地球サイズの惑星公転、観測史上最古の恒星発見 国際チーム
AFPBB News
AFPBB News
22 時間前
【AFP=時事】地球サイズの惑星5個が公転している、観測史上最古の恒星を発見したとの研究論文が、27日の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル(Astrophysical Journal)」に掲載された。この結果は、惑星が宇宙の歴史を通して形成されてきたことを示唆しているという。国際天文学者チームが発表した論文によると、この恒星系は、天の川銀河(銀河系)が誕生して間もない頃に形成されたとみられ、その年齢は112億年と考えられるという。
この恒星は、2009年に打ち上げられた米航空宇宙局(NASA)のケプラー(Kepler)宇宙望遠鏡を用いて発見されたことにちなんで「ケプラー444(Kepler-444)」と命名された。
ケプラー444を公転している5個の惑星は、地球よりやや小型で、水星から金星ほどの大きさだという。これらの惑星は、太陽に似た主星を10日未満の周期で公転しており、公転半径は太陽と地球の距離の10分の1より小さい。このため、これらの惑星は高温すぎて生命の存在には適さない。
だが、天文学者らを驚かせたのは、恒星の年齢そのものだ。
地球から117光年の距離にあるケプラー444は、約45億年前に形成された太陽系より約2.5倍古い。
遠くにある惑星の年齢は「星震学」と呼ばれる天文学の手法を用いて測定できる。星震学では、恒星内部に閉じ込められた音波によって発生する主星の振動を観測する。
内部の音波は、主星の光度に弱い脈動を発生させる。この脈動を分析することで、星の直径、質量、年齢などが算出できる。
地球サイズの惑星持つ観測史上最古の恒星「ケプラー444」の画像。米アイオワ州立大学提供(2015年1月27日提供)。(c)AFP=時事/AFPBB News© AFPBB News 提供 地球サイズの惑星持つ観測史上最古の恒星「ケプラー444」の画像。米アイオワ州立大学提供(2015年1月27日提供)。(c)AFP=時事/AFPBB News
論文の共同執筆者の一人、米アイオワ州立大学(Iowa State University)のスティーブ・カワラー(Steve Kawaler)教授(物理学・天文学)によると、ケプラー444は非常に明るい星で、双眼鏡で簡単に見ることができるという。
論文の主執筆者、英バーミンガム大学(University of Birmingham)のティアゴ・カンパンテ(Tiago Campante)氏は「地球サイズの惑星が、宇宙138億年の歴史の大半を通して形成されてきたことが、今回の研究で分かった」と話す。「これは、銀河系内に古代生命が存在した可能性の余地を与えるかもしれない結果だ」(カンパンテ氏)http://www.msn.com/ja-jp/news/techandscience/%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%81%AE%E6%83%91%E6%98%9F%E5%85%AC%E8%BB%A2%E3%80%81%E8%A6%B3%E6%B8%AC%E5%8F%B2%E4%B8%8A%E6%9C%80%E5%8F%A4%E3%81%AE%E6%81%92%E6%98%9F%E7%99%BA%E8%A6%8B-%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%A0/ar-AA8ESpc?ocid=UP97DHP
再生核研究所声明 116(2013.5.1): 宇宙空間、星間交流から人間を考える
(1200光年先にようやく生物の存在可能な天体が3つ見つかったという。孤独な地球。かけがいの地球。そこで、何とか地球外生物と交信したいものである。どうしたら、できるだろうか。2013.4.20.16:20 その方法に気づく。慎重に検討して、いずれ提案したい。)
まず、広い宇宙空間において、地球だけが例外で、生物や人間のような知的な生物が存在すると考えるのは 無理があるのではないだろうか。広い宇宙には 人間を越えた知的な生物が存在すると考える。そう感じる。
しかしながら、現代物理学の定説によれば、光より 電波より、早く伝達する手段は無いから、地球上の生物が 人間存在の原理に基づいて(再生核研究所声明 32 : 夜明け ― ノアの方舟)、宇宙空間に進出し、人間の存在領域を拡大しようとしても 広大な宇宙からみれば、それは限られ、地球外生物との直接的な交信、交流は当分、厳しい状況にあると言える。
そこで、発想を逆転させ、宇宙空間交流を意図するには、宇宙空間全体を この地球上に実現すればよいということになる。すなわち あらゆる生命の原理を究明し、一般原理、普遍原理によって、あらゆる可能性を究明して、対応することが出来ると考える。
地球は 宇宙の小さな部分であるが、しかしながら、地球は宇宙全体を 人間の知的な活動によって 包み込むことができると考える。これは一つも矛盾ではなく、部分が全体に等価であるは、数学の世界でも 無限な世界や、解析関数の概念にも存在する。― すなわち、 解析関数の全体の情報は、解析的な どんな点の小さな部分にも、反映されていて、そこから、全体の情報を取り出すことも出来る と なっている。また、エルゴート性の概念も同じような思想になっていると考えられる。
そもそも、対話、交流、愛とは何か と問えば、世界とは、自己の世界に映ったすべて であるとも言い得る。さらに、個々の人間の話題、知識、認識は 狭く限られ、実際多くの考えられるすべての対話は、この地球上に生存する、生物、何十億の人間との対話で、十分可能であると考えられる。さらに、論理的な思考を働かせれば、普遍的な原理によって 人間のあらゆる対話に対する反響は、宇宙空間に問うまでもなく、十分な反響を得ることが出来るだろう。そもそも対話とは、自問自答であるとも言える。実際、自己の内部も 広大な宇宙と同じように無限に広がり、それは全宇宙さえも包み込む存在であるとも考えられる。人間の存在とは、内なる広大な世界と 外なる広大な世界のはざまに存在する、ふらふらした曖昧な 心に代表されるような存在であると言える。
それ故に、この地球上に 生体系を豊かにして、個性を 重んじた多様な世界を築くことによって、実際には 宇宙空間における交流の困難性は 克服できると考える。
結論は、あらゆる生命の存在と存在の可能性を明らかにすることによって この地球上に宇宙を取り組むことによって、宇宙空間交流は 実現できると考える。
そのとき、宇宙間交流の手段とは、もはや光でも電波でもなく、時間にも、空間にも、宇宙にも、エネルギーにも無関係な 数学である と言える。数学こそが 生命の客観的な表現であると言える ― (数学とは何か ― 数学と人間について 国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 No.81, May 2012(pdf 432kb))。
以 上
再生核研究所声明150(2014.3.18) 大宇宙論、宇宙など小さい、小さい、the universe について
(この声明は、最近の特異点解明: 100/0=0, 0/0=0 の研究の進展に伴って 自然に湧いた構想である)
この声明の趣旨は、いわゆる物理学者が考えている宇宙、― 宇宙はビッグバンによって、誕生したという宇宙論を ニュートン力学と同様、幼き断片論と位置づけ、はるかに大きな the universe を志向し、アインシュタインを越えた世界、さらに 古代から続いてきた暗い人類の歴史に 明るい光を灯し、夜明けを迎える時代を切り拓きたいということである。 既に裏付ける思想は 一連の再生核研究所声明で確立していると考える。 ニュ-トン、アインシュタイン、数学の天才たちも、特異点の基本的な性質さえ捉えていなかったことは、明らかである。
簡単な基本、100/0=0,0/0=0 を発見した、精神、魂からすれば、新しい世界史を開拓する思想を語る資格があることの、十分な証拠になると考える。 実際、 - 古来から 続いてきた、人生、世界の難問、人生の意義、生と死の問題、人間社会の在り様の根本問題、基本概念 愛の定義、また、世界の宗教を統一すべく 神の定義さえ きちんと与えている。
The universe について語るとき、最も大事な精神は、神の概念を きちんと理解することである:
そもそも神とは何だろうか、人間とは何だろうか。 動物たちが美しい月をぼんやりと眺めている。 意識はもうろうとしていて、ほんにぼんやりとしか とらえられない。 自らの存在や、ものごとの存在すら明瞭ではない。
人間も、殆ど 同じような存在ではないだろうか。 人類よ、人間の能力など 殆ど動物たちと変わらず、 ぼんやりと世界を眺めているような存在ではないだろうか。 神も、一切の存在も観えず、ただかすかに感じているような存在である。 それゆえに、人間は あらゆる生物たちのレべルに戻って 生物たちから学び、 また原始人に戻って、また子供たちのように 存在すれば 良いと言えるのではないだろうか(再生核研究所声明 122: 神の存在と究極の信仰 - 人間よ 想い煩うことはない。 神は存在して、一切の存在と非存在を しっかりと支えられておられる、 人は必要なときに必要なだけ、 念じるだけで良い; 再生核研究所声明 132 神を如何に感じるか - 神を如何に観るか)。
すなわち、人間よ おごるなかれ、人類の知能など 大したことはなく、内乱や環境汚染で自滅するだろう、と危惧される。
昨年は 数学の存在と物理学が矛盾し、数学とは何かと問うてきた。
数学とは何か ― 数学と人間について
国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15
No.81, May 2012(pdf 432kb)
に公刊したが、そこで触れた、数学の神秘性については さらにその存念を深め、次のように問うている:
誰が数学を作ったのか? (再生核研究所声明 128: 数学の危機、末期数学について)
時間にもよらず、エネルギーにもよらない世界、それは、宇宙があるとき始まったという考えに 矛盾するものである。 無から世界が創造されたということも 受け入れがたい言明であろう。さらに、the universe には、物理学が未だに近づけない、生命や生命活動、人間の精神活動も歴然として有ることは 否定できない。音楽、芸術に感動している人間の精神は the universe の中に歴然と有るではないか。
ビッグバンで ゼロから、正の量と負の量が生じたとしても、どうしてビッグバンが生じたのか、何が生じせしめたかは 大きな課題として残っている。 数学の多くの等式は 数学を越えて、the universe で論じる場合には、その意味を,解釈をきちんとする必要がある。 The universe には 情報や精神など、まだまだ未知のものが多く存在しているのは当然で、それらが、我々の知らない法則で ものや、エネルギーを動かしているのは 当然である。
そこで、100/0=0,0/0=0 の発見を期に、今やガリレオ・ガリレイの時代、天動説が 地動説に代わる新しい時代に入ったと宣言している。The universe は 知らないことばかりで、満ちている。
以 上
夜明け、新世界、再生核研究所 年頭声明
― 再生核研究所声明193(2015.1.1)―
年頭に当たり、新年を明るく展望したい。
簡明な数学 ゼロ除算の発見を契機に 人類の歴史の愚かさを振り返り、新しい世界史を拓くべき要点を述べて置きたい ― ゼロ除算は 千年以上も、不可能であるという烙印のもとで, 世界史上でも人類は囚われていたことを述べていると考えられる。世界史の盲点であったと言える。 ある時代からの 未来人は 人類が 愚かな争いを続けていた事と同じように、人類の愚かさの象徴 と記録するだろう。人は、我々の時代で、夜明けを迎えたいとは 志向しないであろうか。 数学では、加、減、そして、積は 何時でも自由にできたが、ゼロで割れないという、例外が 除法には存在したが、ゼロ除算の導入によって、例外なく除算もできるという、例外のない美しい世界が実現できた。―
愚かな争いを止めて、公正の原則を確認し、共生、共鳴、共感できるような 世界を 志向しよう。 そのための精神と具体的な方法をいろいろ提案している:
再生核研究所声明129: 美しい社会はどうしたら出来るか ― 世の中なぜ上手く行かないか
再生核研究所声明 53: 世界の軍隊を 地球防衛軍 に
再生核研究所声明10: 絶対的な世界の平和の為に
宗教には 人間の本能に基づく尊ぶべき教えが 根源的に存在するが、宗教間に微妙な対立的な関係が生じている。 それらは、おのおのの宗教の もともとの精神を 歪めているところから、起きているのではないだろうか。お互いにもともとの精神に戻り、いろいろな在り様を受け入れるべきである。多様な有り様は 生物界と人間存在の原理である。― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。次も参照:
再生核研究所声明191:公理系、基本と人間
人生の難題、死の問題、人生如何に在るべきか も、ゼロ除算のように 実は簡単であったと気づいて、夜明け迎え、明るい新しい世界を望みたい:
再生核研究所声明152 生きる意味は 文学者にも分からない??
再生核研究所声明192: 無限遠点から観る、人生、世界
再生核研究所声明145: 生きること、人間として在ることの 究極の意義 についての考察
再生核研究所声明 57:人生とは何か、人生如何に生きるべきか
日本の政治状況についても言及して置きたい。日本は母なる大国、中国とも、大戦勝利国アメリカとも有効親善を図るべきであり、仲間意識や徒党思考の野蛮な考えを変えて、世界史の進化を 平和憲法の精神 で強力に進めたい。
特に、中国に対しては、尖閣諸島問題で、日本の非は歴然であり、謝罪や、国有化宣言の撤回、責任者の断罪を行うべきである:
再生核研究所声明 25:日本の対米、対中国姿勢の在りようについて
再生核研究所声明156: 尖閣諸島、簡単な算数と 愚かで卑劣な日本国
再生核研究所声明153: 日本国の危機 と 祖国救済の戦略
再生核研究所声明 109: 中国の出軍は、道理であり、日本の出軍は憲法違反である - 公正と法とは何か、おかしな日本のNHKと世相
対アメリカに対しても、愚かな対応で、慰安婦問題や靖国神社問題で 愚かな議論をぶり返して、世界の嘲笑をかっている。次で、十分に対応でき、空しい負の議論の余地を消すことができると考えられる:
再生核研究所声明 101: 慰安婦問題 ― おかしな韓国の認識、日本の認識
再生核研究所声明5: 靖国神社問題に対する提案
再生核研究所声明 46:日本国の1つの国家像、あるべき姿について
安倍安定政権は 経済混乱の時期、評価できる面も有るが 上記 外交、国の在り様については 懸念を表明して置きたい。
日本の真の愛国者とともに 共感、共鳴したいので、美しい国 日本を 追記したい。
世界史を進化させる、記念すべき新年としたい。
以 上
追記:
美しい国、日本
日本は美しい島国です。
豊かな水で多くの川が流れています。
日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。
日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。
日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。
言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。
日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。
天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。
ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。
京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。
多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。
伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。
日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。
これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。
( 夜明け前―よっちゃんの想い、文芸社、(2010)、32ページ)
0 件のコメント:
コメントを投稿