生物群集の変化をも広く進化と呼ぶこともある[3]。日常表現としては単なる「変化」の同義語として使われることも多く、恒星や政治体制が「進化」するということもあるが、これは生物学でいう進化とは異なる[4]。
進化過程である器官が単純化したり、縮小したりすることを退化というが[3]、これもあくまで進化の一つである。退化は進化の対義語ではない。


再生核研究所声明86(2012.4.25) 未だ おめでたい人類 - 先史時代
人類は 自然を大事にして行けば、生存を続けて行けると ぼんやりと思っているのではないだろうか。 人類の生存を保証してくれる 何かが存在して、守られていると感じているのではないだろうか。
しかしながら、ニュートン以来の 近代科学が明らかにした事実をみれば、人類は物理・化学などの自然法則を越えた存在ではなく、多くの動植物と同じように儚い存在であることを知るだろう。
東日本大震災が襲って示しているように、人類を庇護してくれる存在などは無く、人類は自然の法則上に生存している存在である。
既に実在したように、いずれ巨大惑星が 地球に激突し、地球上に生命が存在できなくなるのは 時間の問題であると言えよう。もちろん、可能性としては、地球環境の破壊、人口の増大による内紛や生態系の破壊、あるいは巨大事故などによる 人類絶滅の方が高いであろう。これらについて、十分に起こり得ると警戒すべきである。
人類は最も大事なこと を確認して(再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと ― 世界の如何なる芸術も真理もまた一切の価値は、人類が存在して始めて意味のある存在となる。従って人類の生存は、如何なるものをも超えた存在であり、すべてに優先する第1原理として、認識する必要がある ― )、大いなる世界を志向すべきである(再生核研究所声明 32: 夜明け ― ノアの方舟)。 実際、人類は、生と死の問題を克服して(再生核研究所声明74: 人生・生命の肯定について)、 人間存在の原理に従って、進むであろう( ― ここで、人間存在の原理とは、どうしても人間である限り否定できない、不変的な原理を述べているもので、人間である限り、存在していること、そして、存在していることを知っていること、そして、求めているという三位一体の、デカルトのコギトエルゴスム(我れ思う、故にわれ在り)を基礎に置いた考え方です。人間があらゆることを知りたいという願いは、人間存在の原理である人間として生きることに他ならないと言えます。 - 夜明け前 よっちゃんの想い。)。 しかしながら、人類が 何時でも 世界史を 閉じる 悟りの境地 に達することが望まれる(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判)。
この声明の趣旨は
1) この世で最も大事な真実は 唯一つ、最も大事なこと、 人類の生存であり、 その目標に従って 総合的な戦略をすすめること、
2) 内部的には、個人的には己が生命を輝かせる道を 歩めるように努力すること(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について)、
3)それらのために、何よりもまず、 地球を良く治めよ
ということにある。
原理は、人類の生存は ひとりでに保証されるものではなく、自然や生態系などの広範な管理、運営、創造によって可能になるものであり、多様性の原理 によって、広範な科学の進歩が不可欠であるということにある。
以 上

再生核研究所声明 114(2013.4.20): ああ 人類最後のとき — 世界史を回想、評価する 
(本声明は 2013.4.13: 8時半頃、研究室に向っているとき、電光のように閃いて 構想が広がったものである)
声明
再生核研究所声明86:  未だ おめでたい人類 - 先史時代
で述べているように、人類の絶滅は 地球の運命と共に避けられないだろう。そこで、生命の代表である人類が、大いなる意志を 再生核研究所声明 32:夜明け ― ノアの方舟 のように働かせるのは 最も崇高な人類に課せられた義務である。 しかし、人類が最も大事なことに気づかず(再生核研究所声明13: 第1原理 ― 最も大事なこと)、偶発的な戦争や人口増大、環境汚染、急激な感染症や地球環境の変化で、人類の絶滅を招く危険性は 高いと考えるべきである。
しかしながら、人類の生存には 少しは先がある と考えるのは当然としても、大いなる生命の、すなわち、元祖生命体(再生核研究所声明 36:恋の原理と心得)の 細胞的な存在 である個々の人間の終末は、そんなに遠いものではない。そこで、人類の歴史の終末と己が最後の時を重ね合わせ、想いをめぐらし、生存期間の充実を大局的に思考すべきである。
何が、世界史で評価されるべきであろうか。地球外生物は 人類の歴史をどのように評価するだろうか?
彼らは、まず、人類が 生命をどのように捉え,人生をどのように捉えたかに注目し、お釈迦様を以て、人類を高く評価し、科学面では ニュートン、アイインシュタインを以て人類のレヴェルを評価するだろう。数学の発展については、オイラーの公式の発見を以て、人類の高い智性を認めるだろう。さらに日本歌謡界のレヴェルの高さに感銘して、美空ひばり様の歌など、生命の切なさを歌い上げたものとして、上記に劣らない高い評価を下すだろう。人類の芸術についても 深い理解を示すだろう。しかしながら、異なる感性、感覚を有する地球外生物にとっては、人類の世界史の理解を まずは 人類が得た数学の全体の理解から始めるだろう。数学こそが、生命活動の客観的な表現と言えるからである。人類が得た手段、電波、原子力、計算機、人類の成した 衛星月に到達し、太陽系外にメッセージを送った事実は顕著な記録となるだろう。
この声明の趣旨は、人類の歴史に想いを寄せ、世界史の進化を促し、個々の、自分の人生の意義を確認して、自分たちの世界史の評価と自分の人生をきちんと捉えて、後悔の無い充実した人生を送くろうと志向することにある。
島争いや、敵対行為など 野蛮な世界を抜け出して、夜明けを迎えたい。
再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判
を参照。また各人が、おのおのの世界観で この種の展望、評価を行ない,纏めることは意義あることであると考える。
(再生核研究所声明は 将来バイブルのようになるだろう。なぜなら、お釈迦様以来、 人生、世界全般の在り様について 分かり易く、簡潔に、述べられた文献は 世に稀だからである。)
以 上

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