2015年10月27日火曜日

記事 乙武洋匡2015年10月25日 09:57義足は「ズルい」のか!?

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乙武洋匡2015年10月25日 09:57義足は「ズルい」のか!?



“義足のジャンパー”マルクス・レーム選手が、「IPC陸上世界選手権(障害者の陸上大会)」男子走幅跳びで8m40cmを跳び、金メダルを獲得した。ロンドン五輪・金メダリストの記録は8m31cmだから、レーム選手が義足を着用して「五輪に」出場すれば、金メダルを獲得できてしまう公算が高い。

 実際、レーム選手は、昨年7月のドイツ陸上競技選手権で8m24cmを跳び、健常者も出場する大会において優勝した。大会優勝者は、翌月開催される欧州陸上選手権に出場することとなっていたが、「義足は有利だ」といった批判が巻き起こり、結局、欧州選手権への出場は見送られることとなった。

 たしかに、レーム選手の飛躍的な記録更新には、少なからず義足による効果もあると考えるのが自然だ。通常、トップアスリートが自身の記録を11cmも更新することは考えにくい。今回、レーム選手がそうした偉業を実現できたのは、彼自身の日々の鍛錬と、義足の機能向上という相乗効果によるものだと考えるのが自然だろう。

 そうした状況を考えれば、「義足着用は有利に働く」「健常者と同じ土俵で戦うべきではない」という声があがることはいたって自然だし、この問題について、広く、理性的な議論が行われることには私自身も賛成だ。ただ、私が着目したいのは、こうした議論が沸き起こるようになったタイミングだ。

“義足のスプリンター”オスカー・ピストリウス選手は、ロンドン「五輪」の陸上男子400mに出場。見事、準決勝にまで進出した。この時、国際社会は感動的な美談として彼の偉業を取り上げた。それは、おそらく、彼が「準決勝で敗退した」からだろう。あの時、もし、彼がメダルを獲得していたら――。

 オリンピックとパラリンピック――この両者がいずれは統合され、ひとつの大会として開催されることを私は熱望している。たとえば柔道が体重別の階級で覇を競っているように、100m走にもウサイン・ボルトが出場する「健常の部」のほかに、「車椅子の部」「義足の部」「視覚障害の部」といった区分けがあっていい。

 ピストリウス選手やレーム選手の活躍によってこうした議論が巻き起こることを、私は歓迎したい。義足のアスリートの活躍は、「ズルい」のか、「感動的」なのか、はたまた――。おそらく、多様な意見が出されるだろう。しかし、様々な声があがり、意見をぶつけ合うことが、何より大切であると思う。

 その結果、私が望むようにオリンピックとパラリンピックの垣根が次第になくなっていくかもしれないし、逆にその境界線がより強固なものとなっていく可能性もある。結論がどのようなものとなるかはわからないが、しかし、そうした議論ができる時代となったことに、私は大きなよろこびを感じている。http://blogos.com/article/140974/

人間の解放の自然な立場から、競技のための使用となるとそれは 当然、問題では?
その判断の分かれ道、 基準は微妙な難しい問題では。
例えば 健康食品、薬なども同じようでは?





再生核研究所声明 69(2011/09/27)  単細胞人間 ― 単細胞的思考

(背景: 2011/09/22 宿舎で朝食をとっている最中に 突然閃いた考えです。 単細胞人間という言葉を聴いたのは 恩師がゼミの学生に言われた言葉として、伺って来ました。
類語辞典には 近視眼的な ・ 目先の利益だけ考えた~ ・ せっかちな(結論) ・ (単なる)向こうみず ・ 単線思考の ・ 単細胞(人間) とある。 また、 ツイッターで、 恩師が、単細胞人間 と言った ということを 思い出させます。 小さな真実を見て、 全体が見えないのですね。 愚かさの表れ ではないでしょうか。 脱原発デモ なども そうではないでしょうか と呟いた後です。)

単細胞的思考とは
小さな事実を それに関係する全体の中での 位置づけができず、その局所的な、断片的な事実をもって全体に普遍させてしまう愚かさであると表現したい。

まず、現実的な問題で考察し、しかる後に一般論を展開したい。
脱原発デモ、脱原発運動、これはどれほどの意味があるでしょうか。そのまま主張を全て受け入れたら、どのようになるでしょうか。長年かけて膨大な資金を注ぎ、人と設備を整えたものを活用できないとなれば、電力会社は 膨大な損失である、相当に電気料を課しても経営が成り立たないのは 素人の目にも明らかではないだろうか。電力会社は どの程度の損失に当たるかを明らかにして 国民に理解を求めるべきである。天災の事故で、恐ろしいは 分かるが、何十年も続けてきたことをいきなり、中止せよ反対、このような要求は 子供の要求と同じで、単細胞的思考の典型的な例と考えられる。まともな考えとは、くれぐれも慎重に運営して欲しい。場合によっては、在り様は 分かれるが、段階的に縮小して欲しいという意見ではないだろうか。
これについては、再生核研究所声明 67: 脱原発デモ ― 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論 を参照。

相当の人が、国防の在り様について、敵地攻撃能力の整備を と主張している。自分は強く、相手を罰せられるので安全になると考えているのであろうか。 しかし、逆に考えてみれば、当然、公正の原則で 相手も敵地攻撃能力を高めて、直ちに軍拡競争に入ってしまう。場合によっては、逆襲され、先に攻撃して、壊滅させてしまえ となりかねない。 経済的にも大変で、危険性を増大させる、それこそ、単細胞的思考ではないだろうか。空母が欲しい、軍事的には、南シナ海、東シナ海を「日本海」にすることだ、そのためには原子力潜水艦を持つことに尽きる 等も同じような考えではないだろうか。 
次を参考: 再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性。

次に、有名な蓮舫氏の発言について「研究は1番でないといけない。“2位ではどうか”などというのは愚問」とは おかしいと考える。 そのような質問をせずに、切りなくお金を注げば、第一 他の いろいろ大事な研究費を圧迫してしまう現実。 研究費は 無限ではないので、 どのように配分するかは、 国家の大事な問題。 戦艦大和のように 時代遅れの兵器を、研究でも、お金を掛ければ、大きければ、世界第1位でなければ、の発想は おかしい。 蓮舫氏は、 決めつけているのではなく、 なぜかと問うているのだから、 きちんと答えるのは、 研究者の 国民に対する義務であり、また、他の多くの研究者や、若い研究者も、どうしてそちらばかりお金をかけるか、知りたい 自然な 質問ではないだろうか。 蓮舫氏の質問は,政治家として、当然の立派な質問だと評価したい。専門家は日本国が破産を迎えても、自分のところの研究費だけはと 要求するだろう。 これは専門家の独善と大局に想いを致せない単細胞的思考の現れと言え、 専門化、局所化した現代社会の本質的な問題と考える。高度に専門化して、自分たち仲間でしか議論も話しも通じず、他の価値さえ理解できず、本当に生体の中の ほんの一部の細胞の役割しか 果たせなくなっている。 人事の進め方、評価なども 結局 仲間同志の中でしか、考えられない 現実である。 検察や弁護士も法律の条文にばかりに囚われていて、法の精神や生きた社会や世界的な視野に欠けて、おかしな判断をすることが多い(再生核研究所声明 31:法の精神と-罪と罰)。

上記 事例で分かることは 愚かさの故の行為と 背後に利害が絡んでいて 理に反しても強弁している場合とがあるということである。 何れも人間の本質的な弱点であると自戒したい。 そこで、 単細胞的な思考 に陥らない心得を 次のように纏めて置きたい。

1) 絶えず、逆の立場、反対を考えて、みる。
2) その意見を 徹底的に進めたら どうなるかを考えてみる。
3) みんなが、それに賛成、実現したら、どうなるかを考えてみる。
4) 特に関係の無い第3者や 素人の意見も参考にする。
5) 世の問題は、真か偽か、正しいか正しくないか、赤か白かのように きちんと分けられるものでは ないものであり、微妙に入り混じっている複雑な在り様であり、在り様の在り様を 多様に考える 幅の広さに心がける。
6) 一度決めるとそれに拘り、その意見に固執しがちであるから、絶えず高い立場の見解、良い意見に止揚していく心構えを柔軟に持つ。
7) くれぐれも派閥、仲間、専門家あるいは、地域、職業、宗教などの集団の枠、組織に囚われない。 また、考えを固定化したり、人を分け隔てたような考え方をとらない。
8) ある程度時間をかけて、大事な問題ほど、影響が大きい問題ほど じっくり考える。 全体の状況が 見えるまでは 謙虚な態度で臨む。

これらを 単細胞的思考から抜け出す心得としたい。しかしながら、人間は 本質的に愚かであり、予断と偏見に満ちた存在であること を肝に銘じて置きたい。

なお、個人と社会の在り様については 次を参考にして頂きたい: 再生核研究所声明 35:  社会と個人の在りよう ー 細胞の役割(この声明の趣旨は 人体と細胞のように国家と個人は、社会と個人は有機体の存在として、 調和ある存在 になろう ということにある。 実際、一個の人間の存在は 細胞が生体の中で有機的な存在であるように、本来社会の中で有機的な存在ではないだろうか。 生体が病んでしまったら、個々の細胞の存在はどのようになるかに 想いを致したい。 実際、人類の生存は、如何なるものをも超えた存在である(最も大事なこと:声明13)。
                                    以 上
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