2015年3月1日日曜日

北朝鮮-日本、中国上海で拉致問題の非公式協議

北朝鮮-日本、中国上海で拉致問題の非公式協議
2015年02月13日14時02分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] comment3hatena0

北朝鮮と日本が先月、中国の上海で非公式協議を行って日本人拉致問題を議論したと日本メディアが報道した。読売や共同通信などが12日に報道した内容によれば、北朝鮮と日本政府当局者は先月末に中国上海で非公式協議を行ったという。両国間の拉致問題についての協議が行われたのは昨年10月に平壌(ピョンヤン)で開かれて以来だ。
しかし今回の接触に参加した具体的な人物については言及されなかった。ただし日本側からは伊原純一外務省アジア太平洋州局長が、北朝鮮側からは国家安全保衛部の関係者が参加したという。
先月の協議で日本代表団は、北朝鮮側に日本人拉致被害者の安否についての情報を要求したが、北朝鮮側が新たな情報を提示しなかったという。日本は北朝鮮側に拉致問題を再調査した結果報告を近日中に要請もした。日本の菅義偉官房長官は12日、記者会見で「北朝鮮に対して引き続き(拉致問題に関連して)迅速に調査を実施して早期に正直に日本側に通知することを強く要求したい」と話した。
北朝鮮と日本は昨年5月、スウェーデンのストックホルムで北朝鮮が日本人の北朝鮮拉致被害者の再調査を実施し、日本は北朝鮮の船舶往来制限など対北朝鮮の独自制裁を解除することで合意した。北朝鮮は7月4日、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の直轄で北朝鮮拉致被害者の調査組織の特別調査委を設置し、日本は対北朝鮮の独自制裁を解除した。http://japanese.joins.com/article/658/196658.html

再生核研究所声明 70(2011/09/28) 本末転倒、あべこべ ― 初心忘れるべからず
現代の世相を見ると、余りにも奇妙な現象が起きていて、まるで本末転倒、あべこべになっているのではないかと考えられることが多いので、それらの事象を考察して、初心を尊重して本来あるべき姿について反省を求めたい。しかしながら、時代の趨勢で、初心が本質的に変化を求められ、変遷の止む無きこともあるので、その辺の考察も行なって置きたい。
まずマスコミの現状を見てみたい。 マスコミの在るべき姿については 例えば新聞社においては、自ら天下にこうありたいと宣言している 新聞倫理綱領 を参照して頂きたい(添付資料1)。 現状は 如何でしょうか。鍵となる用語を抜粋したので、現状を考えて頂きたい:
あらゆる権力から独立したメディアが存在して初めて保障される
新聞の責務は、正確で公正な記事と責任ある論評によって
言論・表現の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじ
正確と公正 新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である
報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない
あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない
他方、新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する
人権の尊重 新聞は人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。
教育の在り様については、 教育の目標を教育基本法に定めている。 その最初の部分を添付資料に付けたが、あまりに素晴らしく、また、あまりにも現状がかけ離れていて、驚いてしまう。
教育の基本精神を忘れて、知識偏重、受験のための技術学習に陥ってはいないだろうか。そのような教育が 空虚な日本を作っている根本原因ではないだろうか (再生核研究所声明15: 空虚な日本の社会)。さらに、日本の公教育が 才能ある子供たちの才能を大抵、活かさず、逆に駄目にしている事実を憂慮している(再生核研究所声明9: 天才教育の必要性を訴える)。
添付資料3 日本国憲法第9条 については、第二次世界大戦における敗戦で、再び戦争を起こさないとの固い決意のもと、発足したものであるが、朝鮮動乱、東西冷戦下の厳しい国際環境の下、繰り返し、国の最高機関で問題を議論し、司法界の一連の判断を経ながら、今日に至ったものであるから、現状を諒として受け入れる必要がある。しかしながら、その理念については 絶えず、真摯な態度で臨むべきであると考える(再生核研究所声明6: 憲法問題に対する提案 参照)。
上記のように、世には、始めの目標や理念が段々ずれて、何時の間にか逆転している様なことは多い、普遍的な現象ではないだろうか。 研究なども始めの素朴な動機や目標からかけ離れて、研究課題の中の展開のみが目的になってしまい、孤立化して、末期的な現象に陥っている場合が多い。 評価なども 本来は成果や、業績を評価すべきことが、逆転して、見掛け上の評価を良く飾るために 意や努力を重ね、本来期待された業績の展開を阻害している状況さえ多い(再生核研究所声明15: 空虚な日本の社会)。世界の軍事情勢なども侵略や防衛など軍事よりも、政治力の影響やビジネスの要素が強く、戦よりも商、政の性格を強くしていると言えるだろう。 多くの宗教なども、本来の救い、道、に対して、儀式や教団の業の性格を強くしていると言える。 変遷はすべて それなりの理由と歴史が有るのだから、否定的に見るよりも、初期の理念、目標と変遷を吟味するのが良いのではないだろうか。 混乱が生じたら、それらの経過をはじめから検証するのは、数学では日常行っている基本的な態度である。
以 上

添付資料1:
新聞倫理綱領
2000(平成12)年6月21日制定
21世紀を迎え、日本新聞協会の加盟社はあらためて新聞の使命を認識し、豊かで平和な未来のために力を尽くすことを誓い、新しい倫理綱領を定める。
国民の「知る権利」は民主主義社会をささえる普遍の原理である。この権利は、言論・表現の自由のもと、高い倫理意識を備え、あらゆる権力から独立したメディアが存在して初めて保障される。新聞はそれにもっともふさわしい担い手であり続けたい。
おびただしい量の情報が飛びかう社会では、なにが真実か、どれを選ぶべきか、的確で迅速な判断が強く求められている。新聞の責務は、正確で公正な記事と責任ある論評によってこうした要望にこたえ、公共的、文化的使命を果たすことである。
編集、制作、広告、販売などすべての新聞人は、その責務をまっとうするため、また読者との信頼関係をゆるぎないものにするため、言論・表現の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじなければならない。
自由と責任 表現の自由は人間の基本的権利であり、新聞は報道・論評の完全な自由を有する。それだけに行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう、十分に配慮しなければならない。
正確と公正 新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねらず、所信を貫くべきである。
独立と寛容 新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない。他方、新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する。
人権の尊重 新聞は人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる。
品格と節度 公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。また、販売にあたっては節度と良識をもって人びとと接すべきである。

添付資料2:
教育基本法
(平成十八年十二月二十二日法律第百二十号)
教育基本法(昭和二十二年法律第二十五号)の全部を改正する。我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。ここに、我々は、日本国憲法 の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。
 前文
 第一章 教育の目的及び理念(第一条―第四条)
 第二章 教育の実施に関する基本(第五条―第十五条)
 第三章 教育行政(第十六条・第十七条)
 第四章 法令の制定(第十八条)
 附則
第一章 教育の目的及び理念
(教育の目的)
第一条  教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
(教育の目標)
第二条  教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四  生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五  伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
(生涯学習の理念)
第三条  国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。

添付資料3:
日本国憲法第9条
1日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
以 上
ウイキペディアより:
マッチポンプとは、偽善的な自作自演の手法・行為を意味する和製外来語である。マッチ(match)は元は英語、ポンプ(pomp)は元はオランダ語である(英語ではpump)。
「マッチで自ら火事を起こして煽り、それを自らポンプで消す」などと喩えられるように、問題や騒動について、自身でわざわざ作り出しておきながら、あるいは自身の行為がその根源であるにもかかわらず、そ知らぬ顔で巧妙に立ち回り、その解決・収拾の立役者役も自ら担って賞賛や利益を得ようとする、その様な行為を指して用いられる表現である。
日本の国会会議録にマッチポンプを用いた発言が残っている。1961(昭和36)年4月11日の衆議院本会議において、松井誠衆議院議員は「銃砲刀剣類等所持取締法の一部を改正する法律案」への質問の中で以下のように発言している。
世に、いわゆるマッチ・ポンプ方式といわれるものがあります。右手のマッチで、公共料金を上げて、もって物価値上げに火をつけながら、左手のポンプでは、物価値上げを抑制するがごとき矛盾したゼスチュアを示すのをいうのでございましょう。
— 松井誠、「第38回国会 衆議院本会議 1961(昭和36)年4月11日」[1]
1966年、黒い霧事件第1弾の田中彰治代議士事件で初めて使われ、元々は金品を巻き上げるという意味で使われた。1974年刊の「現代流行語辞典[2]」では「デスク日記3[3]」1966年8月5日の項にマッチポンプの記述があると紹介している。

拉致問題、北朝鮮問題も真面目に考えたいと思います。 安倍さんたちの考えはただ騒いでいるだけで、一つも解決にはならないのではないでしょうか。日本国政府が嘘をついたり、騙したりしていれば、それは重大だと思います。 神国日本のあるべき姿では無いと思います。日本国民の中には、先ず嫌な国だという感情が先にきてしまうのではないでしょうか。 それで、できれば付き合いたくない というのが、大方の気持ちではないでしょうか。 しかしそれでは、拉致問題は解決できず、アジアの緊張関係は弱まらず、日本は孤立化の方向にいってしまうと思います。 ただ騒いでいるだけになってしまいます。
さらに 不愉快な事は 歴史的な流れがあったとしても 戦前における日本国のおかした罪悪が、噴き出てくることです。 紛れもなく、おかしな国を作った一つの原因が 日本にはあると思います。
そこで、元気がなくなってしまうのですが、世界の平和やより良い未来を切り拓くためには、真摯に 考え直す必要があると思います。
そこで、次の全般的な考察は如何でしょうか。
再生核研究所声明 18(2008/07/30)  拉致問題の解決に向けての提案
拉致問題ほど 日本国にとって不幸な事件は それ程ないのではないでしょうか。しかも解決できる見込みがなく、いわば泣き寝入りの状況に陥っていると考えられます。
さて 拉致問題とは そもそも何でしょうか。日本国内に住んでいた人が 他国によってさらわれたものであり、このような不法な行為が 国家によって行われたことは全くの驚きであり、批判が世界中に広まったのは当然である。これでは 世界の秩序は保てず、国家の存立さえ維持できないからである。また、そのような暴挙を許した日本国の責任は 極めて大きく、これでは日本国の治安、防衛体制はどうなっていたかと批判されても仕方のないものである。陸、海、空を防衛するのは すべての国家の基本的な任務のはずです。またそのような暴挙を繰り返し許していた情報能力には 大いに反省されるべきです。
国家によって拉致された人達を如何にして取り戻すか。現在、政府を含めて、圧力を強めて、取り戻そうとしているが、一向に埒があかず、いたずらに時間をかけていて、拉致された家族の人達と多くの日本国民を苦しめています。 他方、6カ国会議の国々は 所謂、核開発の中止と引き換えに テロ国家指定解除や重油などの援助を行う方向であり、日本国だけが取り残される苦しい立場に追い込まれている。アメリカなどの この妥協は、核兵器を持たせるという大きな脅威を直視する以上、止むを得ないことと理解を示す必要があると考えます。
いやしくも相手国家が拉致問題を解決する姿勢を示さず、圧力をかける有効な手段を持たない以上 この問題を解決するには 実効支配している北朝鮮政府と交渉を行ない、妥協の道を探らなければならないと考えます。
それには交渉が行き詰った所に戻り、そこから1歩1歩解決の糸口を探る必要があります。直接の糸口は デヴィ夫人のブログにあった。
小泉元首相が北朝鮮におもむき、国交正常化を約束し、
そしてめでたく5人の拉致被害者を連れ戻すことに成功、
日本国中が熱い涙を流したのも、昨日の事のように思い出されます。
私自身も怒りのために震える気持ちでした。
しかし拉致被害者の方々は、
日本政府との2週間の日本滞在の約束で帰ってきたはずです。
当時内閣官房副長官であった安倍晋三氏と中山恭子首相補佐官が、
彼等を北朝鮮へ帰さないと強行な態度で約束を破りました。
連れ添ってきた北朝鮮の赤十字の方々を
スパイ扱いするような非礼なことまでいたしました。
に糸口があるのではないでしょうか。約束を守らず、返さなかったという事は 加藤氏のテレビなどでの発言、その他でそのようであったように考えられます。国、政府が約束して、守らなかったとなれば、それ以上交渉が進展しないのは当然ではないでしょうか。日本国政府は、北朝鮮政府を騙した事になり、それではもはやそのような日本国政府とは、交渉ができないというのは、世の道理ではないでしょうか。嘘をついてはいけないのは、相手の為ではなく、自分の信頼を得る為ではないでしょうか。例え相手が、どのようであっても、自分の尊厳と信頼を得る為には、嘘や騙しは、許されないと思います。日本には 武士に二言はないという気高い精神があったと思います。もし日本国政府がそのような いい加減なことをやっていれば、これは、日本国の重大な問題ではないでしょうか。
約束違反は 重大な背信行為になりますから、相手が納得するまで、謝罪する必要が先ずあると考えます。ここで ならず者の国家では道理が通らず、約束を破ってもよいと考える人もいるかも知れませんが、それでは北朝鮮を支配している政府とはもはや交渉は出来ず、結果的に拉致問題は そのような政府が続く限り、解決できないという結論になると考えます。超大国アメリカも中国も 圧力で拉致問題が解決できる見通しが立てば、日本に協力して解決の方法を進めてくれると考えます。そうではないことは、拉致問題の解決がそう簡単ではないと判断していると考えられます。
従って約束違反を真摯に謝罪し、国交正常化交渉のテーブルに着くことが 拉致問題解決の第1歩ではないでしょうか。その始めの段階で、第2次世界大戦以前の日本国の侵略に対する謝罪を 中国や韓国に行ったように真摯に行い、具体的な保障を含めて話し合いを始めるべきではないでしょうか。中国や韓国と行ったように、国交を回復して、両国の友好関係を深めて、アジアの緊張をゆるめ 明るい未来を拓き、世界の平和に貢献して行こうではありませんか。オリンピックまで開催できるように進化した中国を想い出し、北朝鮮の変化と進化を期待しようではありませんか。 このような過程で 拉致問題は着実に前進すると考えます。  以上。
注:
加藤紘一元幹事長の発言:
拉致被害者「戻すべきだった」
・自民党の加藤紘一元幹事長は7日夜、日本BS放送の番組に出演し、2002年に北朝鮮から一時帰国した曽我ひとみさんら拉致被害者5人に関し、同国に戻さないとした当時の政府決定について 「国家と国家の約束だから、(戻した方が)よかった。安倍(晋三前首相)さんを中心に返すべきでないとなったが、その辺が今、日朝の間で打開できない理由だと思う」と述べ、官房副長官として 永住帰国への方針転換を主導した安倍氏の対応に問題があったとの認識を示した。
加藤氏は「(戻していれば現状のようには)ならなかった。『また来てください』と何度も何度も(両国間を)交流していた。一回返すと平壌は殺してしまうんじゃないかと(言われたが)、そこが (安倍氏らとの)外交感覚の差だ。そんなことができるはずがない」と述べた。
再生核研究所声明 50(2011.2.24):  日本における 民主主義の脆さ、危うさ
民主主義は 衆愚政治に近いものであり(声明 33:民主主義と衆愚政治)、日本は既に衆愚政治の状態ではないか との危惧を表明している(声明 49:アジアの愚か者、アジアの野蛮性)。しからば、どうして、このような状態に至ったかを考察して、日本国の弱点を克服して、少しでも歴史を進化させるように努力したい。
はじめに、民主主義は 日本の国民性に合っておらず、本質的な問題を抱えていると言えるのではないだろうか。 先ず、大多数を占める一般庶民を見ると、
1) 政治に興味が無い、関心が無い、政治に嫌気がさしている、政争を好まない、政治論争も嫌いである、あるいは政治に絶望している。
2) 政治を語ると 変な偏った思想の持ち主であるかのように感じられる風土、文化、和の精神で、表に出さず、内緒に政治に関与したい。 みんなで連なっていたい文化背景を有しているように考えられる。
3) 日本のあるべき形や、組織のあるべき姿など 真剣に考える余裕も無く、認識が、理解が薄いので、多分に感じやムード、評判などで、判断内容の質は 相当に悪く、あれも霞と民主主義 のレべル を越えているようには見えない。
4) 公の選挙でも、地縁、など まるで、ある勢力の争いのような雰囲気で、政策や政治理念、政策以外で、選挙に参加するのは よく見られる情景である。多くの場合、社会を良くするには、国を良くするには の観点より、勢力争いに費やしている方が主になっている。
5) 本質的な問題としては、日本では、個、個人が確立しておらず、ふらふら仲間のムードで動いている、生きている、意思表示しているような背景がある。
近年に見られる背景は、
1) 真面目に社会や、国の在りようについて考える、時間的な、精神的な余裕が無い、国防や税の問題、経済、福祉など、難しすぎて、真面目に検討できない
2) 政治社会は あまりにも大きな世界のために、個人の空しさを感じて、絶望的になってしまう。 諦めてしまう
3) 醜い政争、あるいは公約違反などを見て、うんざりして、諦めてしまう、信じられる政党も、政治家も、人物もいない
などの理由で、政治に無関心な層が増加していると考えられる。
それらのために 投票しても、質が低く、変な投票結果すら、出していると考えられる。これこそ、衆愚政治に陥っている ということの、その背景ではないだろうか。
多くの人が政治に関心を持ち、日ごろ議論などして 高い見識を維持することは 不可能である。 そこで、言論界やマスコミなどが 建設的な意見や、あるべき姿について見識ある見解を表明して、多くの国民がそれらを参考にして、選択するというのが、民主主義のあるべき実体である、 実相であると考える。 そこで、マスコミや言論界がしっかりしていれば、民主主義は 国民が最終的な、総合的な判断をするという意味で、うまく機能すると、民主主義制度を高く評価できる。ところが、日本で重大な問題が起きていると危惧している。日本の言論界、マスコミが誠に低級で、偏っているという、判断である。そのために、国民は混乱させられ、政局は混乱し、全体として衆愚政治に陥っているという、判断である。
マスコミが 不偏不党、法と社会正義を守り、客観的な報道を行なうのは、当然であると考えられてきたが、公然と偏向報道を行い、法や道理を自ら破ぶっているように見える。 国家の在り様についての見識も、低級であると判断される。具体例を挙げると、検察が徹底的に調べて、不起訴処分を決定している者を、あたかも有罪判決を受けた者のように、大騒ぎさせて、日本の指導的な政治家を 政治的に抹殺しようとしている事実は 顕著ではないだろうか。推定無罪の原則など、法治国家の常識ではないだろうか。ようやく実現した政権交代を散々攻撃して、政権交代を空中分解させている。 健全にマスコミが機能していれば、このように混乱した状況は 起きなかったものと考えられ、誠に残念である。更に、国家の在るべき姿に対しても アジアに緊張を起こし、軍拡を煽り、アジアの愚か者を 扇動する浅ましさが目立つ。
更に信じられない事件は、検察の政治介入である。これには繰り返し述べてきたところであるが、公然と与党幹事長や首相になろうという人に 政治的な弾圧を加えていると理解されるということである。 これは、民主主義に対する官憲による政治介入に繋がるので、極めて重要な問題を含んでいる。 関係声明を参照して頂きたい:
再生核研究所声明 23: 秘書の逮捕、起訴事件における検察庁の対応と公正の原則
再生核研究所声明 30: 検察庁の暴走と民主主義の危機 - 広い視点
再生核研究所声明 31: 法の精神と - 罪と罰
再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判
マスコミも検察も終戦に当たって、大きな反省をした筈であるが、何を学習したのだろうか。 国民のレベルも戦前以下であり、日本国の民主主義に危うさ、危惧の念を抱いている。 それらは、平和の問題に直結している、日本国の大事であると考える。
                                    以 上
欧米では時間を越えて、真理・真実を追求しようとする文化がある(これは神の前に出るときには 清い心で望みたいという宗教が背後にあるように感じられる)のに比べて、日本には誤魔化したり、隠蔽したり、曖昧にする文化があることに深く根ざしているとも言える。 

小沢氏「既存メディア」不信? フリー記者らに積極露出
小沢氏だけでなく、多くの人が、日本のマスコミが、法を尊重せず、公正でもなく、不偏不党でもないとは感じておられると思います。
政治に関心のない・真面目な研究者が、日本のマスコミは外国誌のようだ、小沢氏をたたいている、おかしいと言っていたのは、日本の常識を言っていると思います。首相になろうという人に疑いをかけて、さんざん騒ぎ、政治家失脚のように追い詰めて、結局不起訴を決めた、検察の重大な過失、その事実だけで、検察の責任は、民主主義への本質的な挑戦ではないでしょうか。 
健全なマスコミならば、そのような経過を許さず、また検察の責任を追及するのが正義と法を守り、民主主義を守るマスコミの使命ではないでしょうか。 マスコミ・検察・政治家が団結して、小沢氏をいじめているように見えますね。 おかしな日本。 法も道理も義もないのかと怒りを覚えます。
何故マスコミは乗っ取られたのか?
何時の世にも宣伝は大事であり、権力者ばかりではなく、多くの人が、マスコミを利用しようとするのは、普遍的な事実ではないでしょうか。
そこで、そのような圧力に対して、社会正義や世界のための大きな視点を失って、圧力で動いていれば、それはマスコミの役割を放棄し、信頼を失い結局衰退するのではないでしょうか。 
いつでも信頼の上に成り立つものは世に多いですね。
マスコミは、公器なので、社会正義や不偏不党などの条件が有ると考えますが、アメリカ流の考えによれば、いまや電波や情報は広く拡散できますので、新聞社は、勝手に商業紙の様に自由に書いても良いという考え方があるようです。 ですから、新聞内容を丸呑みしないで、いろいろな情報と比較したりして 批判的・理解する態度が必要ではないでしょうか。
日本の新聞など、外国の圧力で書いているようなところが多く、商業紙のようで、論説記事なども批判的に見る態度が大事ではないでしょうか。 実際、日本のマスコミには、日本を衆愚政治に導いていて、法や道理を無視しているようなところがありますね。 小沢氏の問題などに顕著に現れていると思います。 検察が小沢氏の問題について、不起訴処分を決定したという、重い事実など無視して、政治と金などのキャンペーンを繰り返していますね。 検察の政治介入の巨悪を追及すべきところ、検察とマスコミの癒着では、マスコミの腐敗は深刻ではないでしょうか。
平成暗黒時代の演出者として、やがて世界史の厳しい批判を受けるのではないでしょうか。
再生核研究所声明41(2010/06/10):世界史、大義、評価、神、最後の審判
日本のマスコミは、どの部分を改善したら、素晴らしくなるでしょうか
日本のマスコミについて、果たして自分たちの良心と社会正義観から、政治問題や防衛問題を 真面目に考えているようには見えず、外圧によって、偏向報道をやっているように思われ、報道の信頼が揺らいでいるのは根本的な問題ではないでしょうか。 
編集者の責任は、重大ではないでしょうか。
政治以外の文化面その他の多くの記事が素晴らしくても、大事な政治で偏向・社会正義について信頼を失えば、新聞全体の評価は、著しく下がるのは当然ですから、関係者が内部から、絶えず、社会正義を追求すべきでは。 特にいろいろな意見や反対意見を幅広く取り上げ、いろいろな視点から、幅広く読者が判断できるように、情報を提供すべきではないでしょうか。 
良い意見を広く採択でき、紹介するためには、編集者の高い能力と公正な判断能力が求められるのではないでしょうか。

GHQから「日本の将棋は取った相手の駒を自分の兵隊として使用するので、これは捕虜の虐待ではないか」と問われた升田は次のように反論する。
「冗談をいわれては困る。チェスで取った駒をつかわんのこそ、捕虜の虐殺である。そこへ行くと日本の将棋は、捕虜を虐待も虐殺もしない。常に全部の駒が生きておる。これは能力を尊重し、それぞれに仕事場を与えようという思想である。しかも敵から味方に移ってきても、金は金、飛車は飛車と元の官位のままで仕事をさせる。これこそ本当の民主主義ではないか」
格好良すぎるぞ。升田幸三!
名人に香車を引いた男―升田幸三自伝 (中公文庫) [文庫]
升田 幸三 (著)
日本の政党は「腐敗している」80%(独NGO調査)
国の借金1000兆円を突破 6月末時点
高学歴エリートが沢山いるのになんで財政難なんだよ?
(;_; )( ;_;) シクシク・(-。-;)・(◎_◎)・(^_-)db(-_^) 指切りげんまん

自民が勝つ
民主が負ける
俺たちが笑う
日本が元気になる
それでおk
惜しい 途中までは合ってるけど最後が少し間違ってる
自民が勝つ
↓
民主が負ける
↓
お前らが笑う
↓
自民が日本を終わらす
↓
お前らが騙されたと気づく

金星、火星、天王星が並ぶ

金星、火星、天王星が並ぶ
3月上旬、日の入り後の西の空で金星、火星、天王星が並ぶ。金星と火星は肉眼で見えるが、天王星を見るには双眼鏡が必要だ。日々位置が変わるのを確かめてみよう。
星図
3月上旬、日の入り後の西の空で金星、火星、天王星が並ぶ。金星と火星は肉眼で見えるが、6等の天王星は双眼鏡が必要だ。主に金星の動きによって日々お互いの位置が変わるので、位置を確かめて探してみよう。http://www.astroarts.co.jp/alacarte/2015/03/01/index-j.shtml

再生核研究所声明150(2014.3.18) 大宇宙論、宇宙など小さい、小さい、the universe について
(この声明は、最近の特異点解明: 100/0=0, 0/0=0 の研究の進展に伴って 自然に湧いた構想である)
この声明の趣旨は、いわゆる物理学者が考えている宇宙、― 宇宙はビッグバンによって、誕生したという宇宙論を ニュートン力学と同様、幼き断片論と位置づけ、はるかに大きな the universe を志向し、アインシュタインを越えた世界、さらに 古代から続いてきた暗い人類の歴史に 明るい光を灯し、夜明けを迎える時代を切り拓きたいということである。 既に裏付ける思想は 一連の再生核研究所声明で確立していると考える。 ニュ-トン、アインシュタイン、数学の天才たちも、特異点の基本的な性質さえ捉えていなかったことは、明らかである。
簡単な基本、100/0=0,0/0=0 を発見した、精神、魂からすれば、新しい世界史を開拓する思想を語る資格があることの、十分な証拠になると考える。 実際、 - 古来から 続いてきた、人生、世界の難問、人生の意義、生と死の問題、人間社会の在り様の根本問題、基本概念 愛の定義、また、世界の宗教を統一すべく 神の定義さえ きちんと与えている。
The universe について語るとき、最も大事な精神は、神の概念を きちんと理解することである:
そもそも神とは何だろうか、人間とは何だろうか。 動物たちが美しい月をぼんやりと眺めている。 意識はもうろうとしていて、ほんにぼんやりとしか とらえられない。 自らの存在や、ものごとの存在すら明瞭ではない。
人間も、殆ど 同じような存在ではないだろうか。 人類よ、人間の能力など 殆ど動物たちと変わらず、 ぼんやりと世界を眺めているような存在ではないだろうか。 神も、一切の存在も観えず、ただかすかに感じているような存在である。 それゆえに、人間は あらゆる生物たちのレべルに戻って 生物たちから学び、 また原始人に戻って、また子供たちのように 存在すれば 良いと言えるのではないだろうか(再生核研究所声明 122: 神の存在と究極の信仰 - 人間よ 想い煩うことはない。 神は存在して、一切の存在と非存在を しっかりと支えられておられる、 人は必要なときに必要なだけ、 念じるだけで良い; 再生核研究所声明 132 神を如何に感じるか - 神を如何に観るか)。
すなわち、人間よ おごるなかれ、人類の知能など 大したことはなく、内乱や環境汚染で自滅するだろう、と危惧される。
昨年は 数学の存在と物理学が矛盾し、数学とは何かと問うてきた。
数学とは何か ― 数学と人間について
国際数理科学協会会報、No. 81/2012.5, 7―15 
No.81, May 2012(pdf 432kb)
に公刊したが、そこで触れた、数学の神秘性については さらにその存念を深め、次のように問うている:
誰が数学を作ったのか? (再生核研究所声明 128: 数学の危機、末期数学について)
時間にもよらず、エネルギーにもよらない世界、それは、宇宙があるとき始まったという考えに 矛盾するものである。 無から世界が創造されたということも 受け入れがたい言明であろう。さらに、the universe には、物理学が未だに近づけない、生命や生命活動、人間の精神活動も歴然として有ることは 否定できない。音楽、芸術に感動している人間の精神は the universe の中に歴然と有るではないか。
ビッグバンで ゼロから、正の量と負の量が生じたとしても、どうしてビッグバンが生じたのか、何が生じせしめたかは 大きな課題として残っている。 数学の多くの等式は 数学を越えて、the universe で論じる場合には、その意味を,解釈をきちんとする必要がある。 The universe には 情報や精神など、まだまだ未知のものが多く存在しているのは当然で、それらが、我々の知らない法則で ものや、エネルギーを動かしているのは 当然である。
そこで、100/0=0,0/0=0 の発見を期に、今やガリレオ・ガリレイの時代、天動説が 地動説に代わる新しい時代に入ったと宣言している。The universe は 知らないことばかりで、満ちている。
以 上


再生核研究所声明202(2015.2.2)ゼロ除算100/0=0,0/0=0誕生1周年記念声明 ― ゼロ除算の現状と期待
ゼロ除算の発見、経過、解説などについては、結構な文献に記録されてきた:
再生核研究所声明148(2014.2.12)100/0=0, 0/0=0 - 割り算の考えを自然に拡張すると ― 神の意志
再生核研究所声明154(2014.4.22)新しい世界、ゼロで割る、奇妙な世界、考え方
再生核研究所声明157(2014.5.8) 知りたい 神の意志、ゼロで割る、どうして 無限遠点と原点が一致しているのか?
再生核研究所声明161(2014.5.30)ゼロ除算から学ぶ、数学の精神 と 真理の追究
再生核研究所声明163(2014.6.17)ゼロで割る(零除算)- 堪らなく楽しい数学、探そう零除算 ― 愛好サークルの提案
再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観
再生核研究所声明171(2014.7.30)掛け算の意味と割り算の意味 ― ゼロ除算100/0=0は自明である?
再生核研究所声明176(2014.8.9)ゼロ除算について、数学教育の変更を提案する
Announcement 179 (2014.8.25) Division by zero is clear as z/0=0 and it is fundamental in mathematics
Announcement 185: The importance of the division by zero $z/0=0$
再生核研究所声明188(2014.12.15)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界
再生核研究所声明190(2014.12.24)
再生核研究所からの贈り物 ― ゼロ除算100/0=0, 0/0=0
夜明け、新世界、再生核研究所 年頭声明
― 再生核研究所声明193(2015.1.1 ― 
再生核研究所声明194(2015.1.2)大きなイプシロン(無限小)、創造性の不思議
再生核研究所声明195(2015.1.3)ゼロ除算に於ける高橋の一意性定理について
再生核研究所声明196(2015.1.4)ゼロ除算に於ける山根の解釈100= 0x0について
再生核研究所声明199(2015.1.15)世界の数学界のおかしな間違い、世界の初等教育から学術書まで間違っていると言える ― ゼロ除算100/0=0,0/0=0
ゼロ除算100/0=0,0/0=0誕生1周年記念日に当たり、概観して共同研究者と共に夢を明るく 楽しく描きたい。まずは、ゼロ除算の意義を復習しておこう:
1)西暦628年インドでゼロが記録されて以来 ゼロで割るの問題 に 簡明で、決定的な解 ゼロで   何でも割れば ゼロ  z/0=0  である をもたらしたこと。
2)ゼロ除算の導入で、四則演算 加減乗除において ゼロでは 割れない の例外から、例外なく四則演算が可能である という 美しい四則演算の構造が確立されたこと。
3)2千年以上前に ユークリッドによって確立した、平面の概念に対して、おおよそ200年前に 非ユークリッド幾何学が出現し、特に楕円型非ユークリッド幾何学ではユークリッド平面に対して、無限遠点の概念がうまれ、特に立体射影で、原点上に球をおけば、 原点ゼロが 南極に、無限遠点が 北極に対応する点として 複素解析学では 100年以上も定説とされてきた。それが、無限遠点は 数では、無限ではなくて、実はゼロが対応するという驚嘆すべき世界観をもたらした。
4)ゼロ除算は ニュートンの万有引力の法則における、2点間の距離がゼロの場合における新しい解釈、独楽(コマ)の中心における角速度の不連続性の解釈、衝突などの不連続性を説明する数学になっている。ゼロ除算は アインシュタインの理論でも重要な問題になっていたとされている。数多く存在する物理法則を記述する方程式にゼロ除算が現れているが、それらに新解釈を与える道が拓かれた。
5)複素解析学では、1次変換の美しい性質が、ゼロ除算の導入によって、任意の1次変換は 全複素平面を全複素平面に1対1 onto に写すという美しい性質に変わるが、 極である1点において不連続性が現れ、ゼロ除算は、無限を 数から排除する数学になっている。
6)ゼロ除算は、不可能であるという立場であったから、ゼロで割る事を 本質的に考えてこなかったので、ゼロ除算で、分母がゼロである場合も考えるという、未知の新世界、新数学、研究課題が出現した。
7)複素解析学への影響は 未知の分野で、専門家の分野になるが、解析関数の孤立特異点での性質について新しいことが導かれる。典型的な結果は、どんな解析関数の孤立特異点でも、解析関数は 孤立特異点で、有限な確定値をとる という定理 である。佐藤の超関数の理論などへの応用がある。
8)特異積分におけるアダマールの有限部分や、コーシーの主値積分は、弾性体やクラック、破壊理論など広い世界で、自然現象を記述するのに用いられている。面白いのは 積分が、もともと有限部分と発散部分に分けられ、 極限は 無限たす、有限量の形になっていて、積分は 実は、普通の積分ではなく、そこに現れる有限量を便宜的に表わしている。ところが、その有限量が実は、 ゼロ除算にいう、 解析関数の孤立特異点での 確定値に成っていること。いわゆる、主値に対する解釈を与えている。これはゼロ除算の結果が、広く、自然現象を記述していることを示している。
9)中学生や高校生にも十分理解できる基本的な結果をもたらした:
基本的な関数y = 1/x のグラフは、原点で ゼロである;すなわち、 1/0=0 である。
10)既に述べてきたように 道脇方式は ゼロ除算の結果100/0=0, 0/0=0および分数の定義、割り算の定義に、小学生でも理解できる新しい概念を与えている。多くの教科書、学術書を変更させる大きな影響を与える。
11)ゼロ除算が可能であるか否かの議論について:
現在 インターネット上の情報でも 世間でも、ゼロ除算は 不可能であるとの情報が多い。それは、割り算は 掛け算の逆であるという、前提に議論しているからである。それは、そのような立場では、勿論 正しいことである。しかしながら、出来ないという議論では、できないから、更には考えられず、その議論は、不可能のゆえに 終わりになってしまう ― もはや 展開の道は閉ざされている。しかるに、ゼロ除算が 可能であるとの考え方は、それでは、どのような理論が 展開できるのかという未知の分野が望めて、大いに期待できる世界が拓かれる。
12)ゼロ除算は、数学ばかりではなく、 人生観、世界観や文化に大きな影響を与える。
次を参照:
再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観
再生核研究所声明188(2014.12.16)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界
ゼロ除算における新現象、驚きとは Aristotélēs の世界観、universe は連続である を否定して、強力な不連続性を universe の現象として表していることである。
ゼロ除算は 既に数学的に確定され、その意義も既に明らかであると考えられるが、声明199にも述べられているように、ゼロ除算が不可能であるとの世の常識、学術書、数学は 数学者の勝手な解釈による歴史的な間違いに当たる ことをしっかりと理解させ、世の教育書、学術書の変更を求めていきたい。― 誰が、真実を知って、偽りを教え、言い続けられるだろうか。― 教育に於ける除算、乗算の演算の意味を 道脇方式で回復させ、新しい結果 ゼロ除算を世に知らしめ、世の常識とさせたい。それは ちょうど天動説が地動説に変わったように 世界史の確かな進化と言えるだろう。
ゼロ除算の研究の進展は、数学的には 佐藤超関数の理論からの展開、発展、 物理学的には ゼロ除算の物理法則の解釈や、衝突現象における山根の面白い解釈の究明 などに興味が持たれる。しかしながら、ゼロ除算の本質的な解明とは、Aristotélēs の世界観、universe は連続である を否定して、強力な不連続性を universe の自然な現象として受け入れられることである。数学では、その強力な不連続性を自然なものとして説明され、解明されることが求められる。
以 上
再生核研究所声明200(2015.1.16) ゼロ除算と複素解析の現状 ―佐藤超関数論との関係が鍵か?
正確に次のように公開して複素解析とゼロ除算の研究を開始した:
特異点解明の歩み100/0=0,0/0=0 関係者:
複素解析学では、1/0として、無限遠点が存在して、美しい世界です。しかしながら、1/0=0 は 動かせない真実です。それで、勇気をもって進まざるを得ない:― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。― 再生核研究所声明148.
私には 無理かと思いますが、世の秀才の方々に 挑戦して頂きたい。空論に付き合うのはまっぴらだ と考える方も多いかと思いますが、面白いと考えられる方で、楽しく交流できれば幸いです。宜しくお願い致します。 添付 物語を続けたい。敬具 齋藤三郎
2014.4.1.11:10
上記で、予想された難問、 解析関数は、孤立特異点で確定値をとる、が 自分でも予想しない形で解決でき、ある種の実体を捉えていると考えたのであるが、この結果自体、世のすべての教科書の内容を変える事件であるばかりではなく、確立されている無限遠点の概念に 新しい解釈を与えるもので、1次変換の美しい性質が、ゼロ除算の導入によって、任意の1次変換は 全複素平面を全複素平面に1対1 onto に写すという美しい性質に変わるが、 極である1点において不連続性が現れ、ゼロ除算は、無限を 数から排除する数学になっている。
6月、帰国後、気に成っていた、金子晃先生の 30年以上前に購入した超函数入門の本に 極めて面白い記述があり、佐藤超関数とゼロ除算の面白い関係が出てきた。さらに 特異積分におけるアダマールの有限部分や、コーシーの主値積分は、弾性体やクラック、破壊理論など広い世界で、自然現象を記述するのに用いられているが、面白いのは 積分が、もともと有限部分と発散部分に分けられ、 極限は 無限たす、有限量の形になっていて、積分は 実は、普通の積分ではなく、そこに現れる有限量を便宜的に表わしている。ところが、その有限量が実は、 ゼロ除算にいう、 解析関数の孤立特異点での 確定値に成っていることが分かった。これはゼロ除算の結果が、広く、自然現象を記述していることを示している。
現在まで、添付21ページの論文原稿について 慎重に総合的に検討してきた。
そこで、問題の核心、ゼロ除算の発展の基礎は、次の論点に有るように感じられてきた:
We can find many applicable examples, for example, as a typical example in A. Kaneko (\cite{kaneko}, page 11) in the theory of hyperfunction theory: for non-integers $\lambda$, we have
\begin{equation}
x_+^{\lambda} = \left[ \frac{-(-z)^{\lambda}}{2i \sin \pi \lambda}\right] =\frac{1}{2i \sin \pi \lambda}\{(-x + i0)^{\lambda}- (-x - i0)^{\lambda}\}
\end{equation}
where the left hand side is a Sato hyperfunction and the middle term is the representative analytic function whose meaning is given by the last term. For an integer $n$, Kaneko derived that
\begin{equation}
x_+^{n} = \left[- \frac{z^n}{2\pi i} \log (-z) \right],
\end{equation}
where $\log$ is a principal value: $ \{ - \pi < \arg z < +\pi \}$. Kaneko stated there that by taking a finite part of the Laurent expansion, the formula is derived.
Indeed, we have the expansion, for around $ n$, integer
$$
\frac{-(-z)^{\lambda}}{2i \sin \pi \lambda}
$$
\begin{equation}
= \frac{- z^n}{2\pi i} \frac{1}{\lambda -n} - \frac{z^n}{2\pi i} \log (-z )
  • \left( \frac{\log^2 (-z) z^n}{2\pi i\cdot 2!} + \frac{\pi z^n}{2i\cdot 3!}
\right)(\lambda - n) + ...
\end{equation}
(\cite{kaneko}, page 220).
By our Theorem 2, however, we can derive this result (4.3) from the Laurant expansion (4.4), immediately.
上記ローラン展開で、\lambda に n を代入したのが ちょうど n に対する佐藤の超関数になっている。それは、ゼロ除算に言う、 孤立特異点における解析関数の極における確定値である。これはゼロ除算そのものと殆ど等価であるから、ローラン展開に \lambda = n を代入した意味を、上記の佐藤超関数の理論は述べているので 上記の結果を分析すれば、ゼロ除算のある本質を捉えることができるのではないかと考えられる。
佐藤超関数は 日本で生まれた、基本的な数学で 優秀な人材を有している。また、それだけ高級、高度化しているが、このような初歩的、基本的な問題に関係がある事が明らかになってきた。そこで、佐藤超関数論の専門家の方々の研究参加が望まれ、期待される。また、関係者の助言やご意見をお願いしたい。
ゼロ除算における新現象、驚きとは Aristotélēs の世界観、universe は連続である を否定して、強力な不連続性を universe の現象として示していることである。
以 上

再生核研究所声明199(2015.1.15) 世界の数学界のおかしな間違い、世界の初等教育から学術書まで間違っていると言える ― ゼロ除算100/0=0,0/0=0
ゼロ除算は 西暦628年インドでゼロが文献に記録されて以来、問題とされてきた。ゼロ除算とは、ゼロで割ることを考えることである。これは数学の基本である、四則演算、加法、減法、乗法、除法において、除法以外は何時でも自由にできるのに、除法の場合だけ、ゼロで割ることができないという理由で、さらに物理法則を表す多くの公式にゼロ除算が自然に現れていることもあって、世界各地で、今でも絶えず、問題にされていると考えられる。― 小学生でも どうしてゼロで割れないのかと毎年、いろいろな教室で問われ続いているのではないだろうか.
これについては、近代数学が確立された以後でも、何百年を越えて 永い間の定説として、ゼロ除算は 不可能であり、ゼロで割ってはいけないことは、初等教育から、中等、高校、大学そして学術界、すなわち、世界の全ての文献と理解はそうなっている。変えることのできない不変的な法則のように理解されていると考えられる。
しかるに2014年2月2日 ゼロ除算は、可能であり、ゼロで割ればゼロであることが、偶然発見された。その後の経過、背景や意味付け等を纏めてきた:
再生核研究所声明 148(2014.2.12) 100/0=0, 0/0=0 - 割り算の考えを自然に拡張すると ― 神の意志
再生核研究所声明154(2014.4.22) 新しい世界、ゼロで割る、奇妙な世界、考え方
再生核研究所声明157(2014.5.8) 知りたい 神の意志、ゼロで割る、どうして 無限遠点と原点が一致しているのか?
再生核研究所声明161(2014.5.30)ゼロ除算から学ぶ、数学の精神 と 真理の追究
再生核研究所声明163(2014.6.17)ゼロで割る(零除算)- 堪らなく楽しい数学、探そう零除算 ― 愛好サークルの提案
再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観
再生核研究所声明171(2014.7.30)掛け算の意味と割り算の意味 ― ゼロ除算100/0=0は自明である?
再生核研究所声明176(2014.8.9) ゼロ除算について、数学教育の変更を提案する
Announcement 179 (2014.8.25): Division by zero is clear as z/0=0 and it is fundamental in mathematics
Announcement 185 : The importance of the division by zero $z/0=0$
再生核研究所声明188(2014.12.15)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界
再生核研究所声明190(2014.12.24)
再生核研究所からの贈り物 ― ゼロ除算100/0=0, 0/0=0
夜明け、新世界、再生核研究所 年頭声明
― 再生核研究所声明193(2015.1.1)― 
再生核研究所声明194(2015.1.2)大きなイプシロン(無限小)、創造性の不思議
再生核研究所声明195(2015.1.3)ゼロ除算に於ける高橋の一意性定理について
再生核研究所声明196(2015.1.4)ゼロ除算に於ける山根の解釈100= 0x0について
ところが、気づいてみると、ゼロ除算は当たり前なのに、数学者たちが勝手に、割り算は掛け算の逆と思い込み、ゼロ除算は不可能であると 絶対的な真理であるかのように 烙印を押して、世界の人々も盲信してきた。それで、物理学者が そのために基本的な公式における曖昧さに困ってきた事情は ニュートンの万有引力の法則にさえ見られる。
さらに、誠に奇妙なことには、除算はその言葉が表すように、掛算とは無関係に考えられ、日本ばかりではなく西欧でも中世から除算は引き算の繰り返しで計算されてきた、古い、永い伝統がある。その考え方から、ゼロ除算は自明であると道脇裕氏と道脇愛羽さん6歳が(四則演算を学習して間もないときに)理解を示した ― ゼロ除算は除算の固有の意味から自明であり、ゼロで割ればゼロであるは数学的な真実であると言える(声明194)。数学、物理、文化への影響も甚大であると考えられる。
数学者は 数学の自由な精神で 好きなことで、考えられることは何でも考え、不可能を可能にし、分からないことを究め、真智を求めるのが 数学者の精神である。非ユークリッド幾何学の出現で 絶対は変わり得ることを学び、いろいろな考え方があることを学んできたはずである。そのような観点から ゼロ除算の解明の遅れは 奇妙な歴史的な事件である と言えるのではないだろうか。
これは、数学を超えた、真実であり、ゼロ除算は不可能であるとの 世の理解は間違っている と言える。そこで、真実を世界に広めて、人類の歴史を進化させるべきであると考える。特に声明176と声明185を参照。ゼロ除算は 堪らなく楽しい 新世界 を拓いていると考える。
以 上

<高野山>観光地っぽくないのがいい…外国人客に人気急上昇

<高野山>観光地っぽくないのがいい…外国人客に人気急上昇
毎日新聞 2月28日(土)12時22分配信
<高野山>観光地っぽくないのがいい…外国人客に人気急上昇
高野山周辺の地図
 ◇世界遺産登録がきっかけ、英語が通じる宿坊も10カ所に
開創1200年の記念の年にあたり、4月から5月にかけ「大法会(ほうえ)」など多彩な行事が予定される高野山(和歌山県高野町)に対し、外国人観光客の人気がにわかに高まっている。きっかけは2004年の世界遺産登録。聖域らしさが残り観光地化されていないのが新鮮に映るようで、13年には外国人宿泊客数が登録以前と比べて5倍の5万人に。英語が通じる宿坊も10カ所に増えた。同町は今年、外国人宿泊客の年間目標として未曽有の10万人を掲げている。
【高野山の外国人宿泊者ランキング】
高野山は平安初期の僧、弘法大師空海が標高約850メートルの高地を真言密教の道場として開いた。現在では高野山真言宗の総本山金剛峯寺を中心に117の寺院があり、町の全人口約3300人のうち僧侶が3割強を占める宗教都市だ。
和歌山県の観光客動態調査によると、04年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産登録されると、それまで年間1万人前後で推移していた外国人宿泊客数が07年に初めて3万人を超え、13年には5万人の大台に乗った。
外国人にとっての魅力について、町まち未来課は「山深い地の寺院で寝食し、僧侶と同じ体験ができる。これは、近代化された京都や奈良では味わえない魅力」と分析する。フランスやアメリカなど欧米からの来訪者が目立つといい、昨年末には米ナショナルジオグラフィックの旅行誌で「来年訪れるべき世界の名所20選」に国内で唯一選ばれた。
今年1月に宿坊「恵光(えこう)院」で座禅体験したフランス人の翻訳家、キャロリン・フラーさん(30)は「観光地っぽくないのがいい。お墓や供養塔が数十万基集まる『奥の院』は特に神秘的だ」と話す。
高野山宿坊協会によると、山内に52ある宿坊のうち外国人僧や英語通訳がいる宿坊は約10カ所。世界遺産登録前は「外国語のマップもなく、外国人の宿泊を断る宿坊も少なくなかった」(同協会)が、宿坊内の説明書きに外国語を併記している割合も8割に増え、英語が堪能なオーナーがいるゲストハウスもオープンした。
大法会(4月2日~5月21日)では山全体が連日、祈りの場となり、秘仏や秘宝も公開される。外国人向けのインフォメーションカウンターを高野山内に置くNPO法人「高野山異文化交流ネットワーク」は大法会期間中、週3日のカウンター設置日を原則毎日に拡大する。
目標達成には課題もある。町まち未来課は「『高野山』の知名度がまだ不足していると各国の代理店から指摘を受けるので、プロモーションに力を入れたい」。受け入れ態勢については「カード決済や公衆無線LAN『WiFi(ワイファイ)』ができる箇所を増やしたい」と話し「今後はアジアの富裕層も視野に取り組みたい」と意欲を見せている。【入江直樹】http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150228-00000033-mai-soci

再生核研究所声明34(2010/04/16):日本のビジネス―日本料理店の海外展開
日本製品として、国際的に高い評価を得て、世界の富を日本国にもたらしてきたものとして、家電、カメラ、半導体、自動車などが 顕著なものとして、想起される。しかしながら、諸外国の台頭によって、日本国の大きな目玉となる産業にかげりが見えてきており、 国内には失業者があふれ、経済不振と、慢性的な財政赤字に陥っている。 日本国の再生の基礎は、根本的には教育を正し、精神をきたえ直す必要があると考えるが 一つの戦略を具体的に提案したい。要旨は世界の多くの都市に、日本料理店を展開すること である。
先ず、食に対する関心の深さは いずこも同じで、生きることとは 食べること にも通じるものがあり、食に対する関心、経費は、人間存在と活動の大きな部分を占めるという事実から、認識を深める必要がある。 日本料理は健康食品であると同時に、際立った特徴を有し、幸い、日本料理に対する世界の人々の関心の深さは 驚くべきものであり、現状よりは遥かに大きなビジネスチャンスを有すると考える。多くの日本人に、海外の日本料理店で働く職場を広く開拓して、同時に日本の文化を海外に紹介し、また逆に、日本人は海外に出ることによって、国際的な広い視野をもつ機会が得られて、好ましい効果が期待される。
これらのことは、比較的簡単に 少ない投資と準備で実現でき、大きな経済的、文化的な効果が望めると考える。 一つの国家戦略にしようではありませんか。 世界の多くの都市に、日本国の象徴として、美しい日本料理店を展開し、日本の文化を世界に紹介する拠点にしようではありませんか。 若者の雇用や、経済、文化への波及効果は 大きいと考える。もちろん、世界の平和にも大きく貢献するものと考える。
具体的に 次のように提案したい:
経済産業省、外務省、農林水産省などの関係省庁の積極的な援助、
文部科学省は、料理学校などを充実、格あげし、合わせて関係教養教育の充実も図る、
外国人向け 観光関係機関の積極的な支援、
国防省の組織的な支援: たとえば、5000億の資金を兵器の購入にかけるより、そのような面で援助して、日本料理店を通して世界の情報を組織的に得るシステムを確立する、また平和のための戦略を進め、観光促進の拠点にもする。 これこそ、愚かな軍事費を美しい営みにまわしたいとの想いの 現実的な一つの提案になるのではないだろうか。
日本料理店を拠点に、先ずは、世界的の人々の関心が期待される花道、茶道などの組織的な教室の開講を意図する。 また、そのような関係組織との連携を図る。さらに、日本庭園などの文化的な輸出も展望する。
既に相当数、日本人のいない日本料理店が存在する状況を調べて、日本人の派遣による より日本的な料理を浸透させるのは、最も手短な第1歩になると考える。 また、日本料理店の評価機関の設置の検討なども、なされるべきであると考える。
美しい特徴をもつ日本文化を もっと世界で活かそうではありませんか。 関係者のご検討と積極的な取り組みを期待したい。
以上

日本は中国の空中給油機を押さえれば尖閣を守れる?「戦争になれば日本は…」「給油機を出す必要もない」と強気の声―中国ネット

日本は中国の空中給油機を押さえれば尖閣を守れる?「戦争になれば日本は…」「給油機を出す必要もない」と強気の声―中国ネット
Record China 2月28日(土)8時5分配信
日本は中国の空中給油機を押さえれば尖閣を守れる?「戦争になれば日本は…」「給油機を出す必要もない」と強気の声―中国ネット
26日、中国メディアの新浪が北京衛視による報道として、日本は中国の空中給油機さえ押さえることができれば尖閣を守ることができると考えていると伝えた。これに対して中国のネットユーザーからは強気のコメントが多く寄せられた。資料写真。
2015年2月26日、中国メディアの新浪が北京衛視による報道として、日本は中国の空中給油機さえ押さえることができれば尖閣を守ることができると考えていると伝えた。
【その他の写真】
新浪は、「日本は殲-20や071型揚陸艦などの中国の5つの武器に注目しているが、中でもIl78(イリューシン78)給油機に注目しており、重点攻撃目標にしている」と伝えた。
その理由として「中国から日本までの距離は700キロあり、殲-10のような小型機では途中で給油しなければ自力でたどり着けない。それで空中給油機を撃墜すれば、中国空軍のカバーエリアが制限され作戦能力が大幅に低下する」と指摘した。
このニュースに対して中国のネットユーザーからはまったく問題ないとの強気のコメントが多く寄せられた。
「日本と戦争になったら、直接日本本土をたたけばいいだけだ」
「日本の軍事的な思考って局地的な戦闘に限られているんだな」
「中国は給油機を出す必要があるのか?弾道ミサイルで直接日本を攻撃すればいいだろ」
「本当に戦争になったら、日本という場所はこの地球上から消え去るよ」
「日本はいったい何機のF-15やF-2を犠牲にして給油機を攻撃しようというのだ?」
「核兵器で日本のほとんどの戦闘機は飛べなくなるだろ」
「笑っちゃうな。殲-11は何のためにあるのだ?中国の給油機が護衛なしで飛ぶとでも思うのか?」
「日本は安心しな。殲-11、殲-20、殲-35が給油機をしっかり守るから。心神がこの防御網を突破できるのか見ものだな。それに052D型駆逐艦だっておもちゃじゃないんだぞ」
「注意してくれてありがとう。給油機を多めに準備しておくよ」(翻訳・編集/山中)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150228-00000010-rcdc-cn&pos=5

再生核研究所声明156(2014.5.1) 尖閣諸島、簡単な算数と 愚かで卑劣な日本国
再生核研究所声明153で 安倍政権の下では 日本国は危機的状況に追い込まれる可能性が高いと 危惧を抱いている。祖国のことを 心配しない者がいるだろうか。まず、日本国の危機の背景を整理しておこう。と述べ、 
さらに、
今日本を 救済しているのは、オバマ大統領と中国政府であって、両者が決断すれば、愚かな日本国政府は 日本国を救えず、日中を戦乱に導き、アジアの衰退、壊滅を招くのは簡単である。愚かにも、日本政府は アメリカとも 中国とも関係を悪化させている。
と述べた。しかるにオバマ大統領の訪日で、尖閣諸島は 安保条約の適用範囲内と大統領が明言されたからには、
アメリカの力の背景に 中国が大義を全うできない 不名誉に耐えざるを得ない状況は、厳然と存在する。実際、アメリカは 何時でも戦争を起こし、日、中を壊滅させる力と、そのような誘惑に駆られる要因を 強く持っているからである。 欧米には、日中を争わせ、野蛮なアジアを壊滅したい背景 があると考える。賢くも中国政府が、慎重に その辺の状況を捉えていることは 高く評価される。
という、状況をもたらし、オバマ大統領の訪日は 一見日本外交の勝利にも見えるだろう。しかしながら、簡単に考えれば、 日本が如何に卑劣で、愚かであるかも簡単に分るだろう。
卑劣さは、フォークランド紛争と同様、棚上げにされてきた 未解決問題の島の領有権を一方的に宣言すれば、宣戦布告と同様であり、平和憲法の精神に反して、挑発、しかも、中国政府の政権交代期を狙って行っている、こと。
結局、アメリカの力の背景で、尖閣諸島を 領有出来ても、そのことは アメリカ軍の駐留の大義に利用され、軍事費も増大させられ、島周辺を何時も警戒し、島周辺の利用さえできない、マイナスばかりであること に簡単に気づくだろう。 母なる祖国、同じ民族、文化を共有する大中国を辱め、アジアの友好関係を薄め、日本は アジアの裏切り者;外部勢力の介入を招き、頼っていること、の感を アジアにもたらすだろう。世界的な視野ではそうなるだろう。野蛮な、島問題など起こさず、仲よくしてしまえば、何も問題は無く、それだけ、世界史の進化に 力を注げるというものである。和を以って貴しとなす とは、誰の言葉であったろうか? 挑発しながら、逆に、危機を煽っているのは、2000年の歴史を見ても 実におかしなことでないだろうか。万里の長城は 何のために有るのか? 日本侵略どころか、国境周辺の不安定と超大国を纏めるのが大変な国が 中国の歴史ではないだろうか。
尖閣諸島問題については、一貫して、日本の愚かさ、野蛮性を 指摘してきているので 下記を参照。これらは 反米精神ではなく、アメリカの立場からすれば、日本支配は当然であり、支配は上手く行っていると言える。 逆にみれば、永い平和な江戸時代を想い出すまでもなく、日本は支配しやすい民族、国民性、おめでたい従順な存在であると言える。しかしながら、虎の威を借る狐で、軽薄にも盲目的支配の片棒を担いでいる、マスコミ、言論界は 愚かで、醜い日本の部分にみえる。他方、アメリカも気づき始めたように、 時代錯誤の日本固有の民族主義や軍国主義のような 台頭を危惧している。世界最高の文化を有する、我が祖国よ、そんなことで良いのか:
再生核研究所声明 97(2012.9.22)  虚妄、空想、日中戦争の分析と顛末
再生核研究所声明 98(2012.9.23) 矛盾、日中は戦争状態にある、― 日本はそんなことをしていて良いのか、 原因を取り除け
再生核研究所声明 103(2012.10.12) 日・中戦争の経過と状況の分析 ― 賢明な終戦と和平 
再生核研究所声明 108(2012.12.8) 敗戦国日本よ、 情けないぞ ― 自主独立を求め、米・中との友好関係を 日本国憲法の精神で進めよ。アメリカは、日本の自治を尊重して、政治介入を控えよ。
再生核研究所声明 109(2013.2.8)中国の出軍は、道理であり、日本の出軍は憲法違反である - 公正と法とは何か、おかしな日本のNHKと世相
再生核研究所声明 111(2013.2.20)日本国憲法によって、日本国および日本軍を守れ、― 世界に誇る 憲法の改悪を許すな
再生核研究所声明 138 (2013.10.18) 大中国、中国の印象 ― 母なる大国、中国に郷愁を感じた
再生核研究所声明153(2014.3.26) 日本国の危機 と 祖国救済の戦略
以 上

再生核研究所声明 49(2011.2.16):  アジアの愚か者、アジアの野蛮性
ヨーロッパから、アジアをみると、アジアは愚かで、野蛮地域にみえてくるので、それらの実相について考察し、アジアの民の自覚と進化を期待したい。背景には、EUでは 通貨を統一して、往来を自由にし、ドイツを統一、ヨーロッパ全体が一つの国のようになる方向で進んでいるのに対して、アジアでは未だに朝鮮の統一もできず、同じ民族が対立する愚かさである。 日本国は アジアの大国、中国に対峙させられ、外国軍の基地さえ用意して、小さな国で 世界第二、第三位の軍事費をかけて、平和憲法を有しているなどと勝手に名のっている。 美しい文化を有する日本は、政治においては、EUから見れば、アメリカの属国のようで、自主性も、自立性もなく、やっと政権交代して まともな国を目指すかと期待されたら、逆に、検察、マスコミの大騒ぎで、政権交代の大義がぼけて、政局の混乱を招く有り様である。 財政、経済厳しい折りにも拘らず、国会は党派争い、法も道理も大義も社会正義すら主張できる政治家も少ない。 日本国は アジアではまともな国と評価されるが、それでも マスコミ、検察の 本分を弁えない低落は、アジアの後進性の象徴とも言える。EUでは考えられない後進性、野蛮性である。多くの国民は政治に不満や不信を感じているが、有効な手段が分からず、日常生活に埋没している。 日本国は全体として政治的には衆愚の状態にあると言える。
大局からアジアを見てみよう。 まず、なぜ、同じ民族、かつては同じ国家だった朝鮮が 統一できないのであろうか。アジアの民の愚かさの典型的な特徴は、過去のことばかり問題にして、絶えず、過去の事件にかえり、 未来志向ができないという点にあるのではないであろうか。繰り返し過去の問題を掘り起こしては、お互いに行き詰っている。大局的に歴史を見ることができず、視野が狭いのも特徴である。アジア全域がほぼ植民地支配を受けていた、自分たちの反省すらできない有り様である。 植民地支配を受けていた歴史的な事実は、自分たちの国を守れなかったという観点で、大いに反省すべきである。侵略されたのは恥ずべきことである。 敗戦は さらに恥ずべきことで、愚かさゆえに戦争に突入させられ、敗戦しているのである。 日本などは政治的には、いわば今なお敗戦を続けているようであり、戦前以下の見識しかない。 同じ民族が争う愚かさに目覚め、朝鮮の統一を進めるべきである。 再生核研究所はその統一の進め方について、声明37で具体的に提案している。 アジアは一致して、朝鮮の統一を支持して、働きかけるべきである。 賢明なドイツの統一のように。
アジアには 領土問題、島の問題があるが、これもアジアの愚か者、アジアの野蛮性の特徴である。 中国の偉大な指導者 鄧小平氏は、領土問題は未解決の問題として棚上げして友好関係を進めよう と述べていた。 強欲な人間たちが島に立ち入らなければ、豊かな自然が より豊かな幸を周辺国にもたらすのが理解できないように見える。 いや、領土問題で緊張させたり、 紛争する愚かさに気付かない人はいないはずだから、 結局は アジアに紛争を起こして 漁夫の利を得ようとする人たちの 意図に そそのかされている、それこそ アジア植民地時代のように アジアの愚か者 の特徴ではないだろうか。EUやアメリカから見れば、アジアに紛争が起きて、自滅すればよい、かえって都合がよいと考えられる観点に気付くべきである。
アジアには、族意識、村意識、国意識、民族意識の野蛮性が強く残っていて、ことあるごとに噴出している。 さらに、アジアでは 個が 確立しておらず、個人の尊厳と生命さえも おろそかにしている。 これは民族、国家が入り混じり、深い交流のあるヨーロッパでは 理解できない、野蛮な感覚ということになるのではないだろうか。人種が違う、国籍が違う、そのような感覚が EUには存在しないように見える。 内面的には分からないが、アジアとは違って、表面に出すことは 恥ずべきことで できないような状況を 文化が支えているように見える。自由、平等、博愛の精神、そして、キリスト教の文化的な伝統が背後にあるのではないかと感じられる。 人種問題、国籍問題、個人の尊厳などは ヨーロッパから見ると偏狭な、変な見方、アジアの野蛮性とみえるであろう。
EUが 一つの国の方向に着実に進んでいるのに、どうして、アジアでは内紛と抗争が続いているのだろうか。 アジアの相当な領域に 仏教と儒教の文化と伝統があり、漢字圏としても共通の文化基盤がある訳であるから、より統一的な友好圏を作るのは 極めて自然であり、歴史をそのような方向で 進めるべきである。 紛争と対立からは何も得ることはなく、逆に友好関係が相互に大きな利益をアジアにもたらすであろう。その骨格の方向を次のように志向したい:
1) 朝鮮の統一に協力、配慮する。 当面、南北朝鮮の友好関係に配慮する。(再生核研究所声明 37 : 金正日氏を世界史の英雄に ― 朝鮮問題に関心を寄せる世界の人々に を参照)
2) 日本は、アメリカに対して徐々に より自立する姿勢を確立して、日中友好関係に格別の配慮をする。(再生核研究所声明 25:日本の対米、対中国姿勢の在りようについて、再生核研究所声明 46:日本国の1つの国家像、あるべき姿について 参照)
3) 偉大な中国は アジアの指導国として、伝統ある儒教の精神で 友好関係のうちにアジア全域の繁栄のために努力すること。アジアに脅威を与えないように 大人の外交を行うこと。
反対側に存在する 超大国アメリカについて 簡単に 上記文脈で触れておきたい。
アメリカは 第二次世界大戦後の世界を指導してきた偉大なる超大国であるが、軍事大国の色彩を強くして、軍事でなければやっていけないような国家の佇まいを 今やなしている。 誠に残念である。 あたかも紛争を 世界に輸出していかなければ やっていけないような状況に見える。 自由と民主主義の大国として、軍事を抑え、民生を豊かにする方向で、世界を指導して頂きたい。アメリカは世界史を直接進化させる能力が有るのだから、世界史の進化のために努力して頂きたいと 強い期待を表明しておきたい。(再生核研究所声明 41:世界史、大義、評価、神、最後の審判 参照)
世界の財政、経済が厳しくなる折り、外国のアジア介入を阻止して、耐えながら、苦しい世界状況に耐えていく必要があると考える。アジアは 共生の精神で絶えず、世界とともに友好関係に配慮していくべきである。
以 上

 
どこかに愚かな地域はないか。
過去に拘る国や領土問題など利用できる。

アジアの愚か者
逆問題:逆に考えてみよう。 アジアに内紛を起こさせて、アジアをアジア植民地時代に戻したい。 沢山兵器を輸出して、アジア人同士が血を流し、アジアの人口を減少させたい。 
さらに検察庁とマスコミを弱体化させて、衆愚政治に導き、国家意思が働かないようにしたい。
アジアを内紛で衰退させる、アジアの愚か者を沢山養成したい。
それには、教育を画一型にして、考えない人間・考えられない人間を養成する必要がある。 
考える余裕がないようにするには、雑知識やゲームのような学力に熱中させれば良いのでは???
全てアメリカの思惑通り
慰安婦問題でまず韓国寄りで日韓の対立を煽り
韓国を中国と近づけ日本が狙ってた米中の間でパイプ役として
上手い事やろうとしてたのを拒み米中韓の距離感を演出し
日本の孤立感と危機感を煽った
結果何が起きたかと言うとTPPでも軍事面でも日本はアメリカに更に近づくしか なくなった
軍事面でここまでアメリカの為に動かざるおえない状況を作ったのも
お見事だよ
やはりアメリカは1枚も2枚も日本の上を行ってる
対北では韓国軍で十分だが対中国では日本にその役割を押し付けたいからね
ここまでアメリカの思惑通りでお見事としか言いようがない

アメリカは、シリアがダメならイラン攻撃ですか?
イランもダメなら何処?
SNSでキューバ政府の転覆狙った? 米政府は否定
アメリカ自身は、中国と正面きって戦争をしたくないので、属国である日本を使って日中戦争を起こさせ、双方共倒れさせる事を企んでいるんじゃないんですか。
米海軍、新兵器の開発続々 ペルシャ湾でレーザー砲実験も
ttp://www.cnn.co.jp/usa/35046496.html?tag=top;subStory
イラク空爆も選択肢=地上軍の派遣なし-米
米陸軍を大幅削減、1940年以来の水準に 国防長官が方針
一国を支配したい、 先ず、マスコミ、 政治家、 高官を 手なずけなくては。 
できれば 検察を支配して、 不都合な者を逮捕などしたい 
これ、常識では。 逆に考えて、 賢くならなければ。
奴隷・下層民同士を争わせ憎しみ合わせ支配層に憎しみが行かないようにすることは支配の基本といえる?
「中国軍侵入」国境地帯、インドが空軍基地計画
その時は日本の古来の美しい文化に反して、醜いアジアの狐の役割を演じさせられるだろう。
安倍首相や櫻井よしこ さんが、何故欧米で歓迎されないのかと質問されました。― 欧米の進んだ世界観からすると、偏狭な愛国者は野蛮な嫌な人たちと見えて、幾ら近づきたいと思っても、嫌らしい感じを持つのでは。石原氏などもそうですね。
どこかに、愚かな地域はないか。危機を煽って、兵器を売りたい、軍事費を増やしたい。島問題で、騒いでいるような地域は 都合が良い。できれば、マスコミに圧力を掛けて、煽りたい。
「新聞を信頼」86% 読売新聞調査
無人偵察機検討、サイバー対応強化…防衛大綱
防衛省 自衛隊に水陸両用部隊の機能http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130708/k10015876181000.html
日本と中国、韓国が敵対して得するのは誰ですか?
結局日本と中国、韓国が敵対して得するのは国民では無い気がするのですが。
アメリカは日中に戦争して欲しいと思っていますか?
アメリカと中国は 裏で 手を握っていると 思われる。
韓国は 昔から 属国の国 つまり 飼い犬
いまは アメリカと 中国の 飼い犬
アメリカと中国は 裏で 手を握っていると 思われる。
それを 嗅ぎ取った 韓国は 日本相手に
わめき散らしている という構図ですわ


ウイキペディアより:
マッチポンプとは、偽善的な自作自演の手法・行為を意味する和製外来語である。マッチ(match)は元は英語、ポンプ(pomp)は元はオランダ語である(英語ではpump)。
「マッチで自ら火事を起こして煽り、それを自らポンプで消す」などと喩えられるように、問題や騒動について、自身でわざわざ作り出しておきながら、あるいは自身の行為がその根源であるにもかかわらず、そ知らぬ顔で巧妙に立ち回り、その解決・収拾の立役者役も自ら担って賞賛や利益を得ようとする、その様な行為を指して用いられる表現である。
日本の国会会議録にマッチポンプを用いた発言が残っている。1961(昭和36)年4月11日の衆議院本会議において、松井誠衆議院議員は「銃砲刀剣類等所持取締法の一部を改正する法律案」への質問の中で以下のように発言している。
世に、いわゆるマッチ・ポンプ方式といわれるものがあります。右手のマッチで、公共料金を上げて、もって物価値上げに火をつけながら、左手のポンプでは、物価値上げを抑制するがごとき矛盾したゼスチュアを示すのをいうのでございましょう。
— 松井誠、「第38回国会 衆議院本会議 1961(昭和36)年4月11日」[1]
1966年、黒い霧事件第1弾の田中彰治代議士事件で初めて使われ、元々は金品を巻き上げるという意味で使われた。1974年刊の「現代流行語辞典[2]」では「デスク日記3[3]」1966年8月5日の項にマッチポンプの記述があると紹介している。

3.30 美しい国、日本(2008/2/11):
今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。 多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。
美しい国、日本
日本は美しい島国です。
豊かな水で多くの川が流れています。
日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。
日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。
日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。
言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。
日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 
天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。
ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。
京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。
多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。
伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。
日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。
これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。

国の借金、943兆円=最高額を更新-6月末
国の借金、3月末に過去最大の1024兆円に
国の借金1000兆円を突破 6月末時点
高学歴エリートが沢山いるのになんで財政難なんだよ?
(;_; )( ;_;) シクシク・(-。-;)・(◎_◎)・(^_-)db(-_^) 指切りげんまん
日本の債務は2015年度に1000兆円(内閣府)
日本の財政を考える  より



再生核研究所声明 25 (2009/07/01): 日本の対米、対中国姿勢の在りようについて
世界の大国、アメリカと中国の存在は それら両国を抜きにして、世界の平和や経済問題など、語り得ないことはもはや自明の事実である。 したがって、それら両国と日本国がどのように向き会うかは 国家の重要事項である。日本国の位置づけを行う上でも重要な視点になる。そこで、日本国の在りようの視点から考察を行いたい。
まずアメリカに対する評価であるが、第1に、 日本国は アメリカを主とした国々に無条件降伏を行い、しかも戦後復興を援助してくれた国として、別格の位置づけを行い、友好親善関係を深めていくのは当然である。さらにアメリカは、民主主義の大国であるばかりではなく、経済、軍事においても、文化においても世界を指導できるただ一つの超大国であると評価できる。 それゆえに、日米安保条約などの関係も それなりに理解できるものである。 しかしながら、戦後60年を超えて、外国軍が駐留を続けている状況は異常な状態と言わざるを得ない。いまだ日本には敗戦の傷を負い、独立心と自立心に欠け、対米従属の精神が抜けきらないのは はなはだ残念である。大抵の国々が敗戦を経験したり、過ちを犯してきているのは当たり前なのに、日本国はたった一回の敗戦で、独立国家としての気概を失っているのは誠に残念である。 すなわち、アメリカに対しては、別格の友好親善関係を維持しながら、敬意を表しつつ 日本国は より国家としての独立性と自立性を図るように努力することとしたい。これは軍事、経済面ばかりではなく、文化や精神面においても、である。
次に、対中国問題であるが、まず、中国はいわば日本の故郷に当たるという格別の認識を確認すべきである。日本人の多くは中国に行って、兄弟や親族と間違えるような人々に会い本当に兄弟国であることを知るでしょう。さらに漢字や儒教を通して、多くの文化の強い影響を受けていて、世界の文化圏から見れば 日本は中国の文化圏の1部であるとみられよう。しかるに中国を嫌ったり、警戒したり、あるいは敵視するような1部の人たちの見方は はなはだ視野の狭い、独断と偏見に満ちたものであるといわざるを得ない。日本国は いつも大国中国に対しては、特別な敬意をもって 母なる大国 として当たるべきである。
アメリカと中国との友好関係を深め、世界の平和は両国を中心として、国連常任理事国などに任せ、日本は最小の専守防衛の自衛軍を備えるというのは 日本国の在りようの基本として良いのではないかと考える。
日本国は 軍事や国際平和の問題を任せて、謙虚にして、内実を図り、文化や経済などで発展し、国際貢献していけば良いと考える。その時 日本国憲法の精神が 理想ではなく現実に実践できる時代を迎えることができると考える。
皆さん 軍隊などはなくても 誰も侵そうなどとはしない 美しい国、日本国 を築こうではありませんか。暮らしが大事、内実が大事ではないでしょうか。世界に誇れるような 北欧諸国や、ポルトガルのような文化国を作ろうではありませんか。 
この日本国の在りようは 集団防衛構想や敵地攻撃を検討したり、防衛力増強を図る立場とは激しく対立する 日本国の在りようとして 現実的に極めて重い意味を有するのです。 背景には 国、地方の1000兆円を超える借金と慢性的な財政赤字、疲弊した日本社会と少子高齢化社会、荒廃した日本の教育などに対する配慮があるのです。    以上。

国の借金985兆円 12年度に1千兆円超え確実
国の借金1人850万円…12年度末過去最大に
国の借金、3月末に過去最大の1024兆円に
U.S. National Debt Clock : Real Time http://www.usdebtclock.org/

2015年2月28日土曜日

エクセルのエラー #DIV/0! について説明します

エクセルのエラー #DIV/0! について説明します
2015年02月28日(土)
テーマ:数学
#DIV/0! エラー
エクセルのエラー #DIV/0! について説明します
#DIV/0!
#DIV/0!
英語:Division by zero (ゼロによる除算)
MS-Help:数式でゼロ (0) による除算が行われた場合に表示されます
意味:割り算で分母がゼロなので計算できません
3行目の例
100 ÷ 0 で分母がゼロ、結果:#DIV/0! エラー
divo
5行目の例
100 ÷ 空白 で分母がゼロと想定され、結果:#DIV/0! エラー
7行目の例
0 ÷ 0 で分子もゼロで分母もゼロ、結果:#DIV/0! エラー
9行目の例
0 ÷ 100 で分子がゼロ、結果:0
11行目の例
100 ÷ 7 普通の割り算、結果:14.28571429
5行目の例で #DIV/0! を表示させない対策:
セルF3 に =IF(D3=0,0,C3/D3) と入力
上のIF文の意味:もし分母のD3がゼロのときは結果のF3をゼロに、 そうでないときは割り算の結果を表示する
これで #DIV/0! のとき 0 を表示させる事ができます
ERROR.TYPE:2
IF関数で #DIV/0! エラーかどうか判断する場合 =IF(ERROR.TYPE=2,"error","") のように判定します
関連ページ
20060222144636? 『エラー値の非表示』(須賀じー)
20130131102641? 『#DIV/0!を表示させない方法。』(ユーリン)
エラー値まとめ
関連サイト
office.microsoft.com : エラー値 #DIV/0! を修正する Excel2003
キーワード
#DIV/0!とはDIV/0って何意味理由消す0非表示表示させない#DIV/0!のとき0を表示させる

再生核研究所声明202(2015.2.2)ゼロ除算100/0=0,0/0=0誕生1周年記念声明 ― ゼロ除算の現状と期待
ゼロ除算の発見、経過、解説などについては、結構な文献に記録されてきた:
再生核研究所声明148(2014.2.12)100/0=0, 0/0=0 - 割り算の考えを自然に拡張すると ― 神の意志
再生核研究所声明154(2014.4.22)新しい世界、ゼロで割る、奇妙な世界、考え方
再生核研究所声明157(2014.5.8) 知りたい 神の意志、ゼロで割る、どうして 無限遠点と原点が一致しているのか?
再生核研究所声明161(2014.5.30)ゼロ除算から学ぶ、数学の精神 と 真理の追究
再生核研究所声明163(2014.6.17)ゼロで割る(零除算)- 堪らなく楽しい数学、探そう零除算 ― 愛好サークルの提案
再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観
再生核研究所声明171(2014.7.30)掛け算の意味と割り算の意味 ― ゼロ除算100/0=0は自明である?
再生核研究所声明176(2014.8.9)ゼロ除算について、数学教育の変更を提案する
Announcement 179 (2014.8.25) Division by zero is clear as z/0=0 and it is fundamental in mathematics
Announcement 185: The importance of the division by zero $z/0=0$
再生核研究所声明188(2014.12.15)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界
再生核研究所声明190(2014.12.24)
再生核研究所からの贈り物 ― ゼロ除算100/0=0, 0/0=0
夜明け、新世界、再生核研究所 年頭声明
― 再生核研究所声明193(2015.1.1 ― 
再生核研究所声明194(2015.1.2)大きなイプシロン(無限小)、創造性の不思議
再生核研究所声明195(2015.1.3)ゼロ除算に於ける高橋の一意性定理について
再生核研究所声明196(2015.1.4)ゼロ除算に於ける山根の解釈100= 0x0について
再生核研究所声明199(2015.1.15)世界の数学界のおかしな間違い、世界の初等教育から学術書まで間違っていると言える ― ゼロ除算100/0=0,0/0=0
ゼロ除算100/0=0,0/0=0誕生1周年記念日に当たり、概観して共同研究者と共に夢を明るく 楽しく描きたい。まずは、ゼロ除算の意義を復習しておこう:
1)西暦628年インドでゼロが記録されて以来 ゼロで割るの問題 に 簡明で、決定的な解 ゼロで   何でも割れば ゼロ  z/0=0  である をもたらしたこと。
2)ゼロ除算の導入で、四則演算 加減乗除において ゼロでは 割れない の例外から、例外なく四則演算が可能である という 美しい四則演算の構造が確立されたこと。
3)2千年以上前に ユークリッドによって確立した、平面の概念に対して、おおよそ200年前に 非ユークリッド幾何学が出現し、特に楕円型非ユークリッド幾何学ではユークリッド平面に対して、無限遠点の概念がうまれ、特に立体射影で、原点上に球をおけば、 原点ゼロが 南極に、無限遠点が 北極に対応する点として 複素解析学では 100年以上も定説とされてきた。それが、無限遠点は 数では、無限ではなくて、実はゼロが対応するという驚嘆すべき世界観をもたらした。
4)ゼロ除算は ニュートンの万有引力の法則における、2点間の距離がゼロの場合における新しい解釈、独楽(コマ)の中心における角速度の不連続性の解釈、衝突などの不連続性を説明する数学になっている。ゼロ除算は アインシュタインの理論でも重要な問題になっていたとされている。数多く存在する物理法則を記述する方程式にゼロ除算が現れているが、それらに新解釈を与える道が拓かれた。
5)複素解析学では、1次変換の美しい性質が、ゼロ除算の導入によって、任意の1次変換は 全複素平面を全複素平面に1対1 onto に写すという美しい性質に変わるが、 極である1点において不連続性が現れ、ゼロ除算は、無限を 数から排除する数学になっている。
6)ゼロ除算は、不可能であるという立場であったから、ゼロで割る事を 本質的に考えてこなかったので、ゼロ除算で、分母がゼロである場合も考えるという、未知の新世界、新数学、研究課題が出現した。
7)複素解析学への影響は 未知の分野で、専門家の分野になるが、解析関数の孤立特異点での性質について新しいことが導かれる。典型的な結果は、どんな解析関数の孤立特異点でも、解析関数は 孤立特異点で、有限な確定値をとる という定理 である。佐藤の超関数の理論などへの応用がある。
8)特異積分におけるアダマールの有限部分や、コーシーの主値積分は、弾性体やクラック、破壊理論など広い世界で、自然現象を記述するのに用いられている。面白いのは 積分が、もともと有限部分と発散部分に分けられ、 極限は 無限たす、有限量の形になっていて、積分は 実は、普通の積分ではなく、そこに現れる有限量を便宜的に表わしている。ところが、その有限量が実は、 ゼロ除算にいう、 解析関数の孤立特異点での 確定値に成っていること。いわゆる、主値に対する解釈を与えている。これはゼロ除算の結果が、広く、自然現象を記述していることを示している。
9)中学生や高校生にも十分理解できる基本的な結果をもたらした:
基本的な関数y = 1/x のグラフは、原点で ゼロである;すなわち、 1/0=0 である。
10)既に述べてきたように 道脇方式は ゼロ除算の結果100/0=0, 0/0=0および分数の定義、割り算の定義に、小学生でも理解できる新しい概念を与えている。多くの教科書、学術書を変更させる大きな影響を与える。
11)ゼロ除算が可能であるか否かの議論について:
現在 インターネット上の情報でも 世間でも、ゼロ除算は 不可能であるとの情報が多い。それは、割り算は 掛け算の逆であるという、前提に議論しているからである。それは、そのような立場では、勿論 正しいことである。しかしながら、出来ないという議論では、できないから、更には考えられず、その議論は、不可能のゆえに 終わりになってしまう ― もはや 展開の道は閉ざされている。しかるに、ゼロ除算が 可能であるとの考え方は、それでは、どのような理論が 展開できるのかという未知の分野が望めて、大いに期待できる世界が拓かれる。
12)ゼロ除算は、数学ばかりではなく、 人生観、世界観や文化に大きな影響を与える。
次を参照:
再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観
再生核研究所声明188(2014.12.16)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界
ゼロ除算における新現象、驚きとは Aristotélēs の世界観、universe は連続である を否定して、強力な不連続性を universe の現象として表していることである。
ゼロ除算は 既に数学的に確定され、その意義も既に明らかであると考えられるが、声明199にも述べられているように、ゼロ除算が不可能であるとの世の常識、学術書、数学は 数学者の勝手な解釈による歴史的な間違いに当たる ことをしっかりと理解させ、世の教育書、学術書の変更を求めていきたい。― 誰が、真実を知って、偽りを教え、言い続けられるだろうか。― 教育に於ける除算、乗算の演算の意味を 道脇方式で回復させ、新しい結果 ゼロ除算を世に知らしめ、世の常識とさせたい。それは ちょうど天動説が地動説に変わったように 世界史の確かな進化と言えるだろう。
ゼロ除算の研究の進展は、数学的には 佐藤超関数の理論からの展開、発展、 物理学的には ゼロ除算の物理法則の解釈や、衝突現象における山根の面白い解釈の究明 などに興味が持たれる。しかしながら、ゼロ除算の本質的な解明とは、Aristotélēs の世界観、universe は連続である を否定して、強力な不連続性を universe の自然な現象として受け入れられることである。数学では、その強力な不連続性を自然なものとして説明され、解明されることが求められる。
以 上

再生核研究所声明200(2015.1.16) ゼロ除算と複素解析の現状 ―佐藤超関数論との関係が鍵か?
正確に次のように公開して複素解析とゼロ除算の研究を開始した:
特異点解明の歩み100/0=0,0/0=0 関係者:
複素解析学では、1/0として、無限遠点が存在して、美しい世界です。しかしながら、1/0=0 は 動かせない真実です。それで、勇気をもって進まざるを得ない:― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。― 再生核研究所声明148.
私には 無理かと思いますが、世の秀才の方々に 挑戦して頂きたい。空論に付き合うのはまっぴらだ と考える方も多いかと思いますが、面白いと考えられる方で、楽しく交流できれば幸いです。宜しくお願い致します。 添付 物語を続けたい。敬具 齋藤三郎
2014.4.1.11:10
上記で、予想された難問、 解析関数は、孤立特異点で確定値をとる、が 自分でも予想しない形で解決でき、ある種の実体を捉えていると考えたのであるが、この結果自体、世のすべての教科書の内容を変える事件であるばかりではなく、確立されている無限遠点の概念に 新しい解釈を与えるもので、1次変換の美しい性質が、ゼロ除算の導入によって、任意の1次変換は 全複素平面を全複素平面に1対1 onto に写すという美しい性質に変わるが、 極である1点において不連続性が現れ、ゼロ除算は、無限を 数から排除する数学になっている。
6月、帰国後、気に成っていた、金子晃先生の 30年以上前に購入した超函数入門の本に 極めて面白い記述があり、佐藤超関数とゼロ除算の面白い関係が出てきた。さらに 特異積分におけるアダマールの有限部分や、コーシーの主値積分は、弾性体やクラック、破壊理論など広い世界で、自然現象を記述するのに用いられているが、面白いのは 積分が、もともと有限部分と発散部分に分けられ、 極限は 無限たす、有限量の形になっていて、積分は 実は、普通の積分ではなく、そこに現れる有限量を便宜的に表わしている。ところが、その有限量が実は、 ゼロ除算にいう、 解析関数の孤立特異点での 確定値に成っていることが分かった。これはゼロ除算の結果が、広く、自然現象を記述していることを示している。
現在まで、添付21ページの論文原稿について 慎重に総合的に検討してきた。
そこで、問題の核心、ゼロ除算の発展の基礎は、次の論点に有るように感じられてきた:
We can find many applicable examples, for example, as a typical example in A. Kaneko (\cite{kaneko}, page 11) in the theory of hyperfunction theory: for non-integers $\lambda$, we have
\begin{equation}
x_+^{\lambda} = \left[ \frac{-(-z)^{\lambda}}{2i \sin \pi \lambda}\right] =\frac{1}{2i \sin \pi \lambda}\{(-x + i0)^{\lambda}- (-x - i0)^{\lambda}\}
\end{equation}
where the left hand side is a Sato hyperfunction and the middle term is the representative analytic function whose meaning is given by the last term. For an integer $n$, Kaneko derived that
\begin{equation}
x_+^{n} = \left[- \frac{z^n}{2\pi i} \log (-z) \right],
\end{equation}
where $\log$ is a principal value: $ \{ - \pi < \arg z < +\pi \}$. Kaneko stated there that by taking a finite part of the Laurent expansion, the formula is derived.
Indeed, we have the expansion, for around $ n$, integer
$$
\frac{-(-z)^{\lambda}}{2i \sin \pi \lambda}
$$
\begin{equation}
= \frac{- z^n}{2\pi i} \frac{1}{\lambda -n} - \frac{z^n}{2\pi i} \log (-z )
  • \left( \frac{\log^2 (-z) z^n}{2\pi i\cdot 2!} + \frac{\pi z^n}{2i\cdot 3!}
\right)(\lambda - n) + ...
\end{equation}
(\cite{kaneko}, page 220).
By our Theorem 2, however, we can derive this result (4.3) from the Laurant expansion (4.4), immediately.
上記ローラン展開で、\lambda に n を代入したのが ちょうど n に対する佐藤の超関数になっている。それは、ゼロ除算に言う、 孤立特異点における解析関数の極における確定値である。これはゼロ除算そのものと殆ど等価であるから、ローラン展開に \lambda = n を代入した意味を、上記の佐藤超関数の理論は述べているので 上記の結果を分析すれば、ゼロ除算のある本質を捉えることができるのではないかと考えられる。
佐藤超関数は 日本で生まれた、基本的な数学で 優秀な人材を有している。また、それだけ高級、高度化しているが、このような初歩的、基本的な問題に関係がある事が明らかになってきた。そこで、佐藤超関数論の専門家の方々の研究参加が望まれ、期待される。また、関係者の助言やご意見をお願いしたい。
ゼロ除算における新現象、驚きとは Aristotélēs の世界観、universe は連続である を否定して、強力な不連続性を universe の現象として示していることである。
以 上

再生核研究所声明199(2015.1.15) 世界の数学界のおかしな間違い、世界の初等教育から学術書まで間違っていると言える ― ゼロ除算100/0=0,0/0=0
ゼロ除算は 西暦628年インドでゼロが文献に記録されて以来、問題とされてきた。ゼロ除算とは、ゼロで割ることを考えることである。これは数学の基本である、四則演算、加法、減法、乗法、除法において、除法以外は何時でも自由にできるのに、除法の場合だけ、ゼロで割ることができないという理由で、さらに物理法則を表す多くの公式にゼロ除算が自然に現れていることもあって、世界各地で、今でも絶えず、問題にされていると考えられる。― 小学生でも どうしてゼロで割れないのかと毎年、いろいろな教室で問われ続いているのではないだろうか.
これについては、近代数学が確立された以後でも、何百年を越えて 永い間の定説として、ゼロ除算は 不可能であり、ゼロで割ってはいけないことは、初等教育から、中等、高校、大学そして学術界、すなわち、世界の全ての文献と理解はそうなっている。変えることのできない不変的な法則のように理解されていると考えられる。
しかるに2014年2月2日 ゼロ除算は、可能であり、ゼロで割ればゼロであることが、偶然発見された。その後の経過、背景や意味付け等を纏めてきた:
再生核研究所声明 148(2014.2.12) 100/0=0, 0/0=0 - 割り算の考えを自然に拡張すると ― 神の意志
再生核研究所声明154(2014.4.22) 新しい世界、ゼロで割る、奇妙な世界、考え方
再生核研究所声明157(2014.5.8) 知りたい 神の意志、ゼロで割る、どうして 無限遠点と原点が一致しているのか?
再生核研究所声明161(2014.5.30)ゼロ除算から学ぶ、数学の精神 と 真理の追究
再生核研究所声明163(2014.6.17)ゼロで割る(零除算)- 堪らなく楽しい数学、探そう零除算 ― 愛好サークルの提案
再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観
再生核研究所声明171(2014.7.30)掛け算の意味と割り算の意味 ― ゼロ除算100/0=0は自明である?
再生核研究所声明176(2014.8.9) ゼロ除算について、数学教育の変更を提案する
Announcement 179 (2014.8.25): Division by zero is clear as z/0=0 and it is fundamental in mathematics
Announcement 185 : The importance of the division by zero $z/0=0$
再生核研究所声明188(2014.12.15)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界
再生核研究所声明190(2014.12.24)
再生核研究所からの贈り物 ― ゼロ除算100/0=0, 0/0=0
夜明け、新世界、再生核研究所 年頭声明
― 再生核研究所声明193(2015.1.1)― 
再生核研究所声明194(2015.1.2)大きなイプシロン(無限小)、創造性の不思議
再生核研究所声明195(2015.1.3)ゼロ除算に於ける高橋の一意性定理について
再生核研究所声明196(2015.1.4)ゼロ除算に於ける山根の解釈100= 0x0について
ところが、気づいてみると、ゼロ除算は当たり前なのに、数学者たちが勝手に、割り算は掛け算の逆と思い込み、ゼロ除算は不可能であると 絶対的な真理であるかのように 烙印を押して、世界の人々も盲信してきた。それで、物理学者が そのために基本的な公式における曖昧さに困ってきた事情は ニュートンの万有引力の法則にさえ見られる。
さらに、誠に奇妙なことには、除算はその言葉が表すように、掛算とは無関係に考えられ、日本ばかりではなく西欧でも中世から除算は引き算の繰り返しで計算されてきた、古い、永い伝統がある。その考え方から、ゼロ除算は自明であると道脇裕氏と道脇愛羽さん6歳が(四則演算を学習して間もないときに)理解を示した ― ゼロ除算は除算の固有の意味から自明であり、ゼロで割ればゼロであるは数学的な真実であると言える(声明194)。数学、物理、文化への影響も甚大であると考えられる。
数学者は 数学の自由な精神で 好きなことで、考えられることは何でも考え、不可能を可能にし、分からないことを究め、真智を求めるのが 数学者の精神である。非ユークリッド幾何学の出現で 絶対は変わり得ることを学び、いろいろな考え方があることを学んできたはずである。そのような観点から ゼロ除算の解明の遅れは 奇妙な歴史的な事件である と言えるのではないだろうか。
これは、数学を超えた、真実であり、ゼロ除算は不可能であるとの 世の理解は間違っている と言える。そこで、真実を世界に広めて、人類の歴史を進化させるべきであると考える。特に声明176と声明185を参照。ゼロ除算は 堪らなく楽しい 新世界 を拓いていると考える。
以 上